表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

7月 図書室

 訓練も三か月近くになると、候補生の中にもさまざまなグループができてくる。

 騎士候補生と精霊術士候補生でわかれることもあれば、成績ごとになんとなく固まることもあるし、家柄がよいエリート意識を隠さない連中も目立ってくる。そしてなんとなくそういう集まりから距離を置いてしまう者たちもいる。

 今年の精霊術士候補生の男は俺を含めて三人。女性が多数の精霊術士候補生の中、少数派で仲間意識でも芽生えそうなものなのに、俺は成績の悪さのおかげでその二人からも最底辺扱いだ。

 見下すものがいた方が集団がまとまりやすいと聞いたこともあるけど、まさにそのターゲットにされているようだ。腹は立つけど、成績が悪いのは事実なので反論のしようもない。

 それでも最近は訓練後の食事の時など入営の時に知り合った岸本やマリノたち四、五人で固まることが増えてきた。

 今日の夕食は白米に豚肉とピーマンの炒め物、ポテトサラダにスープだった。内容は実家にいたころとそれほど遜色ないが、運動量が増えたので食べる量は確実に増えた。


「今日も今日とて、ひたすら精霊術の練習で終わったな」


 午前中の基礎体力トレーニングのあとは、ずっとダラダラとカカシ撃ちだった。俺のように子供の頃から農作業である程度鍛えられている連中はまだいいが、マリノを含む街育ちの連中はランニングからして設定タイムが出せずに苦労していた。豚教官は一緒に走るわけでもなく、偉そうに木刀を持って「もっとピッチ上げろ」とか「腕を動かせ」と怒鳴り散らしているだけだ。精霊術士なのに木刀なんか使えるんだろうか?


「ほんっと代わり映えがないよね。ボクもう飽きたよ。あ、ミズホ。ボクのピーマンと君の豚肉、交換してあげるよ」


 マリノは丁寧に豚肉とピーマンをより分けて、ピーマンだけ残している。ちゃんと食えよ。食わないと大きくなれないぞ。


「いやだ」


 マリノとはラーメンを食べに行ってからというもの、色々とバカな話や突っ込んだことなどもするようになった。呼び方が変わったのも含めて、ちょっと距離が縮まったというやつだ。


「アタシは頭使うのニガテだから助かるわ」


 古賀さんはコツコツやってるほうが楽らしい。同じ精霊術士候補生だがいつの間にか俺たちのテーブルに来るようになっていた。


「俺たちは今日は槍だったぜ。武器だけでも剣に槍に弓矢。楯の扱いもあるし、やること多すぎるんだよ」


 そうぼやくのは騎士候補生の岸本。岸本と古賀さんは二人とも成績的には俺やマリノとは違って中間以上はキープしてるはずだ。二人が俺たちのテーブルに来るのはこの顔ぶれの人間関係が面倒くさくないからだそうだ。候補生の中でもいろいろとマウント取りたがる人間は多いらしい。


「精霊術士のほうは個人差が大きすぎるみたいだから、画一的な訓練って難しいのかもな」


「そうだね。マリノちゃんと話してても、精霊術の発現の仕方がぜんぜん違うもの。得手不得手が人によって違いすぎるよ」


「そうはいうけど騎士のほうも実は個人差大きいんだけどな。大きく分けても、ストレングス型、アビリティ型、バランス型で全然違うしな。A型の動きをS型にしろって言っても無理だし。S型の戦法もA型の人間にはマネできないよ。バランス型のやつに至っては下手するとただの器用貧乏で終わっちまうからな。そのうえ能力以前に個人的な武器の得手不得手もあるから、自分の得物を絞り込んでいくだけで大変だよ」


「でも結局メインは剣にしたんだろ」


 俺たちがメインで習熟していく精霊術のジャンルを絞るように、騎士も訓練で様々な武器を扱いその中から自分にあったメインアームを決めていくものらしい。軍として武器の指定はないらしく、剣と槍以外にもメイスを使ったり、棒術の心得があるものは棒を、果てはブーメランや投げナイフを極めるものもいるとか。


「槍にするか長剣にするか悩んでたら、教官に片手半剣を勧められてな。決めちまったらあとは楽だった」


「騎士は、頼りになる教官いていいよね」


 騎士は、ね。マリノさん、言外に秋山教官をディスってるな。おれも同意だが。


「浅野教官はね。佐々木教官はあまり実技指導は慣れてないみたい。補助なのに浅野教官のほうがポイントポイントで教えてくれて助かってるよ。でも二人ともあまり口が立つタイプじゃないから、座学は微妙だよ」


 剣だけでなく、どの武器を使わせても主任の佐々木教官よりも浅野教官の方が強い上に、指導も的確で、立場、年齢差の問題もあり双方ともやりづらそうにしてるらしい。


「浅野教官ね。めちゃくちゃ強いんだって?」


「俺らと二つしか違わないのにな」


「十年に一人の逸材とアタシらを一緒にしちゃダメだって」


 岸本と古賀さんがため息をつくのも当然だ。

 岸本が教えてくれたのだが、浅野教官はバランス型の騎士で、騎士の大半がダブルと言われる一般人の二倍前後の身体能力の中、トリプル、三倍以上を発揮するらしい。噂では剣技では県軍の中でも上位に入るそうだ。

