3月 徴兵検査
そして授霊の儀が終わり、直後に待っているのが憂鬱な徴兵検査。時間的には昼が近い。
空き時間で弁当を食べるように言われたけど、儀式が終わった安堵感どころか、今度は結果待ちのプレッシャーの方が強くて食欲どころじゃなくなってきた。
検査とか試験と名がついて楽しかったことはない。
どんな守護精霊の加護を受けたかによって、ここで人生が大きく分かれてしまう。いくら頑張ろうとどうしようもないところで結果が出るのだからストレス以外の何物でもない。
守護精霊の力によって一定レベル以上の肉体面の強化能力が見られると、甲種合格となり騎士候補生として士官学校一年、その後兵役二年が課せられる。
放出系と呼ばれる強力な精霊術が使える素質が覚醒していればこれも甲種合格。精霊術士候補生として、兵役は騎士候補生と同じ扱いだ。
甲種合格となれば、兵役後に軍に残っても士官としてそれなりの待遇が与えられるし、除隊してもこのご時世、民間でも食うに困ることはない。商隊の護衛なんかを請け負う傭兵になって高給取りになるやつもいるらしい。農家の三男坊として家の手伝いをしていくのとでは大違いだ。
甲種のレベルに満たないと丙種扱いで兵卒として兵役が二年。もしくは丙種でも成績が良ければ兵役後に一般の幹部候補生として士官学校に進む道もある。兵卒として軍に残るも除隊するもあとは本人の才覚次第。職業として安定はしているので軍に残る人も多いらしい。
甲種合格者は騎士、精霊術士合わせて全体の一割から二割しかいないから、待遇もかなりいい。誰もがなれるわけでもなく県民を守る選ばれし英雄という扱いなのだからそれも当然だ。
ここで思春期まっさかりの俺たち的に重要なのが、騎士の適正は男性、精霊術士の適正は女性に多いということ。
軍に入ると基本、騎士と精霊術士がペアで活動するため、男女で組になることが多く、そのまま交際して結婚までするケースも多いらしい。
甲種合格すればほっといてもモテるうえに、恋人候補までできるとは、なんともうらやましい。
他にも、クラス内で影の薄かった男子が甲種合格したとたんモテまくって、複数の女子と付き合い始めたとか、授霊前に付き合ってた彼女だけが甲種合格して、同じく合格した男に乗り換えたとか、そういったうわさ話には事欠かない。雑誌の小説でも定番のストーリーだ。
そういった切実な事情もあって、男子を中心に異様な雰囲気になっているのも仕方ないだろう。
そりゃ、誰だってモテたいし、危険の伴う仕事とはいえ高給取りで周りから尊敬される仕事に就きたい。俺だってそう思う。可能性が低いといっても希望はゼロではないのだ。
神林がさっき「俺甲種合格したらチハルに告白するんだ」ってぼそっと言ってたが、それは古くから伝わるフラグというやつじゃないのか?逆にチハルだけ甲種合格してたらどうするつもりだ?
検査場への先頭を歩く委員長はなんかさっきと違うオーラに満ち溢れているように見える。ああいうのが持っている人間の貫禄なんだろうか。
委員長の後ろに続く原田も自信ありげだ。比べて俺や神林を含む他のクラスメイトは引き立て役感が漂っているようで切なくなってくる。猫背になってお腹のあたりをさすっている奴もいる。
本人の意志や努力とは無関係に、合格するかどうかは血筋と精霊様次第なのだからなるようになれとは思うが、さっきの儀式とは違う意味で緊張する。それはクラス全体に言えることでさっきまでざわついていたのに、待合室に入ったとたんみんな黙り込んで妙な空気が漂っている。
誰かが人事を尽くして天命を待つなんて嘘だなと言ってたが、こればかりは本気で同意する。くだらないことでも考えていないと胃がひっくり返りそうだ。結局弁当を食べていたのは委員長と原田だけだったはずだ。
待合室のドアが開き、精霊術士らしき軍服姿の女性が入ってくる。
「では検査を始めます。名前を呼ばれたものは一人ずつ検査場に入ってきてください。三澤シエラ」
「はいっ」
「一番検査場へ」
検査官に促され委員長が検査場へ向かう。
いつ見ても姿勢が綺麗で、つくづく絵になる歩き方だ。プレッシャーとか感じることないんだろうか。
検査場は五つあるらしく、続けて四人の名前が呼ばれていった。
どんな検査をするのかは知らないが、儀式の直後に検査があるのは、能力に覚醒して制御できずに暴走する人間が過去にいたからだそうだ。甲種合格するとこのまま二日間泊まり込みで力のコントロールについて指導があるらしい。
この年まで授霊の儀がされないのも、自我の押さえられない子供が力を持ちすぎて悲惨な事件が頻発した末のことだと聞いている。駄々っ子が火の玉やカマイタチを連発したり、常人の数倍の力で暴れたら一般人では抑えきれない。
一般人にはない力を持つものは軍に集めてまとめて教育しようということなのだろう。
「甲種合格!」
「おお・・・」
委員長が向かった検査場のほうから結果を伝える声が聞こえてきて、静かだった待合室がざわめきはじめた。
「妥当だよな」
「うん」
