45. 国を、民を、部下を守りたいなら
「フェルド中佐」
第三軍需補給局で現場の指揮をしていたロバートに、レオンは声をかけた。
ちらりと横目でレオンを確認し、ロバートが手を止める。
「なんだ、坊ちゃん」
「お話が」
そう告げると、ロバートの片眉が上がった。その場にいた部下に指示を残し、レオンへと歩み寄る。
その表情は、苦虫を噛み潰したかのような、怒りとも憎しみとも取れる色を浮かべている。
「ここじゃ出来ねぇんだろ?」
「ええ。ご足労願います」
告げて踵を返す。
歩き出したレオンの後を、ロバートは付いてきているようだ。
「あのお嬢ちゃんは密売容疑で捕まったらしいじゃないか」
「……はい」
あれから三日経った。
レベッカは今頃どうしているだろう。
厳しい尋問に泣いていないだろうか。寒いと震えていないだろうか。辛すぎて偽りの自白をしていないだろうか。そう思うと胸が痛んで食事も喉を通らなかった。
何かあった時に動けなければ助けられない。そう思い、レベッカのためになんとか食事を摂り、短い睡眠を取っている状態だ。
その間にも、職務は遂行しなければならない。
「ですが、我々が追っているのは密売だけではありませんので」
「……はっ」
背後から乾いた笑いが聞こえた。
ロバートは、なぜ自分が呼ばれたのかをもう理解している。
逃げようと思えば出来たはずだ。だが、そうしなかった。いつも通りに現場の指揮をし、働いていた。ある種高潔とも言える。
やがて監査局へ入った。その中の一室にロバートを導く。
中には、すでにスティーブが待っていた。
嫌そうな顔はしたものの、ロバートはスティーブに敬礼をした。
「お呼びでしょうか、大佐殿」
「ああ。君の事だ、なぜ呼ばれたのかわかっているだろう?」
「……お前ら無能士官が正義の味方ごっこをしてるんだってことはわかるな」
ロバートが、今度こそ忌々しそうな態度を隠す事なく悪態を吐いた。
「罪状を読み上げる」
スティーブがロバートの前に立つ。その手に、レオンが用意していた羊皮紙を渡した。
それを広げ、スティーブが視線を落とす。
「以下の罪状により、被疑者ロバート・フェルドを拘束する」
ロバートの口角が歪む。
その瞳が猛禽類のように輝いた。
「一、軍務上の職権を濫用し、靴職人ギルド上層部と結託し実在しない物資について虚偽の納品記録を作成、国庫より不正に支払を引き出したこと。すなわち、軍需物資の架空請求による横領行為」
そして、その横領で得たお金は靴職人ギルドの取り分を除き全て、例の孤児院に寄付していた。ロバートの取り分の額と寄付の額が一致したのだ。
つまり、ロバートの横領は私利私欲ではなかったことになる。それがより一層、なぜという気持ちを強めさせた。
「二、上記請求の正当性を偽装するため、複数の公文書──検収記録、納品伝票、倉庫搬入記録等──の記載を偽造し、虚偽の証拠を作出したこと」
そして、架空請求をしたということは、公文書偽造をやったという事だ。
「間違いないか」
「ああ、間違いねえな」
ロバートは言い訳をするでもなく、真っ向から罪を認めた。
「あの孤児院には、かつての部下達の子供も多くいるそうだな」
「……そうだ、あの子達の親は国が殺した。補給物資はなにも届かなかった。丸腰で、裸足で、飢え弱った身体で駆け回らされた。その挙句、狙われているとわかっていながらなけなしの物資を自分に使う事を諦め、前線に届けようとして皆俺の目の前で討たれたんだっ。お前ら貴族士官が無能なばかりにな!」
ロバートの大声が部屋の空気を震わせる。
それに動じた様子もなく、スティーブはロバートを見つめている。
「否定は出来ない。国として、想定が甘すぎた」
「そのくせ、親を亡くした子供は孤児院に放り込んで、対処したふりだけして放り出した」
「支援金は出ているはずだが」
「さすが貴族様は言う事が違うな。その支援金でどんな生活をしているのか、見たこともないだろうがよ! ふざけた事を言うなよ無能め」
憤るロバートとは対照的に、スティーブは表情を崩さない。
むしろ、ロバートの話を聞いても顔色一つ変わらないのは冷淡にすら見える。
「部下の子供だけじゃない。あの子達の多くが四年前の東方辺境戦役で親を失った。あの戦いが起きたのだって、シヴァ公爵を生かしておいた王の責任じゃねぇか。なにもかも、貴族のお前らが無能だからだ。そして、そのツケを払わされるのはいつも俺たち平民だ! ふざけんな!」
ロバートの叫びに、なにも言う事が出来ない。
王が無能かどうかは、レオンにはわからない。だが、シヴァ公爵は簒奪者の息子だ。余計な情をかけず、処刑するか幽閉してしまっていれば東方辺境戦役は起きなかっただろう。
「国が維持されるためには民が、子供が必要だ。国が放り出したのを、国の金で支援していただけだ」
「国の金は、ひいては民の税だ。それを横領すれば、結果的に民が潤わなくなる」
「は、綺麗事を。子供らに罪はない。子は民の宝だ。民の金で養うのは当然のことだ」
ロバートの言い分には、確固とした信念が感じられる。
もちろん、立場に関係なくレオン自身の考えとして、横領は罪であると思っている。それと、ロバートの言う事に一定の理を認めることは両立する。
