18. ご立派な方だわって思いましたの
たくさんの兵士が忙しく動き回っている。荷を運ぶ者、点検作業をする者、なにやら楽しそうに談笑する者。遠くの方では、合図に合わせて猛ダッシュを繰り返している一団も見える。
比較的荷を運ぶ者が多いのは、ここが軍需品の補給部門だからだ。
第三軍需補給局。レベッカの軍靴はここの第四倉庫に納品することが決まった。とはいえ、納品する試作品はまだない。
前方を、周囲とは違う薄い水色を基調とした文官の制服が歩いていく。レオンだ。その背を見失わないよう歩くものの、初めての軍部訪問だ、周囲が気になって仕方がない。
もちろん、今この場にいる女性はレベッカだけだ。地味なアイボリーのシャツと臙脂色のスカートではあるが、目立っているのは否めない。歩くたびに、好奇の視線が向けられているのをひしひしと感じる。
(レオン様がいてくださって本当に良かったですわ)
レオンがいなくてももちろん全力を尽くす。好奇の視線も、足を測らせてもらうために注目を集めるのには好都合だ。それでも、レオンが側にいる安心感はまた別のものだった。
倉庫が立ち並ぶ一角に入る。
レオンがちらりとレベッカをふり返ると、足を止めた。
「ロバート・フェルド中佐!」
そのレオンの呼びかけに、前方で兵に指示を飛ばしている大柄の男がこちらを見た。眼光の鋭い、見るからに軍人と言わんばかりの男だった。
(フェルド……?)
どこかで聞いたような名だが思い出せない。レオンが、彼のことを話したことがあっただろうか。
大股で歩み寄って来る男をよく見ようと、無意識に眼鏡を押し上げる。
「なんだ、監査補佐官の坊ちゃん。今日は女連れか、いい身分だな」
野太い声。暴言とも取れるその言葉にも、レオンは動じない。
「こちらはレベッカ・アヴァロ嬢です。軍靴の試作品を第四倉庫に納品する新規業者となりますので、本日は倉庫の視察に伺いました。私は新規業者の監視を言いつかっておりますので、同行しています」
「アヴァロ? 坊ちゃんの婚約者か?」
その一言に、どくんと胸が鳴った。
「いえ、婚約は破棄されました」
「は……お前は元婚約者を伴って来ているわけだ。それはそれは……惨めな役目を押し付けられたもんだな」
ロバートが口の端を吊り上げた。その瞬間、レベッカの記憶からその姿に最も近い男が浮上して来た。
そうだ、あの時も確かにフェルドと呼ばれていた。
「あの、フェルドさん! 二週間ほど前、孤児院のバザーにいらっしゃいましたわよね⁉︎」
「なッ————」
ロバートの瞳が見開かれた。
あの時とはまるで態度が違うから最初はわからなかった。だが、見れば見るほど二人は同じ顔に見える。
「わたくしもバザーに寄りましたのよ。とっても素敵なレースのハンカチを買いましたの。でも、商品に値札も名前も付いていなくて、子供たちに値札を付けましょうって言って……。ポーチの値札を見せられてすごく優しそうに笑っていらっしゃいましたね。子供たちもあなたにとても懐いているみたいで」
「プライベートなど今は関係ない」
ぴしゃりと言ったロバートに、やっぱりあの時の人だと確信する。
まるで人が違うかのような態度だが、軍の中佐なのだから厳しくしないといけないのかもしれない。
「そうですわね。あのでも、わたくしフェルドさんが多額の寄付をされているとお聞きして、本当に尊敬いたしましたの」
ぴくりとレオンの眉が動いた。レオンにとっては厳しい上官だろうから、驚くのも無理はない。
そんな人の素顔を見てしまったのは、何だか徳をした気分だ。きっと、彼なら部下のことも大切に考えて厳しくしているのだろう。
「わたくしも何か出来ないか考えているのですわ」
「はっ、お嬢ちゃんのおままごとなら他所でやるんだな」
「おままごとかどうかは、今後も見ていただいてから判断してくださいまし。わたくし、頑張りますので!」
ロバートが短く舌打ちをする。
「そんなことは知らんな。ここは軍部だ。お嬢ちゃんが民間人だからといって、ここに出入りするならそれなりに厳しくいく。覚悟するんだな」
「は、はい! あの、それで第四倉庫を見せていただけます?」
「勝手にしろ、俺は忙しい。何かあればそこの補佐官殿に全部尻拭いをしてもらうからそのつもりで」
吐き捨てるように言うと、ロバートは二人に背を向けてさっさと歩き出してしまう。
「レベッカ嬢。フェルド中佐が孤児院に寄付をしていると言うのは本当か?」
「ええ。孤児院の方がお礼を言われていましたわ。何度も寄付されているみたいでした。子供たちには、すごく優しそうな顔で接してらしたんですの。ご立派な方だわって、わたくしも何かしなくちゃって思いましたの」
「意外だな……」
「ええ、わたくしも仕事ではあんなに厳しいだなんて意外でしたわ」
レベッカの脳裏には、ロバートの優しそうな笑顔が残っている。職務上そうすることができないのなら、やはりロバートは立派な人なのだろう。
「まあ、とにかく許しが出たんだ、倉庫を見て行こう」
「はい!」
レオンが倉庫へとレベッカを誘う。第四倉庫の入り口で、そこにいた警備兵と二、三言言葉を交わしてから、手招きをする。
中は薄暗いものの天窓もあり、それなりに視界は確保されているようだ。
「試作品は西の壁際……あの辺りか?」
雑多に積まれた荷物を避けながら、西側の壁を目指す。
たどり着いたそこには、確かに壁に『レベッカ・アヴァロ 軍靴五〇足』と書かれた板が貼り出してあった。
五〇足はさほどの量でもないし、履いて貰えば数も減る。板が貼ってなければ、与えられたそのスペースはただの隙間にしか見えない。
その隙間が、レベッカには輝いて見えた。
「ここがわたくしの場所……嬉しいですわ」
「ああ、良かったな」
レオンが微かに笑みを浮かべ、頷いてくれる。
その時、なにやら外から騒がしい音が耳に届いた。何かはわからないが、人の声と走り回るような足音がする。
「なにかしら」
「外に出てみるか」
さっと歩き出したレオンの背を追って外に出る。
そこでは、慌てふためいたような表情で兵たちが隊列を形成し始めていた。その隊列の向こう側から、長身の男性が歩いて来るのが見えた。その姿は、まるで光が差したかのような錯覚を覚えるほど美しい。
長い金髪を背でゆるく一つにまとめ、白を基調とした軍服の上着には美しい刺繍が施されている。そして、まるで女性もののような白いブーツのヒールはびっくりするほど高い。その服装からも、現場を駆け回るのではなく上から指示をする立場なのだとわかる。
そして最も輝いていたのは、その人物の容姿だった。まるで神が造った完璧な彫刻のような————。




