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7月 ユニット訓練


「よう、チビ、ブービー。せいぜい死神に殺されないようにがんばれよ~」


「・・・」


 厭味ったらしいセリフを吐き捨てて、横山が通り過ぎていく。


「まったくしつこいんだから」


「ほっとけ、ほっとけ」


 相変わらず成績下位の俺とマリノは横山をはじめとする一部の候補生からは徹底的に見下されている。豚教官が率先しているのだから真似をする奴も出てくるのは当たり前だ。

 こいつらにはよく嫌味を言われるが、何を言い返しても面倒なことにしかならないので、相手にしないようにしている。

 一方で横山は豚教官の覚えもめでたく、精霊術士候補生の中でも入営以来成績トップを維持している。訓練中の精霊術を見ている限りトップというほど優秀にも見えないのだが、ビリっけつの俺が何を言おうと負け犬の遠吠えだ。

 今日からは候補生同士で仮のユニットを組んで騎士と精霊術士のペアとしての本格的な連携技術の訓練が始まる。候補生が成績順で仮ペアを作り四つのグループに分かれて教官がそれぞれ担当するそうだ。

 仮ユニット作成で予想通りボッチとなった俺とマリノは、噂の浅野教官から訓練を受けることになっていた。

 候補生が二一ペアと余りの二人。

 教官が四人なのに三人の教官が七ペア一四人ずつ。余りの二人を一人の教官が担当するという超変則的な組み分けになっていた。恣意的にもほどがあると呆れたが、主任教官にはそれだけの権限があるようだ。

 俺たちは二人で浅野教官の付きっ切りの個別指導を受けれると思えば悪いもんじゃないかも?

 浅野教官の指導が豚教官並みだと地雷でしかないが。

 岸本に言わせると『秋山教官がソリの合わない浅野教官に、相手がいない二人を押し付けてハブったようにしか見えない』だそうだ。豚教官もどんだけ俺たちが嫌いなんだか。


「秋山教官とかかわらずに済むならそれでいいよ」


 どうせ、まともな指導など期待できないのだ。


「浅野教官の指導がどんなのかわからないけど、秋山教官より悪いってことはないはず」


 豚教官に嫌われてるならいい人なんじゃね?とか思ってしまう。


「うん、ボクもそう思う。遅れると怒られるかもよ。急ごう」


「うん」


 ほかのグループが広い主演習場を使うのに対し、俺たちは少し離れた場所にある第三演習場に追いやられている。

 追いやられている、というのはひがみだろうか。のんびり歩いてると五分くらいかかってしまう。

 豚教官は体型に似て時間にもルーズなので指定した時刻どおりに来るのは稀だ。遅れてくるのが偉いと思っている節すらある。あれが当たり前だと思っていると正規軍に入ってから痛い目を見そうだ。




「「よろしくお願いいたします!」」


「さて、では始めようか。お前たち二人も私に押し付けられて貧乏くじだな」


 俺たちの目の前に立つ、動きやすさ重視の革製鎧を身に着けた陰気な騎士。いつも俯いて声も沈みがちな印象だが、今日はそれほどでもない。豚教官がいないからだろうか?


「そんなことはありません。浅野教官の指導を受けることができて光栄です」


「おべっかはいらんぞ、まあいい、騎士と精霊術士の連携の訓練ということだが・・・、二人にはまず騎士の動きを理解してもらうところから始めようか」


「「はい!」」


 さっきの一瞬の間はなんだったんだろう。何か言いたかったのか分からないけど、ものすごく気になる。

 才能に恵まれながらも『死神』のあだ名を付けられた不遇のエリート騎士か。噂が事実なら、俺だったらとっくに心が折れて引きこもりたくなっているレベルだ。

 ペアが三人事故で死んだなんて本人に責任はないだろうに、同情してしまう。

 そんな浅野教官の指導ははっきり言ってキツいなんてものじゃなかった。いつものやる気なさげな雰囲気はどこへ行ったのか、連日朝から基礎トレーニング。午後から晩まで本当に二学年違うだけなのか疑いたくなるほど理路整然と対魔獣戦、対人戦の動きを叩きこんでくる。同情なんてするんじゃなかった。