「俺を罰するならそうすればいい。だが、俺は間違っちゃいない。俺を罰する事で世に知らしめればいい、国は民の味方ではないと。貴族は民草のことを使い捨ての駒としか思ってないとな!」
使い捨て。
東方辺境戦役に従軍し、補給物資が届かず多くの仲間を失った。使い捨てられたと思っても無理はない。国の思いはそうではないとしても、彼にとっての事実ではある。
「それだけの信念があるんだ。倉庫火災を仕組んで横領の証拠隠滅を図ったのは君ではないと思いたい。それについては?」
「ふざけるな、あそこには火薬があるんだぞ! そして、俺の部下達が大勢いる!」
「……だろうな」
ロバートほどの悲惨な経験をしたなら、再び部下の命を危険に晒すような真似をするわけがない。
「なら、火災について心当たりはあるか」
「ねぇな。心当たりがあったら、お前らなど待たずにくびり殺してやるところだ」
ロバートが拳を握った。その手に力が入り、震える。本気で憤っている様子だ。
「その倉庫火災について、我々は容疑者を絞り込んでいる」
「なんだと⁉︎ 言え、誰だ⁉︎」
「……言ってもいい。どの道、君は拘束される。機密は守られるだろうからな。今は、ほんの少しでも良いから情報が欲しい」
スティーブがレオンに視線を送る。それを受け、用意していた資料をロバートに手渡した。
食い入るように視線を落とすロバートの顔色が青ざめ、その唇がわなないた。
「まさか。なぜだ、動機がないだろう⁉︎」
「そうとも言えない。情が絡むと人は何をするかわからないものだ。君が横領を正義としたようにな」
「くっ……」
ロバートが資料をぐしゃぐしゃに握り潰した。苛々した様子で、自分の頭を掻きむしる。
しかしその瞳は、鋭い。
「倉庫火災、しかも内部犯の放火……許せねぇ、許せねえな!」
見開いた瞳が落ち着きなくあちこちを彷徨った。
やがて、ぴたりと焦点がスティーブへと向く。
「つまり、俺は奴らに売られたって事だな? 俺の横領を知っていて、わざと泳がせていたんだ。なるほど、あいつなら気づいてもおかしくない。そして、タイミングを見計らって横領の噂を広めたところで、火を放った」
「その通りだ」
「俺は目眩しに使われたって事だ。本来の目的は、俺を売る事じゃなく別にある……卑劣な奴め。俺はあいつが本当に気に入らなかった」
そこは、レオンも完全に同意するところだ。
レベッカが拘束された今となっては、憎しみすら感じる。レベッカを法を使って奪われてしまった。
「目的は、レベッカ・アヴァロ嬢に疑いを向け、軍部から追い出す事だろう。そして、レオンから引き離すこと」
「————……」
「これ以上、彼女を軍部に食い込ませるわけには行かなかったのだろう。なにせ、彼女には密売容疑を被ってもらわなければならないんだ。アヴァロ商団を使っての、な」
そうしてアヴァロ商団に大打撃を与える事が、本来の目的だ。そのはず。
ただ、アヴァロ商団を潰したとして、なんのメリットがあるのか、その動機がはっきりとしない。
火薬の密売をするのにアヴァロ商団が邪魔かと言われれば、そんな事はないはずだ。
(まさか……)
レベッカを傷つけることそのものが目的なのだとしたら。そんな、あまりに突飛な考えに首をふる。
それこそ、そんなことをしてなんのメリットがあると言うのか。
「あいつが主犯なら、ひとつ心当たりがある……」
ロバートがそう言い話した内容に、思わずスティーブと顔を見合わせる。
「フェルド中佐、それを証言してくれませんか」
「……奴は許せないが、証言したところで俺になんのメリットが?」
「それ相応に酌量の余地が出来るでしょう。それに……」
レオンは息を飲んだ。
一度目を伏せ、素早く考えをまとめる。
「あなたはこの国を、民を、子を、そして部下を守りたいという思いが強い。そのために、平民ながら必死にここまで上り詰められた。それは東方辺境戦役を経ても変わっていないはずです」
「何が言いたいんだ、坊ちゃん」
「もし本当に国を、民を、部下を守りたいなら、敵は貴族ではなく、この国を売ろうとする者のはず」
ロバートの歪んだ、それでも一貫している正義感にかけよう。
「レベッカ嬢は商売人だが、国を裏切るような愚かな商売はしない」
「はっ……貴族お得意の俺たちは悪くないか」
顔を歪めたロバートが、レオンに歩み寄った。あっと思う間もなく、胸ぐらを掴み上げられる。
気色ばんだスティーブを、ロバートはひと睨みで牽制した。
「坊ちゃんが思い上がるなよ。あのお嬢ちゃんだって貴様ら無能な貴族士官の犠牲者だ。だから俺は、最初から軍部に入れるのは反対だったんだよ!」
「……罪さえ犯していなければ、法が助けます」
「証明できなけりゃ法なんてなんの役にも立たん!」
突き飛ばすように離されよろめいた身体を、背後からスティーブが支えた。
スティーブに小さく礼を言い、ロバートへと向き直る。
「私は、レベッカ嬢の無実を信じています。助けたい。決定打とはなりませんが、状況証拠を積み重ねて強制捜査へ持ち込めれば勝算があるかもしれない」
証拠はどれも決定的なものではない。のらりくらりと躱せるようなものばかりだ。
だからこそ、一度に考えうる限りの疑惑を上げ、確かに怪しいと思ってもらわなければならないのだ。
「お願いします、フェルド中佐。レベッカ嬢を助けて下さい」
* * *




