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39. こんな未来が来ると思っていましたの

 王都に入ると、幌馬車を軍部へと向けてもらった。レベッカがマルセイユから託された荷物を早くレオンに渡さなくてはならない。

 それに、軍靴を東部軍営で使ってもらえるという報告を早くレオンにしたい。


 レベッカだけ軍部の営門の前で降ろしてもらい、近くにいた衛兵に取り次を頼む。その横で、幌馬車はゆっくりと帰路を取った。

 気をつけて帰って来るんだよというフェルナンの声とともに走り去って行く。


 腕の中の箱がずしりと重い。中身は一体何なのだろう。

 そんなことをつらつらと考えていると、レベッカを呼ぶ声が遠くから聞こえた。その声にはっとして声の主を探す。

 こちらへ走って来る、よく見知った姿。その姿にほおがゆるんだ。


「レベッカ嬢。無事だったか、良かった」


 心底ほっとした顔をしてレベッカの前に立ったレオンに、嬉しさが込み上げる。

 心配してくれていた、その事が胸の奥をじんわりとあたためるようだ。


「はい! これ、閣下から預かって参りましたわ!」


 箱を差し出すと、レオンが受け取った。その重さに一瞬だけ目を見開き、納得したように頷く。


「助かる、ありがとうレベッカ嬢。これを監査局へ届けて来る。少し待っていてくれないか」

「はい、お待ちしていますわ」


 笑顔で頷くと、レオンも軽く頷き踵を返した。慎重に箱を持ちつつも、早足で中へと入って行く。

 やがて戻って来たレオンは、そのまま営門を出た。


「君を送り届けるついでに、どうだったか聞かせてくれ」


 そう言いながら歩き出したレオンの背を慌てて追う。


「レオン様お仕事は」

「今日はもう上がりだ。スティーブ殿にも許可はいただいている」

「そうなんですのね!」

「ああ。スタンフィールド邸までは歩きになるが……馬車を出そう」


 よくわからないが、レオンがアヴァロ邸まで送り届けてくれると言うのなら甘えたい。そんな気持ちがレベッカの足取りを軽くした。

 もしかしたら、これで終わりかもしれない。だから、今は楽しい話を、笑顔でしたい。


「あの、軍靴なんですけれど、閣下が前線で使えるように許可を下さったんです!」

「本当か? 良かったな!」


 レオンの顔がほころんだ。久しぶりに見たレオンの笑顔に、婚約破棄前の楽しかった記憶が蘇る。

 レベッカの話を笑顔で聞いてくれた。多少の意見の衝突もあったが、いつでもレオンはレベッカを応援してくれていた。味方だった。

 いや、それは婚約破棄後もそうだ。そう思うと、感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。


「閣下が加勢してくれるなら心強い」

「そうですわね! 本当に良かったですわ」


 レオンの笑顔に浮き足立ち、足取りが跳ねる。


「正式採用になれたら素敵ですわ! 靴職人ギルドとも契約してたくさん作って、そうしたら皆さんの足元を守れます。国も、それにレオン様も」

「……俺?」

「はい! 皆の力が強くなれば、シヴァ公国も攻め込むのを躊躇いますでしょ? それに守りの力が強化されれば、もしもの時もレオン様がご無事で帰って来られる確率が上がります」


 戦なんてない方がいい。だが、シヴァ公国から攻め込まれあっという間に土地が奪われて行ったのは事実だ。

 そこに住んでいた人達、防衛しようと戦った人達に大勢の犠牲が出た。それはたった四年前のことなのだ。


「レベッカ嬢……」

「もちろん、コストカットの効果が出て来れば、浮いたお金を他に回す事も出来ますわ」


 軍は国民の税で賄われている。その税収以上のお金はない。増税すれば民の生活はままならず、不満が溜まれば暴動になる。

 お金は最大限上手く使わなければならないのだ。


「レオン様はご立派な方ですわ。何があってもどうかご無事でいてくださいまし」


 レオンの前に回り、後ろ向きに歩きながらレオンの手を握った。その途端、レオンの表情が急に険しくなる。


「あっ、ごめんなさい!」


 不必要な接触はするなと最初に言われていたことを思い出し、手を離す。

 せっかく笑顔で話が出来ていたのに、不用意な行動で台無しにしてしまった。そう思いながら、レオンの横へと戻る。

 そのレベッカの右手を、レオンの左手が握った。不意打ちに、胸の鼓動が跳ねる。

 レベッカよりずっと大きな手に力がこもった。


「危ない真似はやめろ。転んだらどうするんだ」

「あっ、は、はい……」


 何か言いたいのに、全く思考が出来ずに戸惑う。頭の中が真っ白で、ふわふわしている。

 どうしてレオンはレベッカの手を握ったのだろう。不必要な接触は好まないと言っていたのに。どうして、手を離さない?

