4月 士官学校
卒業式も終わり、いよいよ入営の日がやってきた。家族や近所の人たちに万歳三唱で送り出され、着替えの入ったカバン一つ持って士官学校のある駐屯地へ向かう。
家のそばの祠には忘れず手を合わせた。当分この祠とも別れだ。
検査後の説明で知ったが、授霊の儀を行った吉備津の駐屯地のすぐ隣が士官学校になっているらしい。
神林たち丙種の連中はまた別の配属地なので、吉備津へは一人で歩いていくしかない。
委員長と示し合わせて一緒に行くなんて要領のいい真似はできないし、あまり誘う気にもなれない。
徴兵検査の後に俺と委員長だけ居残りの泊りでの講習を受けたが、委員長と二人きりだと会話のきっかけがないもんだから間が持たなくて、非常に気まずい思いをした。
委員長もずいぶん居心地が悪かったんじゃないだろうか。
一人でも、昔の国道まで出てしまえば国道沿いに一本道なので迷う心配はないのは助かる。
普段、遠出をする機会なんてないので、ちょっとした風景の変化も新鮮だ。
「桜の季節だなぁ」
春めいた草木の香りが風に乗っていてとても心地よい。駐屯地まであと三〇分ほどの川の土手沿いに桜が満開になっている。古来、日本では桜の咲くころが若者の門出の時期らしい。
「しっかし、すぐ散る桜の時期の門出って、俺の将来暗示してるみたいでいやだな」
別に桜に罪や恨みがあるわけではない。
儀式のあと俺の世界はがらりと変わった。
まず、驚くほどちやほやされた。
例年、甲種合格者が各学年に一割程度はいるとはいえ、貴重であることに変わりはないのだ。両親や兄弟はもとより大喜び、おばあちゃんに至っては涙を流して喜んでいた。聞けばうちの家系で甲種合格は初めてのことらしい。家族は素直に喜んでくれていただけだからまだマシだった。
学校ではクラスの女子が俺の様子をうかがうようになった。以前に比べてと話しかけてくることも増えた。これも甲種あるあるというやつなのだろう。実際に露骨に距離を詰めてくる女子もいないわけではなかったけど、ギリギリ合格だとアピールすると元の態度に戻った。失礼な話だ。
委員長は相変わらずだけど、原田の落ち込みようがひどくて周りは接し方に困ってたな。受かった俺はなおさらで、声をかけたものか、距離を置いたものか途方にくれた。
こればっかりは、本人の努力と関係のないところでの結果だから浮かれるのもなんか申し訳ないんだよな。
一方で、当然受かると思いこんでる原田もどうかしてるとバッサリ切り捨てる神林みたいな意見もある。
俺は元々それほど人付き合いの上手な人種ではない。クラスの中心人物になったり、注目を集めたいわけでもない。どちらかというと仲のいい気の合う友達が数人いれば満足なのだ。
同級生の変化も大きかったが、それよりも大人のほうが厚顔無恥なのだとよくわかる。
普段は付き合いの薄い親戚までもがうちに顔をだしてくるようになった。自分の子のほうが成績がいいと、俺をバカにしていた叔父までもだ。あまりものリアル手のひら返しに感心してしまった。ちなみにその従兄は俺の一学年上で丙種兵役についている。だいたい兵役後に士官学校に行くとか、上級学校で勉強するというならともかく、農家を継ぐのに成績を競っても意味なんてないだろうに。しかも俺なんかと。
ムカついたのは今まで連れてきたことのない丙種の兵役が終わったばかりの従姉が一緒だったことだ。上から目線でそれとなく婚約を匂わせるようなことを言ってきた。
さらには、いきなり俺に見合い話を持ってくる近所のおばちゃんも現れた。さすがにそれは丁寧にはっきりお断りさせていただいた。いくら甲種合格--ギリギリだけど、したからと言って、この先どうなるかもわからない子供にそこまで入れ込んでどうするのだろうか。
