死神
目が覚めると、僕は白い部屋のベッドで寝っ転がっていた。
ここはどこだろう?
体を起こし、目をこすっているとだんだん頭がハッキリしてきた。
そうだ、僕は車で事故を起こしたんだった。
雨の中、スピードを出しすぎていた。親父と喧嘩して、カッとなって家を飛び出し、荒い運転をするなんて、我ながら子どもじみていた。
カーブを曲がりきれずにガードレールを突き破ぶり、崖から真っ逆さまに落ちた。
地面まで何秒もかからないはずのに、誰も巻き込まなくて良かったとか、この車、新しいのに親父がさらに怒るなぁとか、楽しみにしてたアニメの最終話が見られないまま死ぬのは残念だなぁ、ってなぜか冷静に考えていた。
最後の瞬間は怖くて目をつぶった。
それで、目を開けたら今この部屋。ということはここは病院?
でも体はどこも痛くないし、ケガもしていない。
改めて周囲を見回してみると、この部屋にはベッドしかない。前後左右どの方向をみても白い壁で、窓も入口も無い。
悪い夢だろうかと、目をこすり、もう一度目を開けたとき、僕の心臓は止まりそうになった。
足元のあたりに1人の女の子が立っていた。心臓がバクバクと大きな音を立てているのがわかる。すると女の子が僕を安心させるかのようにニッコリと笑った。
音も立てずに、入口のない部屋にどうやって入ってきたのかという疑問が頭によぎったけど、それよりも僕が気になったのは女の子の服装だった。
どこからどう見ても、僕が大好きなアニメに出てくる魔法少女、ユノンそのものだ。
顔は、超有名アイドルと、僕が大好きな有名コスプレイヤーを足して2で割ったようで、透明感とオーラがすごい。こんな美少女を今まで見たことが無い。
僕の心臓はさらに高鳴った。
「こんにちは」
眼の前のユノンが喋った。さらに驚いたことに、声がユノンの声優そのものだった。
これは夢? それとも僕はすでに死んでいてここは天国? 少なくとも病院ではなさそうだ。
「うん、ここは病院じゃないよ。あなたはまだ死んでないから天国でもないし。夢ともちょっと違う」
僕は「ヒッ!」っと情けない悲鳴を上げた。
頭で考えたことが、言葉にせずともユノンに伝わっている。
「うん。伝わってるよ~。あたしのことジロジロ見て何考えていたのかも。あ、でも安心して、セクハラで捕まったりしないから。ここは夢みたいなものだからね」
僕は恥ずかしくて、ユノンから視線をそらした。下を向いたまま、なんとか声を絞り出した。
「夢とはちょっと違うけど、夢みたいなもの? 」
「そう。あなたが今見てるもの、聞いてるこの声は全部あなたの記憶が作りだしてるの。そういう意味では夢と一緒。でも夢と違うのは、見せてるのがあなたの脳じゃないってところ」
「じゃあ何が僕にこれを見せてるの?」
「あたし」
ぼくは顔をあげてユノンを見た。少し得意げな表情をして意地悪な笑みを浮かべている。僕が大好きな女の子の表情だ。
「誰かが僕の脳みそを覗いて僕が好きそうな姿形、声や表情を読み取った結果、ユノンの姿になって僕の前に現れた?」
「さっすが~、飲み込み早いな~。そういうこと」
「一体誰なの?」
「死神」 ユノンはそう言うと、ウインクをしながらVサインを出した。「よろしくね」
死神!? 死神ってあのでっかい鎌を持った黒装束の?と考えていると、ユノンが僕の思考を遮るように言った。
「あたしは案内人なの。死んで人間が天国と呼ぶ場所に行くのか、生きて現世に戻るのか。最終的にはあなたが決める。でもまずはお腹減ってない?」
そう言われると、突然お腹が減ってきた。人は事故で半分死んで死神を前にしてもお腹が減るものなのか。
「ううん、ホントは減らない」 ユノンがいたずらっ子のように笑いながら言った。「でも、食べてもいいし、食べなくてもいい。寝ても寝なくてもいいし、全部お好きなように」
「夢だから?」
「そ! でも夢と違って食べたら美味しいし、お酒に酔うこともできるよ。さて、まずはこれだね、はいっ!」
ユノンがそういうと突然あたりの景色が変わった。白い壁は一瞬で消え去り、青い空と草原が広がっている。瞬時に僕はここがどこなのかを思い出した。
小学生の時に遠足で訪れた場所だ。
ハイキングで他の子が元気に歩いている中、太った僕は体力が限界になり、何度もリタイアしようかと考えた。やっと目的地についたとき、普段からあまり外で遊んでいなかった僕は景色に感動して涙を流し、友達にバカにされた。
その時食べたお弁当が、今でも覚えてるほど美味しかった。そしてそのお弁当が今、目の前のテーブルの上にある。
一心不乱にお弁当を食べる僕を、ユノンはニコニコと眺めている。これは確かに幻覚や夢の類なんだろうけど、これだけ現実味があって、美味しくて、最高の気分だ。
次に食べたのは、僕の就職祝いに両親が連れて行ってくれた高級ホテルのディナーだ。うちは裕福ではなかったし、僕が就職したのも小さな会社だったけど、一生に一度くらいはと奮発してくれた。
