46. これが狙いだったんですわね
「レオン様……!」
取り調べとして連れて行かれた部屋の中には、レベッカが会いたくて会いたくてたまらなかった人物がいた。
駆け出そうとしたものの、それをレオンが手で制する。その表情は厳しい。
(レオン様、やっぱり……)
嘘を付いていたのだろうか。そんな疑念が頭をもたげた。
レオンが、部屋の中にある机に座るよう促す。それに従い、レベッカは椅子へと腰掛けた。
レベッカを連れてきた軍政管理局の男は、真後ろの扉の前に椅子を置くとそこに座ったようだった。レベッカの脱走防止のためだろう。
右手にはもう一つ机があり、そこには書記官が腰掛けている。取り調べの時はいつもそうだ。
「あの……」
「レベッカ嬢、少し、やつれたか……無理もない」
表情が少しだけ和らいだ。
レオンは、書記官から手渡された紙を手にして、こちらへと歩み寄って来る。
「軍監査局レオン・スタンフィールドだ。監査局として、これからレベッカ・アヴァロ嬢の取り調べを行なう」
「……はい」
取り調べ。これはレオンの職務だ。そう思うと気持ちがしぼむ。
レオンはやはり、レベッカを疑っているのだろうか。それとも、職務と割り切って取り調べをしようとしているのだろうか。
レオンの性格を考えれば、後者だろう。レベッカの信じるレオンであれば、だが。
レオンの茶色の瞳を見上げる。視線が交わった。
「君は、ラグス・マディソンを知っているな?」
「はい」
「彼は検問で、密売の現行犯として摘発された。摘発がなければ、彼は君の紹介でアヴァロ商団と契約を交わし、アヴァロ商団の販路を使って火薬の密売をする算段をしていた」
「そんなはずありませんわ……」
これまでの取り調べでも、毎回聞かれた事だ。そして、毎回否定して来た。
「なぜそう言い切れる?」
「マディソンさんは本当に、良い方なんですの」
「それは根拠がない」
それはそうだ。根拠などない。それをレオンの口から聞かされると、これまでよりさらに辛い気持ちがわき起こる。
思わず涙が滲みそうになり、うつむき唇を噛んだ。
左手の方で足音と、何かを動かしたような音がする。顔を向けると、レオンが椅子を持って来て、そこへ座ったところだった。書記官に背を向けている形だ。
その表情が心配そうに揺れ、やがて引き締まった。
「レオン様……」
「続ける」
固い声で告げ、レオンがレベッカを見つめる。その口が、音を発さずに動いた。
まるで時間がゆっくりと流れているかのようにはっきりとした動きで、唇が声にならない言葉を紡ぐ。
その言葉に、一瞬で胸が熱くなり、その熱が暴れ渦巻いた。あっと思う間もなく、熱が喉を駆け上がる。堪え切れず涙が一気にまぶたを乗り越えた。
レベッカの読み間違いでなければ、レオンの唇は「俺を信じろ」と動いた。それはつまり、レオンはレベッカの無実を信じてくれているという事。無実を証明するために動いてくれているという事だ。
黙って差し出されたハンカチを受け取り、涙を拭う。
(やっぱり、レオン様は……)
レオンは自分が信じた通りの人物だった。自分が好きなレオンは、真実の姿だった。それがわかっただけで、つかえていたものがどっとあふれ出して止まらない。
拭うだけでは追いつけず、ハンカチで目を覆う。喉からは、情けなく嗚咽が漏れた。
「質問には答えられるか。無理なら日を改める」
「こた、こたえ、られますわ……」
次はレオンが来てくれるかわからない。レオンが自分を信じてくれるのなら、それに応えなくては。
「大丈夫、です……」
側にレオンがいる。机の上に置かれた手は、すぐに触れられる近さだ。
その手に触れたい。触れられたい。なのに出来ない。そのもどかしさが、レベッカの心に冷静さを連れ戻す。
無実が証明されたら、レオンの手をぶんぶんふって喜ぶくらいは許されるだろう。そのためには、ここで頑張らなくてはならない。
涙を拭い、ぐっとお腹に力を入れる。しゃくり上げる喉を無理矢理なだめすかして、顔を上げた。
今は泣いている時ではない。
「では続ける。マディソンは摘発時に、暗号文を持っていた。だが、解読法がまだ見つかっていない」
「暗号……」
「今までその暗号の事には黙秘を貫いていたが……君が拘束されたと聞いて、暗号について話すと言い出した」
密売で摘発された時に所持していて、黙秘しているなら、それは密売に関係するものなのだろう。
自分が捕まった途端に話すというのは、どういう事なのだろう。マディソンが自分を陥れようとしている?