意外性のかけらもない。神林と俺はうなずき合う。
うちの学校の三年生が四〇人なので、順当にいけば騎士、精霊術士合わせて四から八人程度の合格者が出るはずだ。
しかし、そのあと順番に検査場に呼ばれて行き、待合室に残る人間が半分ほどに減っても合格の声は他に聞こえてこない。「原田君ダメだったのかな」「まさか」とかいう声がそこかしこから聞こえてくる。
「次、内藤ミズホ!」
「はいっ」
いよいよ俺の順番が来た。神林に小さく声をかけて、案内されて廊下の先にある検査場のドアをくぐる。
ドアの向こうは屋外で両側を柵でしきられた幅一〇メートル、奥行きは長く一〇〇メートル近くある細長い空間だった。
そこにいるのは検査官役らしき騎士と精霊術士が二人ずつ。やはり甲種合格して選ばれた人間ともなると俺たちとは違う存在感を感じる。
「内藤ミズホです!よろしくお願いいたします!」
そんなお偉いさんの前で一体何をさせられるんだろうと思っていたら、最初は拍子抜けするほど簡単なことだった。
筋力測定や五〇メートルダッシュ、ロープワークなどなど。おそらく騎士としての肉体的な能力の変化の測定だろう。普通と違うのは精霊の存在を意識して動作の一つ一つを丁寧にしなさいと言われたことくらいだろうか。
検査の内容は想定外だったが、測定結果は想定内。以前となんら変わることなく、平凡な記録の連発。
検査官からはなんだこいつもダメかみたいな、雰囲気が伝わってくる。
俺たちは不作の年なんだろうか。
すくなくとも俺に騎士の適正はなかったんだろうなと改めて思い知らされるようでへこむ。
「では、今度は精霊術士としての適性を見ます。そこの線のところに立って、検査場の奥に置いてある一番右の的を見てください。」
「はい」
五〇メートルダッシュのゴールより向こうにあるから、こことの距離は八〇メートルくらいのところにカカシが四体並んでいる。
「地水火風、一番最初に思い浮かぶのはなんですか?」
「・・・風でしょうか」
そういえば、どれが好きとか考えたことなかった。授霊でそういった好みも変わってくるのかな。どの属性の精霊が宿るとかそういう説明も先生からはなかった気がする。
「ここから先はイメージが大事です。正面の的に向かい、目を閉じて、心を落ち着け、風がそよぐのを感じてください」
風、流れる風・・・・。
「そよ風があなたの周りに集まります。あなたの中でそよ風は次第に強く渦巻きます」
風の流れを自分の中に感じ、小さく集めて凝縮させていくイメージ。
「精霊の力を感じ、助けを借りながら極限まで高めて、風を切り裂く風。カマイタチとして的を狙います」
守護精霊よ・・・。肉体とは違う次元。意識の中に風の力が満ちてくる。次第に意識の領域から溢れかえりそうな力をギュっと押し固め、カカシに向かって解き放つ!
「いけっ!!」
カカシに向けて、突き出した腕から見えない力の塊のようなものが飛んでいき、カカシの抱える的に直撃した。
「やった!」
俺すげー!!思わずガッツポーズをとってしまう。
もしかして俺って精霊術士の才能に目覚めた!?
キビダンゴのご利益あったよ。
よっしゃー!!
「「・・・・」」
と、思っていたら検査官の皆さんの反応はかなり微妙だった。
あれ?
「もう一度、今度は右から二番目を狙って」
同じように精神を集中させ、カマイタチは狙い通りにカカシに吸い込まれるように命中した。
「次は火の精霊をイメージしながら火の玉で右から三番目の的を狙ってください。ゆっくり焦らなくていいからね」
その後数十回、俺は指示されるままに地水火風の精霊精霊術をカカシに命中させた。
最初から百発百中って我ながら上出来だ。俺ってもしかして凄い?
しかし四人はすでに五分近くもひそひそと小声で打ち合わせていて合否を教えてくれない。
「えーっと、一応甲種合格・・・?」
「精度は高いが威力が低すぎるんだ。入営後は人一倍鍛錬に励むように!」
「せめて的のカカシを一撃で破壊する程度でないとな」
「おめでとう? でも、破壊に五発もいるようじゃ、実戦で死ぬよ?」
なんか散々な言われようだ。祝ってくれてるのかけなされてるのかどっちだ?
『一応』でも甲種合格だから、喜んでもいいんだよね?
甲種合格の証明書を受け取り、今後のスケジュールなどの説明を受けて検査終了者待合室に入ると、すでにみんな検査が終わっていて俺待ち状態になっていた。
「なんとびっくり、甲種だった!」
「すげーな!」
思わず神林とハイタッチしてしまう。まさか内藤がみたいな感じでクラスの連中もざわついている。
「俺はやっぱり丙種だったよ。今回甲種だったのはお前と委員長だけみたいだ」
どうりでみんなの表情が暗いわけだ。
それにしても四〇人からいて、甲種合格者が委員長が騎士候補生で、俺が精霊術士候補生の二人だけとはずいぶん少ない。俺もボーダーすれすれだったみたいだしな。原田もショックだったんだろう、声のかけようもないほどに沈んでいる。
これ夢じゃないよね?
目が覚めたら授霊の儀の朝でしたなんてことないよね?