 図書室の大村さんに騎士の立ち回りを教わり理解したつもりになっていたことなどものの役にも立たない。

 おかげで図書室での自習時間も非番の日に気力があれば向かう程度で、大村さんに会う機会もすっかり減っていた。

 珍しく図書室に行って愚痴ると「そんなもんだろ。いくら頭でわかったつもりでも体が動かなきゃ、くその役にもたたないからな」と笑われてしまった。「でも、騎士役が浅野で一対一かぁ・・・」と最後なにやら言葉を濁されてどういう意味かいくら聞いても「まぁ多分大丈夫だろ」と言葉を濁してかわされるだけだった。

 豚教官の指導のなんと生温いことよ。

 豚教官の指導で朗らかに連携運動をやっている連中が時々うらやましくなってしまったほどだ。


「グラウンド五〇周!」


「内藤は上がらない火力を気にするな!精度をさらに高めろ!頭を使え!騎士の行動を予測しろ!お前の術の速さは武器になる」


「宮本は当たらないならまずは牽制を意識しろ!相手の行動を単純化させろ!そうすれば騎士が楽になる」


「騎士がタンクになっているときは、内藤なら火力がなくとも急所が狙える。宮本も敵の動きが止まったところで一撃かませ!」


「精霊術士だからといって騎士が守ってくれると思うな!自分の身は自分で守れ!」


「さっさと立て!実戦で死にたくなければ、訓練は死ぬ気でやれ!」


 三人いるので、俺とマリノが交互に敵役を演じて、それに対して教官がシチュエーションに合わせた連携法を教えてくれる。敵役も動きが鈍ければ実際に木刀の一撃を食らう。手加減はしてくれているはずだけど、滅茶苦茶痛い。というか、本気でくらったらたぶん死ぬ。二人がかりでも簡単にあしらわれてしまう。

 日ごとに遠慮がなくなっているというか、どんどん鬼教官ぶりが増している気がする。この間までの物憂げな印象の人物と本当に同一人物かと疑うほど訓練中の浅野教官は生き生きとしていた。

 初歩的だが最低限の護身術、体術、剣技も教えられ、俺とマリノは連日痣と筋肉痛に悩まされた。




「内藤ってマゾっ気強いんだな。ああいうお姉様タイプが好みか」


「冗談じゃない。俺はノーマルだ!岸本も同じことやってみればいいんだよ」


「そうだよ。無茶苦茶きついんだからね」


 ドMだったらゾクゾクするのかもしれないけど、あいにく俺にはそういう属性はない。


「はっはっは、内藤も宮本も浅野にずいぶんしごかれてるみたいだな」


「笑い事じゃないですよ大村さん。鬼気迫る勢いで、ちょっとでも気を抜いたら殺されそうですよ」


「ホントホント。浅野教官、絶対ボクたちを殺す気だよ。医務室の前田先生いなかったらもう全身痣だらけになってるよぉ」


 浅野教官との訓練が半月ほど経過したが、慣れたと思ったら、厳しさの難易度が上がっての繰り返しで細かい傷や痣が絶えることはない。俺とマリノは訓練後は毎日のように医務室で精霊術士でもある前田先生から擦り傷や打ち身の治療を受けていた。


「死なない訓練で厳しすぎるなんてことはないからな。しっかり鍛えてもらえ」


 大村さんは俺たちのやり取りを楽しそうに見ている。

 最初は噂話や陰気な様子の先入観があったけど、実際に指導を受けてみると口数が少なくて誤解されそうなタイプだが、少なくとも俺とマリノの習熟度に合わせて訓練の強度を調節してくれているのは分かる。

 だから俺もマリノも細かい怪我は絶えないが、大けがに至ったようなことはない。あまりの容赦のなさに文句は言いたくなるが、訓練の厳しさにも他意がないのが分かる。

 豚教官たちのように、指導がひたすら根性論だけとか、指導と称して女子の肩を抱くとか、お尻を触るとか、自分たちに阿諛追従する候補生を優遇するとか。そういう要素はまったくなく。ただ、ストイックに厳しい。

