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レベッカの商人ライフ奮闘記〜婚約破棄から始まる恋と靴と陰謀の物語〜  作者: 華空 花
終章 婚約破棄から始まった恋と靴と陰謀の顛末
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47.レオン様にお伝えしたい事があるから負けません

 前を行く見慣れた背中を追いながら、レベッカはぎゅっと手を握りしめた。

 そこには、暗号を解いた時にレオンが差し出してくれたハンカチを握っている。

 俺を信じろ、レオンはそう言ってくれた。だから、レベッカにとってそれはお守りのような存在になっている。

 このハンカチを洗って、直接レオンに返す。その日が来ると信じて持っていようと決めた。


 レベッカの後ろからは、二名の男が歩いて来ている。

 一人は監査局長官のスティーブ、もう一人は、軍法務局の副長官だ。

 二人はレベッカを裁く側の人間だ。


 石畳の床に、足音が響く。

 レオンが前方の重厚な扉に手をかけ、開いた。

 気遣わしげにレベッカを少しふり返り、中へ入るよう促す。


 足を踏み入れたそこは、長方形をした石作りの部屋だった。

 上に設置されている窓には鉄格子がはまっている。低い天井は、それだけで圧迫感を与えて来るようだった。

 前方は一段高くなっており、そこに三人がけの長机がある。椅子も大きく、中央の椅子は余計な装飾はないもののかなり立派なものだった。


 部屋の中央部は何も置かれておらず、左右に小さな机がある。左の机には紙と羽ペンが置かれていて、その横に一人立っている。おそらく彼は、軍法会議の内容を速記する書記官だろう。

 そして、後方にはベンチが二つ。ベンチの横には、見知った顔が二人いる。ヴィクターとロバートだ。二人は証人として呼ばれていると事前の説明で聞いている。


「レベッカ嬢はここへ」


 レオンが中央へと進んで、足を止めた。なにもないそこへ、レベッカを誘う。

 示された場所へ立つと、レオンが微かに頷き、そのまま右手の机付近へと捌けた。

 なにもない場所に一人立たされ、さすがに寄る辺ない気持ちが湧き上がり、ハンカチを握りしめる。

 大丈夫、レオンがそこにいる。


(これが軍法会議。でも、負けませんわ)


 後方から足音がレベッカを追い越して行く。

 部屋の左端をスティーブ、右端を顎髭を蓄えた年配の法務局副長官が進み、壇下で足を止めてふり返る。

 二人とも、階級章や肩章などの装飾がやや大袈裟なほどに入っている濃紺の軍服を着て、豪華な剣を佩刀している。襟と袖口は赤で、金のブレードで装飾してあるところを見るに、おそらく礼装用なのだろう。


 しんと室内が静まり返ったところで、背後から複数の足音が響いて来た。なかでも、カツカツと床を鳴らす音が部屋全体に響く。

 ふり返ると、ちょうど後方の扉から軍部最高指揮官のマルセイユが入ってきたところだった。後ろには二名の側近らしき高官を従えている。


(こんな時ですのに、やっぱりお美しいわ……)


 濃紺のマントを羽織り、前面には頸飾が輝いている。マントの肩から斜めに伸びた帯は、マントの内側に入れてベルトに結んであった。

 軍服もスティーブらと同じように濃紺だが、襟や袖口のみならず、至る所に金の糸で美しい刺繍が施されている。


 マルセイユは何の表情も浮かべていない。それなのに、そこだけ発光しているかのようにまぶしい。

 一歩進むごとに長い金髪が濃紺の上を流れ、そのマントがひらひらと揺れた。


 従っていた高官二人は、扉を閉じそこに留まる。

 高いヒールの音を響かせ、マルセイユはレベッカの左手を通り、迷いなく壇上へと上がった。大袈裟なほどにマントを両手で後ろへと流し、真ん中の席に着席する。

 それを見届けてから、スティーブらも壇上へ上がり、左右の席に着席した。

 書記官も座り、背後でもベンチに座ったような音がした。

 今、見える範囲で立っているのは、レベッカとレオンだけだ。

 壇上からだけではなく、前後左右全ての場所からレベッカに視線が注がれている。

 スティーブが小さく頷き、口を開いた。


「これより、王国軍法および特別軍事訴訟規定に基づき、民間人レベッカ・アヴァロに対する特例軍法会議を開廷する」


 まさか、こんな事になるなんて思っていなかった。

 レベッカが軍部への出入りをしなかったとしても、マディソンはレベッカの名前をすでに出していた。密売容疑は避けられなかった。

 それでも、軍部に出入りしたことで、その容疑を自ら強化させてしまったのだということはわかる。


「被告は軍属ではないが、軍需補給局との業務的関与が深く、我が王国に対して重大な反逆行為の嫌疑を受けたため、王国法務局の決裁を経て、軍法会議による審理が承認されたものである」


 軍部に出入りしていなかったなら、軍法会議にかけられるまでは行かなかったかもしれない。

 知らなかったのだから、今そんな事を思っても仕方がない事ではあったが。


「被告に対して、現時点で確認されている罪状は、火薬の不法所持および敵国シヴァ公国への密売未遂である。しかしながら、民間人であるため、軍部に内通者がいた可能性がある」


 全て身に覚えのないことばかりだ。


「本会議は、証人の証言、記録資料、ならびに被告人の供述をもって審理を行い、最終的な裁定を下すものとする」


 スティーブがちらりとマルセイユの方に視線を向ける。それを受け、マルセイユが頷いた。

 レベッカへと、冷え冷えとした視線を投げつける。


「本件は、軍の内と外を跨いだ背信行為として、正式に裁かれる。いかなる地位、いかなる功績を持つ者であれ、我が国に仇なす行為があれば、我らが法に則り裁かれねばならぬ」


