44.陥れられたんですの……?
朝の光が差し込む部屋は、それでもまだ薄暗い。
その中で目覚めたレベッカは、背筋を伸ばしてベッドに腰掛けた。
(しっかりしなくちゃ……)
天窓から差す光を眺め、頭の中を整理する。
マディソンが火薬密売で摘発され、レベッカの名前を出した。それが理由でレオンは婚約破棄をし、監査局はレベッカを監視し始めた。
もし、レベッカが軍靴を作ろうなどと言い出さなかったら、どうなっていただろう。こんなことにはならなかっただろうか?
それとも……。
(陥れられた、んですの……?)
レベッカには本当に心当たりすらない。やってもいない事の証拠が出たのなら、そう考えるのが普通だ。
だが誰が、なんのために。
(アヴァロ商団にも調査が入るって……業務停止……)
アヴァロ商団は、大商団だ。その業務が一日止まっただけでどれほどの損失が出る事だろう。
陥れられた可能性があるとはいえ、父や兄をはじめとした家族、従業員達、関わりのある全ての人達に申し訳ない。
国の隅々にまで広がるアヴァロ商団の物流が止まれば、人々の生活にも多大な影響が出るだろう。
物流が止まるのは危険だ。もし今、シヴァ公国が攻めて来たら……四年前の二の舞になる。
(物流が、止まる……?)
もし、物流を止めたいという者がいたとしたら。レベッカに罪を着せることでそれを成し遂げようとするなら。
背筋にぞっと寒気が走る。
まさかそんな事があるわけがない。そう思いたいのに、否定する事が出来ない。
「やっぱりヴィクター様に助けていただいた方が……」
攻め込まれる事を思えば、民の税だと綺麗事を言っている場合ではないと思える。
アルマール伯爵家に資金提供してもらい、立て直す。アヴァロ商団は助かるかもしれない。
(どれくらいの損失が出るのかしら……損失が大きければ大きいほど、こちらが譲歩しなければ釣り合いが取れませんわ。損失の度合いによっては、完全に傘下に入らざるを……傘下に?)
レベッカの中で警鐘が鳴った。
同時に思い出したのは、クラウス商談の火薬運搬に護衛として付いて行った兵士達の話だ。
遠回りで火薬を運搬している事について、彼らは愚痴を言っていた。
衣服や食料などと一緒にアヴァロ商団に運んでもらった方が絶対早い、だけど物流の独占は危険だから出来ないと。
アヴァロ商団の物流は、民の生活に影響が出るほど大きい。
クラウス商団の傘下に入れば、さらに規模は大きくなる。クラウス商団だって、アヴァロ商団と比べれば規模は小さいが、一般的な商団と比べれば決して小さくはない。この国の物流をほとんど掌握する形になるだろう。
この状態で叩かれたらどうなる?
(ヴィクター様は、わたくしを助けたいと思って下さるあまり気がついていらっしゃらないの?)
この国は、不安定だ。四年前に大きな戦が起こり、いまだに睨み合っている。
前線でこれみよがしに軍事演習をする事で牽制しているが、それがいつまで通用するかもわからない。
そんな状態で物流を一手に掌握するのは危険だ。
ヴィクターはまたここへ来てくれるだろうか? もし来てくれたら伝えなくては。
危険にならない程度を模索しなければはならないと。
さらに考えを巡らせる。
レベッカが拘束された罪状は、密売未遂容疑だ。アヴァロ商団から納品された荷に、伝票にないものが紛れ込んでいた。ラベルは靴だったが、中身は火薬。
その火薬はシヴァ公国へ引き渡されるはずだった。それが、うっかり取引先への荷へ紛れ込んでしまった形だ。
(本当にアヴァロ商団の荷に、それが入っていの?)
だとしたら、アヴァロ商団の中に手引きした者がいることになる。
もしそうでないとしたら。
「取引先ってどこかしら……」
可能性としてはだが、その取引先の虚言だという可能性もなくはない。
レベッカは、中に入っていた命令書に署名があったとして捕まった。レベッカが書いていない以上、その命令書がそもそも偽造なのは間違いない。
そして、火薬は二重底の木箱に入っていた。これはヴィクターが教えてくれた情報だ。
ラベルは靴だった。靴の下の二重底に火薬が入っていたのだ。
その取引先は、二重底であることに見た目で気づいたのだろうか?
それとも、靴を出した後に……。
(え……?)
既視感。
それほど大きくない空の木箱。レベッカでも持ち上げられると確信するくらいの。
それなのに、持ち上がらなかった。
あれは、東部軍営でクラウス商団の木箱を良かれと思って片付けようとした時だ。空のはずなのに重くて、取り落としてしまった。そして、ものすごい勢いで怒鳴られたのだ。
「重さで……」
もし二重底部分に火薬が詰まっていたのなら、空の木箱であったとしてもきっと見た目以上に重量があるはずだ。
レベッカが持ち上げられなかったあの木箱のように。
「二重底になっていた……ヴィクター様は、どこでそのことをお知りになったの?」
少なくとも、その情報をレベッカは直接知らされていない。
レベッカの取り調べは、レベッカが密売をしようとしていた前提で行われている。だから、誰も二重底のことをレベッカに確認しなかったのだろうか。密売を企てた主犯が知らないはずはないと。
もしそうだとして、軍政管理局はその情報を、捜査には無関係のヴィクターが知る事が出来るような扱いをするだろうか。それとも、伯爵家の権力を使ってヴィクターが自ら情報を手に入れたのか。
さらには、ヴィクターは貴族制度をなくしたいと語ってくれた。この国の貴族は変わらなければいけないところに来ていると。
その例として、シヴァ公国の話をしてくれたのだ。民が王を選んだのだ、と。
ヴィクターは貴族の権力を弱め、民自身の手で長を決めさせたいと言っていた。これは、シヴァ公国の話と似ている。
シヴァ公国の話は、戦は駄目だと思う反面、納得出来る部分はあった。民が王を選んだのだと、だから民の声を聞かなければというのは共感できる。
だが……。
(いいえ、そんなはずありませんわ……)
首をふるものの、思考がそちらへと自然に引っ張られて行く。
火薬の密売、クラウス商団のルート変更、大雨による道の封鎖と延泊、重量異常のあった木箱……。
レベッカの拘束によるアヴァロ商団の業務停止命令、ヴィクターからの資金提供の提案。
レベッカへの求婚。
もし、物流を掌握することが狙いなら。
もし、シヴァ公国とヴィクターが通じていたとしたら。
もし、クラウス商団を使って火薬をシヴァ公国へ流していたのだとしたら。
「嘘ですわ、そんなことあり得ません。ヴィクター様は、素敵な方だわ……」
まるで王子様みたいで。それなのに民を思い、自分の立場を捨てる覚悟で世を良くしたいと願っていて。
そのためにレベッカの力が必要なのだ。平民の感覚をヴィクターと共有するには、レベッカのような裕福だが平民という立場が一番両者の間に立てる。だから求婚してくれた。そのはず。
軍靴を売りたいと言うレベッカを内部から助けてくれた。落ち込んでいる時には必ず慰めてくれた。
何より、彼はレベッカの大切な友達だ。一緒に遊んで、笑い合った大切な。
「違う、そんなはず……」
つぶやいた声が、空中に溶ける。
扉がノックされた。返事をすると、出るように言われ錠が空いた音がした。
朝は、簡素な身支度と食事の時間が与えられていた。その後、きっと取り調べがある。
ベッドから立ち上がり、背筋を伸ばし扉に手をかける。
嘆いてばかりではいられない。動かなければ。
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