38. お邪魔してごめんなさい
幌馬車から、四人ほどの男達が降りて来る。てきぱきと幌の中から木箱を下ろし、倉庫へと運び込んで来た。
中の一人が、倉庫番を呼び止める。
「クラウス商団だ。荷を積み替えたいが、空いている木箱は用意してあるだろうか?」
「ああ、ありますよ。えーと、ほら、あの一角の木箱は空なんで」
「ありがとう、助かるよ」
そう言いながら、男達は荷を倉庫番が示した一角に運んでいく。
ある程度運ぶと、木箱を開けた。空の木箱へと中身を移し替えていく。
今移しているのは胸甲のようだ。
(どうして移し替えたりするのかしら……)
もちろん、中の補給品を使えば空箱は出来る。アヴァロ商団ではそれを、荷と引き換えに持って帰ることにしているのだ。
積み替えの手間もないし、ごくシンプルな方法だ。
(移し替えた方が良い事があるのかしら)
興味心がむくむくと湧き上がって来る。アヴァロ商団は、長年商いを生業にしている。それなりに効率化されているはずだが、もっといい方法があるなら、それを採用したい。
「あのー! こんにちは」
ぱたぱたと男達に駆け寄る。皆一様にぎょっとした表情でレベッカをふり返った。
「わたくし、レベッカ・アヴァロです。先程、わたくしも納品させていただいたんですの」
「ん、あぁ、アヴァロ商団の……」
「はい! あの、どうして荷を積み替えていらっしゃるのですか?」
彼らは仕事中だ。話しかけては迷惑だが、どうしても好奇心が勝ってしまった。
もしかしたら、こういうところがレオンは嫌だったのかもと思うが後の祭りだ。
「うちはそっちみたいな大商団じゃないんでな。木箱も潤沢じゃないんだよ。持って帰らなきゃ足りないんだ」
「まあ、そうでしたのね。ごめんなさい」
効率が良いわけではなく、資源の問題なら納得だ。なんだか、聞いてしまって申し訳ない気持ちになる。
しかも仕事の邪魔をしている。
(ヴィクター様は迷惑をかけても良いとおっしゃったけれど、こういう迷惑ではありませんわね)
荷を移し替えたと思われる木箱が、レベッカの横に置かれた。胸甲が入っていたもので、さほど大きな木箱ではない。
レベッカ一人でも十分持ち上げられそうなものだ。
そっと蓋を開けて中を見る。やはり空だ。これなら運ぶだけでも手伝えるかもしれない。
「お邪魔してごめんなさい。あの、お詫びにこれ馬車まで運びますわ!」
木箱に手をかける。そのまま持ち上げようとして、ずしりとした重さに驚く。
ほんの少ししか持ち上がらず、木箱が地面にぶつかり音を立てた。それと同時に怒号が飛んだ。
「何してんだ触るなッ‼︎」
「————ッ」
怒鳴られた事に驚き、思わず顔を腕で庇う。殴られる、そう思えるほど怒りに満ちた声だった。
「……っ、怒鳴ってすまなかった。別に何もしないよ」
「あ、はい……あの、すみません……」
木箱の数が足りないと言われたばかりなのに、傷を付けるような事をした。わざとではないにしろ、その行為は事実。怒られて当然だ。
「思ったより重くてびっくりしてしまって……破損させようと思ったわけではありませんの」
「当然だろ。わざとなら許さねぇよ」
男はレベッカを追い払うように手をふった。それにもう一度謝って、倉庫を後にする。
手伝いたかっただけなのに、さらにとんだ迷惑をかけてしまった。
フェルナンではないが、なんだか一気に疲れた気がする。肩が落ちているのを自覚したものの、背筋を正す気持ちにもなれない。
はぁ、とついたため息は翳り始めた空に吸い込まれて消えた。
* * *
翌朝、幌馬車で出立の準備をしているとその場に光が差した。マルセイユだ。
今から馬にでも乗るのか、青い乗馬用のテールコートを着ている。胸のボタンを全て閉めても、足にテール部分がかからないようになっているものだ。
昨夜と同じように、マルセイユは後ろに高官らしき二人男を従えていた。彼らはマルセイユを置いて、きびきびと馬小屋の方へと歩いて行く。
「あ、お、おはようございます閣下!」
慌てて挨拶をすると、マルセイユがおかしそうに笑った。
その両手は、レベッカの肩幅ほどはありそうな長方形の木箱を掲げている。
「これをレオンに渡して欲しい」
そっとレベッカに手渡されたその木箱は、見た目に反してずっしりと重たい。
しかも、その木箱の蓋は釘でしっかりと打ち付けられ、開かないように加工されている。
「これは……?」
「君には教えられないけど、重要なものだよ。私も今から王都へ帰るんだけど、あいにく馬なんだ。最低限の荷しか持てなくてね」
「えっ⁉︎ 馬で帰られるんですの⁉︎」
マルセイユは宰相であり軍部最高指揮官だ。だがそれ以前に、王家の外戚であるブルーム公爵という尊い身分だ。
この国の紛うことなき権力者を害そうとしてくる者がいないとは言えない。特に、ここは前線なのだ。
「そうだよ。その方が早いでしょ?」
「危なくありませんこと⁉︎」
「屈強な護衛が付いているから大丈夫」
にこりと笑ったマルセイユが、レベッカの後方へと視線を向けた。それにつられてふり返ると、護衛らしき二人が馬を三頭引き出して来たところだった。
荷は確かに積んであるが、マルセイユのものだと思うとあまりにも少ない。
「それはね、とても貴重なものなんだ。火も水も決して近づけちゃいけない」
「は、はい……!」
そんな重要で貴重なものを託されている。そのことに背筋が伸びる。
そこに、最後のチェックを終えたのかフェルナンがやって来た。マルセイユへと礼を取る。
「アヴァロ商団の受注の件は引き受けるよ。少し時間がかかるかもしれないけど」
「いえ、お心遣い痛み入ります」
「うん。じゃあレベッカ、よろしく頼むね」
その宝石のような青い瞳が、優しげに笑みを浮かべた。
そのあまりの神々しさ、美しさに、まるで時が止まってしまったかのような錯覚を覚える。
時間が進んだと思った時にはすでに、マルセイユは馬上にいた。
かけ声とともに、三頭の馬がいっせいに走り出す。マルセイユの美しい金髪が輝き、その姿が光の中へと吸い込まれるように疾走していく。あっという間にその光は見えなくなった。
「さ、レベッカ。私たちも出発しよう」
「あ、はい!」
光に当てられぼうっとしてしまった頭をふり、木箱を持つ手に力を込める。
これをレオンに必ず渡さなければ。
そして、上手く行ったと報告するのだ。
レオンは喜んでくれるだろうか。ちゃんと、終わらせる事が出来るだろうか。
王都へ帰るのが楽しみなのに、帰りたくない。だが、帰らなければならない。自分は重要な任務を任されたのだから。その信用を裏切ってはならない。
(わたくしの軍靴が、間接的にでもレオン様を守る力になるのなら……)
* * *