 朗々としたマルセイユの声が、部屋の隅々にまで響き渡る。

 マルセイユのただ人ならぬ美しさが、ぞっとするような迫力をもたらし、レベッカの不安を煽った。


(負けません……わたくし、どうしてもレオン様にお伝えしたい事が……)


 ハンカチを握り、気力を奮い立たせるようにそう念じる。

 マルセイユの宝石のような冷えた青い瞳を見つめ返した。


「では、スタンフィールド監査補佐官。事の経緯を説明したまえ」

「はい」


 マルセイユの言葉を受け、レオンが机上から紙束を取り上げた。それを壇上の三人へと配る。

 ついに始まった。

 ここを出る時、レベッカの運命は決まっている。どうなるのか、まだ予測も付かない。

 それでも、レベッカに出来る事は、ここで精一杯戦う事だけだ。


「六月下旬、検問にてラグス・マディソン氏が火薬密売の現行犯として摘発されました。その取り調べで、彼はレベッカ・アヴァロ嬢の紹介でアヴァロ商団と取引契約を交わし、アヴァロ商団の販路を使って火薬を密売する計画だったと供述しています」


 これが始まりだった。

 このために、レオンは一方的な婚約破棄をしたのだ。彼は貴族なのだから致し方ないと言えばそうだ。だが、身に覚えのない罪で破棄されたのだと知った時は本当にショックだった。


「その後、レベッカ嬢は軍靴を作りたいと言い出しました。この際、調達庁のヴィクター・クラウス卿が後押しし、調達庁の納品許可を得ます。その後、兵士達の足の採寸をしたいと申し出、私の紹介で監査局長官殿に面会、監査局の監視付きの出入り許可を得ました。その後は、軍部に出入りする際は、私が付いて回り常に監視していました」


 レオンは職務だと言いながら、職務以上に寄り添ってくれていた。

 いつも側にいてくれている事が心強く、嬉しかった。こんな事になってもなお、あの時間は楽しかったと思える。


「そして、倉庫火災。彼女の仕業という証拠はありません。ですが、外部の人間が放火したという説には一定の説得力がありますので一応申し添えておきます」


 スティーブが頷く。法務局副長官も、目を光らせてレオンの言葉を聞いている。

 火事。あの時だってレオンはレベッカを守り逃してくれた。

 そして、自分は危険な火災現場に戻り、消化活動をしたのだ。

 職務とはいえ、頭が下がる。


「納品、軍靴試作品の使用、出入り許可を全て取り消されたレベッカ嬢は、今度は東部軍営に行きました。そこでヴァレンチア軍部最高指揮官と直接面会し、軍靴試作品を前線で使わせて欲しいと申し出ています」

「うん、覚えているよ。拘束された直後に使用許可の取り消しの命を出したから、今頃みんな脱いでいるだろうけどね」


 さらりとそう言ったマルセイユに、ぐっと拳を握る。


(悔しいですわ……)


 自分は何もしていない。無実だ。それなのにまた、みんなで作り上げた軍靴は取り上げられてしまった。

 マルセイユは、次なにかあったらもう軍靴の納品は出来ないと思えと言っていた。

 軍靴試作品を作るために尽力してくれた全ての人の顔が脳裏に浮かぶ。その中にはマルセイユもいた。


(みんな、ごめんなさい。閣下も、きっと信頼して期待をかけて下さっていたのに)


 でなければ許可はしてくれないだろうし、監査局へ届けて欲しい荷物も預けないだろう。

 そう言えば、あの荷物はなんだったのだろう。


「その頃、アヴァロ商団の取引先から、靴のラベルで火薬の入った箱が紛れ込んでいたと通報がありました。その箱からは、シヴァ公国へ火薬を渡すようにというレベッカ嬢のサインの入った命令書が見つかっています。これにより、彼女は拘束となりました」


 拘束された瞬間の事を思うと、今でも背筋に震えが走る。

 それになにより、レオンの婚約破棄の理由を知ってしまったのが辛かった。

 もしかしたらレオンの意思ではないかもしれない。そうだとしても、スタンフィールド子爵が反対しているのなら、望みはないのだ。

 だからこそ、諦めるためにレオンに話したい事がある。


「先に捕まっていたマディソンが、レベッカ嬢の拘束を受けて、自分が所持していた暗号は彼女なら解けると証言。実際に彼女に解いてもらい、暗号の解読に成功しました。内容は、アヴァロ商団に紛れていた手紙とほぼ同じような内容で、火薬を運ぶ経路や密売方法が少し詳しく書き記してありました。最後には、レベッカ・アヴァロの文字が浮かんだ」


 あの暗号文を解かせる事自体が目的だったのだとしたら。

 それは、きっとマディソンではない。鍵にBeckyベッキーと使いそうなのは一人だけ。だがそれすら、誰かの悪意による偽装かもしれない。そうならどれだけいいか。


「レベッカ嬢は、火薬密売及び倉庫火災に関して無関係であると無実を訴えています。これがここまでの流れです」


 レオンが静かに壇上を見上げた。その顔は、不思議なほど落ち着いているように見える。

 レオンのあの様子ならきっと大丈夫なのだ。自分も、焦らずしっかりと答えなければ。


(レオン様……)


 壇上のスティーブが、頷いた。

 マルセイユと視線を交わし、口を開く。


「では、不審点があれば洗っていこう」


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