3月 最後の長期休暇
配属組の訓練もギリギリまで続いて、明後日からは正式配属前の最後の長期休暇だ。
食堂の片隅で訓練後の軽食を食べ終わり、ハルカさんとマリノと一緒に食後のお茶を飲んでいる。
「休みに入ったら、二泊三日で実家に顔出しに帰ってくるよ」
一度報告に帰るくらいはした方がいいだろう。
なにせ、士官学校に入営したきり連絡を取っていないのだ。便りがないのは無事の知らせともいうらしいが、親不孝と謗られても言い返せない。これまで成績が悪すぎて恥ずかしかったと言うのが大きいが。
幸いにも正式配属を前に一週間ほど休みがある。
「そうか、では私も付いていこう」
「ボクもOKだよ」
「え?!」
顔見せにちょっと帰ってくるだけなんですが。
「一度、ご両親にはきちんと挨拶しておきたいからな。最初から不義理な嫁と思われたくない」
「ユニットメンバーは一心同体!」
なんだかヤル気満々のハルカさんはまだ分かるが、なんでマリノまで嬉しそうなんだ?
うちの実家なんてなんの面白味もないただの田舎の農家なんだが。
しかし、挨拶?
避けては通れない道だろうけど、先送りしたくてたまらない気恥ずかしさがある。
「ハルカさん、別に挨拶なんて大丈夫だって。うちの親なんてそんな大層なもんじゃないし」
二人が別に付いてくること自体は構わない。断る理由もない。だが婚約の挨拶とかかしこまったことまでする必要はないだろう。しょせん俺は農家の三男にすぎない。
「いや、最初が肝心だろう」
「ボクもハルカさんにサンセー」
「・・・いいけど、田舎だから何もないよ?」
困るのは泊まる場所か。
急に帰って二人も泊まれるだろうか?
だめなら、総社まで足を伸ばせば宿くらいはあるか。
結局、はかない抵抗むなしく、三人で俺の実家へ向かうことになった。
俺の両側をハルカさんとマリノがついて歩いている。
小春日和で移動にはもってこいの天気、さらに両手に花と喜んでいいんだろうが、結婚相手を両親に紹介というイベントが妙に俺の心の負担になっている。
一年前にこの道を士官学校に向かうときには、婚約者連れで里帰りとか想像もしなかった。
「ミズホさ・・・。挨拶に行くハルカさんの方がプレッシャーなんだからね」
マリノに諭されてしまう。
両親にどう説明したものか悩んでいたのを見透かされているようだ。
「わかってるよ。わかってるけどさ。理屈じゃないんだよ」
あたふたしている俺と対照的に案外ハルカさんの方が平然としている。
「別に命がかかっているわけではないからな。だが、ミズホの両親に反対される可能性も・・・。年上だし、教官の立場を利用したとか言われたり・・・」
なんだかハルカさんの心配が妙な方向に行きかけている。
「絶対ない。うちの家族に限って一〇〇パーセントそれはありえない。大丈夫だから」
「ハルカさん、心配しすぎだよ」
俺としては両親が反対するとかは心配していないのだ。家を継ぐのは一番上の兄だ。三男で、精霊術士になるから家に戻るなんて期待もしてるわけはない。だから俺の結婚相手にはそれほど関心がないはずだ。
それに両親に反対されたからといって、じゃあ諦めます、と納得するほど従順でもないし、ハルカさんに執着がないわけではない。それくらいなら決闘の時に逃げ出してる。
「それならいいのだが」
「大丈夫。それより見えてきたよ」
丘を越えたところで五重塔が目に入ってくる。築ん百年かになる木造建築だ。このあたりのシンボルでもある、俺の実家のある集落もこの近くだ。
一年ぶりに目にする五重塔は故郷に帰ってきたことを実感させてくれる。
「のどかでいいところじゃないか」
「なんもない田舎だよ。さ、あと少しだ」
家が見えるところにある古木と祠に無事帰れたことを手を合わせて感謝する。
やはりこういうのは理屈ではないなと思う。
精霊術士として勉強した今なら、ここが大した精霊だまりではないのははっきりわかる。それでも子供の頃から見守ってくれていたという思いも間違いなくある。
おばあちゃんが世話をしているのだろう。祠の周りには雑草や落ち葉なんかもなく綺麗なもんだ。
横ではハルカさんとマリノも同じように手を合わせていた。
「ミズホの自然や精霊に対して感謝と敬意を忘れない姿勢は立派だな。私も見習わないとな」
「そうだね。ボクも普段ちょっとおざなりになってるかな。そういえば、ミズホは士官学校にある祠でもよく手を合わせてるよね」
