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レベッカの商人ライフ奮闘記〜婚約破棄から始まる恋と靴と陰謀の物語〜  作者: 華空 花
終章 婚約破棄から始まった恋と靴と陰謀の顛末
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48. 事実無根ですわ

「被告人は、マディソンを知っているな?」


 スティーブの問いかけに肯首する。


「被告人の紹介で、アヴァロ商団と取引契約を交わす予定だったというのは?」

「ええ、その通りです」


 スティーブを見上げ、はっきりと頷いて見せる。


「密売の片棒を担ごうと計画していたのか?」

「いいえ。密売の事は何も知りませんわ。アヴァロ商団は、マディソンさんの扱う絹を仕入れるために契約をしようとしていましたの。でも、マディソンさんは、契約を交わす前に行方不明に……」

「それは摘発されて捕まったからだ」


 そうだ、マディソンは摘発されて捕まった。それは間違いない。

 わからないのはその後だ。


「では、どうしてお店がもぬけの殻でしたの? 摘発されたなら、店を空にする事など出来ないはずですわ」

「夫が摘発されて、そこに居られなくなった妻が引き払ったのではないかね?」


 法務局副長官がそう言ったが、スティーブがすぐに否定する。


「いや、それはないはずです。摘発後すぐ店へ赴きましたか、すでに退去後だった。摘発した者の中に内通者がいて、我々よりも先に報せに走ったとしても、空には出来ないでしょう」

「なら、考えられるのは妻が主犯で、マディソンを摘発させるつもりで送り出した後すぐに店を畳んだ、という可能性だね」


 マルセイユが、軽く首を傾げる素振りをしながら冷えた声を発した。その表情は相変わらず無だ。


(閣下、あんなに優しそうに笑う方ですのに……人を裁く時は一切感情を出されないのね)


 今裁かれているのは自分だというのに、そんな事を思ってしまう。

 まだ四十歳前と若いとはいえ、軍部最高指揮官を任せられているだけのことはある。

 隣で、法務局副長官が身を乗り出した。


「妻子はまだ見つかっていないんだったな? 妻が被告人と結託していた可能性もあるのではないかな?」

「そんな事はいたしませんわ。わたくしには、そんな事をする理由がありません」

「ふむ。それを証明出来るかね?」

「……————」


 思わず、助けを求めるようにレオンへと視線を動かす。

 小さくふり向いたレオンと、一瞬だけ視線が交わった。


「それに関しては、監査局の取り調べによりある程度は否定できるものです」


 前を向いたレオンが、壇上の三人を順番に眺めて行く。


「ブライアン監査局長官がマディソンの取り調べをした際、妻子を人質に取られている旨の証言をしています」

「————⁉︎」


 妻子を人質に取られた⁉︎ それならば、マディソンは嫌々ながらも火薬の密売に手を染めるしか選択肢がなかったのだ。

 そう、マディソンはレベッカの知る限り、とても良い人だ。密売をしなければならないほど切羽詰まってもいなかった。

 レオンもスティーブも、ずっとその事を知っていたのだ。


「へえ……。じゃあ、アヴァロ家にでも幽閉されているんじゃないかい?」


 マルセイユが机に両肘を付き、指を組んだ。レオンを見下ろし、首を傾げる。

 そんな仕草ですら、いちいち美しい。


「ところが、アヴァロ家からは見つかっておりません。レベッカ嬢の拘束と同時に、アヴァロ商団の業務停止と調査に入っております。家宅捜索ももちろん実施しました」


 監査局の調査が、こんなところでアヴァロ商団の関与を否定してくれている。その事に胸が熱くなった。


「身柄を移したんだろう」

「レベッカ嬢が拘束されるまで、アヴァロ商団にこちらの動きは漏れておりません。内通者が商団に通じていたとすれば、秘匿情報を知る監査局の誰かになります。あるいは、マディソンに密売を強要し、摘発を察知した黒幕か。どちらにしても、レベッカ嬢は無関係の可能性が大きい」

「そう。まあ、被告人が冤罪を着せられているという可能性もなくはないが、どれもこれも可能性の話でしかないね。先へ進みたまえ」


 興味を失ったようにマルセイユが深く腰掛け、先を促す。


「はい。では、レベッカ嬢。軍靴を作ろうとしたのはなぜだ?」


 レオンがレベッカの方に身体ごと向き直る。

 その表情は引き締まっているものの、レベッカを見る瞳は優しい。


「現行の軍靴で酷い靴擦れが出来ている方がいたので、軍靴を見せていただいたんです。その時に、わたくしならもっと良く出来ると思ったのですわ。ヴィクター様も、軍靴の不満を良く聞くとおっしゃっていましたので、これだと思いましたの」


 レオンが頷く。

 レベッカの後方に目を向けた。


「ヴィクター・クラウス卿。今の話は事実ですか?」


 少しだけ身体を後ろへ向けると、ヴィクターが立ち上がったのが見えた。


「間違いない。軍靴の不満が多いと彼女に話したよ」

「わかりました。レベッカ嬢、これだと思ったというのは?」

「わたくし夢がありますの」


 貴族相手に、その人に合う商品を顔を見て勧める。アヴァロ商団のように大規模ではなく、顔の見える商売をしたいという夢が。

 そうすれば、スタンフィールド家の役にも立てると思った。レベッカにとって一石二鳥の夢だった。


「貴族市場で商売がしたいと思っていたんですわ。それで、軍需品で名を売っておけば、貴族市場に入りやすいと思いましたの。平民は、貴族市場ではなかなか受け入れてもらえませんので」

