14. 感謝いたしますヴィクター様
「なるほど……よく出来てるね」
ヴィクターが、レベッカのまとめた軍靴の資料から顔を上げた。
軍靴の仕様、見積、さらには手入れ方法などを細かく正式な文書として書いたものだ。
「革の大量購入、さらにブーツシャフトを短くしてコストカットした分、一部ウェルト縫いを採用して防水加工し、サイズ展開も増やす……その代わり防水を維持するための手入れを本人にやらせる、と」
二人はカレン通りの洒落たカフェにいた。貸切にでもしたのだろう、店の中にはヴィクターとレベッカしかいない。
それはそれで少し居心地が悪かったが、商談をするなら仕方がない。今は私的な外出とはいえ、軍に関わる事だ。
「はい。そうすれば長持ちするようになりますから、相対的なコストカットになりますわね」
「なるほどね。私たち貴族の士官がいかに無能かわかるな」
手入れなんて自分でやった事がないから考えたこともなかった。そう言ってヴィクターがにこりと笑う。
「本当は最も多く居る平民出の兵たちに広く意見を求めるべきなんだろうね。彼らなら手入れすれば良いのにと思っていた者もいただろう。でも私たちに意見も出来なかっただろうしね。君がいてくれて助かるよ」
「お役に立てそうなら嬉しいですわ」
誰かの役に立てるのは嬉しい。レオンの、スタンフィールド家のためにと今までは思って来た。それがなくなってしまっても、誰かの役に立てるのならやり甲斐がある。
レベッカが本当にしたい事は、相手の顔を見て、その人にぴったりの商品を売る事だ。そのために、少し遠回りでも軍靴を頑張って作りたい。軍靴は国の役に立つ事業でもある。
「サイズも五サイズを闇雲に作るのではなく、皆の足の平均値のサイズを多く作るのです。一番小さいサイズはそんなに要らないけれど、必要な方もいらっしゃるわ。だから少数作る。それから革の大量購入ですわね。試作品ではそこまでコストは下げられませんけれど、正式に採用になれば大量購入出来ますからよりコストは下がりますわ」
レベッカの説明を聞きながら、ヴィクターが資料の該当箇所を指でなぞる。
正式採用になった場合の月平均納品数の想定と、それが幾らになるのか、現行の軍靴と比較するとどうなのかを詳細に記載したものだ。
レベッカの軍靴は、一足の単価としては現行のものよりもほんのわずか高い。しかし、靴の耐久性を上げる事で、月単位の納品数を抑える事が出来る。
結果的には、採用されてから年月が経つごとに費用が浮いていく計算だ。
「この現行の軍靴の値段を君は知ってた?」
「現行の軍靴の値段は、レオン様がお手紙で教えて下さったんです。それに、軍靴を納品している靴職人ギルドにはお友達がいますの。彼にも聞きましたから、合っていると思いますわ」
「へえ……」
感心したように頷いたヴィクターが、じゃあ靴を見せてと促してくる。
足元に置いた紙袋から、試作品の軍靴を一足取り出した。靴職人のエンリケが作ってくれたものだ。
「こちらですわ……えっと、どうしましょう」
新品で綺麗とはいえ、靴をテーブルの上に置くのは憚られる。そんなレベッカの意図を理解したのか、ヴィクターが手を伸ばした。
軍靴を渡すと、ヴィクターはそれを自分の膝の上に置いた。
「たしかに、現行のものよりブーツシャフトが短いね」
ヴィクターが人差し指と親指を広げ、足首から上の筒を計る。
「はい。動きが激しいのなら、こちらの方がより動きやすいと思いますし、革も少なくて済みますので」
「うん、作りもしっかりしている。これでほぼ同じ価格なら、それだけで採用するメリットはあると思う」
「ありがとうございます」
もちろん、この靴の全てをレベッカが作ったわけではない。木型や革のカット、型紙の作成など、やはり専門的な靴職人の知識と技術が必要だ。
馴染みの靴職人であるエンリケがいたから出来た事だ。
「試作品の納品だけでもなんとか出来るように私から調達庁へ働きかけてみるよ。この軍靴は預かってもいい?」
「もちろんですわ! 感謝いたしますヴィクター様」
「これは本当にいい靴だよ。むしろ協力させて欲しい。現場で汗水流してくれてる者たちの待遇を少しでも良くしてやりたい」
ヴィクターの手のひらが、その感触を確かめるように軍靴の表面をなでる。
「あの、これを」
足元の空の紙袋を差し出すと、ヴィクターが礼を述べ受け取る。
名残惜しそうに軍靴を紙袋にしまうと、足元に置いた。
「さあ、ベッキー。難しい話は終わりにしてなにかいただこうか」
ヴィクターがさっと片手を上げると、すぐに店員がやって来た。
テーブルの上にメニュー表が置かれる。
たまにレオンとこういうカフェに行くこともあったが、回数は少なかった。どちらかと言うと、レオンは自宅でのお茶を好んでいたのだ。
対してレベッカは、外でも中でもどちらも好きだ。こうして外のカフェに来たからには、楽しみたい気持ちがわく。
「じゃあ、サフランと蜂蜜のハーブティーをいただこうかしら。冷たいのを」
「いいね、君のイメージにぴったりだ。私もそれをいただこう」
にこりと笑いかけて来たヴィクターと目が合う。
とたんに、今まで軍靴に夢中で忘れていたことを思い出し、慌てて瞳をそらす。
まあ汚れがとうそぶきながら眼鏡を外した。孤児院で買ったレースのハンカチでレンズを拭く。
ヴィクターの顔を直視出来ない。なんだかほおも熱い。
「それから、彼女にアーモンドとローズのタルトを」
さらりと付け加えられた一言を否定する間もなく、店員はメニュー表を下げ去っていく。
「あれ? ベッキーはタルト好きだと思っていたけど違ったかい?」
「あ、いえ、好きですわ」
「そう、なら良かった」
かけ直した眼鏡の向こうで、嬉しそうに笑うヴィクターの笑顔がまぶしい。
たしかにヴィクターは、子供時代に一緒に遊んでいた友達だ。あの頃は彼もまだ子供で、こんなスマートな対応をしたりはしなかった。それがたった四年でこんなに眩しくなるなんて。
「二人でカフェに入った事があったよね、商売の視察とか言って」
「ありましたわね! あの頃はあれもこれもやってみたくて、カフェもそのうちの一つでしたわ」
「そうそう。でも結局視察とか言いながら二人でタルトを食べて帰って来たんだ。おかわりまでしてさ。結局美味しかったって記憶だけしか残らなかった」
「ふふ、本当に美味しかったんです。やっぱり気の合うお友達と食べるのが美味しいわ」
その頃の二人は、そういう遊びをしていた。要は、将来やってみたい仕事の現場に行ってみて体験する、視察するという遊びだ。
「でも結局、わたくしはお菓子作りがあまり上手ではありませんでしたの」
何度チャレンジしても上手く作る事が出来ない。アヴァロ邸の料理番たちには、ちゃんと計らないからだと口酸っぱく言われた。言われたのに面倒がって計らないのだから、わざと失敗しているようなものだと呆れられたものだ。
「性格的に合わなかったのですわ」
「ベッキーらしいな」
瞳を合わせてふふ、とどちらからともなく笑う。
まさかヴィクターとまたこうしてお茶をする機会が来るなど思ってもみなかった。
さすがに外を走り回る事はもうないが、あの頃を思い出すと少し心が弾む。




