20. 大尉のお仕事を悪く言うのはやめてくださいまし
「フェルドさーん! こんにちは!」
遠くに見えたロバートの姿に、レベッカは手をぶんぶんとふった。しかし、ロバートはそれを見ると顔を背けて、足早に立ち去ってしまう。
「お忙しいのね」
「……そうだろうか」
レオンがぼそりとつぶやいたが、きっとそうですと頷く。
レベッカはあれから何度か軍部へ来て、兵達の足の寸法を測っていた。いろんな部署を回ってはいるが、やはり軍靴を納品した第三軍需補給局への出入りが、必然的に一番多くなっている。マルセイユの、レベッカに協力してあげてという発言を直接聞いているというのも大きい。
そして来るたびにロバートに声をかけているのだが、忙しいのかなかなか相手にしてもらえない。
「今日もがんばりますわ!」
足の寸法を測ることについて、兵の協力は半々だった。一般人の素人に軍靴を作って欲しくないと思う者もどうやら大勢いるようだ。
マルセイユの発言を聞いてもなお、協力を拒否する者もいる。ロバートもその一人だ。
なかなか厳しい世界だと言うことはわかったつもりだ。それでも、協力してくれる兵もいるし、そもそも皆忙しそうなのに手を止めてくれるだけでもありがたい。
「こんにちはー! 手が空きましたら足の寸法を測らせていただけないかしら!」
通りがかった数人の兵士に声をかける。
とにかく、サイズの平均値を求めるためには、出来るだけ多くの足の寸法が必要だ。本来なら、全員の足を測らせてもらいたいところなのだ。
「見てわからないのかお嬢ちゃん、俺らに暇なんてないんだよ。男と二人でおままごとしてる誰かさんと違ってな」
「いいご身分だよなあ。遊んでるのに俺たちより裕福なんだろ? そこの大尉殿と暗がりにでも行ってろ」
「そりゃいい、そういうやつなら覗いてやらんでもないぞ」
下卑た笑いが響く。
鼻白んだレオンが、レベッカを背に隠した。兵達に馬鹿にされていることより、そのことに嬉しさを感じてしまう。
レオンの職務はレベッカの監視だ。別に、レベッカが何を言われようが黙って監視していれば職務遂行になる。
それなのにこうして庇ってくれるのは、レオンがレベッカを思ってのことなのだ。それが嬉しい。
(レオン様は本当に優しい方ですのね。きっとどなたと結婚しても、幸せにして下さるに違いないわ)
その相手が少し羨ましいと思ってしまっても、元婚約者としては許されるだろう。
自分も早く、幸せになる道を考えなくては。そう、例えばヴィクターとのことを。
「なんだと貴様ら。閣下の言葉を忘れたのか⁉︎」
「大尉殿こそ忘れたんじゃありませんか? 閣下は業務に支障のない範囲でとおっしゃいましたが」
「業務に支障が出るんですよねぇ。大尉殿みたいに暇じゃないんですよ、我々下っ端は」
「くっ……」
そう言う兵達は、皆レオンよりは歳上に見える。
皆いい大人だ。汗水垂らして働いているのに、なにもしていないレベッカが裕福なのが気に入らない気持ちはわからないでもない。
貴族だからという理由で、若年なのに上官になるレオンに嫉妬するのもわかる。ヴィクターが言っていたことは、こういうことなのだ。
だからと言って、こうして馬鹿にして良い理由にはならない。
「スタンフィールド大尉もお暇じゃありませんのよ!」
レオンの背から出て、一歩前へ踏み出す。
「大尉のお仕事は監査ですの。身体を動かすお仕事ではありませんけれど、大切なお仕事ですわ。わたくしも監査の対象ですから、こうして一緒に来ていただいているのです。むしろ、いつもの業務にわたくしとの同行が増えてより忙しくなっていらっしゃいます。あなた方と種類は違えど、ちゃんと働いてらっしゃいますわ」
「レベッカ嬢、私のことは良いから————」
「良くありません! 大尉もそうですが、もちろんあなた方も大変良く働いてらっしゃいます。見ていてわかります。休憩はいつ取られているのかしらと思いますもの。その貴重な休憩の時に足を測らせろなんて嫌ですわよね。本当に申し訳ありません。でも、皆さんの足元を良くしたいからなんですの。協力していただけなくても構いませんから、大尉のお仕事を悪く言うのはやめてくださいまし」