自分が合格に有頂天になる前に、周りの浮かれっぷりにドン引きして冷めてしまったというのが、実情だ。
入営して未知の環境に飛び込む不安よりも、俺に対する周囲の態度の変化への戸惑いが大きかったので家を出てほっとしている部分もある。
「や、キミも甲種合格組かい?」
驚いて振り返ると、同年代の見知らぬ男が手を上げていた。
「あ、ああ。内藤ミズホだ」
俺のいでたち--大きなカバンを方から担いだお上りさんを見て推測したのだろう。この時期に士官学校の近くで荷物を抱えた十代半ば。そう思うのも当然か。
「俺は岸本カズハル。よろしくね。一応騎士候補生」
モブよりの俺とはことなり、女の子にモテそうな爽やか系の雰囲気を醸し出している。なんだか格差を感じるなぁ。
「俺は精霊術士候補生。ギリギリだけどな」
儀式後しばらく悩んで神林にも愚痴ったのだが、ギリギリ合格は隠さずに言うことにした。
黙っていると周りが勝手におだて挙げて、俺の知らない内藤ミズホ像が広まりそうだったのだ。
そもそも甲種合格なんて憧れるだけで、本当になれるなんて考えたこともなかった。うっかりすると登れない木に登らされて降りられなくなる可能性が高い。
神林に言わせると「どうせ俺らは雑魚なんだから、虚勢を張るな」だそうだ。甲種とわかって態度の変わる人間が多い中、前と変わらない距離感で接してくる友達のありがたいことよ。
「へぇ、そうなんだ。でも男で精霊術士ってめずらしいね」
「らしいね。でも、検査官が五分以上悩むほどのギリギリレベルだ」
「それって、胸を張って言うこと?」
「事実だしな。出来もしないことを口にして、死にたくはないよ」
「そりゃそうだ」
「岸本は強そうだな」
笑いながら歩く岸本からはなんとなく委員長と同種のオーラを感じる。
「どうなんだろ?でもどうせなら強くはなりたいな。僕だって死にたくはないから」
「そうだな」
甲種合格者の死亡率は案外高いらしい。
大異変以降、科学を失った人類の生息圏は大幅に縮小した、らしい。暴走した精霊力により魔獣化した野生動物や、さらにそこから派生した強力な魔獣が跋扈するようになった。
俺たちが明日から所属する岡山県軍だって、県南の平野部の一部エリアをどうにか守っているだけだ。県北エリアは人口に対して範囲が広すぎるのと、強力な魔獣が出没して安全確保の効率が悪すぎるので、放棄地になっている。
軍の役割は出没する魔獣から県民を守ること。
身近なところでは精霊だまりの浄化も軍の業務だ。
精霊だまりは影響の大きなものから小さいものまで、俺たちの生活圏にも点在している。穢れが溜まっていくと魔獣の発生源になりかねないので主だった精霊だまりは軍の精霊術士が定期的に巡回して浄化を行っている。浄化された良質な精霊だまりの周辺は農作物などの実りもよいのだ。だから、地域の小規模な精霊だまりでも近所の人たちが熱心に世話したり、浄化も行っている。
魔獣の生息域に接してるようなエリアの精霊だまり周辺だと魔獣の出没頻度も多く、それに対応する軍の戦死率はそこそこ高い。特に甲種合格者の騎士と精霊術士で構成される騎士団は、魔獣駆逐にもっとも効果的な最前線の実戦部隊ということで危険も多く、軍の中でも死傷者も多いそうだ。
だからこそ騎士団は軍の中でも花形であり、県民の支持も受け、厚遇もされている。
ということを俺は儀式のあとに母さんから初めて教わった。どうやら今まで俺が聞いていたのは甲種合格者の都合のいい側面ばかりだったらしい。
「誰にでもできることじゃないのよ」と。そして複雑そうな表情で「がんばってきなさい。でもちゃんと生きて帰ってきなさい。おばあちゃんもあんたの無事をご先祖様にお祈りしているのよ」と続けた。