「軍部に入りたがった理由は?」

「軍靴のサイズを決めるために、皆さんの足の採寸をする必要があると判断したからです。むやみやたらに作るのではなく、一番必要なサイズを多めに、需要が少ないサイズは少なめに作る事で余りが少なくなります。コストカットになりますわ」


 スティーブが無言で頷いた。それがどんな意味のものかはわからなかったが、なんとなく安心する。

 ちゃんと答えられている、と思う。


「彼女に出入り許可を与えたのはブライアン監査局長官です。密売容疑のかかった彼女を我々の監視下に置き、密通者との接触がないか見張りました。我々の監視下においてはなにも問題はありませんでした」

「そうだろうね。監視されているのにボロを出すはずがないもの」


 まるで抑揚のない声で、マルセイユが目を細めた。


(閣下はわたくしを疑っていらっしゃるのかしら……いえ、疑わないとならない立場のお方だわ)


 それが公正な判断になれば良いが、最初から疑いの目で見られているのは不利だ。


「そして、倉庫火災。現場に、私とレベッカ嬢は居合わせました。自分で言うのもなんですが、私と彼女が共謀していない限り、放火は不可能です。この件に関しては、彼女は白かと」

「続けて」


 頷き、レオンがレベッカに向けて再度頷く。それにつられるように、レベッカも頷きを返す。

 大丈夫、レオンがいる。大丈夫。


「ただし、火災は外部の人間の不注意もしくは放火と考えられたため、レベッカ嬢は軍から追放されました。納品、軍靴試作品の使用、出入り許可を全て取り消され、今度は東部軍営に行きました。レベッカ嬢、この行動の目的は?」

「前線の兵士の皆さんに、わたくしの軍靴試作品を試していただきたくて閣下に直談判を」


 マルセイユに視線を向けると、椅子に深く腰掛けたままそうだねと低い声が肯定する。


「正直、君の軍靴は評価が良かったからね。良いものは試してみようと思ったんだけど……あれは偵察だったのかな?」

「いいえ、軍靴を使っていただきたかっただけですわ」

「そう」


 あの時、レベッカをからかって笑っていたマルセイユの姿が蘇る。

 あんな風に笑顔を向けてくれていた人が、今は無表情でレベッカを見下ろしている。


「そして、レベッカ嬢がこちらへ帰ってきたタイミングでアヴァロ商団の荷に火薬が混ざっていたと通報がありました。彼女のサイン入りの命令書が出てきた事で拘束された。これについては?」

「事実無根ですわ」


 頷いたレオンが、壇上へと向き直る。


「アヴァロ商団の調査でも、何も出て来ませんでした。そして……レベッカ嬢は、マディソンの持っていた暗号を解きました。そこに記されていたものも、レベッカ・アヴァロの名の命令書だった」


 レオンが書記官に合図を送る。

 書記官は、机の引き出しから二枚の紙を取り出した。それを、壇上のマルセイユへと差し出す。

 受け取ったマルセイユが、微かに眉間に力を入れたのがレベッカからも見て取れた。


「これは?」

「一枚は、アヴァロ商団の荷に紛れていた火薬と共に見つかった、レベッカ嬢のサイン入りの手紙。もう一枚は、彼女が軍部への出入りの際に毎回書いていたサインです」

「筆跡が違いますな」


 横から覗き込んだ法務局副長官が、顎ひげをしごきながら眉をひそめる。


(筆跡……!)


 レオンにはわかっていたのだ。密売の命令書の筆跡がレベッカのものではないと。


「以上を鑑みると、決定打となる証拠は上がっていません。レベッカ嬢は何者かに陥れられた可能性が高いと思われます」

「なるほどね。確かに、決定的な証拠はない、か」


 ふーん、とマルセイユが頬杖を付きながらこちらを見下ろしてくる。


「アヴァロ商団はまだ業務停止しているよね? かなり損害が出たはずだけど、国庫からの補填はかなり厳しいし、容疑者が無罪放免ってわけでもないから難しいかな」

「そうですなあ。マディソンの持っていた暗号文からも名前が出ていますしな。マディソンも再度尋問せねばなりませんか」


 マルセイユと法務局副長官が頷き合い、壇上でどうしようかと相談を始める。

 その時、後ろから声が上がった。


「閣下、それについては私から提案があります。発言を許可していただけませんか」


 ヴィクターだ。ふり返ると、彼は立ち上がりレベッカに優し気な笑みを投げた。

 次には顔を引き締め、マルセイユの返事を待った。


「いいよ」

「ありがとうございます」


 礼を取り、レベッカの横に進み出る。


「ヴィクター様……」

「大丈夫だよベッキー、私に任せて」


 その手がレベッカの肩を軽く叩く。

 レベッカを励ましてくれている、それがわかるからこそ苦しい。

 ヴィクターは……。

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