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7月 訓練



「ダメだダメだ」


 浅野教官が吐き捨てるように言い放つ。

 今日は五〇メートル先に並べた大小さまざまな標的を教官の指示通りに撃破する訓練だ。小さいものはウサギ程度の的から大きいのは土塁に熊を模した線を引いたものまである。


「何度言ったらわかるんだ。内藤は威力を意識しすぎだ」


「・・・はい」


 いくら当たっても倒せなければ意味がない。少しでも一撃の威力を高めようとするのは当然だが、今度は狙いが甘くなってしまう。

 しかも隣にいるマリノも教官の指示と同時に同じ標的を狙うのだ。いくら俺の方が精霊術の発動が早くても、遅れて飛んでくるマリノの火球の方が有効打を与えるのだから余計に意識してしまう。

 俺たちとの訓練の時は鬼教官スイッチが入るのか、浅野教官はすぐに手が出る。たるんだ態度や下手な言い訳をするとぶん殴られるので、余計におっかない。豚教官がいるときとのギャップは多重人格かと思うくらいに差がある。

 ペア訓練開始当初、マリノがいつもどおり意図的に狙いを外していたのはすぐにバレて、マリノはきついビンタを食らった。二人で必死で浅野教官に事情を説明して、黙っている代わりに三人での練習中だけは真面目やるということで約束を取り付けた。話が通じるという点においては豚教官とは雲泥の差だ。

 だから、スピードと精度はやや遅くとも俺の精霊術に少し遅れて破壊力大の一撃がくるので、微火力の俺としてはとても落ち着かない。


「内藤は大火力の精霊術士になりたいのか?」


「それは、当然なりたいです」


 愚問だろう。ちまちまと吹けば消えるような火球よりは、一撃で相手を燃やし尽くすような火球が使えるようになりたいのは当然だ。しかも今やってる訓練の標的は五〇メートルだが、これが一〇〇メートルになると当たってもさらに威力が落ちて貫くこともできなくなる。

 マリノが本気を出して当たりさえすれば、その一〇〇メートル先の標的でも跡形もなく破壊できる威力の火球が放てるのを知っているので、なおさら負けたくない思いがある。本当に速度と精度しか今の俺には取柄がないのだ。


「では早死にする精霊術士と、生き残れる精霊術士。どちらになりたい」


 これも愚問だ。まだ自殺願望はない。


「当然、生き残りたいです。そのためにも精霊術の威力を上げたいです」


 教官の目つきがひと際鋭くなる。

 やばい。余計なこと言って、地雷踏んだか?

 でもマリノだけでなく同期の精霊術に比べても数段劣る威力の低さはコンプレックスだ。


「なら、言い方を変えよう。今年の精霊術士候補生全員と私がそれぞれ一騎打ちをしたとする。どちらが勝つと思う?」


「当然、教官です」


 はっきり言ってトリプルの浅野教官の強さは反則レベルだ。バランス型はどっちつかずになりがちなだと聞くが、パワーもスピードもずば抜けていて、現役の騎士でも剣技で一対一で勝てる相手はそれほどいないという噂だ。

 岸本の話では騎士候補生との模擬戦でも全員片手で軽くあしらわれたらしい。本気でやられたら、どう考えてもワンパンで終わる。

 騎士ならまだしも精霊術士ではなおさらだ。詠唱の時間が稼げない。

 あてるどころか時間稼ぎの牽制の一撃すら唱える暇を与えてもらえずに終わるだろう。どう考えても候補生の精霊術士候補生ごときが敵う相手ではない。


「そうだな。おそらく誰とやっても五秒あれば勝負はつく」


 ですよね。


「だが、例外がお前だ。内藤。お前だけは私に勝てる」


「「え?」」


 マリノも目を丸くしている。


「お前の精霊術は早くて鋭い。範囲は小さくとも十分な威力がある。仮に実戦なら対峙して私が詰め寄る間に手のひらほどのカマイタチでも私の首筋、別に足でも構わん。当てればお前の勝ちだ。お前にはそれができる可能性がある。駆け引きの差で今は私が勝つだろうが、経験を積めばその差は補える。素早く、狙い通りに放つことが出来るのはそれだけで十分な才能だということだ。相手を倒すのに丸ごと焼き尽くす火球は不要だ。魔獣であろうと肉体があり急所を持つという点では人間と変わらん」


 そっか。そういう考え方もできるのか。


「ほとんどの精霊術士はそこまでの素早さと精度を持っていない。だから安易に火力に頼ってしまうんだ。繰り返すが人間はもちろん、どんな魔獣でも急所を指一本分切り裂くだけで倒すことはできる。必要十分な威力はすでにあるんだ。どうせなら内藤は素早さと精度を極めろ。それと先読みだ」


「あのぅ、教官。ボクの立場は・・・」


「宮本は威力と精度をバランスよく鍛えればいい」


 マリノの精霊術は典型的な大火力、大範囲型だ。さっきの教官の説明はマリノのような精霊術士を全否定しているようにも受け取れる。


「向き不向きというか。じゃんけんの相性みたいなものだ。宮本にとって内藤は相性の悪い相手だ。内藤の天敵は初撃を躱せるスピード型か、防ぎきる技能と装備を持ったタンク型の騎士だろう」


