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29.夢の隣にはいつもレオン様がいましたわ

「やあ。私に用があるんだって?」


 調達庁の会議室。そこに呼び出されたヴィクターが入ると、中にいた人物が椅子から立ち上がった。

 監査補佐官のレオンだ。ヴィクターの最も嫌いな男。


「お疲れ様です、クラウス少佐」

「どうも。で、監査補佐官殿が私に何の用かな?」


 適当な場所の椅子に座ったヴィクターに、レオンが歩み寄って来る。

 自分は椅子に座らず、ヴィクターに向き合った。


「監査局として、あなたに聞き取りを」

「へえ……なんの?」

「クラウス商団についてです」


 思わず眉が動いた。それをごまかすように、笑みを浮かべてみせる。

 なにを聞きたいか知らないが、全てかわしてやる。なにせ相手は不正にも気が付けないような能のない監査補佐官だ。

 士官学校ではわずかにヴィクターよりも優秀だったが、実務となると素人だ。士官学校時代どころか、幼い頃から商人としての経営を叩き込まれている自分とは違う。


「クラウス商団は、補給局との取引が多いですよね。中でも第三補給局とは、長い付き合いだと聞いています」

「まあ、伯爵家として国のために仕事をするのは責務のようなものだからね。なにしろ戦において補給は生命線だ」


 レオンは頷きつつ、少し間を置いて言葉を継いだ。


「……その第三補給局で、ロバート大佐に関する少し厄介な噂が出ています。ご存知ですか?」

「さあ? 知らないな」


 レオンの話す内容はまるで見当違いだ。内心愉快で、自然と笑みが深まった。

 これは楽勝かもしれない。


「実は、ロバート・フェルド中佐が横領をしている、と……」

「あの貴族嫌いのフェルド中佐が? まさか」


 大袈裟に驚いたふりをして肩をすくめてみせる。自分も信じられませんがとレオンが頷いた。


「ですが、仮伝票を使った架空請求の痕跡を監査局はつかんでいます。これがフェルド中佐の犯行だという確証はまだありませんが……」

「本当なのか?」

「ええ。それで、第三軍需補給局と長い取り引き実績を持つクラウス商団にも念のために聞き取りを」


 レオンは完全に撒いた餌に食いついたようだ。

 それがおかしくて、ヴィクターは笑い出すのを堪えなければならなかった。


(お前にベッキーは相応しくないよ、レオン。彼女は私がいただく、私の側が相応しい)


 簡単に婚約を破棄してしまうような男だ。そんな気持ちでレベッカの側にいたなどと腹立たしい。

 レベッカを横からさらって行ったのに、都合が悪くなると放り出す。そんな男と自分は違う。


「クラウス商団は、仮伝票での納品は行いますか?」

「仮伝票? もちろん正式な伝票処理が原則だね。でもまあ、なくはない」

「たとえばどのような事象がありますか? これは、監査局としての通常の確認です」

「もちろんわかっているとも」


 監査局の仕事は、分かりきったことをくり返し聞いては仕事の邪魔をすることだ。


「仮伝票は、主に、一部だけでもいいから急ぎ納品する必要がある場合に使うね。例えばそうだな、戦時や繁忙期には一部でもいいから先に物資が必要なことがままある」

「はい」

「それができなかった四年前の東方辺境戦役は補給が間に合わず大惨事になっただろう? あれから、仮納品も認められるようになったんだ。戦時に正規の手続きを優先するなんて全く愚かだよ」


 簒奪された王座を取り戻してから十年以上。国は穏やかに維持され続け、戦が起こるなどと誰も思っていなかった。

 突如降りかかった戦。前線からの補給物資の嘆願は来ていたものの、その惨状を把握しきれなかった軍本部の動きは鈍いものだった。

 戦況を把握しきれなかったせいで、補給業務に従事したクラウス商団を始めとした民間人にも多くの犠牲が出た。許されないことだ。


「私たちはまだ士官学校時代で、戦力にはなれなかったが。君の上司のブライアン大佐だって、あの時は栄光ある王宮騎士団総団長だった。そもそも、王宮守護の要を前線に送るなど……補給が間に合わなかったせいで、今では彼は監査官だ。勿体無いことだと思わないか」

「……そうですね」

「フェルド中佐も、大勢の仲間を失ったそうだね。それなのに横領か……軍に恨みを持っていてもおかしくはないけどね、彼は」


 レオンの表情が微かに翳った。死者を悼むように、右手を胸に添える。


「平時から補給局との合意を得ていますか」

「当然だ。クラウス商団としても、仮伝票を発行する際は管理を徹底しているよ。これでお望みの答えになったかな?」

「ええ、ご協力感謝いたします」


 レオンが直立不動で敬礼をした。それを受け、席を立つ。


「フェルド中佐に限らず、なにか思い当たる事があれば報告をお願いいたします」

「ああ、心得ておくよ。では」


 踵を返す。

 そのまま部屋を出て足早に歩く。


(監査局が動き出したのなら……仕上げにかからないとな……)


