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23. 消えたということか?

 レオンは伝票の束を片手に、薄暗い倉庫の中で在庫と睨めっこをしていた。

 周囲には木箱が雑然と積まれている。その木箱には、それぞれ納品日と搬出数、在庫数が書かれたラベルが貼られている。直接床に置かれている物品にも、その場所の床に同様のラベルが貼られていた。

 第三軍需補給局、第四倉庫。主に兵の装備品が保管されている場所だ。


「十月五日、靴職人ギルドからの軍靴五〇足納品……本伝票はある。だが、見当たらないな」


 倉庫の中を歩き回る。しかし、一向に目的の軍靴は見つからない。

 十月に入り、レオンは定期監査業務で第三軍需補給局を訪れていた。そして、九月五日付の仮納品伝票を見つけたのだ。その分の本伝票は、十月五日発行として差し込まれていた。それだけ見れば、何の不備もない。

 レベッカの話を聞く前のレオンなら、そこで納得して監査を終了していただろう。


 本伝票が十月五日ということは、実際にはその日に軍靴の納品があったということだ。今日は十月七日。たった二日前の納品、しかも五〇足もの軍靴が見つからないなんてことがあるだろうか。

 木箱に目を凝らす。すると、奥の方に軍靴記載のある大きめの木箱が見えた。荷物の間を潜ってそちらへと足を進める。


「これは……九月四日納品分の軍靴か。七五足」


 木箱のラベルは、探しているものではない。しかし同じ軍靴の納品だ。見てみなければならないだろう。

 中をあらためてみる。上下逆さまに入れられているものもあり数えにくかったが、確かに軍靴は七五足入っていた。

 伝票をめくる。そこには、九月四日発行で七五足分の本伝票がある。さらにめくっていくと、八月四日に仮伝票が出されていた。

 つまりこの七五足は、八月納品分として処理されたのだろう。


「妙だな……」


 レベッカの話していたことを思い出す。

 エンリケの話だと、七月にも軍靴を納品したと言っていた。その上で、八月にも追加発注が入ったことで、作った靴が粗末に扱われているのではないかと感じたのだ。

 さらに九月にまた五〇足の追加発注をしている。現行の軍靴の耐久性がいまいちだからと言って、いくらなんでも多すぎないだろうか。エンリケが憤るのも無理はない。

 それに、八月の追加発注分七五足はまだ搬出されていない。ということは、軍靴は足りているという事になる。


「もしこの九月の追加発注が靴職人ギルドには入ってないとしたら……」


 レベッカが軍靴の試作品の作成を頼んだエンリケは靴職人ギルドの一員として、現行軍靴の作成もしている。だから八月の追加発注でレベッカの試作品は後回しにされ、作成が遅れたのだ。

 それがおそらく、この九月四日本納品分だ。レベッカの試作品二十五足は九月二十日納品。


 そこから察するに、エンリケはおそらく九月はレベッカの軍靴を作ってくれていたのだろう。レベッカの軍靴はエンリケが一人で作成しているはずだから、それなりに時間だってかかる。九月五日の追加発注を作っていたなら、レベッカの軍靴の作成はもっと遅れていなければおかしい。少なくとも二十五足も作れないはずだ。


