表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベッカの商人ライフ奮闘記〜婚約破棄から始まる恋と靴と陰謀の物語〜  作者: 華空 花
第六章 陰謀なんて乗り越えてみせますわ!
41/55

40. 嘘、でしたの……?

「なんだ……?」


 スタンフィールド家の馬車が、アヴァロ邸前に停まる直前。その異変に最初に気がついたのはレオンだった。

 降りようとしたレベッカを押し留め、向かいに座っていたレオンが馬車の窓から外を覗いた。

 その顔が、急に強張る。

 外からは、怒鳴り声に近い人の声がしている。


「どうしましたの?」


 レオンの視線を追う。

 アヴァロ邸の前には五、六頭の馬がいた。馬を降りて、門の前にいるフェルナンに何事か言っている男達がいる。服は、レオンと同じ監査局のものだ。

 その中で一番大柄な男がふり向いた。馬車へと歩み寄って来る。


「スティーブさん……」


 スティーブの顔は、これまで見たどの顔より険しい。

 なにか、嫌なことが起こっている気がする。


「レオン様……」


 レオンに視線を向けると、彼の顔ははっきりと青ざめていた。

 まるで、これから罰せられるかのように。


「レオン様、大丈夫ですか? どうしたんですの?」


 その手を取るが、反応がない。指先は冷たく、小刻みに震えている。

 スティーブが馬車の扉をノックした。


「軍監査局長官のスティーブ・ブライアンだ。レベッカ・アヴァロ、ここを開けて出て来なさい」


 相手がスティーブなことは見てわかっている。それなのに、なぜわざわざ名乗ったのか。

 なにが起こっているのだろう。


「スタンフィールド監査補佐官、聞こえているな? 職務を遂行しろ。出来ないのなら君はここまでだ。この件からは外す」

「職務? この件? なんの事ですの?」


 レオンの表情が歪んだ。きつく唇を噛み締め——レベッカの手をふり払った。

 その手が扉にかかる。


(レオン様……!)


 ふり払われたことに、胸を鋭い針で刺されたような痛みが走った。

 引き留める間もなく、開いた扉からレオンが外へ出た。スティーブに向かって敬礼をする。


「出なさい、レベッカ・アヴァロ」

「レベッカ!」


 駆け寄って来ようとしたフェルナンが、男達に押さえられる。

 その光景に、まるで耳元で鳴っているかのように大きくなった心臓の音が、レベッカに警鐘を鳴らした。

 何かが起こっている。とても良くない事が。そしてそれは、自分に関係のある事だ。


「レベッカはなにもしていない! するわけない! 無実だ!」


 フェルナンの叫びに、身体がすくむ。

 心当たりがないなら良かった。だが、罪をなすりつけられそうな心当たりがひとつある。


(まさか、倉庫火災のことですの……?)


 火気なんて持っていなかった。ずっとレオンと一緒にいたのだ、レベッカの無実はレオンが知っている。

 それなのに、スティーブの後ろに控えたレオンは、こちらに視線を向けようともしない。


(どうしましょう、眼鏡のせいにされたのかしら……でも、実験をして下さったらわかっていただけるかもしれないわ)


 薄暗い倉庫内で、この眼鏡での収れん火災は不可能だ。

 意を決する。ちゃんと調べてもらえば大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて、慎重に外へと出る。

 目の前に立ったスティーブの大柄な体躯が、有無を言わさぬ圧をかけて来ているようだ。


「あ、あの……」

「レベッカ・アヴァロ。罪状を読み上げる」


 底冷えする声でスティーブが告げると、後ろから監査官の一人が羊皮紙を渡した。


「ざいじょう……」


 まるで知らない言葉のようだった。理解が追いつかない。

 どうして。どうしてレオンは何も言ってくれないのか。


「レベッカ・アヴァロ。本状により、被疑者を、王国に対する重大な反逆行為──すなわち火薬の不法所持および敵国シヴァ公国への密売未遂の罪により拘束し、直ちに連行する」

