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レベッカの商人ライフ奮闘記〜婚約破棄から始まる恋と靴と陰謀の物語〜  作者: 華空 花
第二章 わたくし軍靴を売ろうかしら⁉︎
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17.足の寸法を測らせてくださいませ!

「よく来たね」


 案内された部屋に入ると、大きな執務机。そこに座っていたのは、大柄で武人然とした壮年の男だった。この国では最も多い金髪碧眼だ。彼がレオンの上司のスティーブだろう。

 そして、その横にはレオンが控えていた。背筋を伸ばしてそこに立つ姿を見るだけで、どこか安堵した気持ちになる。


「ブライアン大佐、初めまして。レベッカ・アヴァロです。本日はお時間を取っていただきありがとうございます」


 そっとスティーブを伺う。彼が、レオンから送られてきた婚約破棄届に証人として署名をした人物だ。つまり、レオンの規律違反を彼は知っている。

 スティーブはレオンの直属の上司だと聞いている。もしかしたら、レオンを処分したのは彼かもしれない。

 そのことを聞きたい気持ちがむくむくと出て来るが、ぐっと我慢する。そんなことを聞いては、出入り許可を貰うどころではなくなりそうだ。本来の目的を忘れてはいけない。


 レベッカの軍靴試作品の試験導入として、調達庁から五〇足の納品許可が出たと報せが来たのは三日前。ヴィクターと会って軍靴の試作品を渡してから二週間後のことで、異例の速さで許可が降りたことになる。

 当然、調達庁の許可は納品だけだ。そのため、報せを受けてからすぐに、レオンを通してスティーブへの面会申請をしたのだ。


「スティーブ・ブライアンだ。君と会うのは実は初めてではないが……まあ君は小さかったから実質初めてのようなものだな」

「まあ。もしかしてお父様と一緒にお会いした事が?」


 スティーブは、簒奪された王座を取り戻すためにレベッカの父とともに戦った一人だ。

 父に連れられて会っていたとしても不思議はない。


「そういうことだ。まあ、それは今は関係がないな。本題に入ろう」


 淡々とそう告げ、机の上に広げられた資料を手に取る。

 ヴィクターに渡したものの写しだ。


「軍の立ち入り許可が欲しいそうだな。軍靴試作品の納品はすでに許可されているし、軍部に出入りする理由はないと思うが」

「納品分はこれから作らなくてはなりませんの」

「それはそうだろう。それと出入り許可になんの関係が?」


 スティーブは資料に視線を走らせながら問いかけて来る。その表情は微塵も変化せず、レベッカの事をどう思っているかは推し量れない。


「資料にもあります通り、出来る限りのコストカットを実現しなければなりませんの。もちろん、試作品のうちは大量に作るわけではありませんから、どうしても割高ではありますけれど」

「それで?」

「え、えっと……」


 言葉に詰まる。いつもレオンは楽しそうにレベッカの話を聞いてくれていたし、ヴィクターもにこやかに話してくれていた。家族もそう。

 こんなに無表情で対応されたことは今までの経験上ない。

 助けを求めるようにちらりと横目でレオンを見ると、視線が交わった。スティーブに見えないように、その口が音を出さずに動いた。

 落ち着け、そう言っている。


(そうよ、ブライアン大佐が厳しいお方だってことはレオン様のお手紙に書いてありましたもの)


 むしろ、これでもスティーブは丁寧に接してくれている方ではあるのだろう。レオンやヴィクターが特別なだけなのだ。


「それでつまり、無駄なサイズは作れないのですわ。正式採用となれば五サイズ展開をいたしますが、全部同数作ってはいけないのです」


 足のサイズが女性のように小さい者も中にはいるだろうが、おそらく少数だ。極端に足が大きい者もさほどの人数はいないはず。ならばこれらのサイズは作成個数を減らして不良在庫を減らさねばならない。