 単に今回はエンリケの割り当てが少なかったかそもそもなかった、もしくはレベッカを優先して断った可能性もある。これは調査対象に加えておかねばならないだろう。


「ちょっといいか」


 倉庫の中を忙しそうに歩き回っていた、白髪の混ざり始めた壮年の男に声をかける。この第四倉庫の倉庫番だ。

 手には端が擦り切れた分厚い帳簿を持っている。


「すまないが、帳簿を見せてくれないか」


 レオンが伝票の束を見せると、倉庫番の顔が険しくなる。


「なにか不審点でも?」

「いや。これはただの抜き打ち調査だ。この伝票の束からランダムに選んだものの現物があるか見たい。監査だから私が直接見なければ意味がないんだ」

「はあ……そういうことならどうぞ……」


 倉庫番が差し出した帳簿を、礼を言いつつ受け取る。


「君がランダムに伝票を選んでくれ」


 かわりに、倉庫番に伝票を手渡す。

 戸惑った様子ではあるが、倉庫番は伝票をめくり始めた。

 それを確認してから、レオンも帳簿を開く。物珍しさからパラパラめくっているような表情と声を出しながら、目的の場所を開いた。

 十月五日に本納品伝票が切られ、納品されたことになっている軍靴五〇足の記載だ。

 九月五日の仮伝票分として、しっかりと納品済の旨と担当者のサインが記載されている。

 その納品担当者の名前を脳裏に刻む。

 搬出記録はない。場所は、倉庫東区画第二列。その場所はすでにレオンが確認した場所だった。やはり、軍靴五〇足は消えている。


「じゃあ、この伝票を」

「どれ……胸甲が十か。倉庫西区画第十三列。搬出記録なし。よし、行ってみよう」


 倉庫番を伴い、倉庫西区画第十三列をあらためる。

 そこには確かに胸甲のラベルの貼られた木箱が置かれていた。中を確認すると、たしかに胸甲が十ある。


「確かに。協力に感謝する」


 倉庫番に帳簿を返し、伝票を受け取る。


「少し倉庫内を見て回っても良いだろうか? 伝票とずっと睨み合っていて正直疲れているんだ。あまり早く帰りたくない」


 肩をすくめてみせると、倉庫番は若干の同情を示した。

 どうぞお好きにと言い残して業務に戻って行く。

 それを確認して、あちこち物珍しげに眺めている風を装い移動する。

 十月五日に納品されたはずの軍靴五〇足がある倉庫東区画第二列に改めて足を踏み入れる。

 やはり、軍靴はない。帳簿は納品済になっていて、搬出の記録もないのに。


(検品は通ったのか……?)


 軍需品は正式納品の前に、必ず検品を受けなければならない。そのため、一度検品庫に全て入る。

 一旦検品庫に入ったなら、検収記録が残っているはずだ。

 検収記録があれば、第四倉庫に入れる前か入れた後すぐになくなったことになる。もし検収記録がなければ……。


「くそっ……」


 これまでも仮伝票での納品は目にしていた。だが、なんの疑問も抱かなかった。

 八月の仮伝票分は現物があったことからちゃんと納品されていたのだろう。しかし、その前は? さらにその前はどうだったのか。

 まだ監査補佐官とはいえ、監査の実務はレオンの仕事だ。

 ぐっと握り締めた拳をそのままに、レオンは検品庫へと急いだ。


   * * *


「架空請求、か……」


 つぶやくように言ったスティーブが、眉間に皺を刻んだ。

 頷き、レオンは報告を続ける。


「仮納品伝票に記載された五〇足、現物は倉庫内に存在しませんでした。置かれていたはずの場所にも、それらしい箱はなし。ラベルも残っていません。ですが、搬出記録もない」

「区画の記載が間違っているという線は?」

「検品庫の記録を照会しました。検収記録なし。もちろん、検品庫の中もあらためましたがなかった。そもそも軍靴五〇足は搬入されていないと思われます」


 スティーブの目の奥が、わずかに鋭くなる。


「第四倉庫への納品記録サインはあったんだな?」

「はい」

「誰だ?」

「補給軍曹のエルマーです。ですが、彼はこの日は療養中で出勤していません。管理部の記録を確認しました」


 スティーブは微かに口元を歪めた。机に肘を付き、指を組んで考え込んでいる。


「意図的な不正だな。仮納品で処理しておきながら、現物を納めず、後日帳簿だけを整えて請求を通している。しかも納品のサインは療養中の者……杜撰すぎるな」

「申し訳ありません。何度も定期監査に入っておきながら……」

「いや、帳簿と伝票だけの照合では気づかなくて当然だ。しかもタチが悪いのは、月をまたいでいる事だ。わかりにくい上に、現物が倉庫になくても、仮納品のものだから未納だと言えばしばらくはごまかせる。ごまかしている間に納品、搬出記録を偽装すればいい。今回たまたま搬出偽装の前に気付けたんだから、むしろお手柄だな」


 スティーブはそう言うが、その表情は晴れない。


「第三軍需補給局の倉庫は、軍政管理局に届出の上、しばらく全てを監視対象とする。また夜勤が増えるな……」

「大丈夫です」

「しかし派手にやるわけにもいかない。悟られては意味がないからな」


 監視となると、第三軍需補給局の外側から各倉庫を見張る事になるだろうか。

 哨戒しょうかい塔に入らせてもらう必要もあるだろう。貴重品だから数は少ないが、監査局の装備品として望遠鏡があったはずだ。こんな時に使うものなのだろう。


「だが、偽装が杜撰なのが逆に気になるな……今回が初めてなのか、それとも……」


 大きく息を吐き、スティーブが眉間に力を入れる。


「スタンフィールド監査補佐官」

「はっ」

「そのエンリケという靴職人の証言を取って来てくれ。出来れば、他の靴職人も。ギルド本部は避けて、エンリケのような末端の構成員に聞いてくれ」

「わかりました!」


 敬礼をし、部屋を飛び出す。

 スティーブはお手柄だと言ったが、レベッカの話を聞いていなければわからなかった。まだまだ未熟だ。

 せめて与えられた仕事は素早くこなさなければ。


(ありがとう、レベッカ嬢)


   * * *


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