「えっ⁉︎ 密売って、なんのことですの⁉︎」


 倉庫火災の件だとばかり思っていたのに、スティーブが口にしたのは全く違う内容だった。

 胸が早鐘を打ち、息が苦しくなる。レオンに視線を向けるが、彼の顔は相変わらずレベッカから背けられている。

 フェルナンに助けを求めて視線を動かしたものの、押さえられていて身動き出来そうにない。


「アヴァロ商団から納品された荷に、伝票にないものが紛れ込んでいたと通報があった。ラベルは靴だったが、中身は火薬だ」

「火薬……火薬はクラウス商団しか取り扱い出来ませんわ!」

「ああ。だが、君は軍部に出入りしたがっていた。軍部に内通者がいるな? 火薬を手に入れるなら、それしかあり得ない」

「なんの事ですの⁉︎ レオン様!」


 背けられた顔が歪んだのが見えた。その拳が強く握られ、震えている。


「火薬の入った木箱の蓋の裏には手紙が貼り付けられていた。この火薬を、レーシタント帝国を経由してシヴァ公国のエリン・ダウという人物のもとへと運ぶようにという命令書だ。君の署名入りのな」

「そんなわけ……」

「エリン・ダウは、元シヴァ公爵の腹心の名だ」

「しらな……」


 倉庫火災だったら、反論することも出来た。火気など持っていなかった、レオンもそれを知っている。そして、自分は不審な缶を見た、あれを調べて欲しいと。

 しかし、火薬密売など心当たりがなさ過ぎる。反論しようにもわけがわからない。


「ラグス・マディソンを知っているだろう」

「マディソンさんがどうかされたんですの⁉︎」


 いい絹を取り扱う商人のマディソン。レベッカがフェルナンに紹介して、契約を交わそうとしていた時に行方不明になった。


「マディソンは火薬密売の現行犯で捕まった」

「……そんなの嘘ですわ! マディソンさんは本当に良い方なんですのよ⁉︎」

「マディソンは、君を介してアヴァロ商団と契約し、荷を運ぶはずだったと供述している。荷というのは火薬のことだ。今回たまたま、マディソンは契約前に摘発されたが」

「そんな……」


 ならばマディソンが自分を嵌めようとしているのだろうか? あんなに良い人がなぜ?