 これでまた一歩、先に進める。レベッカも自分のもとに来るだろう。

 いや、なんとしてでも手に入れてみせる。彼女こそが、これからの人生に必要だ。

 身分? そんなくだらないものなど全て他の誰かにくれてやる。好きで伯爵家に生まれたわけじゃない。

 調達庁管理部の自分の席に戻ると、羽ペンを取った。手紙をしたためる。その手紙を事務官へ託すと、更に文字を書き連ねる。

 クラウス商団の納品申請書だ。


「私は約束を守るよ、ベッキー。君が忘れた約束を私が思い出させてあげよう……」


   * * *


 レベッカがレオンに連れられて第四倉庫内に入ると、どこからか大蒜にんにくのような臭いが漂って来ていた。


「なんだ……?」


 レオンもその臭いに首を傾げたが、食品を間違えて入れているんじゃないかと言いつつ歩を進めて行く。その背を、軍靴試作品を二足抱えてレベッカは追った。

 レベッカの前を歩くレオンは、三足の軍靴を抱えている。


(よく見ておかなくちゃ……)


 倉庫内をきょろきょろと見回す。

 軍靴試作品最後の五足の納品だ。もしかしたら、これが第四倉庫に立ち入る最後の機会かもしれないのだ。


 雑多に積まれているように見える荷物も、きちんと区画整理されていることを今なら知っている。

 普通にしていたら知ることのなかった世界だ。ここは、誰に知られなくとも国を守っている場所。

 戦場で戦わなくとも、国を守ることは出来る。レベッカも、それに貢献出来たらいい。


(あれは、軍靴ね)


 前方の木箱には、軍靴二五足のラベルが貼られている。今、兵のほとんどが履いている現行のものだ。

 その木箱の横に、金属製の缶が置いてある。その上部に嵌め込まれている蓋だけが木製で、少し風変わりだった。この倉庫内では初めて見るものだ。


(なにかしら……)


 さほど大きくない缶だ。高さはレベッカの手のひらより少し大きいくらい。

 辺りを見回すと、同じような缶が所々に置かれている。

 なにに使うものなのだろうか。あとでレオンに聞いてみよう、そう考えているうちに目的の場所に着いた。

 レベッカに与えられた、軍靴試作品の納品場所だ。


「これで最後ですわね……」


 最後の五足の軍靴を、一旦その場所へと並べ、納める。

 この軍靴試作品を履きたいという希望は多い。すぐにここから出さなければならないのはわかっている。だからこそ、その光景を目に焼き付けたかった。

 これを配り終えたら、いよいよ使用感の聞き取りのみになる。そうして、しばらくしたらその意見をまとめて採用申請を出さなければならない。

 そこまで行けば、もうレベッカが軍部に来る理由もなくなる。採用でも不採用でも、もう聞き取りなどはしなくて良いからだ。


「いよいよか。良かったな」


 隣でレベッカにほほ笑みかけてくれたレオンに、黙って頷く。

 笑顔を浮かべたかったが、上手く出来なかった。


「採用していただけるかしら」

「出来ると思う。評判もいいし、それなのにコストカットもしっかりして長持ちだ。俺からも推薦の文書を出そう」

「ありがとうございます!」


 職務とはいえ、ずっとレオンが付いていてくれた。それを無駄にしたくはない。

 間接的にでいい、この靴でレオンを守りたい。


「配りに行くか?」

「はい! 靴擦れに本当に悩んでいるという伍長さんが第一軍需補給局にいらっしゃいますわ。それから……」


 レベッカの軍靴を履きたいという希望者は日に日に増えていた。だが試作品はそもそも五〇足。断らなければならない者も多かった。

 最後の五足は、もうすでに予約でいっぱいだ。


「火薬倉庫の准尉さん」

「ベルジェ准尉か」


 レベッカがベルジェに声をかけた時、レオンとベルジェは軽く挨拶を交わしていた。元々知り合いなのだろう。そう思うと心強い。

 ああいう、叩き上げの軍人が履いて評価してくれれば後押しになるだろう。


 再び軍靴を手に取ったレオンに対して、レベッカはなかなか手が伸びない。

 これはわがままだ、自分勝手だ。だからいけないのだとわかっている。それなのに、レオンと過ごす時間が短くなるのが、どうしようもなく寂しい。


「なんだか、もうすぐこの時間が終わるのだと思うと寂しいですわ」

「レベッカ嬢……」


 レオンが軍靴を下ろした。


「どうしたんだ? なんだか、君らしくないな」

「うーん、そうですわね。どうしたんでしょう」


 前向きなのが自分の取り柄なのに。それなのに、寂しいからと行動をやめるなんて、らしくない。自分でもそう思う。


「とっても楽しかったんですの、こうして軍靴の採用をみんなで目指すのは。特にレオン様にはずっと付いていてもらえて」

「職務だからな」

「ええ、でも、とても心強かったんですわ。毎回軍部にお邪魔するのが楽しみでしたの」


 自分でもなにを言っているのだろうと思う。上手く考えがまとまらない。

 それでも、今言わなければならない気がした。


「だが、ここからが勝負ではないのか? もし採用されれば、量産体制を整えなくてはならないだろう。それには軍と靴職人ギルドの協力が必要だ。もちろんアヴァロ商団の力も不可欠。金も人も動く。君はそれを仕切らねばならない。大変な仕事だ」

