24. 頼りにされたいと思ってはいないか?
レベッカの軍靴は、最初の納品分の二五足を配り終える頃にはすでに評判になっていた。
当然だった。レオンもレベッカの軍靴試作品をずっと履き続けているが、靴擦れは起こしていない。履き心地もいい。
もちろん、中には靴擦れが起きる者もいた。それでも、出来方がましだという評価だった。
レベッカは軍靴を配った一人一人に度々詳細な聞き取りをし、その結果を持ち帰ってエンリケと共有する。そして、改良してさらに十足を納品した。
その十足は、履きたいという者の方が多く、全ての兵に渡せないほどだった。
「この靴すごく良いよ! こないだ雨の日に荷を運んでてさ。だけど、この靴は水が染みて来なかった」
「まあ。ちゃんとお手入れをして下さっていたのね!」
「へへ、もちろん」
レベッカがにこにこしながら二人の兵士に聞き取りをしている。
二人は第二軍需補給局所属の一般兵だ。第二は、主に輸送を担当している。
(はあ、正直第二だと気が楽だな……)
二人が一番出入りしていた第三軍需補給局は今、監査局が架空請求の疑いありとしてマークしている。
まだ摘発には至っていないが、昼夜問わず不審な荷や人の動きがないかを監視している。レベッカの監視業務であったとしても、自分たちがマークしている部署にいると気が張り詰めてしまう。
エンリケを始めとした末端の靴職人ギルド構成員達には、九月の追加発注の仕事は回って来なかったと証言を得ている。靴職人ギルド本部にも、近々調査へ赴かなければならなくなるだろう。
ここで一斉強制監査を行うことも出来るが、スティーブは主犯を慎重に暴きたいようだ。今はまだ秘密裏に動いている。
「あの時の雨は酷かったよなあ」
「本当にな」
「そんな大雨なんてありましたかしら?」
首を傾げてレオンを見上げて来るレベッカに、レオンも記憶を辿るがあまり思い当たる節がない。
雨が降る事もままあるが、そこまで大雨だったと記憶に残っているものはない。
「いや、俺たち東部軍営用の火薬を運搬してたんですよ」
東部軍営といえば、四年前からシヴァ公国と睨み合っている最前線だ。
彼らはその最前線への荷の護衛業務に従事していたようだ。
「いつだったかな、夏に前線へのクラウス商団の運搬ルートだけ変わったじゃないですか。俺たちはその護衛で。しかしあのルート遠回りだよなあ。すっごく南の国境付近を通るんですよ。そっちが大雨で」
クラウス商団と言えば、アルマール伯爵家が経営している国お抱え商団だ。アヴァロ商団もそうだが、クラウス商団も軍需品の輸送を請け負っている。
特に、クラウス商団は伯爵家経営という特権もあり、軍需品の中でも重要な火薬の輸送を一手に引き受けている。
また、調達庁の特別補佐官として着任したヴィクターは、クラウス商団の担う軍需品の取り引きや運搬を一任されている。
「俺、あの辺りの出身なんですけど、日頃から雨が多いんですよね。特に秋頃は雨ばっかりで」
「そうなのか、知らなかったな」
そう言えば、七月に火薬の品質疑義報告が前線から上がり、レオンが調査をした。
あの時の報告書にも、火薬が湿気で劣化していた可能性があると記載されていた。その雨のせいと言うなら合点がいく。
あの時は運搬ルートについては特になにも思わなかった。商団のルートがそうなら仕方がないんだろうと思ったまでだ。しかし……。
「たしか、途中までは第二軍需補給局の部隊が運んで行くんだったか」
「ええ、そうです。途中からクラウス商団の運搬ルートに乗せるんです。その受け渡しは、前は東のブルジアだったんですよ。そりゃもう距離が大違いで」
「アヴァロ商団も前線への補給物資を運ぶ時は、ブルジアで軍需品を受け取りますわ。クラウス商団もそうでしたのに、変わったんですのね。クラウス商団全体の運搬ルートを変更したのかしら」