俺はそこまで気に留めていなかったが、甲種合格してからおばあちゃんはいつも以上に仏壇を拝むようになっていた。
家族にしてみればまさか息子が甲種合格するなんて夢にも思っていなかっただろう。
合格して、これで俺は勝ち組だなんて気持ちはその話を聞いて一瞬で吹きとんだ。
「まずは士官学校の訓練。厳しいらしいな」
「ああ。訓練で死ぬやつ出るってな」
貴重な能力を持つ甲種合格者を簡単に脱落させてくれるわけもなく、泣き言を言っても生きている限り訓練が続くらしい。
「マジかよ」
「俺のほうがギリギリなんだからやばいよ。とにかく一年間生き残らないとな」
俺は憂鬱になりながら、士官学校のある吉備津駐屯地の門を潜った。
「ようこそ吉備津士官学校へ。候補生諸君。ここに集まった四十四名はわが県を支える未来の精鋭でもある。わが県は騎士、精霊術士の先達の活躍により生活圏は昔と比べれば飛躍的に広くなってきているし、安定もしてきている。しかし、大異変以前と比べるべくもなく、未だに隣県との交易はおろか、県北域とのやりとりも安全が確保されているとはいいがたい。軍の掌握地の外縁部では魔獣化した野生動物が跋扈、県民生活に影を落としているのが現状である。平穏な日々を守るため、また魔獣を駆逐、生活圏を広げることによって県民生活を豊かにすることも我々軍に課せられた使命である」
屋外訓練場の正面に設置された演台で、師団本部教育課の課長が俺たち候補生に向けて延々と訓示を述べている。最前列には、以前は背中の中ほどまであった髪をショートカットにした委員長が見える。みな真新しい白い制服に身を包み、髪は男性はもちろん女性も短くするか、動きの邪魔にならないようくくるか、アップでまとめている。
どうしてもまだ制服に着られている感が強いが、この制服が似合う日がくるんだろうか。
昨日は駐屯地に着いて寮の案内を受けた後は制服類などの支給と簡単なレクチャーを受けただけで終わった。風呂とトイレこそは共同だが、全員に個室があったのは驚きだった。
中学のときに先輩が教えてくれた、士官学校の寮にはベッドはなく、大部屋でハンモックで寝るとか、ベッドがあってもベッドメイクをしてシーツが一ミリでもシワになっているとぶん殴られる。一般兵役のほうが緩くて天国だという話はいったい何だったんだ?
今から思えば、からかわれていたんだろう。
檀上にいる所長はガタイがよく、よく言えば威厳がある。悪く言うとなんか偉そうな感じ。いかにも絵にかいたような軍人だ。
同期になる周囲の候補生たちからも初めて見るお偉いさんの演説に緊張している様子が伝わってくる。
晴れの入校式で俺ももっと感動するかと思っていたが、案外そうでもなかった。中学校の校長の話とそれほどレベルが変わらない気がするのが原因だろう。うちの校長は軍の騎士上がりで、曲がったことが大っ嫌いで、筋が通らないことを言う保護者相手には一歩も譲らない人だった。すぐに手が出る武闘派な側面もあったが、裏表がなく竹を割ったような性格で生徒からはかなり慕われていたと思う。俺が甲種合格の報告に行った時も我が事のように喜んでくれた。そんな人と比べてしまうと、ちょっと期待過剰だったのかもしれない。
らちもないことを考えているうちに檀上では俺たちの指導を担当する教官の紹介に移っていた。
檀上には四人の教官が並んでいる。ちょっと老けた小太り気味の男性がどうやら主任教官らしい。
「統括主任教官を務める秋山だ。一年でお前たちを立派な一人前に育てることを約束しよう。そのかわり手加減なしでビシバシいくからな。昨日までの甘ったれた学生気分は忘れろ!俺は現場主義、実戦重視だ。覚悟しておけ!」