でも3人とも調理方法を告げられてもよくわからないから、煮たとか焼いたとか言ってくれればいいのにね、って笑いながら食べた記憶が蘇る。
残念ながら僕は会社を1ヶ月でやめてしまい、その後10年以上引きこもったことによって父親とは喧嘩ばかりになってしまったけれど。
その後も僕はユノンと一緒に、行きたい場所に行き、食べたいものを食べまくった。もう閉店してしまった駄菓子屋のお菓子。学生時代のスキー旅行で雪にシロップをかけて作ったかき氷。
国内でも海外でも一瞬で行けたし、どんな高級なものでも食べることができた。ユノンとアニメや映画について延々と語り合ったり、何百本ものゲームをプレイした。
どれだけ時間が経ったかはわからない。僕は自分の記憶の中にこれだけの場所やものがあることに驚いていた。
気になることもあった。アニメの結末がわからないのだ。
僕の眼の前のユノンは、アニメの中の魔法少女ユノンが最終回でどうなるかを知らない。
それだけじゃなく、新作のアニメやゲームを出すことはできないし、僕が全く知らない料理を出すこともできない。
「やっと、ちょっと飽きてきた?」
僕の考えを読み取ってユノンが言う。
「飽きたっていうか、気になっちゃって。それに親父達はどうしてるのかな、って」
「そろそろ決めるにはいい頃かもね。その前にご両親の声を聞かせてあげる」
「声?」決める、という言葉が何を意味してるのかうっすら考えながら僕は聞いた。
「うん。あなたが実際に耳にしたけど意識はしなかった声。記憶には残ってるの」
「聞かせて」
僕がそう言うと、ユノンが右手を差し出した。その手のひらにはぼんやりと光る玉が乗っていて、そこから両親の声が聞こえてきた。
「すまんなぁ、俺があのとき出ていけなんて言わなきゃなぁ、あんな雨の中なぁ」
親父の声だ。泣いているのか? 初めて聞くような弱々しさだ。
「もう、何回言うのよそれ。あなたがそんなんじゃ起きるものも起きないじゃない。もっと楽しそうにしなきゃ」
母さんの声だ。全然泣いてないし、いつも通り、電気のつけっぱなしを注意するときみたいな声。
「そうだな・・・・。うん。いつまでも寝てないで早く起きろ。せっかく毎日声かけてるんだからたまには返事しろ」と親父。
「も~、もうちょっと言い方ないの? じゃあね、また明日ね」と母さん。
手の上にあった光の玉がすっと消えると、ユノンが言った。
「他にも毎日の語りかけがあと4千くらいあるけど、全部順番に聞く?」
「よ、4千?」
「えーとね、正確には4233だから11年7ヶ月18日分」
「俺は現実ではそんなに寝っぱなしなの? 親父達は毎日語りかけてくれていたのか・・。」
「そ! ここにいるとあんまりわからないけどね。さて、あなたには2つの選択肢があります」
指を2本立ててユノンが言う。
「1つめ。起きて元の生活に戻る。ちなみにあなたは40歳超えて無職で体力ゼロだからなかなかのハードモードだよ」
「俺、40超えてるのか!」
「2つめ。人間が天国と呼ぶ場所に行く」
「僕、死ぬの?」僕は聞き返した。
「まあそんなところ。でも天国はここよりもっといい場所。何でもできるし何でもある。他の人もいっぱいいるし、ムギにも会えるよ」
ムギ! 前に飼っていた、僕に一番懐いていた黒猫だ。死んじゃったときはひと晩中泣いた。
「ムギに会えるのは魅力的だな」
「さあ、どうする?」
「でも親父に車壊したことちゃんと謝らないとね。それに母さんの新作料理も食べたいし。確かになかなかハードだろうけど、ムギは何十年後かに会いにいくよ」
「じゃあ決定だね。ばいばーい」
「ユノンも今までありがと・・・」
最後まで言い終わらないうちに、ユノンは僕の額に手を当てた。その瞬間、眼の前が真っ暗になった。
しばらくして目を開けると、病院の一室にいた。柵のついたベッドで横になっている。体を起こそうとしたものの、自分の体が重すぎて全く起き上がれない。柵につかまろうにも、腕が重くて動かない。それでもなんとか力を振り絞って柵を握ったところで、近くにいた両親が僕が起きたことに気がついた。
声にならない声を出しながら、2人とも目を見開いて口をぱくぱくさせている。それから、2人で強く抱き合い、大粒の涙を流した。僕はそんな2人に「おはよう」と言った。ほとんどかすれて聞き取れない声しか出なかった。母さんが僕の胸にすがって大きな声で泣き始めた。親父は僕の手を取り、強く握りながら何度も「おはよう」と言った。
親父の後ろにあるテーブルの上に、僕の部屋から持ち込んだであろう、ユノンのフィギュアが置いてあるのが見えた。そのユノンが僕にウインクをした、ような気がした。
初めて投稿してみました。
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