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レベッカの商人ライフ奮闘記〜婚約破棄から始まる恋と靴と陰謀の物語〜  作者: 華空 花
第三章 皆さんの足元をお守りさせてください!
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19.閣下の足のサイズを測らせていただけませんこと⁉︎

「レベッカ嬢、こっちへ。ブルーム公爵だ」

「まあ!」


 感嘆の声を上げているレベッカの手をレオンがさっとつかんだ。引っ張るようにして隊列の後方へと下がる。


「少しだけ、見せていただけません⁉︎ 憧れの方なんですの」


 背伸びをして首を伸ばす。その視線の先に、レベッカが貴族に憧れ靴に興味を持つきっかけになった人物がいた。

 ブルーム公爵マルセイユ・ヴァレンチア。この国の宰相にして、軍部最高指揮官。

 まぶしく輝くその美貌は、男性だとわかっていても美しいとしか表現出来ないほどだ。あと数年で四十歳に手が届くはずだが、それにしてはあまりにも艶めいて美しい。


「まあ見てレオン様、スティーブさんですわ」


 マルセイユの後ろからは、これまた長身のスティーブが付いて来ていた。マルセイユは時折スティーブの方を見ては、なにかを話している様子だ。


「どうされたのかしら」

「抜き打ちの視察だろうな」


 マルセイユは軍部最高指揮官ではあるが、その辺の高官よりも頻繁に現場の視察を行う事で有名だ。

 最高指揮官だからこそ、現場を知っていなければならないというのが彼なりの考えのようだ。

 その視察のたびに現場は色々な意味で阿鼻叫喚になるのだが、彼の立場上仕方がない。こうして抜き打ちで視察を行う事をみんなわかっているから、普段からちゃんとしようという雰囲気が出るというものだ。

 スティーブは監査局長官。マルセイユと視察に赴くことはままある。

 マルセイユとスティーブは、何かを話しながらこちらへと歩み寄ってくる。


「この倉庫を見てみよう」

「はい。こちらの第四倉庫には、主に装備品などを保管しております」


 スティーブの声が聞こえると同時に、隊列の中から誰かが一歩前に出た。ロバートだ。

 直立不動で敬礼をしたロバートは、マルセイユの訪問を歓迎する意の言葉を述べた。マルセイユはそれに笑顔で頷き、スティーブとロバートを従えて歩を進めて来る。


「なんて綺麗な方……」

「レベッカ嬢、引っ込め!」


 まだ握ったままだった手をレオンが引く。しかし、マルセイユの青い宝石のような瞳がレベッカを捉えた。

 隊列の後ろに隠れたものの、やはり女性は浮いていたらしい。


「おや、お嬢さんは軍部の人ではなさそうだね」

「は、はい!」


 マルセイユが足を止めた。レベッカに話しかけた事を理解して、隊列がレベッカの前で割れる。

 短いうめき声を上げてレオンの手が離れた。


「あ、あの、閣下。わたくし、レベッカ・アヴァロと申します!」


 名乗ってマルセイユを見上げると、澄み切った青い瞳と目が合う。

 胸が高鳴った。あまりにも美しい。


「……おや? レベッカ? アヴァロ男爵の息女の?」

「お久しぶりです、閣下」


 スカートをつまみ礼を取ると、マルセイユの目尻が優しげに下がった。

 その表情は、レベッカの記憶の中のマルセイユよりもさらに美しかった。


「もうこんな立派なお嬢さんになったのか……時が経つのは早いんだね」


 自分だけに向けられた言葉に動揺し、思わず隣で直立不動になっているレオンの袖をつかんでしまう。

 父がこんな美しい人と共に、簒奪者から王座を取り戻すために働いたなど信じられない。


「それで、レベッカはここでなにをしているのかな?」

「わたくし、皆さんの足元を守る軍靴を作りたいのです。それで、試作品の納品許可をいただけて、でも、実際にその、みなさんの足を測りたくて……」


 レベッカを見つめてくる宝石の瞳に、頭が沸騰したように熱くなる。今自分はなにを喋っているのだろう。


「レベッカ嬢、しっかり話せ」


 そでをつかまれたままのレオンが、小声で叱責した。その声に、はっとする。

 熱が冷めていく。そうだ、しっかり話さなくては。これは、千載一遇のチャンスではないか。

 姿勢を正し、レオンから手を離す。


「わたくし、現行の軍靴で酷く靴擦れを起こしていた警備兵の方に会いましたの。それで、靴を見せていただいたら何点か改善出来る部分があるかと思いまして、軍靴を造らせていただけないかと。試作品は一足、調達庁へ提出して、納品の許可は出ておりますわ」