「なんとなくな」
士官学校の敷地内にも小さな祠が祀られている。祠の掃除や世話なんかも候補生が順番にやっていたが、俺はその世話が嫌いではなかった。
子供の頃、死んだじいちゃんに「わしらは自然と精霊に生かしてもらってるんだ。感謝を忘れるな」と、この祠の世話に付き合わされた。当時は言っている意味がよくわからなかったけど、授霊の儀で精霊を感じることができるようになってからはその言葉を実感するようになった。
それにギリギリとは言え、俺が甲種合格できたのは守護精霊のおかげだ。感謝の気持ちをなくしたらバチがあたってもおかしくはない。
一歩間違うと宗教観的な話に踏み込みそうなので、他人に話したことはないし、ハルカさんに強制するつもりもない。
「そこを曲がったらすぐだよ」
道を曲がった先に、一年ぶりの我が家が見える。
一年ぶりの我が家は何も変わっていなかい。築二百年を超す古い木造家屋だ。一年たった程度では変わりようがない。
家の前にある畑では母さんが農作業をしていた。
「ただいま」
「・・・ミズホ!? ・・・おかえり」
「ただいま。正式に配属が決まったから一度顔出そうと思ってね」
「まったくもう、あんたは家を出たっきり一度も帰ってこないんだから。聞けば、三澤さんとこのお嬢さんは何度か里帰りしてたって言うのに、あんたときたら!」
「まぁまぁ、それは後で聞くよ。それよりお客さんも一緒だから。あ、これお土産ね」
心配かけてた俺が悪いのだが、ほっとくとエンドレスで愚痴を聞かされそうだ。
お土産を用意するなんて気の利いたことが俺にできるわけもなく、マリノの提案だ。駐屯地の前の宿場町の中にあった和菓子屋のまんじゅうだ。シンプルだが評判いいらしい。
「あら、ごめんなさいね。ミズホの母です」
「えっと、こちらが今度軍で一緒にユニットを組むことになった宮本マリノさん」
「宮本です。お世話になってます」
「で、こちらが同じくユニットを組む浅野ハルカさん」
「浅野ハルカです。よろしくお願いします」
さすがに緊張してるな。無理はない。
「で、父さんやみんなは?」
「今日はみんな家にいるわよ。とりあえず、みなさんも遠いところお疲れでしょうから、どうぞ上がってください」
座敷で全員が勢ぞろいし、テーブルを囲んで改めて自己紹介を行う。
両親、おばあちゃん、二人の兄と妹。そして俺とマリノとハルカさん。
おじいちゃんは俺が小さいころに他界してもういない。
兄たちはなぜか緊張気味で、妹は興奮している。たぶん、田舎では見かけることのないマリノとハルカさんの垢ぬけた雰囲気のせいだろう。
おばあちゃんも「三人とも綺麗ね。街の子は違うわね」とか関心しきりだ。個人的な感想を言うとハルカさんが美人なのは間違いないのだが、幼さの抜けきらないマリノはどちらかというと可愛いという表現が正しいと思う。
「父さんとおばあちゃん。一番上の兄のミノル、二番目のイナホ、こっちが妹のサクラ。それで一緒にいるのが」
まずは、あまり緊張してなさそうなマリノを促す。
「ミズホ・・くんと一緒に訓練してた宮本マリノです」
「っと、教官をしておりました浅野ハルカです。よろしくお願いします」
軽く頭を下げただけのマリノよりもさらに深々と頭を下げている。
「で、・・・」
「なんだ?」
先送りしても仕方がないのでとにかく先に方を付けたい。気になってお茶も落ち着いて飲めない。
どうせ今日明日で話をしないといけないのだ。
「早速だけど、俺この浅野ハルカさんと結婚するつもりだから」
座がどよめき、父さんは目をむいている。兄貴たちや妹も口をあんぐり開けたまま止まっていた。おばあちゃんと母さんだけがあまり動じていない。
「ちょ、ちょっと待て。っけ、結婚と言ったって、お前の一存というわけにはいかん。相手の親御さんのこともあるだろう」
一番驚いているのが父さんだな。
「いえ、うちは両親ともに納得、というか乗り気ですのでご心配には及びません」
ハルカさんはドラフトで師団長と顔を合わせた時、さっさと挨拶に行くよう言われたらしい。
なんで俺なんか相手にそこまで前のめりなのか全くわからない。
「あと、家柄とかいろいろあるだろう」
「言っとくけど、ハルカさんの家の方がよっぽど家柄いいからね。そもそもウチなんて吹けば飛ぶようなただの農家でしょ。何を偉そうに。で、父さんは反対なの?」
