43.レオン様はずっとそういう方でした
レベッカが拘束されてどれくらいが経ったのだろう。ずっと同じ場所で、時間の長さがよくわからなくなる。
二回、夜が来たのは認識している。だが、そこからよくわからない。まだ三日目なのかもしれないし、十日なのかもしれないし、もっと長いのかもしれない。
何度となく呼び出され、取り調べを受けた。だが何度聞かれても、本当に何も知らない。何も答えることが出来なかった。
そしてまた夜がやって来た。
周囲の空気は冷えて寒い。それでも、今日はうっすらと月明かりが窓から差し、完全な暗闇ではなかった。それがレベッカの心を少しだけ慰める。
(レオン様……)
ベッドに腰掛け、うっすらと見える自分の手のひらを見る。そして指を。レオンと確かに熱を分け合った場所を。
また、涙がにじむ。もうあふれて止まらないほど泣いたりはしない。だけど止まったわけでもない。
レオンの事がこんなにも好きで、大切だったのに、それにすら気づけていなかったなんて滑稽だ。気づいた時には、もう取り戻せない場所へと来てしまっていた。
もし自分が密売容疑をかけられていなかったら、レオンはずっと側にいてくれただろうか。そんな詮無い事を考え、余計に涙がこぼれた。
ずっと自分の事だけしか考えず、レオンの気持ちを蔑ろにしていた。そんな自分がそのまま結婚したとして、どうして上手く行くだろう。
「密売容疑なんて関係ありませんわ……わたくしでは上手くいかない。それなのにレオン様は……」
たとえ嘘だったのだとしても、レベッカに対していつも優しく支えてくれた。
その優しさが嘘になるわけではない。それに。
(レオン様はずっと、ずっと優しかったですわ)
それは、婚約を交わした時からずっと。
だとすれば、どうしてレオンの態度が嘘だと言い切れるだろう。
レオンは密売容疑を知っていた。レベッカを疑ったいた。だけど優しかった。それはレオンの性格を思えば両立出来るように思える。
婚約破棄を告げたにも関わらず、居心地が悪いはずの夜会に連れて行ってくれた。
暗号文を送ったら、ちゃんと解読して駆けつけてくれた。
納品場所を確認して喜ぶレベッカに、良かったなと笑ってくれた。
マルセイユ相手に緊張していたレベッカを叱咤してくれた。
レベッカの軍靴に反対している兵士達から庇ってくれた。
軍靴試作品を真っ先に履いてくれた。
中敷きの許可申請書も書いてくれたし、なによりレベッカの思い違いをわからせてくれた。
結婚は感情でするものじゃない、そう思い込めるほど自然に、良好な関係が築けていたことを。そこには、レオンと結婚したいという感情があったのだということを。
レベッカを激しい雨から庇い、冷えるのを防いでくれようとしてくれた。
倉庫火災の現場から冷静にレベッカを逃してくれた。そして自分は危険を顧みず火災の消化に当たった。
火災の後ロバートに呼び出され叱責された時も、ずっと付き添ってくれていた。
東部軍営に行くと言ったレベッカを心から心配してくれた。マルセイユに会えるよう、監査局からの手紙を持たせてくれた。
マルセイユに会って軍靴の納品許可を貰えたと報告したら、一緒に喜んでくれた。
手を、繋いでくれた。そうして、レベッカのことをまるっと肯定してくれた。優しくほほ笑んでくれた。
全てが嘘じゃない、そう思いたいだけなのかもしれない。事実は違うかもしれない。
それでもいい。たとえ騙されていたのだとしても、レベッカの気持ちは真実だ。
(わたくしは、レオン様が好き)
その両手を握ってふり回したくなるのは、レオンだけだった。
そうしたくなるのは、とても嬉しくなった時。それがレベッカの気づいていなかった、でも確実に自分の中にあった気持ち。
これから先、レオンはいない。自分は一人で歩かなくてはならないのだ。
だとしても、レオンにもらった優しさが自分の中から失われるわけではない。
これから歩む道がいばらの道でも、その優しさがきっと励ましてくれる。それが嘘の姿だったとしても、関係ない。
好きになったのは、今まで接して来た自分の知る優しいレオン。ただそれだけだ。それが全てだ。
そしてこの先の人生は、全てを投げ打つには長すぎる。ちゃんと自分の足で立たなくては。
前に進まなくては。
いばらの道でも、前を向いて。
(でも……)
にじんだ涙を手の甲でぬぐう。
自分の知るレオンの優しさに、背を押して欲しい。そっと寄り添ってくれて、守ってくれていた手に縋らせて欲しい。
レオンは好きだと言ってくれた。嫌いになったわけではないと、そう伝えてくれた。
両の手のひらをにぎる。
その優しさが本当だったと、嫌いになってなどいないと信じても良いだろうか。いや、信じたい。そう信じられたら、頑張れる。
君が笑っていても泣いていても、思うように生きている姿が好きだ。レオンはそう言ってくれたのだ。
自分がこの先何を信じても、何をしても、どんな反応をしても、きっとレオンは肯定してくれる。
「そうですわ、レオン様はずっと、ずっとそういう方でした」
脳裏に、優しげにほほ笑むレオンの姿が浮かぶ。
そして、おかしそうに笑う姿が。
レベッカの事を好きだと言ってくれた姿が。
それがどんな種類の好きでも、嫌いではないというだけで嬉しかった。
そう言ってくれたレオンを信じよう。もうこの先にレオンがいないのなら、真実など知りようもない。それなら、都合良く信じて何が悪い。
(レオン様、わたくしに力を貸してくださいませ)
本当に今まで自分の事ばかりを考えていた。当たり前にレオンと結婚するのだと信じて、甘えていた。
そうして、たくさんの人を巻き込んだ。レオンやヴィクター、スティーブ、エンリケ、ロバート……軍部で働くたくさんの兵士達や、アヴァロ商団のみんな。
自分は、自分の足で歩いていただろうか? たくさんの人に甘えていただけではないだろうか?
もし、自分の密売容疑が晴らせなかったら。もし、厳しい罰を与えられたら。
それでも、大声で違うと叫ぼう。自分の足で立つのだ。泣いてもいい。怒ってもいい。なにをしていても、レオンが好きだと言ってくれた思うように生きる自分の姿を見せよう。
この先にあるはずの長い人生を自分の足で歩くために必要な事だ。
レオンがいなくても、冤罪で罰を受けても、命があるなら人生は続くのだ。
レオンの冷えた指の感触を思い出す。自分を盾にして雨から守ってくれた優しさを。
思い出すと、冷えた身体が温まるようだった。心も。
(あれは嘘なんかじゃなかった、そう思っていてもいい、わよね)
頷き、布団の中に身体を滑り込ませる。
あたたまらないまでも、身体を包む重みがレオンの腕を思い出させる。その事にひどく安堵した気持ちになって、レベッカは瞳を閉じた。
大丈夫、まだレオンは自分の中にいる。いつでもレベッカに笑いかけてくれた、優しいレオンが。
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