表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/55

31. 火薬があるんだぞ……あり得ない……

「では、状況を整理しよう」


 監査局の会議室。長官のスティーブを真ん中に、長机がロの字状に並べられている。

 そこに現在職務中の者を除いた監査官が集まっていた。

 レオンも、その一角に着席していた。配られた資料に目を落とす。

 ロバートにこっぴどく絞られ、意気消沈したレベッカは先程軍部から送り出したばかりだ。彼女のことは気になるが、とにかく今は職務の事を考えなければならない。


「我々は、第三軍需補給局の横領疑惑を追うために、軍政管理局に届出の上、不審な人や物の出入りがないか倉庫を秘密裏に監視していた」


 スティーブがゆっくりと確認するように声を出す。


「そこで、倉庫火災が発生。初動調査に入った軍政管理局から、監査局の監視状況について報告するよう要請があり、これを実施」


 この先の事は、もちろんレオンもこの場に揃う監査官たちも了承している。それでも、妙な緊張感が漂った。


「我々が提供した情報は、第四倉庫に立ち入った者のリストだ。このうち、日常あまり倉庫内に立ち入ることはないが、この日たまたま火災前に立ち入った者が三名いる。レベッカ・アヴァロ嬢、彼女の監視をしていたスタンフィールド補佐官、そして第三軍需補給局のローズマリー事務官だ」


 レオンの脳裏に、ヴィクターと口付けを交わすローズマリーの姿が思い浮かんだ。考えないようにしようと思えば思うほど、その光景が頭から離れなくなる。


「ローズマリー事務官は、別におかしくないのでは?」


 一人の監査官がそう口を挟む。

 たしかに、彼女は第三軍需補給局の所属だ。倉庫内に入ることはおかしくない。


「彼女は事務官だ。普段から倉庫に入る業務があるわけではない。スタンフィールド補佐官もそうだ。定期監査で管理部を訪れることはあっても、不審点がなければ倉庫までは入らない。レベッカ嬢は言わずもがなだ。ただし、彼女はスタンフィールド補佐官が監視として張り付いていた。二人が共謀しているならいざ知らず、単独犯なら犯行は難しい」


 レオン自身は、絶対に倉庫火災の原因ではないと言い切れる。だが、周囲の者にとってはそうではない。

 スティーブがレオンをこの場から外すよう命令する事も十分にあり得た。それをしていないのだから、おそらくは聞かれても支障がない、レオンではないという確証があるのだろう。


「そして、軍政管理局からは現場の残留物の情報提供を受けた。手元の資料がそれだ」


 視線を落とす。配られた資料には、現場の状況、燃えた物資のおおよその品目と量などの現場検証結果が記載されている。

 その中に、納品記録のない残留物の特徴が記されていた。


 残留物は、金属製のなにか。破損と変形が激しいが、おそらく缶のような形状で、大きさは二種類。大きい方の缶の内側には、蝋のようなものが溶けた跡があったという。

 ここまで読んで、レオンの頭には真っ先にレベッカが見たと言う謎の缶のことが思い浮かんだ。思い浮かばない方がおかしい。


 レベッカは、倉庫でそれほど大きくない缶が置いてあったと証言している。蓋だけが木製だったと話していた。

 資料によれば、缶の近くからは粉末石灰と、白く結晶化した粉状の残留物が多数見つかっているようだ。


「軍政管理局は、これらをあらゆる角度から調べた。そして、この白く結晶化した残留物と異臭の証言から——りんを想定した」

「ファイアストーンか……」


 誰かが低い声でつぶやいた。その声に監査官の面々がざわつく。

 燐は近年発見された極めて危険な物質だ。なぜなら、空気に触れるだけで自然発火するからだ。


「燐は空気に触れるだけで燃える厄介な石だ。だが水に沈め、空気から遮断すれば持ち運ぶことも出来る。この金属製の缶に燐を入れ水で満たして、空気を遮断していた可能性は十分あり得る。何らかの方法で水を抜き、燐を空気に触れさせれば火が出るだろう」

「火薬があるんだぞ……あり得ない……」


 信じられない事を聞き、全員が押し黙ってしまう。


「これを踏まえて、出入り記録に戻ろう。まず、ローズマリー事務官が倉庫に入っている。時刻は午前九時頃だ。乾燥剤として粉末石灰の納品をするよう調達庁からクラウス商団に指示が出て、その納品があった。検品が済み石灰は運び込まれたが、その納品場所には別の荷物が既にあった。場所の指定を間違えているのではとの報せを受けて、彼女が正しい場所を伝えるために倉庫の中に入った」

「石灰……」


 缶とともに残留物として残っていたものだ。残留物と言うからには、石灰も火の中にあったのだろう。


「彼女は、大きな皮袋に伝票の束を詰めて持っていた。古い伝票を保管倉庫に移そうと持ち出したところで、その報せを受けたらしい。伝票の束の入った袋を持ったまま倉庫へと入っている。中身は、倉庫に入る時に一応倉庫番が確認したらしいが、伝票の束の下に何があるかまでは見ていない」


 それはつまり、その伝票の束の下に燐の入った缶を入れていた可能性があるという事だ。

 そうだとするなら、とんでもないことだ。


「それから、スタンフィールド補佐官とレベッカ嬢が午前十一時頃入った。二人は軍靴の試作品を納品に来たんだ。二人は箱などには入れず、直接軍靴を手に持っていた。二人が共謀した場合、軍靴の靴紐をゆるめ、胴部分に缶を入れて運ぶ事は可能だ」