 ぼやきはでても文句を付けるのは筋が違うというのは俺もマリノも納得していた。

 今日は浅野教官が所用で珍しく教練が中止になっている。


「ああ見えて浅野も前は真面目で明るいいい娘でな。能力も高かったからペアの希望者も多くて、任官当時は騎士団の中で嫁にしたい女の子ナンバーワンだったんだからな」


 今の浅野教官からはとても想像つかない。

 一緒に訓練する中で、騎士としてプライドをもっていて、尊敬できる人だというのは分かってきた。

 表情が暗いのもどうも豚教官と何か因縁があるのか、俺たち三人で訓練をするようになってからはそれほど酷い様子はなかった。

 ただ、会話内容もほぼ訓練に関することだけで雑談とかはほとんどないので、あまり女性として意識することはない。そういう意味ではマリノのほうがはるかに親しみやすい。


「小隊が襲われた件以来様子が変わったみたいだが、この商売やってれば、そういうリスクは常にあるからな。それほど珍しい話でもない」


 毎年一割程度は死亡や四肢欠損、精神疾患などでの除隊者が出るって聞くもんな。

 教官だって目に見えないショックを受けていまだに引きずってるわけだ。まだ兵役が終わってないから軍にいるだけで、終わっていれば退役していたかもしれない。


「誰だって傷痍軍人になりたいわけじゃない。だから安全が確保できる訓練で生き延びるための努力をするわけだ。厳しすぎて困るなんてことはない。本来は浅野がやってるレベルの指導のほうが望ましいんだ。今、秋山がやってるメニューじゃ部隊配備されてからが大変だろうな。佐々木と木下のグループだけでも少しでもマシになればいいが」


 ペアの連携訓練が始まってからは俺たち以外の候補生はペアごとに三人の教官に振り分けられて連携訓練を行っている。俺たちとそれ以外のグループで場所が違うのでどんな訓練をしているのかは岸本たちから聞くだけだ。


「そのぬるいメニューを受けてる俺たちはどうしたらいいんですか。内藤みたいにマゾっ気はないけど、話聞く限り浅野教官の指導のほうがどう見ても理屈にあってますよ」


 マゾっ気言うな。


「そうそう。今日もペアの親睦をはかるとかいいながら半分くらい休憩時間あったしね。休憩時間には秋山教官が舐めるような目で見てくるし。勘弁してほしいわ。ちょっとは自分の顔と相談しろってーの」


 岸本と古賀さんは運よくペアになれたところまでは良かったが、連携訓練のグループ分けは秋山班だった。豚教官は自分のグループに成績上位者や、贔屓してるペアを取り込んでいる。岸本古賀ペアは成績的には中間グループだが、スタイルのいい古賀さんが豚教官に目をつけられたのだろうと俺とマリノは推測している。二人とも図書室に入り浸っているから豚教官はあまりいい顔はしてないが、岸本と古賀さんであからさまに態度が違うらしい。いっそのことすがすがしいというべきなのだろうか。


「指導方法は主任教官一任だから、周りは口出しできないんだよ。秋山はあの性格だからいろいろ面倒だしな」


 どうみても豚教官は嫉妬深くてねちねちと根に持つタイプだ。

 指導内容は佐々木教官のほうがまだマシらしいが、豚教官と仲がいいこともあってまだマシレベルでしかないらしい。

 木下教官は言いたいことはあっても階級が下で波風を立てないタイプなので、手抜きというほどではないが、淡々とした当たり障りのないレベルの指導だそうだ。これが大人の世渡りってやつなのか。

 そして浅野教官に対しては、豚教官は徹底的にマウンティングするというか、嫌っていることを隠そうともしない。浅野教官が豚教官の前で委縮している理由はどうもそのあたりにありそうだが、嫌ってる理由は階級は自分のほうが上なのに実力では敵わないからだとか、ペアを申し込んで手ひどく振られたからだとか、いろんな噂が広がっている。


「ただ、平等を期すためというか、一応秋山の名誉のために言っておくけど、あいつ士官学校での技能評定はオールAだったからな?」


「!!」


 大村さんの爆弾発言にその場の全員が絶句して目をむく。


「・・・うそでしょ?」


 誰だってそう思うよ。確かに実習の実演ではそつなく精霊術士として精霊術を披露してドヤってたけどまさかそこまでとは。

 俺だってだれか別の秋山さんの話だと思いたい。

 ダメ教官と思ってた人間のほうが成績が良かったなんて。


「それがな。あいつ成績だけは良かったんだ。精霊術士としての基礎能力自体は高かったしな。天才肌って言うのか?その代わりフィーリングだけで上達してたみたいだから、人に教えたりするのは昔から下手くそだったな。あと教官への取り入り方が抜群に上手かったから、総合評定も良かったんだよ。部隊に配属されてからはあんまり上手くいってなくて、現場からはあまりいい評判は聞かなかったがな」


 それって評定の仕組み自体に問題があるんじゃないのか?