「そうですわね」

「それに、その先にまだある。貴族に認められて、貴族市場に進出するんだろう? それが夢だったじゃないか」


 そうだ、それが夢だった。

 その夢の隣にはいつもレオンがいた。レオンとともに夢を叶えることを信じて疑っていなかった。


「あの夢は……」


 レオンが隣にいてこその夢だった。そう告げようとしたレベッカの鼻に、突如激しい異臭が届いた。

 あまりに突然の刺すような臭いに咳き込む。


「なんだ⁉︎」


 レオンも異臭に気がついたのか、慌てて辺りを見回している。

 ひどい刺激臭だ。倉庫に入った時からしていた大蒜臭が、濃縮された上で大量に散布でもされたかのようだ。

 倉庫内にいた兵達がバタバタと走り回る音、異臭の原因を探す声。

 その原因は、すぐに判明した。


「レオン様あれ!」


 倉庫内だというのに、白い煙が上がったのだ。それは、先ほど二人が通ってきた一画だ。場所的にもほど近い。

 レオンの手がレベッカの右手を乱暴につかむと、早足で荷を避けながら歩き出す。

 火事だとどこからか声が上がった。


「レオン様……!」

「喋るな、口を塞げ」


 一瞬ふり向いたレオンがレベッカにハンカチを渡す。

 ハンカチはレベッカもポケットに入っていたが、レオンに握られた右手の方だ。仕方なく、渡されたレオンのハンカチを口に当てる。酷い臭いがどんどん強くなっていた。


「外に出たら、営門の方に走れ。軍部の外に出ても出来るだけ遠くへ行くんだ。絶対に戻って来るな」

「レオン様は」

「俺は消火にあたる。いいかレベッカ嬢、ここには火薬倉庫がある。火が引火してみろ、大惨事だ」

「そんな……!」


 火薬は第一倉庫だったはずだ。第四倉庫からは距離があるとはいえ、火の粉が舞うだけでも危険なのはさすがにわかる。

 そんな危険な場所にレオンは戻ると⁉︎


「君は俺を案じてくれるかもしれないが、心配は無用だ。まだ消火できる。それに、俺は監査局所属とはいえ軍人だ。これは職務だ」

「そうですけれど……!」

「いいか、君がここにいるだけで迷惑になる。俺じゃなくても、君を助けようとして誰かが身を挺するだろう。民を守るのが我々だ。だから君は、ここから離れなければならない。わかるな?」


 荷物の多い区画を抜け、レオンの足がさらに早まる。

 それでも決して走らないのは、荷の多い倉庫内の移動は歩きが最も安全だという判断なのだろう。


「……はい」


 レオンの言うことは最もだ。レベッカがここにいてはならない。こういう時なら尚更だ。

 レオンにもここを離れて欲しい。だが彼はそうしないだろう。もしレオンがここを離れても、それ以外の誰かが危険な消火任務に当たる。

 レベッカの心情は、他の誰かよりレオンを優先したい。それと同じように、他の誰かのことを優先したいと思う存在もいるだろう。

 目頭が熱くなる。

 倉庫の出入り口の光が見えた。その上部は、黒い煙が混ざり始め外へと流れ出している。


「走れ、レベッカ!」


 外に出た瞬間に、レオンが手を離しレベッカの背を押す。その力に押され、弾かれたようにレベッカは足を前へと出し走り出した。

 一瞬だけふり返ると、なにかを叫びながら倉庫内に駆け戻っていくレオンの背が見えた。


(レオン様、どうかご無事で……!)


 たくさんの兵士たちが、倉庫の方へと駆けて行く。中には、レベッカの軍靴試作品を履いた者もいた。

 怒号が飛び交っている。皆逃げ出さず、危険な職務に命をかけて向かっていく。万が一にも彼らの邪魔になってはならない。

 レオンとまた会うために、レベッカも必ず無事でいなければ。

 軍部を出て、なるべく遠くへ。必死で足を動かし、営門にたどり着く。そこで一度足を止めた。普段全速力で走ることなどないから、息が切れて苦しい。


(レオン様……)


 石作りのアーチに寄りかかる。レオンが、雨で濡れたレベッカを抱いていてくれた場所。その時の感触が、レベッカを励ます。

 もっと遠くへ。よくやったと褒めてもらえるように。

 息はまだ整わないが、行かなくては。

 足を前に出す。もはや歩いているのか走っているのかわからないスピードだった。それでもとにかく前へ。

 いつもレベッカの前で導いてくれた背が、記憶の中から励ましてくれるようだった。


(どうか、どうかご無事で……!)


   * * *


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