(そんなわけありませんわ……)
マディソンが火薬の密売をしたのは事実なのだろう。いい人を演じていただけで、本心は真っ黒なのかもしれない。
だけど、信じられないという思いの方が強い。
「マディソンが言うには、暗号文は解読鍵を用いたものだそうだ」
解読鍵を用いた暗号。それは、レベッカもレオンとの手紙のやり取りで遊びとしてよく用いたものだ。
レオンはその暗号を解いて、カレン通りでマディソンを探していたレベッカのもとに駆けつけてくれた。
「鍵は、君自身だと。身に覚えは?」
「わたくし、自身……?」
この方法は、お互いに鍵となる単語を共有しておかなければならない。
レベッカとレオンは、鍵となる単語を共有していた。だから解読も容易だったのだ。
「これがその暗号文の写しだ」
ひらりと目の前に差し出された紙を凝視する。
確かに、意味の通じないアルファベットの羅列が並んでいる。
「なんの……事でしょう……」
心当たりなどある訳もない。
密売人と鍵を共有など断じてしていない。
しかし、これを解ければ何かがわかるかもしれない。
「レオン様、ペンと紙をいただく事は可能ですか?」
「ああ」
レオンが合図すると、書記官がペンとインク瓶、そして紙を持って来た。
ペンを握り、インクを付ける。そして、自分に関する事を紙に書き連ねていく。
Rebecca、Avaro 、Leon、shoes(靴)、glasses(眼鏡)、merchant(商人)、freckles……
それらの単語を鍵に解読を試みるも、どれも意味をなさなかった。
(わたくし自身が鍵……)
レベッカの中に、一つの可能性が浮かぶ。その可能性に、背筋が震えた。
レベッカも一度は考えた可能性。違うと思いたいのに、それなら辻褄が合ってしまう。
(この可能性を否定するためにも、試してみなくてはなりませんわ……)
それでも、ペンを持つ手が震えた。
紙にその単語を書き付ける。それを見たレオンが目を見開いた。
「なぜ……」
「わたしくも、色々考えたんですの。そうしたら……。でも、そんなはずありません。だから、きっと、これは違うはずですわ」
暗号文に視線を戻す。
暗号が解けない事を願って最初の文字から変換をして行く。
意味をなさないかと思ったアルファベットの並びが、五文字目にはもしかしてという並びになった。
(嫌だわ……間違いであって、お願い……)
それなのに、無常にも単語が浮き出て来てしまった。
「Transport(輸送)」
なにを、それはこの続きを解読して行けば出て来るだろう。
「当たりか……! やはりあいつが」
やはりと言ったレオンの言葉に、胸が痛んだ。
レオンも彼を疑っていたのだ。自分でもその可能性に気づいていたのに、やはりそうなのだと思うと苦しい。
「鍵は、Becky」
レベッカ自身。そうだ、ベッキーと言われたらレベッカの事だ。
だが、今レベッカの周囲にそう呼ぶ人物は一人しかいない。
「続きを解読しますわ」
ペンを握り直して続きに目を走らせる。
やがて浮かび上がったのは、密売の詳細だった。
火薬をモントルソー経由でレーシタント帝国へ運び込み、数カ所の街をさらに経由して南からシヴァ公国に入る。そしてエリン・ダウなる人物に引き渡すように書いてある。
さらには、二重底の木箱を利用することも記してあった。
「マディソンさんは二重底の木箱を使っていましたの?」
「そういう情報は与えられない」
「あ、そうですわよね。ごめんなさい……」
だがこの暗号文に記された通りに実行したならそうなのだろう。
だとすれば、レオンはレベッカが東部軍営で木箱を落とした話をした時に、すでに二重底に思い至っていた可能性がある。
そうやって、レベッカにはなにも知らせず、無実を信じて調査をしてくれていたのだろう。
「あと一行」
比較的短い文字列が最後にある。それで解読は終わりだ。
また一文字ずつ解読し、立ち現れて来た文字に眉をひそめる。
「これが狙いだったんですわね」
ペンを置いた。
最後に現れたのは、レベッカ・アヴァロの文字。
「……くっ」
レオンが低く呻き声を上げた。
背後から足音が近づいて来る。入り口に座っていた軍政管理局の男だ。
「終わったか。あなたがこの暗号を解いた。素晴らしいじゃないか、自らの有罪を確定させるなんて気高い心を持っている」
机の横に立ち、男は冷たい目線をレベッカへと送った。
レオンが立ち上がり、彼を睨みつける。
「いいえ、わたしは無関係です」
「なら、なぜお前の名前が出て来る⁉︎ お前がマディソンに持たせた命令書だろう⁉︎」
「なにを言っているんだ、わざわざ自分の罪を暴くような事はしないだろう⁉︎」
レオンがたまらずというふうに男を睨みつけるが、鼻で笑われ相手にされている様子ではない。
そんな主張で揺らぐようでは、軍政管理局にはいられないのだろう。
「普通に考えたらそうでしょう。ですが、だからと言って疑いが晴れたわけではない」
「そうですわね、良いんです。ただ、わたくしの考えをお伝えしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
ぶっきらぼうに答えた男ではなく、レオンの方へと顔を向ける。
「これは本当に憶測に過ぎないのですけれど……目的は、物流の掌握なのではないかと」
「なぜそう思う」
「業務停止で大打撃を受けたアヴァロ商団に資金を提供すると申し出がありましたの。損害の程度によっては、アヴァロ商団は傘下に入らざるを得ませんわ」
確かにとレオンが頷く。
「それに、貴族制度をなくしたいとおっしゃいました。シヴァ公国は民が王を選んだ、民を蔑ろにすれば民に捨てられる。だから民に領主を決めさせ、民に選ばれた領主は民のために働く。そういう世にしたいと……」
「あいつ、そんなことを……」
「有事の際に物流を掌握していれば、戦況を操ることが可能ですわ。そうすれば、正攻法で行くよりもずいぶん早く叶います」
レオンの顔が歪んだ。忌々しいと吐き捨てたレオンの後ろから咳払いがした。書記官のものだ。
「暗号解読もして有罪も確定したんだ、もう良いだろう。立て」
言われた通りに立ち、一度レオンを見上げる。
ああ、このまま一生分レオンの顔を見ていられたらいいのに。
「今回の取り調べはこれで終了とする。……レベッカ嬢、なにか不足はないか」
比較的優しい声で、レオンが聞いた。それには、素直に部屋が寒いと答える。
驚いた顔をして、すぐに防寒の用意をさせるとレオンは頷いた。
「ほら、行くぞ」
軍政管理局の男にうながされ、踵を返した。もう一度だけレオンをふり返り、部屋を出る。
その手に、レオンから借りたハンカチを握りしめたまま。
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