 その代わりに大勢の足を測り、その平均値を中サイズとして最も多く作るのだ。そうする事で、たくさんの兵に合う靴が届くし、不良在庫も減る。

 ここでの問題は、どのサイズを中サイズと定めるかになる。

 それをなんとか説明していく。


「実際にサイズを測らせていただくとなると、短時間とはいえ手を止めさせてしまうことは事実です。ですので、その点でご迷惑をおかけしますわ。でも、足元は本当に大切なものだと思うんです」

「そうだな」


 短いスティーブの返しに、また面食らう。その一言が迷惑をかけるにかかるのか、足元は大切にかかるのかで意味が大きく違ってしまう。

 でもここで怯むわけには行かない。レオンやヴィクターがこんなに協力してくれているのに、自分が頑張らなくてどうするのだ。


「試作品ですので、なるべく色々な足の大きさの方に履いていただきたいわ。なかでも一番一般的な中サイズを基準にしますから、まずはそこからですわね。とにかく中サイズを決めるために測らせて欲しいんですの」

「それぞれ足のサイズを計らせて君に報告を出そう。そうすれば出入りする必要もない」


 なるほど盲点! と思わずうなる。

 もう一度レオンに視線を向けると、かすかにレオンの額に縦線が刻まれていた。しかし相変わらず真っ直ぐに姿勢よく直立している。

 顔、肩、腰、足、軍靴と視線を下へ移していく。引き締まった身体は、監査官の制服をまるで武官かのように着こなしている。

 スティーブへ視線を戻す。堂々たる体躯。厚い胸板に制服も窮屈そうだ。足元は見えないが、きっと逞しいだろう。

 その二人の体格の違いに、頷く。


「必要なのは足の大きさだけではありませんわ。足首やふくらはぎなどの太さも必要です。足の甲の厚さも。慣れないのにご自分で計るのはなかなか難しいのです。少しでも計る場所が変われば結果が変わってしまいますから」

「ふむ……」

「もちろん、わたくしだって靴職人ではありませんわ。でもちゃんと学んで来ています。測らせてください、皆さんの命を守る軍靴を作りたいのですわ」


 スティーブが資料から顔を上げた。その眼光が鋭くなる。


「レベッカ・アヴァロ嬢」

「はい」

「軍部は、国の護りの要だ。わかるね?」

「もちろんです」

「つまり、誰でもほいほい招き入れることは出来ない。君が敵のスパイだという可能性だってあるからだ」


 告げられたその可能性に、レベッカよりもレオンが反応した。信じられないものを見るかのような表情でスティーブを見る。

 そんなレオンの視線に気づいているのかいないのか、スティーブはさらに言葉を続ける。


「私には出入り許可を与える権限はあるが、君がもしスパイだった場合、私の立場も危うくなる。それなのにわざわざ迎え入れたいと思うわけがない」

「そ、そうですわね……はい……」


 さすがにレベッカの気持ちがしぼむ。言われてみればその通りだ。

 なまじ、レオンやヴィクターが親切だからそんな視点に立つ事が出来なかった。

 レオンやヴィクターは、まだ新米であり立ち入り許可を与えられる立場ではない。レベッカの失態は、立ち入り許可を与えたスティーブの責任になるのだ。

 もちろん、問題を起こす気などないが、そんなことなどスティーブの知ったことではないだろう。


「しかも軍部には機密事項もある。一人であちこちへ歩き回られても困るわけだ」

「はい……」


 急に軍靴を納品させろと言い出し、納品が許可されれば軍に出入りをさせろと言う。たしかに、スティーブとしては疑いの目で見ない方が難しいのだろう。

 断じてスパイではないが、他人にそれがわかるはずもない。


「スタンフィールド大尉」

「はっ」


 スティーブに呼ばれ、レオンが短く返事を返す。

 レベッカの見たことのない、職務中のレオンの姿。それを目にして、状況は一旦脇に置きつい嬉しくなってしまう。

 レオンはこんな風にして日々国のために働いているのだと思うと、なんだか胸が熱くなった。

 ますます、彼らの役に立つことをやりたい気持ちが湧いてくる。


「君に、レベッカ・アヴァロ嬢の監視を命じる」

「——え⁉︎」


 聞き間違いだろうか、監視と聞こえた気がしてレベッカは瞳をしばたたかせた。

 監視というのは、もちろん日常生活の監視ではないはずだ。監視が必要なのは————。


「レベッカ嬢は、軍部内では常にスタンフィールド大尉と行動をともにし、単独行動はしないこと。出入り出来る場所も、こちらが許可した場所だけに限らせてもらう。これが条件だ」