「それってありなんですか」


 マリノがぶーぶーと口を尖らしている。


「今の技能評定のシステムだと周囲との連携とか、協調性みたいな数値化できない評価は総合でしか加味されないけど、指導教官のさじ加減次第だからな。ペアで上手くやってるかどうかも評定とは別モンだ」


「納得いかない・・・」


 指摘された大村さんは渋い顔をしてるけど、それで人生左右される見習いはたまったもんじゃない。


「その点、内藤みたいなのは評定制度の狭間だ。基本的には威力と規模は比例するのが当たり前で、術の規模が小さいのに、的を撃ちぬく威力があって、精度が高いなんてあまり聞いたことがないからな。評定で想定してないんだよ。現場に出たら重宝されるだろうけど、今の評定基準だと評価はしにくいな」


「それも理不尽ですよ」


 将来あるこれからの若者相手にそういうことい言うの止めてほしいなぁ。夢がねぇ・・・。

 やさぐれたくなってきた。


「一応、客観的に術の能力を評価するって点では機能してるんだ。お前みたいなのが増えてきたら、そのうち評定基準や項目だって変わるかもしれないな。それに、評定だけじゃなくお前を評価してくれる人間だっているさ。たぶんな」


「たぶんって・・・・」


「まあいいじゃねぇか。今は腐らずがんばれとしか言いようがねえよ。あと・・・そこで立ち聞きしてる奴もそろそろ中に入ってきなよ。こっちが落ち着かねぇ」


 大村さんが出入口に向かって話しかけると、ゆっくりと扉が開く。口調は変わらないが目元はややきつくなっていた。警戒しているのか?誰だろう。


「・・・失礼します」


「げ、いいんちょ・・・」


 まさか豚教官じゃないよなと思ったら、なんと委員長だった。


「内藤君、同じ学校出身だからってその言い方やめてくれる?」


「ご、ごめん」


 つい出てしまった。

 挨拶以外で三澤さんと話したのは士官学校に入って初めてじゃないか?

 騎士と精霊術士課程の違いもあったし、最近は訓練も別メニューだ。同期の騎士でもトップの成績で面倒見のいい彼女の周りには男女問わず人がいるので話をする機会もまったくなかった。

 成績の悪い俺が一方的にコンプレックスを抱いていて話かけにくというのも大きい。


「しかし気配に気づくって大村さん流石ですね」


 まったく気づかなかった。


「馬鹿野郎。本来、精霊術士が先に気づくべきなんだよ。索敵術習ってるだろうが」


 索敵術は教本でさらっと聞いた記憶はある


「教本に書いてある内容読んだだけで、あとは自分で習得しろって言われたっけ?」


 マリノが首をかしげている。俺の記憶でもその通りだ。実戦派ってのは座学はガン無視って意味なのか?

 大村さんは頭を抱えてしまった。


「ですね。索敵術と治癒術は個人差が大きすぎるから全体ではやらないって」


「おいおい勘弁しろよ。いくら索敵術が特殊だからって、少しでもできるのと全くできないのとじゃ雲泥の差だ。ほんっと秋山は何にも教えてないんだな。どんだけ教えるの下手なんだ」


 そういいながら大村さんは精霊を使っての気配の読み方を教えてくれる。この人騎士のはずなのにな。


「おおぅ。すげぇぜんぜんわかる」


 大村さんの手ほどきで、ちょっと意識を向けると今までなんとなく感じていた精霊たちの動きの意味が理解できるようになった。いままでそれに意味があるなんて考えたこともなかった。


「ボクはなんとなくかな」


「アタシもそんな感じ」


「ふーん、今教えたやつだけでわかるんだったら、内藤は索敵術に向いてるのかもな。俺のはあくまでも騎士としてのやり方だからな。精霊術士としての正しいやり方は精霊術士に聞いてくれ。索敵と治癒は確かに個人差が激しいのは事実だからな。・・・しかし今年の候補生はみんな索敵も治癒もできないってことなのか。それじゃ配属しても全く役にたたねぇ・・・」