「もしかして……」


 レベッカの中に、嫌なものが広がった。ひとつの仮説が浮かび上がり、その内容に震えが走る。

 考えれば考えるほど、そうとしか思えない。


「マディソンさんが捕まったのは、いつですの……?」

「六月の末だな」


 スティーブの低い声に、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。

 耳の中で胸の鼓動が暴れ、うまく息が吸えない。めまいがしてふらついた身体を、スティーブの手が支えた。


「レオン様、知っていらしたのね……」


 レベッカに密売容疑がかかっていることを、レオンは最初から知っていたのだ。

 だからこそ、あんなに唐突に、一方的に、婚約破棄をしたのだ。


 婚約破棄通知の日付は、忘れもしない七月二日。一緒に夜会に行った翌日だった。

 レオンの規律違反は、密売容疑のかかったレベッカとの接触をそう取られた可能性が高い。

 だからこそレオンは、自分の不名誉を使ってまで婚約破棄をしたがったのだ。密売の容疑者と婚約していたい貴族などいない。

 レオンがそれをレベッカに漏らさなかったのは、ただ職務として守秘義務違反をしなかったというだけの事。


 レオンに視線を向けると、やっとその顔がこちらを見た。青ざめた顔からは、表情がごっそりと抜け落ちてしまったかのようだった。ただ、その瞳だけが揺れている。


「レオン様だけじゃなくて、スティーブさんも……」

「無論だ。私の裁量で、君へ軍出入り許可を出したのは、内通者との接触を想定し泳がせるためだ。だからこそ監視付きにした」


 胸の奥から、熱いものが喉をせり上がった。あっという間に涙があふれ、ほおを濡らす。

 レオンがマディソンを探すのを手伝ってくれたのも、軍部でずっと側にいてくれたのも、全部密売を疑っていたからなのだ。


「火薬は国の管理下にあり、勝手に売買するのは禁止されている。しかも相手がシヴァ公国となれば重大な国家反逆罪だ」


 なにを言われているのか、聞こえているのに理解できない。


「アヴァロ商団とともに東部軍営に行ったのも、視察のためか? 軍営の内部情報をあちらへ渡すつもりだったのだろう」

「そんな……こと、しま……せんわ……」

「軍靴市場に乗り入れようとしていたのも、軍部に食い込めれば密売がしやすくなるからだな」

「ちが、違いますッ、わたくしは皆さんの……助けに、なりたくっ……」


 涙が次から次へとあふれて、手で顔を覆う。

 軍部でこの国を守る兵士たちのために、軍靴を作ろうとしていただけだった。皆の足元が強くなり、力が上がれば防衛出来ると。レオンが無事でいられる確率も上がると。

 そうして、自分の名を売る事が出来れば、夢へと近づけると思った。それだけなのに。

 それなのに、どうして国家反逆罪など……。


「なにかの間違いです、わたくしはそんなことやっておりませんわ」

「それは取り調べで聞こう」


 一歩後ずさる。しかし、そこには馬車がありそれ以上は後退出来ない。

 周りを見渡すと、監査局の制服が増えている。


「アヴァロ商団にも調査団が入る。業務は停止。レベッカ・アヴァロ、君の身柄は軍政管理局へ引き渡される」

「……いやです、わたくしなにも、なにもしていないんです。レオン様!」


 レオンの唇が、なにか言いたげに震えた。しかし、そこから言葉が発せられる事はなかった。

 スティーブの腕が伸びる。その拘束を咄嗟に交わそうとして、左右から詰め寄った監査官に押さえられた。

 その力にくぐもった悲鳴が漏れた。離してと叫ぶが、男達はびくともしない。


「大人しくするほうが身のためだ」


 冷え切ったスティーブの声に、全身を絶望が貫く。

 誰も助けてくれない。ここに居る人達はフェルナンを除いて皆レベッカを疑っているのだ。いや、もう火薬密売の重罪人だと決めつけている。レオンさえも。


「違います、わたくしは、なにもっ……」


 流れる涙をぬぐうことすら出来ない。

 レオンの姿も、涙でみるみる滲み見えなくなる。もう会えないかもしれないのに。


「公正な裁きを待つんだな」

「……こんなの、公正でもなんでもありませんわ!」


 レベッカの話を聞いてもくれず、訳のわからない事で拘束されるなんて。

 エンリケが、レオンの事を国家権力だと称したことを思い出す。

 その通りだ。どんなに親切に見えても、彼らは自分の味方でもなんでもなかったのだ。


(レオン様の優しさも、全部嘘でしたの……?)


 レベッカを庇い抱きしめてくれた冷えた身体も、優しく笑いかけてくれた事も、繋いだ手の温かさも。

 全部、全部嘘だったのだろうか。ただレベッカを探っていて、油断させるために優しくしていたのだろうか。


「護送用の馬車が到着したようだ。……連れて行け」


 スティーブの命令で、レベッカの身体が引き立てられる。


「レオン様!」


 首だけレオンへ向けて叫ぶ。はっとしたようにレオンが目を見開き、前へ出ようとした。

 それを手でスティーブが制する。

 唇を噛み、顔を歪めたレオンがレベッカから顔をそらし俯いた。

 もうどんなに呼んでもこちらを見ない。


「うるさいぞ、黙って乗れ!」


 半ば乱暴に護送用の馬車に押し込まれる。外から錠をかけられる音が無常に響いた。

 窓はない。レベッカは完全に外界と隔たれてしまった。


「嘘、でしたの……? レオン様……」


 馬車がゆっくりと動き出す。

 涙が止まらない。

 怖い。レベッカを捕らえたのは国だ。国家反逆罪として、どんな罰を科せられるのか想像もつかない。

 ただ、相当恐ろしいことになるという漠然とした恐怖だけが増していく。

 そしてそれ以上に、レベッカの胸に悲しみが渦巻いていた。それは、喪失の痛み。信じていた人に裏切られた絶望。

 めまいがする。


「わたくし、どうしたら……」


   * * *


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