37. まだ諦めませんわ
目の前に、あまりにも美しい男性がいる。眩しすぎて目が潰れそうだ。
黙ってレベッカの話を傾聴していた美貌の男は、ブルーム公爵マルセイユ・ヴァレンチアだ。
背後には側近らしき男が二人、直立不動で控えている。その様子は、マルセイユの美しさと相まって妙な迫力があった。
レベッカは、東部軍営に付いて荷を下ろしてすぐにマルセイユへの面会申請をした。
フェルナンと連名だったためか、密書を持っていると告げたためか、それは意外にもあっさりと許可が出た。
そうして、兄と二人でマルセイユのいる天幕へとやって来たのだ。
天幕と言ってもかなり広く、そこにある簡素ではあるが大きい椅子にマルセイユが座っていた。
長い金髪を一つの三つ編みにして前に垂らしている。レベッカも同じように後ろで三つ編みをしているのに、くせっ毛のせいで毛束が膨らんでいる。髪質からして雲泥の差だ。
「……なるほど」
マルセイユが品良く口の端を上げた。その笑みに、フェルナンが言うようにある種の凄みを感じて思わず空気を飲み込む。
「ここで、君の軍靴を使えと言うんだね?」
「はい、どうかお願いします閣下! この靴は、みんなで作り上げた良い靴なんですの」
「みんなで、ねえ……。でも、納品許可は取り消しになったんでしょう?」
首を傾げながら、マルセイユは肘置きに置いた手をほおに当てた。
その表情は、笑みを浮かべているのに鋭い。
「そうなんですけれど……」
「ここに持って来るのだって、納品許可は出てないよね?」
「それは……」
「閣下、申し訳ございません! あの軍靴はうちの商品で、中古として売ろうと積んできただけなんです」
慌ててフェルナンが横から割り込んだ。
商団は、軍需品の運搬を担う代わりに、自分たちの商品を同時に運んでも良い事になっている。そうやって、軍需品を運びつつも収入を得る事が出来るのだ。
軍需品の運搬には護衛が付く。それも軍需品以外の商品を一緒に運ぶ理由だ。単に荷を狙った賊に襲われる確率が減る。
フェルナンはそういう荷の一つだと言って話を終わらせるつもりのようだ。
「お兄様!」
「レベッカ、やめなさい」
固い声でフェルナンがレベッカを制する。それは、普段のフェルナンからは想像も付かないほど厳しい。
ここまで来て、会う事が出来たのに諦めねばならないのだろうか。
「あはは、ごめんね。ちょっとからかっただけ」
「え……?」
フェルナンと顔を見合わせると、いよいよ我慢出来ないとばかりにマルセイユが吹き出した。
声を上げて笑い出す。
「私に足の寸法を測らせろって言って、その次は納品も使用も禁止された軍靴をここで使えと……この私に、そんなこと言えるの君くらいだよレベッカ」
「あ、あの……あれ? お兄様、わたくし変な事言いました、の……?」
「そうだねえ、かなり最初の方から斜め上だよ」
フェルナンが呆れたように肩をすくめる。
「ここでかぁ。ま、私が許そう。私もその軍靴を作るのに協力した一人だものね」
「……っ、ありがとうございます!」
「実際とても評判が良かったそうだね、聞いているよ」
にこりと笑ったマルセイユを直視出来ず、そっと目線をそらす。
まるで年齢を感じない。あまりにも美しくキラキラしている。
「ここで評判が良ければ、私からも多少の口添えはしてあげよう。その代わり、兵の足元に不安があるようなら、二度と軍靴の納品は出来ないと思って」
「は、はい……」
やはり軍部最高指揮官だ、厳しい。
いや、これでもかなり譲歩してくれているのはわかる。兵の足元に不安が出る可能性のあるものを、普通は許可などしない。
とにもかくにも、レベッカの軍靴の評判はマルセイユに届いていたのだ。
元々履いていた兵の癖が付いている可能性はあるが、見たところ足元に不安が出るほどではない。きっと大丈夫だ。
「じゃあ、納品許可を出しておくから倉庫に入れておきなさい」
そう言って話を畳もうとしたマルセイユに、はっとして食い下がる。
「閣下、あと一つだけ! 閣下に監査局からの手紙を預かって来ておりますの!」
慌ててレオンから託された手紙をスカートのポケットから引っ張り出す。
監査局の印章を使った封蝋を上に向けて差し出した。
「確かに監査局からだね」
手紙を受け取り、マルセイユは躊躇う事なく封を切った。
中から取り出した手紙を広げる。手紙は一枚ではなく、何枚かに渡っているようだ。
その文字の上をマルセイユの視線が流れていく。
やがて、読み終えたマルセイユが、その手紙を封筒に戻した。
「よく届けてくれたね。ありがとう」
「お役に立てて良かったですわ」
「うん。私からも君に頼みがあるんだけど良いかな?」
「えっ? あ、はい、もちろんです!」
まさか軍部最高指揮官のマルセイユから頼み事をされるなんて。
(名誉すぎて緊張しますわ……!)