「騎士課程の主任教官。佐々木だ。徹底的にしごくからな。しっかりついてこい。以上だ」
最初の秋山教官は体型にしまりがなくてなんとなく暑苦しい印象だったが、佐々木教官は正反対で長身だがやせ型で非常に対照的だ。
「教育隊所属の木下です。補助教官として精霊術士の指導を行います」
こちらはやや派手っぽい女性。ちょっと顔立ちきつめだがキリっとしていてかっこいい。
「同じく教育隊所属の浅野ハルカです。補助教官として騎士の技術指導を担当します。よろしく」
最後に挨拶したのは背中の中ほどまである髪を簡単にまとめた、暗そうなぼそぼそと話す、長身の女性。美人は美人なんだが、なんかやる気がないのか生気に乏しい感じだ。
「以上四名で座学と実技などすべての訓練を担当する。このあと昼食をはさんで、騎士、精霊術士にわかれて基礎的な座学から始める。では、解散」
訓練がキツいと聞いていたが、あれは世間向けの脅しだったのか。それともまた担がれていたのか。
訓練内容そのものは楽勝というわけではないが、命の危険性を感じるほどの厳しさはなかった。
下っ端候補生がこんなことを言うのは偉そうだが、拍子抜けというか、どちらかというとツマラナイ。
俺たち精霊術士候補生が等間隔で横一列に並んで、五〇メートル先の木と藁で編まれたカカシをひたすら撃っている。今日ももう一時間も繰り返しているだろうか。
「内藤!もっと火力を上げろ!宮本はきちんと狙え!お前ら二人とも成長しねぇな。いい加減ぶっ殺すぞ!」
手こそ出さないが、秋山教官の口ははっきり言って悪い。
カカシに向かって、繰り返し得意な精霊術、俺の場合は風の精霊術『カマイタチ』を丁寧に放つ。真空の断裂を飛ばし、対象を切り裂く精霊術だ。徴兵検査でもやったが、風の精霊術の中でも初心者向けの定番らしい。
「その程度で甲種合格とかおかしいだろ。貴重な血税が使われてるんだ。県民の皆様に土下座しろ!」
火力を上げろって言われても、そう簡単に上がれば苦労しないよ!と、心の中で後ろに立つ太った教官に悪態をつく。
入校して二か月、主任の秋山教官は口では偉そうなことを言うけど、実はものすごく無能なんじゃないかと最近思い始めている。でっぷり太った三〇歳前の精霊術士。老け顔だから四〇越してるのかと思ったらまさかの二〇代だった。
理論だった具体的な指導があるわけでもなく、ひたすら根性論のみ。現場実戦主義とはなんぞや。
一年間の訓練内容がどういうカリキュラムがどうなっているのか知らないが、入校してからのカリキュラムは基礎体力作りのランニングやトレーニング、座学、精霊術実技がおおむね三等分になっている。騎士も似たようなもんだが、体力トレーニングは騎士候補生らしく、精霊術士候補生の俺たちとは段違いにハード、座学は騎士向けで、実技は剣や槍などの訓練だそうだ。
毎日毎日個人ごとの指導もなく、カカシに向かってダラダラと精霊術を撃ち続けることに意味があるんだろうか?一度威力を上げる方法を秋山教官に聞いたら「自分で考えろ!」と怒鳴られた。
こんな指導で実戦に出て魔獣にやられたら、恨みつらみで魔獣化して祟ってやりたくなりそうだ。
座学の時間は精霊術士としての基礎的な解説もあるのだが、秋山教官は「教本にはこう書いてあるが、実戦では気合いだ。精霊を感じろ。実戦では俺は・・・」みたいな自慢話になり、同じく精霊術士の木下教官は秋山教官に遠慮してるのか教室の隅で黙って立っているだけだった。秋山教官がいないところでは面倒見がいいだけにどうにかしてほしい。これが階級社会というやつなのだろうか。