 騎士の教官なのでほとんど接点はないが、印象としては口数は少なく、俯きがちで表情に陰のある美人だ。


「そんな逸材でも魔獣が集団になると敵わないんだからな」


 閑職とまでは言わないが、現場で輝かしいエリートの道を歩んでいるはずの才媛が士官学校で教官をやっているには理由があった。

 士官学校入営時からトリプルの騎士候補生として剣技で頭角を現し将来が期待されていたが、任官後に配属された小隊での初めての哨戒任務で彼女たちの小隊は狂狼の群れに襲われ、どうにか撃退したものの小隊は彼女を残して全滅。救援の部隊が駆けつけた時には浅野教官も大怪我を負っていて、返り血と自分の血で上から下まで血まみれだったらしい。

 ここまでは騎士団ではそれほど珍しい話でもない。イヤな話だが小隊が全滅するようなことは数年に一度はあるらしい。彼女に追い打ちをかけたのはその後新しくユニットを組んだ精霊術士が半年の間に三人立て続けに不慮の死を遂げたことだった。死亡の原因は事件性も何もないただの事故で彼女には責任はないのだが、あまりに験が悪いと精霊術士たちは彼女とユニットを組むのを敬遠してしまい、それ以来前線復帰もかなわずペアのいない騎士や精霊術士が配属される教育隊送りとなり、士官学校の補助教官をやっているそうだ。

 岸本はあくまで噂だと言っていたし、どこまで事実でどこから尾ひれなのかは分からないが、周囲からの期待が大きかったのなら、やっかみもあって面白おかしく噂する奴も多そうだ。

 しかし、実力があってもままならないもんなんだなと思う。


「ついた二つ名が『死神』か。内藤ならペア組むかい?」


「『ブービー』じゃどう考えても名前負けだな。そもそも俺の成績じゃ浅野教官のほうが願い下げだろ」


 ブービーとは秋山教官が万年最下位状態の俺に対してつけたあだ名だ。なんだか自虐的で俺自身は気に入っている。なんといっても事実だしな。

 ぶくぶく太ってロクな指導もできない秋山教官のことを心の中では『豚教官』と呼んでいるが、これは口に出すと問題になるのでさすがに自重している。


「マリノはどう?」


「んー、いい悪い以前に、技術的な相性もあるからどうだろう」


 騎士と精霊術士は戦場ではペアとなって互いに補い合って戦うことになるので、それぞれの戦い方がかみ合っている必要がある。性格的な相性も当然大事だ。文字通り命がけの戦場で背中を預けるのだからそれも当然だろう。

 理論的な裏付けはないが、人間関係を構築する上で、お互いの精霊の相性の影響が大きいと主張している研究者もいる。

 騎士がタンク役になって相手をひきつけ、精霊術士が大火力の精霊術で仕留める。逆に精霊術士が牽制しながら、騎士がダメージディーラーになる。どちらも間違いではないが、魔獣に対しては精霊術士の精霊術の方が効率的にダメージを与えることができるので軍としては前者を推奨しているが、やはり得手不得手と相性問題というのはあるのだ。この辺りは豚教官不在の座学で木下教官が教えてくれた。


「浅野教官ってトリプルのバランス型でしょ?そんな人にひよっこ精霊術士がどうやって合わせるのさ」


 これまでにも何度か騎士候補生と精霊術士候補生とのコンビネーション訓練はやっていたが、たいてい双方相手の動きが理解できずにちぐはぐなものになっていた。


「ぶ・・秋山教官はそういうの教えてくれないしな」


 おっと口が滑るところだった。


「来週からは仮ユニット作っての訓練がメインになっていくだろ。内藤も宮本さんも気合入れていかないと相手作れないじゃん」


 今年の騎士候補生は二一人、精霊術士候補生は二三人。単純な算数だ。精霊術士候補生が二人あぶれる計算になる。


「あー、もうそういうの諦めてるから」


「ボクも」


 俺は能力的な問題があるし、マリノは秋山教官と相性が悪すぎる。

 精霊術士の主任教官が豚教官で、騎士担当の主任の佐々木教官も豚教官と仲がいい。

 木下教官は階級的にも逆らえないし、事なかれ主義的で豚教官に意見したり反対することはない。消極的理由で一番話が通じそうな浅野教官も理由は知らないが豚教官に目の敵にされてる。

 名誉の戦死とかは冗談でも避けたいが、豚教官に媚びを売ってまで出世したくもないと思うのは青臭いのだろうか。候補生の中には渡世術に長けた豚教官におもねるやつもちらほら出てきていた。俺的には相性最悪なタイプだけど、あれでも世渡りと口だけは上手そうなんだよな。

 指導能力もないのに士官学校の訓練教官になれる。大人の世界の薄汚い部分を垣間見た気分だ。

 精霊精霊術の指導さえロクにできないのにコンビネーション訓練の指導なんてできるんだろうか?