「……ッ、閣下! このような素人の軍靴など履かせられません! 調達庁がなぜ許可を出したのかは知りませんが、明らかに素人の小娘です。許可を取り消すべきでは⁉︎」


 すかさず口をはさんだロバートに、マルセイユはそうだねえと首を傾げる。


「安全面も考えると、簡単に許可を出すなんて出来ないよね。許可が出たってことは、それなりに安全性は確保されているんじゃないかな」

「閣下!」

「とはいえ、改良は予算との戦いだ。良くなるならどれだけお金をかけても良いわけじゃないよ」

「はい、心得ておりますわ。コストカットと機能性、耐久性の向上を両立できます!」


 言い切って、マルセイユを真っ直ぐに見つめる。ここで、この人の美しさに呑まれてはいけない。


「ですので閣下、ぜひ足のサイズを測らせていただけませんこと⁉︎」

「……ん?」


 さすがのマルセイユも、首を傾げたまま動きを止めた。そこに、畳み掛けるように足の寸法を測ることの重要性を早口で説く。

 それに頷きながらマルセイユが耳を傾けた。


「……ですので、まずは中サイズを定めなくてはなりませんの。閣下は長身ですのに細身で、平均値ではないようにお見受けいたしますわ。ですけれど、そういう方の足も本当に参考になるんです。それに、平均値を出すためには必要な情報ですの。お願いいたします、閣下の足を————」

「あははははは、君って面白いね」


 マルセイユが、思わずといった風に吹き出した。ひとしきり笑い、目尻に浮かんだ涙を拭いながら口を開く。


「この私に? 足のサイズを測らせろと?」

「あ、あの……おかしなことを言ってしまいました、の……?」


 ちらりと横のレオンに視線を動かすと、彼は額に手を当ててため息を付いている。


「あれ?」

「いや、そうだね足のサイズは重要だ。私が協力出来るのなら、足のサイズを測りたまえ」


 そう言いつつも、マルセイユはまだおかしそうに笑っている。そんな姿も様になっているのはさすがとしか言いようがない。


「この四番倉庫を視察したあとに測らせてあげよう。君たちも、業務に支障のない範囲で協力してやるといい」

「閣下! ありがとうございます!」

「じゃあ、管理部の中で待っていなさい」


 そう言うと、スティーブと悔しそうな表情のロバートを促し、マルセイユは倉庫へと入っていく。

 その背を見送ってから、レオンの方へ身体ごと向き直る。


「レオン様!」

「はぁ……心臓が止まるかと思った……」

「閣下の足を測れますわ! ……あ、あの、緊張して来ました……」

「今更なにを言っているんだ、行くぞ!」


 はっとしたように真顔に戻ったレオンが、レベッカの手を取り引きずるように早足で歩き出す。管理部へ行くのだろう。


「だって閣下は憧れの方でしたの」

「憧れ? そうか、君はああいう美しい人が好みなんだな」


 レオンの声が固い。なぜかはわからないが、どうも不機嫌なようだ。

 畏れ多くもマルセイユに足を測らせろなどと言ったことを怒っているのかもしれない。


「レオン様、先ほどはしっかり話すよう言っていただけて助かりましたわ。ありがとうございます」

「……話したのは君だ。閣下相手によく言えたと思う」


 レオンの声が和らぐ。

 レベッカを励まし、応援してくれるその優しさが嬉しく、そして急に寂しく思えた。

 この優しさとは、近いうちに離れなければならなくなるのだろう。

 まだ繋がれたままの手から伝わる体温を感じながら、レベッカは小さく息をついたのだった。


   * * *


「ありがとうスティーブ、私のわがままに付き合ってくれて」


 軍部から離脱し王宮への道を歩きながら、マルセイユは付き従っているスティーブに礼を言った。

 レベッカに会いたいと言うマルセイユの頼みを、スティーブが視察という名目で体裁を整えたのだ。もちろん、レベッカが今日軍部に来る事も出入り許可をした手前把握している。

 レオンからも、レベッカの訪問を受けて監視に行く旨の報告を受けているから、簡単な仕事だった。


「火薬密売の疑いがかけられているそうだね」

「はい、報告書の通りです」

「ふうん。密売の首謀者と接触するかもしれないね」


 そう軽い口調で言いながらも、表情は冴えない。


「無関係だと思われますか?」

「どうかな。アヴァロ商団は軍部への出入りもあるし、軍需品の運搬も請け負っている。しかも大商団だ。正直、出来ない方がおかしい」

「ですが、火薬の運搬はクラウス商団しか請け負っていませんが……」

「内通者がいれば不可能じゃないね」


 大切な同志の息女だ、疑いたくはないけど……そう言いつつも、マルセイユの瞳が鋭く輝く。


「急に軍靴を作ると言い出したのも、軍への出入りを願い出るのも、怪しいよね」

「はい」


 この国の宰相にして軍部最高司令官は、美しい見た目と柔和な喋り方に反してかなり頭が切れる。その彼をもってしても、レベッカの容疑は晴れない。それどころか怪しい点だらけになってくる。

 大丈夫だとは思うが、レオンのことも気にかけておかなくてはならないだろう。


「監視は頼むよ」

「はい、お任せください」

「容疑が固まるようなら拘束する事になるだろうね。残念だよ」


 つぶやくようにそう言ったマルセイユの髪を、風が流す。

 そのまま、二人は黙って王宮への道を歩いた。


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