騎士の方の座学はと言えば、佐々木教官は教本の内容をきちんと説明してくれるが、浅野教官はローテンションでぼそぼそしゃべるだけらしい。
本当にこんな実技と座学でいいんだろうか。と不安になるが、一介の精霊術士候補生過ぎない、さらに成績最底辺の俺が意見できるわけもない。本当に不安だ。
「それにしても、内藤君はコントロールいいよね。うらやましいよ」
秋山教官が後ろからいなくなったのを確認して隣で練習していた宮本さんが話しかけてくる。宮本さんは成績順の関係で隣り合わせになることが多い。俺はとうぜん端っこだ。残念ながら下からだが。
小柄でかわいらしい見た目なのに、宮本さんは同期の精霊術士候補生の中で精霊術の威力はダントツだ。凶悪といってもいい。ただし命中精度が悪くてどこに飛んでいくかわからないという意味でもに凶悪だ。コントロールが悪くて大きな火球が俺や反対隣のカカシを焼き尽くすのもしょっちゅうだ。
威力はあるが、命中率が低く、なかなか当たらない宮本さんと、当たるけど微火力の俺。今やっている訓練はどれだけ効率よくカカシを破壊できるかで点数が決まるので、たいてい二人で最下位を争っている。
女の子に甘い秋山教官と言えど、さすがに破壊したカカシの数の操作まではしないようだが、教官のコメントがつくと俺が確実にビリだ。
カカシの同じ場所に五発入れたところで、カカシは真っ二つになって崩れた。士官学校に入って以来、これをもう何度繰り返したことか。
「でも、いくらやってもカカシをへし折るのに五発かかるからなぁ」
あと一発のところに宮本さんの火球が横から飛んできて、一からやり直しということも何度かあった。当然、俺のカウントにはならない。
「いいじゃない。ボクなんてちゃんと当たれば一発でつぶせるけど、そんなの五回に一度なんだからね」
確かに精度が甘くて、今度は外れた火の玉がカカシのすぐ後ろの土塁を焦がしている。あれはかなり手加減しているほうだ。一番最初は当たるもなにも、特大の火球で隣のカカシまでまとめて二体焼失させて秋山教官がでかすぎるとブチ切れていた。
破壊に五発かかる俺と五分の一の確率の宮本さん。効率だけで見るとまったくのイーブンだ。
「俺はこれしか取り柄がないの!」
新しく交換されたカカシに向かってまた同じ作業を繰り返す。壊れたカカシは待機している軍の工兵隊の兵が交換してくれるので、俺たちはひたすら練習すればいいようになっている。
「ちょっと、あてるコツ教えてよ」
「俺が威力あげるコツを教えて欲しいよ」
工兵たちが五発あてないと倒せない俺の方を見て笑っているように感じるのは俺のひがみだろうか。普通の精霊術士なら一撃か二撃で破壊だ。問題なのはその普通が合格ラインになっているので、精霊術士としていくつかある評価項目のうち『威力』の評定はD。一番下、というかDは不合格なのでものすごくまずい。さらにまずいのは他にもD評定があることだ。ちなみに卒業時の最終認定でDがあると不合格になって精霊術士として認められないことになる。
「それに宮本さんが当たるようになったら、俺は最下位争いを誰とすればいいんだよ」
破壊力は抜群なので、当たるようになったら一気にランキングが上がるのは間違いない。
「あはは、それもそうか」
笑いながら宮本さんが放った火の玉は的を大きく外れて土塁に焦げ跡を増やしていた。なんで思い通りに飛ばないかなぁ大きいのなら簡単なのにとかぶつぶつ言ってる。ちなみに彼女は『精度』と『速度』がD評定らしい。
ほんと威力だけみたらトップなんだけどなぁ。逆に威力が上がる方法を俺が教えてほしいぐらいだ。
「じゃあ、教えてくれたらラーメン奢ってあげる!」
なんだと!?