「どうするつもりだい?」


「こつこつ真面目に訓練して、ドラフト会議にかける。あれならD判定があってもどうにかなる」


 士官学校の卒業直前に開かれるドラフト会議。

 士官学校が所属する師団の大隊長や中隊長が、自隊へ配属されるユニットを指名する会議のことだ。意味は知らないが昔のスポーツに同じようなイベントがあってそれにちなんだと聞いている。騎士も精霊術士も個人差が激しいために各部隊のバランスをとるためにそのような形で配属を決めるらしい。

 俺にとって重要なのは、ドラフトが配属が決まる前に騎士団でユニットのペアのいない教育隊所属の者や、ペアを解消して新たなパートナーを探す場だということだ

 ユニットは本人同士の合意があって初めて成立する。騎士、精霊術士にとってペアの相性、優劣が生死を分けることになるので、ペアの指名権は非常に重要視される。ここではD判定でも候補になれる。

 このドラフトで指名されなければ原則として評定にD判定が一つでもあると、甲種合格したという事実は残るが、騎士、精霊術士としての資格は取れず、次年度は丙種合格の一般兵にまじって兵役を務めることになる。


「内藤、よく知ってるね」


「そりゃ、死にたくないから勉強してるよ」


 術の発現までの『速度』

 標的に当てられる『精度』

 標的を破壊する『威力』

 精霊だまりを浄化する『浄化』

 総合能力としての『総合評価』


 この五つの評定項目が精霊術士候補生としての成績だけど、俺の場合基本の放出系と言われる項目のうち『速度』と『精度』が最高のS。『威力』と『浄化』が最低のD。トータルの『総合評価』がDだ。総合評価以外は主観が入る余地のないテストなので豚教官が俺のことをどう思おうが変わることはない。総合評価は教官の感想なので書きたい放題書いてあったが、どのみち他の評定で一つでもDがあれば総合もDになるので一緒だ。

 ドラフトでD判定が見逃されるのは、騎士と精霊術士の相性優先の救済措置らしい。

 あとは治癒術や索敵術など専門的な特殊系の技能の有無もドラフトでの評価ポイントだが、放出系以上に個人差があるようなので期待はしていない。

 評定の仕組みを知って、さらに教官に期待できないことを理解してからはかなり真面目に勉強した。奇跡的に手に入れた甲種合格という幸運を失う可能性の高さに気づいたのだ。

 座学も本腰を入れて聞いたし、教本も読み込んだ。豚教官以外の三人の教官にもあたりさわりなく質問できることは聞いた。付属の図書室に行って自習もするようになった。

 士官学校の図書室には案外本が揃っている。前史時代の書籍が大半だが、近代以降の活版印刷、中には手書きの戦術論や精霊術士の精霊術についてまとめた資料や論文なども所蔵されている。

 まだまだ活版印刷もコストが高いので、最近の資料はそれほど多くなくどうしても手書きか写本が中心だった。それ以外だと口伝に頼るしかない。これらの手書き資料は俺にとって文字通り、先人の知恵の結晶以外のなにものでもない。それでも精霊術に関しては個人差が大きすぎて、大半は理解できなかったり、参考にならなかったりするのだが。

 ともかく、どうせ勉強したって農家の手伝いか、どこか下働きに出るしかないと思って適当に過ごしていた中学校時代からは考えられないほど、空き時間を見つけては図書室に入り浸って勉強している。


「図書室の大村さんって物知りだし、いろいろ教えてくれるよ」


 図書室の司書をやっている大村さんは負傷して退役した四〇代半ばの元騎士だ。がさつな見かけによらずなかなかのインテリで面倒見もいいので俺みたいな半端者でも相手にしてくれる。軍も甲種合格者の退役後の再就職や雇用などのフォローは手厚いんだよな。


「ボクは文字読むと眠くなるからだめだな」


「秋山教官は大村さんも嫌いだから、岸本と古賀さんは気を付けてね」


 豚教官の好き嫌いは潔いくらいにはっきりしていて分かりやすい。実力があるかどうかよりも自分の気に入った女子生徒、媚びる生徒を露骨にひいきしている。最近気が付いたのだが、豚教官の女性の好みはスタイルが良い大人っぽい女性みたいだ。実際発育のいい古賀さんなんかは、豚教官に贔屓されている。マリノが豚教官から雑に扱われるのは、好みの範囲からかけ離れているからではないかという気もしている。


「アタシは秋山教官に好かれたいとは思わないけど、なんだかなー。」


「俺もどっちでもいいから、今度図書室へ行ってみるよ。とりあえず宮本さん、ピーマン食べなよ」


「無理」


 そういってマリノはピーマンだけが残った皿を俺の前に差し出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