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27. レベッカ嬢を騙しているのか……⁉︎

「ヴィクター様!」


 路地の暗がりから女が現れた。その女を、ヴィクターも甘い声で呼ぶ。腕を広げると、そこに女が飛び込んで来た。

 頭をなでてやると、女のほおが胸に擦り寄った。


 職務を終え、軍部を出る頃には空が夕日で染まっていた。外で会おうと誘ったのは自分の方だったのに、すっかり待たせてしまったようだ。

 入り組んだ路地の片隅で、きつく抱き合う。路地にも差し込む夕日が、彼女の金髪を赤く染めていた。


「待たせてごめんね」

「いえ、良いんです。お会い出来るだけで幸せです」

「あはは、可愛いことを言うんだね」


 女の顔を上向かせて、そのやわらかな蕾に口付ける。

 女の身体が震え、うっとりとしたような表情を浮かべた。いや、実際そうなのだろう。


「君には感謝している」

「お役に立てているなら嬉しい……」

「気づいたと思う?」

「ええ、おそらく。倉庫番が抜き打ちの監査を受けたと言っていました。きっとあの時に……兵の出勤記録も見てましたし、検品庫にも行かれたみたいです」


 筋書き通りだ。

 監査局長官のスティーブは用心深い男だ。架空請求の疑いがあると知った上で、一斉監査を実施せず、主犯を獲るためにまだ泳がせている。

 いつ気づいても良いように、お膳立てをして待っていた。それなのに、馬鹿な監査補佐官は全く気づかない。やっと気づいたと思えば、スティーブは慎重に機を伺っている。

 それなら、主犯を教えてやれば良い。


「完璧だね、ありがとう。君みたいに私を信じてくれる人が本当に必要だったんだ。このまま、一緒に来てくれるよね? あちらでなら、私たちの間に壁なんてない」


 しおらしく頷いた女に満足する。

 レベッカもこれくらい素直だったなら良かったのに。しかし、それはそれで張り合いがない。

 本当に欲しいものは、苦労して手に入れるからこそ価値があるのだ。


「君と生きて行けるようになるまで、もう少し辛抱して欲しい。君の協力があればきっと上手く行く」

「あの商人の女は……?」

「彼女には役に立ってもらうよ。それ以上でもそれ以下でもない。君とは違う」


 耳元でそう囁くと、女はうっとりと頷いた。こう言っておけば、彼女は協力してくれる。それが叶わない夢だと知る頃には、自分はもう手の届かないところにいるのだ。

 そう思うと、うっすらと笑みが浮かんだ。身震いするような快感が身体を支配する。


「次は……私たちの愛の炎を燃やそう……空を赤く染め上げるほどに」

「はい。必ず……!」

「頼れるのは君だけだ」


 女に優しく、甘く口付け、抱きしめた。その首筋にキスを落とし、囁く。


「路地を抜けた先に馬車を待たせているよ。行こう、私のローズマリー」


   * * *


 集中しようとするものの、頭の中がうるさい。なかなか文字が追えないのは、夜勤明けだからだけではないだろう。

 監査局の閲覧室。その長机に座り、照会をかけ提出された軍需物資輸送随行護衛記録を広げたままレオンは額を押さえた。

 昨日見た光景が頭から離れない。


「あの男……」


 思い出すだけで腹が煮えくりかえるような怒りを覚える。それが、レオンの集中力を奪っていた。

 昨日の夕方。夜勤が入っていたレオンは出勤するために徒歩で軍部へ向かっていた。途中で馬車を降りて歩いていたのは、軍部近くの店で夜食を買ったためだ。

 そうして道を急いでいる時に、ふと路地の方を何の気なしに見た。そこに、見覚えのある男の後ろ姿を見つけて、咄嗟に身を隠せたのは我ながらいい判断だったと思っている。


 そっと伺うと、夕日に照らされた二人の人物が見えた。一人はヴィクター。そしてもう一人もレオンの知る人物だった。

 第三軍需補給局中央管理部所属のローズマリー事務官だ。

 二人は抱き合っていたばかりか、口付けまで交わしていた。なにを話していたのか、会話までは聞こえなかった。だが、かすかに届く声色はかなり親密さを感じるものだった。


(レベッカ嬢に求婚しているのになんだあれは……レベッカ嬢を騙しているのか……⁉︎)


 知らなかったら心底嫌だが認めるしかなかった。だが今は違う。

 私情だとたしなめられようと、なんとかしてヴィクターをレベッカから引き剥がしたい。

 全く集中出来なかった倉庫監視の夜勤が明けるとすぐに、スティーブの元へと出向いた。理由は、クラウス商団の護衛記録を照会する旨の報告だ。


 もちろん、スティーブにはそれは私情だと咎められた。だが、私はなにも聞いていないし君は夜勤明けで退勤している。そう言って去って行った。結果的な黙認だ。

 クラウス商団の運んだ火薬の品質不良や、不自然なルート変更のことは、スティーブには逐一報告を入れている。もちろん、ローズマリー事務官が発見したという伝票の不備と、ロバートの横領の噂も。