一息に言い切ると、兵達の顔色が変わった。ばつが悪そうに顔を見合わせている。
「業務に支障がなければだからな! 俺は忙しいから……」
もごもごとそう言いつつ、一人が輪を離れた。それに続くように、皆方々に忙しい忙しいと言いながら歩き去って行く。
(レオン様は、こんなことを言われながらお仕事されているのかしら……)
レベッカの知らない世界は、思っていた以上に厳しそうだ。
レオンはいつもレベッカの話を笑顔で聞いてくれていた。その代わり、自分の仕事の話はあまりしていなかったように思う。
話を聞いて欲しい時だってあったかもしれないのに、自分はそんなことにも気が付かず自分の事ばかり話していたのだ。
(なんだか、わたくしって本当に……)
今更反省しても遅いが、ついため息が出てしまう。
本当にヴィクターとの縁談が決まったとしても、違う誰かだったとしてもこれからは気をつけよう。
「大丈夫か……?」
レオンが心配そうに顔を覗き込んで来る。その優しさに、ますますため息が深くなった。
「自分がちょっとだけ嫌になっただけですので、大丈夫ですわ」
「? なぜそうなるんだ」
不可解な表情で首を傾げたレオンが、レベッカの肩を叩く。
「とにかく、ありがとうレベッカ嬢」
「え? あ、はい……」
レオンがなにに礼を言っているのかいまいちわからなかったが、とりあえず頷く。
レオンが庇ってくれたから大丈夫、この恩に報いるためにも頑張らなければ。
「わたくし、やれますわ! こんにちはー! あの、足の寸法測らせていただけませんことー?」
気合を入れ、少し離れた場所を歩いていた兵の一団に走り寄る。慌てた様子でレベッカを呼び、後からレオンが駆けて来ている足音。
「えっ、あ、君が軍靴作ってるっていう?」
今度の兵士たちは、普通の態度でレベッカに向き直った。今度は、否定派と言うわけではないようだ。
笑顔で頷く。協力してくれるかはまだわからないが、笑顔は大切だ。
「俺、めっちゃ靴擦れするんだよなあ」
「あ、俺も」
「そうか? 俺はそうでもないけどなあ」
彼らは、口々にそう言っては顔を見合わせている。
「まあ。ではきっと元々の足の形が違いますのね!」
「そ、その……お嬢ちゃんが測ってくれるのか?」
「ええ! 任せてくださいまし! いい軍靴を作るために頑張りますわ! ぜひ試作品が出来たら履いてくださいましね」
「じゃ、じゃあ測ってもらおうかな……へへ……。靴擦れしない靴、欲しいしな」
「ずるいぞ、俺も測ってくれよ」
「ありがとうございます!」
協力に嬉しくなり、思わず笑顔でレオンを見上げる。しかし、当のレオンの表情は硬い。というよりも、引きつっている。
「レベッカ嬢」
「はい?」
「この者達の採寸は私がしてやろう」
「えっ⁉︎」
兵士達が、慌てたように顔を見合わせている。
「わたくしずっと測って来ましたし、レオン様よりも上手く出来ますわ!」
「良いから。君は指示を出してくれれば良い。メジャーを貸せ」
レオンは、レベッカの手からメジャーを引ったくるように取ってしまう。そして兵士達に、極めて爽やかに笑いかけた。
「さあ、靴を脱いでもらおうか」
「そ、そんな大尉殿に測ってもらうなんて申し訳————」
「遠慮しなくていい。私は優しいからな、レベッカ嬢を手伝ってやりたいだけだ」
両手でピンと張ったメジャーをわざと見せつけながら、レオンが兵士達を促す。
「な……なんでこうなるんだ……」
「早くしろ、休憩時間がなくなるぞ」
「なんだこの地獄……」
ぶつぶつ言いつつ、一人が靴を脱ぐ。
その足を少し持ち上げさせ、まずレオンが足のサイズを測った。
「これでいいか?」
「はい、完璧ですわ!」
「ずっと見ていたからな」
複雑な顔をした兵士の足をつかみ、レオンが口角を上げる。
「次は足首だな」
「はい!」
レオンに頷き、軽く場所を指定する。レオンがその通りに足首の太さを測った。
それを携帯しているメモ帳に書き留める。
本当にレオンは優しい。職務でもないのに、こうして手伝いまでしてくれるなんて親切以外の何者でもない。
「ありがとうございます、レオン様!」
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