 そっと隣のレオンを伺うも、レオンは絶妙にレベッカから顔を背けている。


(レオン様、呆れていらっしゃるのかしら……)


 そう思うと、なんだか胸が苦しい。鼓動が早いせいかもしれない。でもどうしてこんなに早くて苦しいのだろう。

 繋がった手から流れ込む熱が、波のようにレベッカの中に広がって行く。


「あちらでは、なにも困ったことはなかったか?」


 レオンがレベッカへと視線を向けた。その表情はいくぶん和らぎ、瞳は優しさをたたえている。

 今度は、胸の中心から放射状に波が広がった。一瞬でそれはレベッカの全身の隅々まで届き、疼く。その感覚に戸惑う。


「えっと、その……あ、クラウス商団の納品に出会ったんです。だけどわたくしったらお仕事の邪魔をしてしまって」


 その時の事を思い出し、思わず縋るように繋いだ手に力を込める。


「怒鳴られてしまいましたわ」

「なんだと⁉︎」

「あの、でもわたくしが悪かったのですわ。荷を倉庫に用意してあった空箱に入れ直していたので、不思議に思って……どうしてそんなことをするのかって質問したりとかして……」


 木箱が足りないから持って帰ると言われた事を話す。そして、邪魔をしたお詫びに空の木箱を運ぼうとした事も。

 話す事が明確になったおかげで、思考が戻って来ていた。少しだけ安堵した気持ちで口を動かす。


「そんなに大きな木箱じゃなかったんです。中身も確認しましたけれど空でしたし、わたくしでも運べると思ったんですの。でも、すごく重くて」

「……なにか、重そうな木で出来ていたのか?」

「わかりませんわ。見た目はよくある木箱に見えましたけれど」


 そう言うと、レオンが少し空を仰ぎ、考える素振りをした。しかし、すぐにレベッカに視線を戻す。

 心配そうに、それで? と促す。その表情に、胸を突かれる。こんなにも心配してくれている。その優しさに、ずっと甘えていた。今も。

 繋がった手が熱い。


「少しだけ上がったと思ったら落としてしまいましたの。それで触るなって怒鳴られましたわ。木箱が足りないって言われたばかりですのに、本当に短慮たんりょでしたの」

「悪気があったわけではないんだ、怒鳴る方がおかしいだろう」

「いいえ、木箱だって立派な商売道具ですわ。しかもわたくしはライバル商団の家族ですもの。妨害と取られてもおかしくないですわ」


 もちろん、クラウス商団を取り仕切っているヴィクターに話せば、多少注意はされても許してくれるだろう。だかと言って、こちらの配慮が足りなかったことを反省しないのは違う。