 周囲の視線がレオンへと注がれる。だが、なんと答えたら良いものかは分からず沈黙を貫く。


「ただし、この軍靴は胴部分が従来品より短い作りだ。軍靴に缶を入れて運ぶ場合、少し覗けば外から缶が見えてしまう。見えなくても胴部分が不自然に変形する。見つかるリスクはこちらの方が高い。納品の記録をした倉庫番も、そんなものは見ていない、胴に缶が入っていたらさすがに気づくと証言している」

「ならローズマリー事務官が……?」

「いや、それも早計だろう。日頃業務を行っている兵の誰かという線も消せない」


 倉庫火災は、明らかに人的な犯罪行為だったのだ。しかも危険物である燐を使って、近くに大量の火薬がある場所での火災を引き起こした。

 あまりにも厄介で殺意に満ちている。もし火薬が爆発したら、多数の死傷者が出る大惨事になっていた事は否めない。


「燐はたしか、購入歴を残す事が義務付けられていますよね?」


 ベテランの監査官がそう発言する。

 燐は危険物だ。危険物ゆえに、その取り扱いには厳格な規制を設けなければならない。

 燐の購入は全て記録され、その記録は国への提出が義務付けられている。


「購入履歴を洗いましょう」

「ああ。軍政管理局には話を通しておく。君はあちらと協力して燐の購入履歴を当たって欲しい」

「はい、了解いたしました!」

「とはいえ、これは第三軍需補給局の横領疑惑とはまた別件。管轄は軍政管理局の方だ。だが監視の必要という利害は一致している。よって、我々は軍政管理局委託案件として、正式に第三軍需補給局倉庫の監視を継続する」


 隠密の監視は終わったという事だろう。ここからは堂々と人員配置をして見張る事になる。

 火災によって横領の証拠も燃えてしまった。正式な監視を始めるとなると、もうこれ以上は架空請求もなくなるはずだ。少なくとも監視が解かれるまでは。


「スタンフィールド補佐官」

「はい」

「君が発見した架空請求の痕跡では、軍靴五〇足が未納にも関わらず支払い許可が出ていたな」

「その通りです」

「では、君は軍靴の搬出記録と配備記録を当たってくれ。軍靴は全て燃えてしまったが、伝票や帳簿で追えるはずだ。それと、仮伝票処理された取り引き伝票を全て押さえろ」

「了解致しました」


 なるほど、軍靴の納品数が多い割に兵への支給が少なければ、決定打ではないにしても疑いは強まる。

 倉庫番が持っていた帳簿は焼けていない。火災時に、記録上何足の軍靴が倉庫にあったことになっているかはわかるはずだ。


「痕跡を消される前に押さえなければならない。今は軍政管理局が全ての持ち出しや処理を差し止めている。しかし、これを長引かせれば軍が機能不全に陥ることになる、動ける時間は短い」


 スティーブは厳しい顔で全員を見渡し、あと二人にレオンと共に伝票を当たるように命じた。


「それから、靴職人ギルド本部への聞き取りも行う。帳簿を押さえろ。これも証拠を隠される前に一斉に行う」


 そして、靴職人ギルドへ行く者、監視業務に当たる者を次々と指名して行く。

 やがて仕事のふり分けが終わると、スティーブは背筋を正し、再度皆を見渡した。


「なお、これらのことは軍政管理局と監査局のみに共有される機密事項だ。決して漏らすな」


 敵が内部にいる可能性があるのだから当然だ。残留物にしても、それらが発見されたという情報だけでも敵は警戒を強めるだろう。


「密売や横領の他にもなにか大きなものが隠れているかもしれない。皆心して当たるように」


   * * *


「ちっ、余計なことを……」


 ヴィクターはいらいらと指で机を叩きながら舌打ちをした。

 調達庁内の執務机で、ヴィクターは書類に向き合っていた。しかし、なかなか集中が出来ない。

 レベッカが倉庫火災の現場に居合わせたなんて想定外だ。火災は、彼女が去った後に起こる予定だった。

 万が一にでもレベッカに危険が及んではいけない。そう思ったのに、結果はこれだ。


「面倒だな……」


 粉末石灰の納品が少し早めだったのは想定外だった。しかし、だからと言って勝手な判断で計画を変えるなど。不測の事態があれば中止しろと言っていたのに。

 レベッカへの嫉妬で、わざと時間をずらした可能性もある。無事だったから良いものの、到底許せる事ではない。

 だが、まだローズマリーを切り捨てるわけには行かない。事が終わるまでは期待させて、口を封じていなければ。

 机の上に広げた書類の必要箇所にインクを走らせる。これを第三軍需補給局に持って行って、夜に会おうと誘うことにしよう。


(だが今は監査局が張り込んでいる……)


 周囲にばれないよう、二人だけの合図は決めてあるものの、それすら怪しまれないよう最新の注意を払わなくてはならない。

 女の毒牙は夜の熱で溶かしてしまえばいい。もうしばらくの辛抱だ。そうすれば、なにもかも手に入る。いや、手に入れてみせる。


「ベッキー、君も……」


   * * *


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