21. 商売は多角的にいきませんとね!
「すごく参考になったよ。採寸の結果を踏まえて、木型を少し改良したんだ」
「まあ、ありがとうエンリケ」
レベッカが礼を述べると、浅黒い肌に短髪黒髪の二十台半ば頃の男が笑った。その容姿は、異国の血なのは明らかだった。レオンのような茶髪は珍しいものの、見かけることはままある。だが黒髪は珍しい。
エンリケは靴職人で、レベッカの友人だ。軍靴を作りたいと相談した時も、しっかりと話を聞いた上で協力を約束してくれた。
そのエンリケの工房で、レベッカはまずは一足仕上がった軍靴の試作品を見せてもらっていた。採寸の結果決めた中サイズの軍靴だ。
作業台の上に置かれた軍靴は、見た目的にはヴィクターに渡したものと変わらない。しかし、靴職人目線だと全然違うらしい。
「履いて試してくださいましたか?」
「うん。俺にはちょっとサイズが大きかったけど、靴紐をしっかりと締めればさほど気にならなかったな。一日中歩き回って試したから普段使いなら問題ないね。激しい動きはわからないけどさ」
「そのためのサイズ展開ですものね。実際に兵士の皆さんに使ってもらってまたフィードバックをいただきしょう」
作業台の周りを移動しながら、さまざまな角度で軍靴を眺める。実用性重視だから、レベッカが貴族に勧めたかった靴とは何もかもが違う。それでも、頑張って採寸した結果だと思うと愛着が湧く。
「そうだ、中敷きも作っておいたよ」
作業台の下に備え付けられた引き出しから、エンリケが革を取り出した。靴の中敷きだ。
「ありがとうございます! これで、もっとサイズを合わせることができますわね」
「そうだね。でもこれは端切れを使っているとはいえ、作成の作業はそれなりにかかる。もっと軌道に乗ってからが良いと思うけど」
「そうですわね。でも、割高で良いから何枚か作っててくださらない? どうしても合わないって方に使ってみていただきたいの」
「いいよ。君の頼みなら仕方がないね。報酬も美味しいし」
おどけたように笑うエンリケに、奮発しますと頷く。
「あ、そうだ。ちゃんと作るけど、ちょっと時間がかかるかもしれない」
「お仕事が忙しいんですのね」
靴職人は決して少なくはないが、一つずつ手作業で作っていくため、どうしても作成には時間がかかる。エンリケは独立した靴職人でもあるし、顧客だっているだろう。
「そうなんだよ。君の試作品を作ってる最中ではあるけど、軍靴の追加納品の注文が来てるんだよね」
先月も納品したばっかりなのに早すぎない? そう言ってエンリケが肩をすくめた。
エンリケは靴職人ギルドの一員だ。軍靴の作成、納品は靴職人ギルドが請け負っている。こうして定期的に軍靴作成の仕事がギルドから回って来るのだ。
「先月だって結構な数を納品したんだ。それなのにもう追加ってさ……いや、俺たちはそりゃ儲かるけど、なんでっては思うよ。もしかして、シヴァ公国を攻め落とそうとしてるとかない?」
「わたくしは聞いていませんけれど、そんな情報を部外者のわたくしに漏らす方はいらっしゃらないわ」
「そうだよなぁ」
エンリケは、うーんと唸って考え込む。靴職人としては、納得できないことがあるようだ。
「そりゃ兵士が使うんだから、摩耗だってすると思うよ? だけど、そんなすぐに壊れるような作りにはしていないんだけどな。もしあいつらが物を大切に出来ないだけなら、作ったものを粗末に扱われるのは腹が立つ」
「そんな粗末に扱っている方は見かけませんでしたけれど、激しい訓練などはされていましたからそれでかしら?」
確かに一つ一つ作った軍靴が雑に使い捨てられているとなれば、靴職人としては心情穏やかではないだろう。
靴職人に支払われている報酬は、民から徴収した税なのだ。軍靴の使い捨てが回り回って自分達の首を絞めないとも限らない。
「しかもさ、少数だけでも先に仮伝票で納品するから、とにかく一足でも出来たら寄越せってギルドは言って来てるし。まあ言われた通りに黙って作ればいいんだけどさ。でも変じゃない? 月末の締めに伝票だけでも間に合わせようとしているんだろうけど、別に来月納品だって良いだろ?」
「仮納品ですの? 軍部の棚卸しでもあるのかしら。レオン様に聞いてみますわ」
棚卸しなどがあるなら、レオンはその業務に一番携わる人物だろう。エンリケにはかなり協力してもらっている。レオンが内部のことを教えてくれるかはわからないが、覚えていたら聞くだけ聞いてみよう。
「そうだレオン様ね。彼とは婚約破棄になったんだろ? まだ会ってるの? 復縁できた?」
「いえ、そういうわけではありませんの……」
復縁出来たら良いのにと思うが、それは過ぎた望みだろう。婚約破棄は正式なものだった。しかも、大佐であるスティーブが証人だし、規律違反が理由のためか副本もスティーブが持っている。
「会っていると言うか、レオン様は職務上わたくしに張り付いていなければなりませんの」
その辺りの事情を話すと、エンリケが表情を曇らせた。
「そうか。それは残念だね。婚約破棄になったのなら、職務上でも配慮してくれたら良いのにな」
「良いんですの、レオン様が一緒にいて下さるので、とっても心強いですわ。軍部はその、勝手も違いますし」
「なら良いんだ。でも、君なら良い人が見つかると思うよ。貴族じゃなくても、幸せになれるような人が」
「まあ、ありがとうございます。エンリケは優しいんですのね」
つくづく、自分は周りの環境に恵まれているのだと実感する。
恵まれているからと言って、そこにあぐらをかいていてはいけない。だから、やるなら一生懸命に良いものを作りたい。
国を守り、兵を守り、民を守るための軍靴を。それがひいては軍にいるレオンやヴィクターも守る事になり、家族やエンリケなどの友人も守るだろう。
「ますます頑張りますわ! 軍靴で評判になれば、貴族市場に入れてもらえるかもしれませんもの」
「あはは、ちゃっかりしてるなあ」
「商売は多角的にいきませんとね!」
改めて、作業台の上の軍靴を眺める。きっと上手く行く。そんな確信がレベッカにはあった。商売人としての勘のようなものだ。
レオンにも、早く安心してもらわなければならない。向こうには、すでに新しい婚約者候補がいるのだ。
軍靴の作成が上手く行って軍と契約を結べれば、安心してもらえるだろう。それで恩返しとするしかない。
「これからもよろしくお願いしますわね、エンリケ」
* * *