 岸本、三澤さんは首をひねりながら大村さんから言われた通りに繰り返しやってるが、なかなか思うようにはいかないようだ。


「これはもともと精霊術士のほうが向いてるから、騎士はなかなか難しいんだ。岸本たちは根気よくやってりゃそのうちできるようになるさ。あっさり出来たら習得するまでに二年かかった俺の立場がないからな」


「そんなにかかるんですか」


 もう少し簡単にできると思ったのか岸本の顔は悲壮感いっぱいだ。


「騎士でも覚える速さも範囲も人によるからなぁ。ほんとまちまちだぞ」


「でも、内藤君たちはいいわね。こうやってちゃんと教えてくれる人がいて」


 俺たちを見まわす三澤さんは本気でうらやましそうだ。


「そりゃたまたまだよ。俺は訓練では秋山教官には匙投げられてるし」


 この間訓練の月次評定を見せられたが、総評では『絶望的に才能がない。甲種適正に疑義あり要再検査』と書かれていた。しかも、税金の無駄だとかさんざん嫌味を言われながらだ。最近では豚が目の前でブーブー鳴いてると思うことにしてるので、何を言われても右から左だ。


「法律で甲種は一度決まれば、再検査はない。それは秋山の願望だな」


「卒業認定で精霊術士の資格が怪しい以上、俺はドラフトにかけるしかないし、秋山教官の書く評定書がドラフトで使われるのはキツイですね。もう諦めてますけど。だから三澤さんも評定書が気になるなら、ここにはあまり来ないほうがいいと思うよ」


 スタイルでひいきされてる古賀さんはわからないけど、岸本はまちがいなく本来の実力よりも厳しい評定になっているはずだ。確信犯でD評定を狙っているマリノは言うまでもない。最近では俺みたいにドラフト狙いみたいなことを言い出してる。

 三澤さんに困った目で見られても俺が困る。


「私だって今の訓練内容でいいとは思って無いもの。物足りないと言うか、本当にあんな内容で実戦で役に立つのか不安なのよ。佐々木教官や木下教官のグループと比べても緩い気がするし、内藤君たちが浅野教官に受けている指導の噂を聞いたら余計にね。でも、秋山教官に口答えするわけにもいかないし・・・」


 そっか。使ってるグラウンドは俺たちだけ違うから訓練を直接見たことはないんだな。

 三澤さんは真面目さんだから教官に疑問を抱くことすら珍しいんじゃないだろうか。


「役に立つとは思えないね。今日の訓練でやった密集隊形の演習。あれでアタシまた秋山教官にお尻触られたよ。あの訓練絶対意味ないって。教官じゃなかったらぶん殴ってるところだ」


 古賀さん、同い年の俺の目から見ても大人っぽくてスタイルいいもんなぁ。


「古賀さんも?ほかの女の子からもよく相談受けるのよ。私も困ってるし、私に言われたってどうしようもないし」


 秋山教官の手癖の悪さは手当たり次第か。

 俺とマリノとは違う意味で三人とも表情は暗い。


「軍組織の悪い一面だよなぁ」


 溜息をつきながらぽつりと大村さん。

 豚教官の教官としての資質はどうあれ、主任教官は主任教官だ。候補生の俺たちにとって組織上は絶対の上官になってしまう。主任教官の上は師団本部にある教育課の課長になる。課長は師団本部にいて俺たちは顔を合わせる機会もないので抗議のしようもないのだ。


「ここにくりゃ、俺が知ってる範囲のことなら教えてやる。ただ俺はこの足だから実技は無理だぞ。」


 大村さんの右足は義足だ。任務中の戦闘で魔獣に食いちぎられたのをきっかけに退役したらしい。


「ただし、さっき内藤も言ってたが秋山がどういう反応するかまでは責任持てないからな。現役時代ならぶん殴ってるところだが、俺は退役して再雇用された一介の司書の扱いなんでね。すまんがそこはお前らの自己責任だ」


「はい。ありがとうございます」


 三澤さんが大村さんに深々と一礼する。





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