 はあ……と思わず出てしまったため息は、自分の短慮を憂いてではなかった。

 やっぱりずっと胸が苦しい気がする。


「落ち込むな、君は善意で行動したんだ。それで失敗した。それだけのことだ」


 レベッカのため息を、レオンは木箱の事を気に病んだ結果と受け取ったようだ。


「善意で行動するということは、誰にでも出来る事じゃない。まして今回のように軍靴を作ろうと思って、それを行動に移すなんて事はなおさらだ」

「レオン様……」

「失敗しないようにする事は大切だが、避けられる事じゃない。誰でも失敗する。俺も……つい先日、スティーブ殿から説教されたばかりだ」


 そう言って、少しおかしそうにレオンが笑みを浮かべる。

 その笑みに、胸に光が差したような心地になる。やっぱりレオンは笑った顔が似合う。


「レオン様にも、そんな事があるんですのね」

「ああ。だから、反省したのなら、もう気に病む必要はない。それに」


 一瞬言い淀み、レオンが息を呑む。しかし、すぐに口角を上げ口を開いた。


「君が好きな事をしている姿が、俺は好きだ」

「す……」


 二の句が継げない。好き、とはどういう意味だろう。

 いやレベッカだってレオンのことは好きか嫌いかと言われれば、間違いなく好きだ。そのことに疑いなんてない。

 とにかく、レオンは自分を嫌いになっていないとはっきりと告げてくれた。

 これで最後かもしれない。だからこそそう言ってくれたことに、嬉しさと寂しさが同時に渦巻いてレベッカの感情を揺さぶった。


「君が笑っていても泣いていても、思うように生きている姿が好きだ。ちゃんと言った事が、なかっただろう」


 なんと答えたら良いのかわからない。なぜだかレオンの瞳を直視出来ず、視線をそらす。


「俺にはないものを、君はたくさん持っている。自信を持って良い」

「あ、ありがとうございますレオン様……!」


 ここ最近は自分の事が嫌になるばかりだった。落ち込み、自分らしいとはなんだろうと思いもした。

 それを、レオンはまるっと肯定したのだ。笑っていても、泣いていてもそれで良いのだと。


「ありがとうございます!」


 もう一度力強く言って、身体ごとレオンの方を向く。

 足を止めたレベッカに、レオンもすぐに足を止めた。その繋がれたレオンの左手を、両手で包む。


「すごく嬉しいです!」


 その手をぶんぶんとふると、レオンがおかしそうに笑った。


「君はその、これが好きだな」

「とても嬉しくなるとこうしたくなるんですの!」


 レオンにもらった言葉を糧に、この先を歩いて行けるだろうか。それはまだわからない。

 それでも、その道でどんな反応をしても、レオンは肯定してくれていた。そう思うだけでどんな自分も許せる気がした。


「あの、このまま手を繋いで帰ってもよろしいですか⁉︎」


 だから、こんな我儘を言う事も、レオンは肯定してくれるだろう。その返事が否であったとしても、失礼な奴だとレベッカを責めたりはしない。恥知らずだとわらいもしない。そんな確信があった。


「君がそうしたいなら」


 頷いたレオンの瞳が細められ、優しげにほほ笑む。

 その笑みに、また胸の奥から一瞬にして熱のような波が全身を駆け巡った。何度も何度も。

 胸が高鳴る。ああ、これが嬉しいという感情だ。苦しいほど、嬉しい。

 そして、苦しいほど寂しい。


「ありがとうございます」


 片手を離し、レオンの隣に並ぶ。繋がった手は、そのまま熱を伝え合っている。

 再び歩き出したレベッカのほおは、どうしようもなくゆるむことを止められない。

 見上げたレオンもほほ笑んでいる。その事が、またレベッカの内側に光を灯す。

 こんな未来が来ると思っていた。信じていた。それは叶わない夢になってしまった。

 それでも、今だけは————。


   * * *


 執務室の扉がノックもなしに荒々しく開いた。

 窓辺で日の落ちつつある空を眺めていたマルセイユは、訪問者を一瞥する。

 少し離れた場所にいた護衛兼側近の二人が駆け寄って来ようとするのを手で制し、訪問者へと身体を向けた。

 そこに居たのは、スティーブだった。手には、一枚の紙が握られている。


「閣下、これを」


 大股でマルセイユに歩み寄ったスティーブが、その紙を差し出す。

 受け取り、内容に目を通した。


「……どうされますか?」

「君にはその権限があるだろう? 私に言わせる気とは、君はずいぶんと人が悪くなったようだね」


 スティーブを睨め付け、下ろしていた髪を無意識にく。

 自分はこの国の宰相だ。そして軍部最高指揮官。スティーブが自分を頼って来たのは、判断に迷ったからだ。ならば、自分が命じなくて誰がする。


「密輸は重罪だ。証拠が出ちゃったらもう泳がせるのも限界だね。密通者は炙り出せなかったけど、仕方がない。尋問で吐かせよう」


 命令に感情はいらない。個人の感情より、法は重い。


「スティーブ」

「はい」


 声が冷えた。

 マルセイユが何を言うかなど分かり切っている。わかっていて、スティーブはその声を待っている。

 その信頼には応えねばならない。上に立つ者として。


「レベッカ・アヴァロを火薬密売容疑で拘束しろ」


   * * *


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