なにしろ相手は憧れの人物だ。しかも、国王を覗けばこの国に上のいない権力者。本来なら、口を聞くことも出来ないような雲の上の人。
緊張するなという方が無理だ。
「フェルナン、明日にはここを発つ?」
「はい、閣下。明日の午前中にはここを出て、夕方にアーリヤに入る予定です」
アーリヤは小さいが感じのいい村だ。
前線から早めに撤退して、少し離れた村で休む。それが民間人運搬業の暗黙の了解だ。
前線に民間人が多くいても、いざという時には足を引っ張る邪魔者でしかない。
「わかった。レベッカ、君に運んで欲しい荷物があるんだ。監査局に渡してもらいたいから……そうだな、レオンに渡してくれたら良いよ」
「はい!」
「荷は君たちが出るまでに用意しておくよ」
にっこりと笑ったマルセイユに、退出するよう促される。
そそくさと天幕を出て、ほっと一息ついた。
空はまだ赤くないが、そろそろ夕刻に入る頃だろう。
「はあ……疲れた……」
ぼやきながらも、納品に行こうかとフェルナンが促す。
荷を運んできた幌馬車に戻ると、車輪の点検をしていた従業員の男がまだ残っていた。彼とフェルナンで、二箱の木箱に詰めた軍靴を運び出した。
納品先は、軍営内の装備品倉庫だ。
王都の本部と比べると、倉庫の大きさはこぢんまりしたものだ。それでもそこそこの大きさの倉庫に、軍靴を運び込む。
「ありがとうございます! 納品出来て良かったですわ!」
「うん、そうだね」
「受注が減っているのも、閣下が調べさせるって言って下さいましたね」
「あぁ、うん、そうだねえ……。リップサービスかもしれないけど、ひとまず良かったよ」
マルセイユに受注が減っている事を伝えられて、とりあえずフェルナンはほっとしている様子だ。
受注の事もあるし、レベッカの軍靴の事もあるしで、フェルナンには気を揉ませてしまったと思う。
「あとはちゃんと四五足あるか数えて……わたくしやっておきますわ! お二人は先に休んでくださいまし!」
そうさせてもらおうかな〜と言うフェルナンと、幌馬車の点検が終わっていないのでと言う従業員が、連れ立って倉庫を出て行く。
「あの、ちょっと待って下さいましね! しっかり数を数えますので」
少し離れたところにいた倉庫番に声をかけ、木箱を開く。
どれも少しだけ傷が付いている。しかし、ちゃんと手入れした様子もあり、数えるのも忘れてその一足一足を眺める。
これを履いてくれていたのは、全てレベッカが直接手渡した人達だ。その顔が思い浮かぶ。
しっかり四五足詰めた。それでも、この場で再度数えて納品する事が大切だ。
「わたくし、まだ諦めませんわ」
一人頷いて、軍靴を一足一足確認しながら数えて行く。
ちゃんと四五足ある。それをしっかり確認して、倉庫番に納品報告をした。帳簿にしっかりと記載してもらう。
これで、レベッカの仕事は終わりだ。後は明日帰途につくだけ。
そう思い、倉庫の入り口へ足を向けようとし——そこに幌馬車が停まったのが目に入った。
幌の隅に描かれた紋は、アルマール伯爵家のもの。
それはクラウス商団の幌馬車だった。