「本気か?」
「もちろん!当たるようになれば安いもんだよ。秋山教官の指導だと一年たっても当たるようになるとも思えないしね」
後半はさすがに小声だったが、さらっと毒を吐いたな。その通りだとは思うが。
秋山教官の指導方法は基本根性論だ。ガッと集中してズバッといけズバッと!みたいな非常に感性的なことしか言わない。ただ、木下教官にこっそり聞いても「人によって精霊の感じ方は千差万別だから、指導方法がその人に合うかどうかは本当に難しいの」と言っていた。精霊術そのものがまだ理論立てて説明できるほどに確立されていないとも。まだまだ発展段階の技術らしい。
その結果がひたすらカカシを撃って個人個人でスキルを高めるという今の形になっているそうだ。
「ラーメン屋かぁ。どうせならおかやま一番亭行ってみたいな」
ダメ元でいつか行ってみたいと思っていた有名ラーメン店の名前を言ってみる。と言うか、他のラーメン屋を知らない。田舎に住んでるとラーメン屋なんてないのだ。
「おう!女に二言はない」
胸をそらしてるけど、こうしてみると宮本さんは・・・スリムだな。顔はすごくかわいいのに。
「なんか、ロクでもないこと考えてない?」
なかなか勘がいいな。
「いやいや噂に名高い、おかやま一番亭のラーメンが食えるとなるとがんばる甲斐もあるなと」
仕事で岡山に行く用事があった近所のおじさんが旨いと自慢していたラーメン屋、おかやま一番亭。
岡山市内だと俺の実家から子供の足では日帰りできる距離ではないので、岡山市街地に行ったこともない。
詳しい場所も知らないし、ラーメン自体が子供の小遣いで食べれるものでもないなので、ごく普通の農家育ちの俺にとっては話に聞くだけの高嶺の花だった。
「宮本さんって実は、富豪のお嬢様とか?」
「んーまぁ、ちょびっとだけ?それより早く教えてよ」
あまりプライベートを突っ込んで聞くのも悪いか。
「わかったよ。うまく行かなくても怒るなよ?じゃあまずは火の玉の威力を半分にして、倍の時間集中してゆっくり撃ってみて」
傍から見ていてどうして当たらないのかずっと気にはなっていたのだ。まさに俺が早く正確に撃てる理由は自分では分かっていない。当たるのが当たり前だと思ってる。
宮本さんが構えの姿勢から、今までの倍以上の時間をかけながら今までよりも小さな火の玉を放った。それはカカシをかすめるようにしてまた土塁にぶつかってはじける。
「もっと小さく、もっとゆっくり落ち着いて、もっともっと周囲の精霊の気配と的に意識を集中してみて」
さらに時間をかけて生み出された小さな火の玉はまっすぐ吸い込まれるようにカカシに命中した。
「そのペースで一〇回繰り返して」
「結構、これ疲れるね」
そういいながら宮本さんの火の玉は一〇発連続で命中し、一体につき三発のペースでカカシを焼き崩れさせた。これなら他の候補生と同じくらいの成績だ。この調子ならもう少しで合格ラインに到達するだろう。
「・・・・全部当たったよ」
宮本さんはあまりのことにびっくりして茫然としてた。
やっぱりな。なんのことはない急ぎすぎ、大きすぎで、精霊術のコントロールが甘かったのだ。素人同然の俺が思いつきで話した内容で改善できたのに、これだけの指導もできない秋山教官ってほんと役立たずなんじゃね?
ちなみに俺が威力を上げようと詠唱と集中に倍以上の時間をかけても結果はダメだった。どうしてもある一定以上からは術の規模が大きくならなかった。
「あとは丁寧に当てるコツを掴んだら火力また上げていけば・・」
「言われた通りにしたら当たったよ!ありがとうぉぉぉ!!!」
宮本さんは駆け寄ってきたと思ったら、目を潤ませながら俺の両手を掴んでブンブンさせて喜んでいた。近い!近いって!
女の子に感謝されるのはうれしいが、これで俺の最下位は確定だ。
「ときに、宮本さん」
「なんですか、内藤君」
「昨日できたはずなのに、どうしてまた盛大に焼き焦げ作ってるんですか」
一日明けた精霊術の練習時間。俺の隣のブースでは相変わらず宮本さんの火の玉がカカシをはずして土塁を焼いていた。さすがに両隣のカカシにはあたらなくなっているが、盛ってある土の一部はガラス化しているようにも見える。人間に当たったら一発でウェルダンになってしまうだろう。
「いやぁ、そんなこともありましたっけ?」
まさかラーメンをおごるのが惜しくなったとか?
「もしや?」
「あ、ラーメンは約束通りおごるよ。明日の非番に食べに行かない?」
「お、おう」
「その時に落ち着いて話すよ」
一体、どういうつもりなんだ?
ちなみに威力を上げる方法は宮本さんがいくら説明してくれても、俺の精霊術に変化はなかった。