「——あ、ありがとうございます! 感謝いたします!」


 勢いよく頭を下げ、反射でレオンに手を伸ばしそうになってしまい、すんでのところで何とかこらえる。

 しかし、ほおがゆるむのを止められない。

 軍部に入って、実際に足を採寸できる。しかも、レオンが監視として常に付いていてくれる。こんなに心強いことはない。


「新規の出入り業者は監査の対象でもある。君の行動は全てスタンフィールド大尉が記録するからそのつもりで」

「はい、心得ましたわ。よろしくお願いします、スタンフィールド大尉」


 職務中のレオンに配慮してそう呼びかけると、なぜか複雑そうな表情でレオンは頷いた。

 兎にも角にも、これで一歩前進だ。


「私からの出入り許可は、私個人が私自身の責任で出す極めて限定的なものだ。もし君に出て行けという者がいたとして、それが監査局外なら従わざるを得ない。その程度のものと心得ておけ」


 相変わらず一切表情を変えないまま、スティーブは机上に紙とペン、そしてインク瓶を取り出した。ペンにインクを付けると、紙に何事か書き付けていく。


「わたくし、このご恩に報いるためにも、全力で素晴らしい軍靴を作成いたしますわ」

「期待している」


 書き終わり差し出された紙を受け取ると、正式な出入り許可証だった。

 これから、新しいチャレンジが始まるのだ。


(がんばらなくちゃ……レオン様が安心できるように……でも)


 レオンが安心出来るようになった時が、縁の切れ目なのだ。

 そう思うと、少し寂しい気持ちになる。その気持ちを悟られないよう、内心気合いを入れた。


「では早速! ブライアン大佐、足を測らせていただけますか⁉︎」


 手持ちの鞄の中からメジャーを取り出すと、さすがにスティーブの片眉が上がった。


「今か……?」

「はい、もちろんですわ。ブライアン大佐はとても体格が良いですので、かなり参考になりますもの。それに、スタンフィールド大尉も!」


 また何を言い出したんだと困惑気味なレオンに、力強く頷いて見せる。


「大尉はおおよそ標準的な体格だと思いますのでぜひ」

「あ、ああ……」

「ご協力感謝いたします!」

「まだなにも言っていないが……」


 ぼそりとつぶやいたスティーブに、レオンがほおを引きつらせたのがレベッカからは見えた。あれは多分、スティーブの突っ込みに笑いを噛み殺している。

 かわりにレベッカが笑みを作る。


「靴を脱いでいただけますか? あとはじっとしていて下されば大丈夫ですわ!」


   * * *


「フェルド中佐、これを」


 第三軍需補給局中央管理部へ戻ったロバートは、事務官のローズマリーから一枚の紙を差し出された。

 受け取って読み、舌打ちをする。


「なんだこれは。軍靴の試作品? ふざけやがって」


 新規の業者から、軍靴の試作品を五〇足納品してもらうこと。その保管庫に、第三軍需補給局の装備品倉庫の一部をあてがうようにという通知だった。


「なんでこんなものを調達庁の奴らは許可しているんだ」

「この試作品納入を推したのは、ヴィクター・クラウス卿だとお聞きしております」

「……ッち、あの伯爵家の小僧か。偉そうに」


 ロバートの最も嫌いな貴族。しかも伯爵家。威張り散らすしか脳のない哀れな人種だ。


「いかがしますか?」

「四番倉庫の隅でも空けておけ」

「はい」


 ローズマリーが頷き、颯爽と歩き去って行く。歩きながら、部屋の中にいた数名の男性に声をかけた。言われた通りに四番倉庫を少し空けるのだろう。


「そう上手くいくと思うなよ……」


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