 なるほど、確かにマリノにタンクがついて時間を稼げば、マリノの精霊術を防げる人間もそういない。


「あとは浄化だな。宮本は速度と精度は悪くとも、浄化の能力は私が知ってる術士のなかでも上位にはいる。戦闘ばかりが精霊術士の仕事じゃない。倒した魔獣や精霊だまりの浄化も精霊術士の大事な役割だ」


「なるほど」


 倒した魔獣は精霊術士が浄化の祈りを捧げて穢れを祓わなければ、再び魔獣を生み出す原因になる。

 穢れた精霊だまりも同様だ。昔から信仰の対象であった場所などが精霊だまりになりやすいらしいが、放っておくと穢れが蓄積するので、騎士団の精霊術士が定期的に巡回して浄化を行っている。


「逆に内藤はそっちはからっきしだからな。短所を無理して伸ばす必要はない」


 事実だがストレートに指摘されるのもへこむな。評定Dを一つでも減らしたくて練習したが浄化の適性がまったくなかった。穢れの基準にもランクがあるが、一般人でもできる最低ランクの穢れの浄化がやっとだった。


「バランス型の私がいうのもなんだが、長所を伸ばせ。得意分野を極めろ。お前らの得意分野は十分武器になる。宮本は威力と範囲は申し分ない。これからの課題は発動までの時間の短縮と、コントロールの精度を高めることだ」


「どっちも内藤君の得意分野じゃないですか。かないっこない」


 マリノが恨めしそうにこっちを見ている。


「別に内藤のようになれという意味じゃない。今の大火力のまま少しでも早く、正確にあてろというだけだ。シンプルだろう?それだけで相手にとっては脅威になる。内藤はまだ発動時に短詠唱しているようだが。無詠唱できるように努力しろ」


 確かに俺は、精霊術の発動時に短詠唱と言って『火球』や『カマイタチ』などの精霊術名を口にすることで精霊のイメージを明確にしている。宮本さんは集中するために詠唱を行った上で発動している。詠唱から発動まで人によっては差があるが平均で一〇秒から一五秒、精度、威力を高めるために三〇秒近い詠唱する人もいる。詠唱といっても定型文があるわけではなく、術者が精霊術のイメージを固めるために言葉にしているだけだ。一般的なのはファイアボールとかファイアアロー。カマイタチもウインドカッターもどちらも似たようなもんだ。

 「地獄の業火よ。偉大なるサラマンダーの紅蓮の牙となりてその形を表せ。俺の敵を焼き砕け。ブレスオブサラマンダー」とか行って火の玉を放つ同期もいる。牙なのか、ファイアブレスなのか、ファイアボールなのかはっきりしろよと突っ込みたいところだけど、そんな詠唱でも俺より威力があるのは間違いないのがものすごく悔しい。一度こっそり真似したけど、詠唱してるうちに恥ずかしくなって発動すらしなかった。

 対照的なのは無詠唱。一切口頭での詠唱はせず頭の中だけで精霊術発動まで行うことだが、これが案外難しい。無詠唱をする人自体が少ないが、これは威力や精度が激減してしまうからだ。口にするということは考えていることを再認識する行為だということがよくわかる。


「私なら回避、フェイントなしなら五十メートルは三秒もかからん。今の内藤の詠唱、発動までもそんなもんだろう。コンマ1秒でも縮めろ」


 接敵される前に迎撃できるか、よくて相打ちになるかは全然別物だ。

 マリノの精霊術は威力はあるが他の候補生よりやや遅くて一五から二〇秒前後だ。


「宮本は多少ずれても単発火力の高さが補ってくれるがそれに甘えるなよ。こと騎士との連携戦闘に関しては、味方と相手の動きを読め、そして予測しろ。予測が疎かだと下手をすると味方に当たるからな。派手な精霊術がカッコイイなんて幻想は捨てろ」


「「はい!」」


 ようやく教官の意図が腑に落ちた。


「再開するぞ」


 教官の指示にどおりに標的を狙う訓練が始まる。

 できるだけ早く。的の同じ場所に当たるように。

 教官の合図に合わせて指示された目標にカマイタチを当てていく。


「ふむ。二人ともずいぶんよくなった。二人とも精霊術で水球を飛ばすことはできるか?」


「「はい」」


 俺のは子供のこぶしより小さい松明も消せないほどの大きさだ。水遊びにしかならない。


「よし、次の段階だ。私が向こう側からお前に向かって歩く。まずは二人同時で構わん当ててみろ」


 水球なので当たっても濡れるだけで、かすり傷を負わせることもできない。対人での訓練ではよく使われる精霊術だ。

 目標が動くだけで難易度が一気にあがった。

 フェイントをかけていないにも関わらず、何度やっても正面から向かって歩いてくる教官に二人とも水球が当たらない。最小限の動きで交わされてしまう。

 『当たると思う大きさ方法でやって見せろ』と言われたのでマリノはムキになって三メートルクラスの水球を放ったりもしたが、難なく交わされていた。

 大きくなればなるほど発動に時間がかかり、速さやコントロールが大雑把になってしまう。

 もっと速く、鋭く。

 回数を重ねていくうちに俺の水球は球どころではなく小指の先ほどの大きさ、水弾といっていいほどの大きさになっていった。

 マリノも同じ結論に達したのか、水球の大きさがだんだんと小さく、早くなっている。

 このあと三時間近くやったが、結局この日は二人揃って一度も当てることができずに終わった。

 そしてマリノの水球を回避する教官の動きを予測して、俺が水球をかすらせるようになるまでさらに十日かかった。





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