父さんや兄さんはどう思っているのか知らないが、うちが多少農地があると言ってもそれだけのことだ。この程度の農家なんていくらでもある。
それにハルカさん家は代々騎士や精霊術士だけでなく軍の高官も輩出するような家系らしい。まだ会ったことはないがお父さんもお兄さんも軍本部勤務のお偉いさんと聞いて、俺がしり込みしたくらいだ。
「・・・」
父さんは難しい顔をして黙りこくって、兄さんたちは顔を見合わせながらそわそわしていた。
一方でおばあちゃんを筆頭に女性陣は何やら呆れかえっているようにも見える。
おかしいな。何かありそうだ。
「・・・お父さん、だから私は止めときなさいって言ったでしょ」
沈黙を破ったのは母さんだった。
「ハルカさん、ごめんなさいね。この人ったらミズホが甲種合格したのに浮かれちゃって。周りの人が持ってくる釣り書き全部受け取っちゃてるのよ」
「釣り書きって?」
聞いたことがない。
「お見合いの申し込みみたいなものよ」
なるほど、そりゃ渋い顔するわけだ。持ち上げられて調子に乗ってホイホイ安請け合いしたのだろう。父さんにはそういうところがある。
「父さん、責任もって自分で全部断ってよ。俺知らないからね」
変に譲歩の余地を残すのはよくない。
父さんはガックリうなだれる。
「じゃあ、ハルカさんのことは認めてもらえたってことでいいのかな?」
「いいんじゃないかい」
おばあちゃんは普段でしゃばることはないが、一家の最年長者として締めるところは締めてくれている。
後はしょげている父さんをよそに、あからさまにほっとしたハルカさんとマリノを中心に話が盛り上がった。
いつの間に用意していたのか知らないがハルカさんは家族全員にお土産を用意していたようで、皆が喜んでいる。
特に妹のサクラは可愛らしい小物入れをもらい、普段聞くことのできない街の話題に興奮していた。
ハルカさんはこういった団らんの場は得意ではなさそうだが、マリノが上手に仕切りながらハルカさんを盛り立ててくれている。
俺も場の空気を読んで盛り上げていくような話し方は苦手なので、マリノの如才なさには感心させられる。
俺はなんかもう疲れた。
「ミズホもすごい美人の嫁さん見つけてきたもんだな」
いつの間にか話題の流れが女性陣と男性陣に分かれてしまい、二人の兄と俺は姦しい女性陣を眺めながら俺がお土産に持ってきた薄皮まんじゅうを食べながらお茶を飲んでいた。お茶も来客用にいつものよりいい茶葉を使っているらしく、風味がいい。兄たちはそれぞれ帽子をもらったらしく喜んでいる。実用で使えそうなものを選んでいるあたりがハルカさんらしい。
父さんはあの後も母さんとサクラにボロクソに言われて、拗ねてしまったのか一人輪から外れて庭を眺めていた。
「成り行きというか、運というかね。結婚っていってもすぐじゃないし」
結婚といっても、俺には兵役がこれから二年あるからそれ以降だろう。籍はともかく、ハルカさんが現場から外れるようなことは浅野大佐が許さないはずだ。
どうせユニットとして四六時中一緒にいることになるので、どっちでもいいやという気分の方が強い。
「兄貴も結婚決まったんだから、人の婚約者より自分の婚約者褒めなよ」
それは初耳だ。丸々一年音信不通だったので仕方ないのだが。
「ほら、近所の兄貴の幼馴染のキョウちゃんな。式は田植えが終わって一段落したころだな」
「へー、仲良かったし、いいんじゃない」
「また式の日取りとかは手紙で知らせるよ」
ミノル兄さんはなんだか照れ臭そうだ。相手の女性は俺も小さいころによく遊んでもらった覚えがある。面倒見のいい、優しいお姉さんだった。
「キョウのやつもミズホが結婚するって聞いたら驚くよ。あいつはミズホのこと未だに子供扱いしてるからな」
小さいころを知られていては勝ち目がない。
「ミズホ。ハルカさんとマリノさんの宿はどうするつもりなんだい?」
「できればウチで。無理なら総社まで出てそっちで宿探すよ」
「じゃあ、二人には座敷を使ってもらうから。あんたは自分の部屋で寝なさい。イナホは晩御飯の材料買ってきて」
我が家は前史時代の建物でも昔からの農家なので意外と広くて部屋数が多く、こういう時は使い勝手がいい。逆に前史時代末期に建てられた住宅は電気製品の使用を前提に最適化されていて、狭くて使いにくい建物が多いそうだ。
「ねぇ、ミズホ。ミズホの部屋をハルカさんが見てみたいって」
マリノが身を乗り出すようにして言ってきてるが、お前が見たいだけじゃないのか?
