49. どこでお知りになったんですの?
「アヴァロ商団ですが、我がアルマール伯爵家が資金を提供しましょう。アヴァロ商団が倒れるのは国としても多大な損失。それは阻止しなければなりません」
「ヴィクター様、でも……」
今アヴァロ商団が潰れてしまえば、国の物流は乱れる。シヴァ公国と緊張状態にある今、それだけで攻め入れられる理由になりかねない。
「となると? アヴァロ商団をクラウス商団の傘下に納めるのかい? それくらいの損失は出てるって報告があったよ」
マルセイユが言ったその言葉に、胸が苦しくなる。
レベッカは陥れられたとはいえ、そのせいでアヴァロ商団全体が存続の危機に陥っているのだ。
そうなれば、アヴァロ家だけでは全従業員に補填をしてやることは出来ない。世間的な信用も失い、敵国の攻め入る隙まで出来てしまう。
でも、物流の独占は……。
「傘下に……そんなに損失が出ているとは……。しかし、このままにはしておけません。アヴァロ商団側が良いなら、傘下に置いてでも支援しましょう」
ヴィクターが力強く頷き、壇上の三人に向かって大袈裟なほどに手を広げて熱弁する。
「今アヴァロ商団が倒れるのは国としても避けたいはずです」
「それは最もだね」
「レベッカ・アヴァロ嬢は証拠不十分です。ですか無罪放免ともいかないなら、身元も私が引き受けます。私は彼女の無実を信じています。もし彼女が有罪ならば、私もその責を負いましょう」
マルセイユの瞳が細められた。冷えたその青い宝石が、ヴィクターを射る。
「どうしてそこまで?」
「ベッキーは大切な友人です。いえ、それ以上ですね。これは私の私情ですが、彼女を助けたい」
「へえ……」
マルセイユが、うっすらとその口の端を吊り上げた。その表情に背筋が寒くなる。
無表情でありながら、口元だけに浮かんだ笑みが、ぞっとするような冷たさを一層際立たせるようだった。
「無実、ねえ……。正直、内通者とアヴァロ商団の力を使えば密売は可能だと思うんだよね。君が内通者なのかい? ヴィクター・クラウス」
「ち、違いますわ! 内通者なんかいませんし、わたくしはなにもしていません!」
「そう」
レベッカの発言には興味無さそうに、マルセイユは椅子に座り直した。
身につけたマントがひらりと揺れる。
「わたくしあんな、あんな密売の方法なんて考え付きませんわ」
「そうかな? 暗号だって知っていたよね?」
「それは、うちが商家だから教育されていて」
「ふーん」
言葉に詰まる。
マルセイユは、どうしても有罪側に持っていきたいのだろうか。
「閣下、彼女は純粋な商人です。密売なんてするはずがない。ましてや二重底にする細工なんて出来るはずが————」
レベッカの胸を鈍痛が走った。壇上のマルセイユの瞳が鋭く光る。
彼は気づいただろう。言わないわけにはいかない。
「ヴィクター様。その二重底の情報、どこでお知りになったんですの……?」
「————ッ‼︎」
見上げたヴィクターの顔が引きつった。
「おや? 確かに、ここではアヴァロ商団の荷に火薬入りの木箱が紛れ込んでいた、としか言っていないね」
「そ、それは……誰かが話していたのを聞いて……不用意にその辺で喋った奴がいたのではありませんか」
そう言うヴィクターの顔には、はっきりと焦りが浮かんでいる。
「それは、調べればすぐわかることだな。こちらでしっかり調査しよう。この情報を知る人物は限られている」
追い討ちをかけるスティーブに、ヴィクターが押し黙る。
「閣下よろしいでしょうか」
レオンが中央に進み寄り、レベッカの肩を引き寄せた。
右端に移動するように促され従うと、レオンが入れ替わるようにヴィクターの隣に並んだ。
「私は、レベッカ嬢は陥れられた、冤罪であると考えています。なぜなら、我々監査局はクラウス商団の怪しい動きを察知しているからです」
「ほう……?」
「レベッカ嬢を陥れたのはあなたではありませんか、ヴィクター・クラウス卿」
ヴィクターは答えない。その姿に胸が痛むと同時に、なぜという疑問、国家反逆罪を疑われた怖さ、友達に裏切られた悲しみ……様々な想いが胸中を渦巻く。
嘘であって欲しい。もしかしたら、ヴィクターも……。
「ヴィクター様、誰かに脅されていらっしゃいますの……?」
「ベッキー……」
その時のヴィクターの表情をなんと表現したら良いものか、レベッカには適切に表す言葉を持たなかった。
まるで幼子のように寄る辺なく、怒りや失望を経た先の愛すら感じるような切ない表情。
「閣下。ここは国家反逆罪として火薬の密売を裁く場。我々が見つけた痕跡を聞いていただけませんか」
壇上の三人は、顔を見合わせて小声で何かを一言二言話したようだ。
「法に抵触する事柄があり、それが被告人の密売容疑にも関わるのならば、ここで議論するのがよろしかろう」
「うん、そうして」
マルセイユの言葉にレオンは頷き、ヴィクターを中央に置いて、自分はレベッカのいる右手へと下がる。
そこから、中央へと向き直った。
今の被告人は、ヴィクター・クラウス。
「証人を呼びます。ロバート・フェルド元中佐」
「……元?」
ヴィクターが「元」に引っかかっている間にロバートがベンチから立ち上がった。
いつもの調子で大股に前へと進み、ヴィクターの横に並ぶ。
(元って、なんですの……?)
レベッカも初耳だ。ロバートは中佐の座を降りたのだろうか。それとも、軍を辞めてしまったのか。
もしかしたら、倉庫火災の責任を取らされて……?
「証言の前に一つ言っておきたい事がある」
ロバートがヴィクターを睨みつけた。
「俺は、横領をしていた。その金を孤児院に流していたんだ。……間違った事をしていたとは思ってねぇ。だが裁きは堂々と受けよう。国は民の味方ではないと知らしめるためにな」
「ロバートさん……!」
どうして、そんな思いがレベッカの中を巡る。
子供相手にあんなに優しそうに笑う人が、国から、民からお金をくすめていたなんて。そんな汚れたお金を孤児院に流していたなんて。
いや、汚れているというのはこちら側の一方的な感じ方だ。孤児院からしてみれば、お金はお金。そのお金で子供達を養っているのだから。
「は……横領していたなら裁きを受けるのは当然でしょう。なぜそんなことを私に」
「お前も罪を犯しているからだ、ヴィクター・クラウス!」
瞬間、ロバートがヴィクターの胸ぐらをつかみ上げた。くぐもった声を出したヴィクターが、離せともがくがロバートはびくともしない。
「俺はお前みたいな、なんにも出来ないくせに知恵だけ回して大勢を危険に晒す卑怯な人間が大嫌いだ。だが、罪を犯したという点なら同じ穴の狢。お前のことは引きずってでも連れて行くぞ、地獄へな」
凄みのある笑みを浮かべ、ロバートがヴィクターを突き飛ばした。
よろめいて尻もちを付いたヴィクターを助け起こす手は、ない。
小さく舌打ちをし、ヴィクターが立ち上がった。