軍需品の補給は、国お抱えの商団などに大部分が委託されている。運搬まで兵が全てやっていては人数がいくらいても足りないからだ。
その代わりに、運搬ルートは商団側にある程度の裁量が認められている。商団は自分たちの運搬ルートで、商品と同時に軍需品を運ぶ。そうする事で、収入を得ながら商品の輸送が出来るのだ。
もともとアヴァロ商団と同じ東ルートを使っていたのに、わざわざ雨の多い南ルートへ変えたのだとしたら、その理由が気になる。
「では、クラウス卿の指示で運搬ルートを変えたのか?」
「だと思いますよ」
クラウス商団。火薬の運搬を一手に担い、国からも軍からも信頼が厚い。だが、引っかかる。
(クラウス商団が運んでいる火薬は品質に問題ありとして品質疑義報告が出た。その上、運搬ルートも遠回りに変更、しかも雨が多い土地柄か……)
確実な証拠などなにもないが、気になる。
「どうしてそのルートに変わったのかご存知ですか?」
「さあ? なんでだろうな?」
「クラウス商団の物流のことはクラウス卿に一任されているからな。けど、あの人は物腰柔らかだが何考えてるかわからんしなあ。俺は苦手だな」
そう言った兵士と、心の中で握手をする。その気持ちがレオンにはよくわかる。
いつもふんわりと嫌味を言って馬鹿にして来るあの態度、上官でなければとっくに喧嘩になっていただろう。
「衣服や食料とかと一緒にアヴァロ商団に運んでもらった方が絶対早いよな」
「まあそれはあれだ、物流の独占は危険だからな」
「それもそうか」
物流の独占は確かに危険だ。有事の際に、その独占物流を潰されてしまえば、兵站すらままならない。
物流が止まれば、なにもすることが出来なくなる。食料が届かなければ飢え弱り、装備品が届かなければ消耗戦だ。
実際に四年前に起こったシヴァ公国との戦、東方辺境戦役では補給が間に合わずミルダ砦の兵士が全滅寸前に追いやられている。その中には騎士団を率いたスティーブも含まれていた。
スティーブは怪我を負い、しかしその治療どころか撤退も出来ず危なかったという。しかも右肩に後遺症が残ってしまった。そのために騎士団総団長を退任したのだ。
たしか、ロバートも補給部隊として参加していたはずだ。それなのに補給がままならず、彼もミルダ砦で多くの仲間を失ったと聞く。
「おっと、そろそろ行かなきゃな」
「ありがとうございました!」
「おう。こちらこそありがとな」
人の良さそうな顔で笑うと、二人は連れ立って歩き去って行く。
その足にはレベッカの軍靴をしっかりと履いて。
「ふふ、嬉しいですわね」
「そうだな。そろそろもらった意見をまとめて良いんじゃないか? エンリケにもまた見せたいだろう?」
「そうですわね!」
エンリケは本当にいい靴職人なんですと、レベッカが聞いてもいないことを喋り出す。
レベッカにとっては友達。そのはずなのに心がざわつく。彼女にとってはヴィクターも、自分も、友達だ。そのはず。
「……なのに、すっごく頑張って試作品を作って下さったんですの。そうだ、中敷きも作っていただいてるの! こちらも許可をもらえたら良いのですけれど」
「そうか。なら余計にまとめないとな。監査局の談話室を貸そう」
こんなことではだめだと思うのに、口が勝手に言葉を紡いでいく。
「中敷きの許可申請書は、提出様式を知っているから俺が書こう」
「まあ、ありがとうございますレオン様! やっぱりレオン様が一番頼りになりますわね、心強いですわ」
嬉しそうにそう言って満面の笑みを浮かべたレベッカに、胸の中が急に熱くなり思わず目をそらす。
あまりにもまぶしい。
そして、自分は一体なにをしているのだろうか。頼りにされて嬉しいと、頼りにされたいと思ってはいないか?
そんなことをしたところで、取り戻せないのに。いや、取り戻してはならないのだ。彼女の潔白を証明するために。
「行こうか」
「はい!」
連れ立ってまだ高い太陽の下を歩く。あと何回、こんなことが許されるのだろう。