 その上で、このヴィクターとの逢引き。繋がりそうで繋がらないもどかしさ。それをおそらくスティーブも感じていたはずだ。

 これまでは白だという判断だったが、レオンが勝手に精査するのは黙認するつもりらしい。


「ローズマリー事務官は、フェルド中佐の横領の噂の出所だ。クラウス卿は聞いているのか……?」


 あの親密さなら、話さない方がおかしい。いや、これは自分の私情から疑いたいだけになっているようにも思える。

 ローズマリー事務官は、日付の間違いを指摘しただけだ。そして、本当に日付誤認だったとロバートが認めている。彼女の中では、わざわざ話すほどのことではなかったかもしれない。

 しかし、レオンの中の警鐘は止まらない。


「ローズマリー事務官と通じているのにレベッカ嬢に求婚しているのはなぜだ……いや、ローズマリー事務官の方が騙されているのか……?」


 どちらにしても、ヴィクターはろくでもない男だということは確かだ。

 本当ならばクラウス商団の運搬記録を照会したいところだが、クラウス商団は国お抱えとはいえ民間だ。正規の照会手続きをすれば、経営を担うヴィクターにレオンの動きが抜けてしまう。これが私情である以上、正規の手続きを踏むにも理由がない。

 それに比べ、軍の護衛隊の随行護衛記録ならヴィクターに報告は上がらないし、軍部側の監査という言い訳も立つ。

 一度目頭を押さえ、軍需物資輸送随行護衛記録に視線を戻す。


「荷は胸甲と火薬十樽か。ルートは……王都から南のアルジャントン」


 アルジャントンは王都ほどではないが栄えている商業都市だ。

 記録によれば、アルジャントンで軍は荷をクラウス商団へ引き渡している。

 軍はここで任務を完了して本隊は帰還。護衛隊だけ残り、クラウス商団とともにさらに南下。レーシタント帝国との国境付近を東へ向かいヘルヴェール経由で前線の東部軍営ミルダ砦へと無事到着している。

 遠回りしているからだろう、東部軍営に着くまで二週間かかっている。


「ミルダ砦で荷を下ろした後、護衛隊は王都へ帰還。不審点はないな……」


 備考欄には、護衛隊の覚え書きとして、クラウス商団はこの後南下しレーシタント帝国へと入ると記載されている。

 レーシタント帝国との取り引きを強化しているというのは真実らしい。


 ページをめくり、次の記録に目を通す。アルジャントンで火薬樽を受け取り、南下しているのは同じだ。


「……ん? 延泊?」


 そこには、モントルソー付近で豪雨のため道が封鎖され、延泊及び臨時ルートを採用したと記載されている。

 モントルソーは国境付近の街だ。あの辺りは国境部分が高い山になっている。その山の麓にある街で、山を越えてレーシタント帝国へ行くなら必ず通る場所だ。


「国境付近は、雨が多いと言っていたな……」


 護衛として、クラウス商団とともに東部軍営へ行った兵士がそう言っていたのを思い出す。

 さらにその記録を読んで行くと、モントルソーでクラウス商団の本隊と分隊が分かれている。護衛隊は、延泊ののち本隊とともに火薬を東部軍営まで運んでいる。

 分隊は、どうやら純粋な商売目的で、モントルソーから山を越えてレーシタント帝国へと入ると書かれている。


「軍の護衛にタダ乗りってわけか」


 火薬運搬とともに分隊は国境付近までともに来れば、軍の護衛が受けられる。軍需品の運搬を行う者の特権だ。

 その後、本隊は東部軍営のミルダ砦に火薬を下ろし、今度は遠回りせず護衛隊とともに最短距離で王都へと帰って来ている。

 これも不審点はない。

 気が焦るが、つとめてゆっくりとページをめくる。落ち着いて精査しなければ。


「……また延泊か?」


 次の記録にも延泊の記載がある。今度は雨でぬかるんだ道で馬車が滑り、車輪を損傷したためとなっている。

 場所は、モントルソー。

 分隊に乗っていた技術者が車輪を修復。延泊ののちに、分隊は山を越えてレーシタント帝国へと向かっている。


 ページをめくる。次は何事もなく真っ直ぐ東部軍営へと到着している。次もその次も問題ない。

 しかし、さらにその次はまた延泊している。理由は、豪雨による道の封鎖。

 分隊はなく、本隊のみで延泊ののち東部軍営へ到着。クラウス商団は、荷を下ろした後に護衛隊と別れレーシタント帝国へと向かっている。


 記録上の問題はなにもない。しかし、少し見ただけでこの延泊の多さはどう取れば良いのか。

 頻繁に本隊も分隊もレーシタント帝国へ向かっていることから、南のルートを通る正当性はある。それが余計に腑に落ちない。


「……くそっ」


 延泊は怪しいがなにも出て来ない。

 なんでもいい、なにか出てくればそれを理由にヴィクターやクラウス商団を弾劾にかけられる。

 レベッカにその事を話せば、考え直してくれるかもしれないのに。

 最悪の事態は、ただヴィクターが女にだらしない男だったというパターンだ。そうなるともう打つ手がない。もしそうだとしても、伯爵家からの縁談を断る家はないだろう。政略結婚ではよくあることだ。


(政略……?)


 何かが引っかかった。だが、その違和感の理由はわからない。

 胸が苦しい。めまいがする。


「俺は……どうすれば良いんだ……」


   * * *


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