「そんな人に見せるほどのものじゃないんだけど?」
「好きな人の部屋なら見てみたいよね。ハルカさん」
ハルカさんが小さく頷くが、マリノが強要しているようにしか見えない。
「じゃあ、ハルカさん。案内するよ」
「やった!」
「いや、見せるのはハルカさんだけでいいだろ?」
立ち上がったハルカさんと一緒についてこようとするマリノに釘をさす。
「え!? ミズホ、オーボー」
「好きでもない人の部屋見ることないだろう」
いつもマリノにはやりこめられることが多いので、マリノが言葉に詰まっているのを見るのは気持ちいい。
「・・・いやいや、ボクもミズホのこと大好きだから見てみたい!」
結局力業できやがった。やっぱりマリノが見たいだけじゃないか。
「よく言うよ・・・。まあいいけど」
二人を案内して母屋と続きになった離れにある俺の部屋へ連れていく。母屋は所謂むかしの和風建築というやつらしくて個室は両親たちとおばあちゃんの部屋だけ。離れは子供部屋が足りなくなった時に建て増したそうだ。
一年前に家を出た時のままならそれほど散らかしてないはずだし、たまには母さんが掃除で換気くらいはしてくれているはず。見られて困るようなものもない。
まさか女の子を俺の部屋に案内する日がくるなんて夢にも思わなかった。
「ここだよ」
扉を開けると、ベッドと机、本棚が置いてあるどこにでもあるような八畳ほどの板間の部屋だ。
よかった。片付いたままだ。一年前の俺を褒めてやりたい。
ハルカさんは部屋入ったところで室内を感慨深そうに眺め、マリノはウロウロと家探しでもするかのような勢いだ。
「あ、これ可愛いー!」
何を見つけたのかマリノが声を上げた。
マリノが見つめていたのは本棚に飾ってある一つが五センチほどの木彫りの動物の置物だった。いろんな動物が二〇体ほど並べてある。マリノに釣られたのかハルカさんまで食い入るように見ている。
「これどうしたの?」
「俺が彫った」
中学生が作ったにしては出来がいいほうだとは思う。実際に俺がいらないといったのを母さんが商店に卸して小遣い稼ぎにしていたくらいだ
最初は小学生の頃に今は亡くなった近所のおじいさんに教えてもらって見よう見まねで作っていた。おじいさんの彫刻刀が動くたびに動物の形が出来上がっていく様子に感動したものだ。彫刻刀は危ないからとあまりいい顔はされなかったが、おさがりの道具をもらって自分の思うようにいろんな形に仕上がっていく行程はとても楽しかった。
「うそ!?ミズホ、滅茶苦茶器用だね」
本棚に残っているのは、自信作か、気に入っているやつばかりだから、見られても恥ずかしくはない。
「これお金取れるレベルだよ。前に精霊術士になれなかったらラーメン屋やるとか言ってたけど、これで十分食べていけるよ」」
「考えなくもなかったけど、食べ物の方がいいかなって思ってたんだよ。人間、木彫りはなくても生きていけるけど、食べていかなきゃいけないからな」
ハルカさんは静かだなと思ったら子猫の木彫りをじーっと見つめていた。
「ハルカさん、欲しかったらあげるけど?」
「いいのか!?」
すごい食いつきようだ。
「構わないよ」
ハルカさんが嬉しそうに子猫の木彫りを手に取る。うん、ハルカさんのこの表情が見れただけでも価値がある。
「この子猫は見ていて飽きない可愛さがあるな」
「・・・ねぇ、ミズホ。ボクも欲しいな」
ご丁寧にも指を口元に当てて上目遣いで俺を見つめてくる。まったくこいつは・・・。
「わかったよ。一つだけだぞ」
「ありがとうミズホ。大好き」
言われて悪い気はしないが、これほど安い大好きもない気がするな。
しかもよりにもよって一番出来が良くて気に入っていた子犬を選びやがった。まぁ二人が喜んでくれてるならいいか。
翌日。
俺は父さんに連れられて、地区長の家に挨拶に行くことになった。当然ハルカさんを連れてだ。
地区長の家のお孫さんの釣書まで預かっていたらしく、無碍に断れないから俺も一緒に行って頭を下げたほうがいいという話になってしまった。地区長の孫娘は俺も良く知っている。二歳年下で小さいころは泥だらけになって一緒に遊んだもんだ。まだ中学二年生相手に父さんは何考えてるんだ?
マリノには悪いけど、今回は一緒に来ると説明がややこしくなるのでサクラの相手を頼んだ。
「ハルカさん、ごめんね」
「構わんさ。近所付き合いは大切だからな」
地区長のおじさんの家は歩いて五分ほどのところにある。確かおじさん自身も精霊術士で若いころは軍務についていたはずだ。
俺が士官学校に入営するときも世話役として地区を上げて祝ってくれたし、子供のころから可愛がってもらっている。俺にとっては面倒見のいい近所のおじさんだ。確かにお礼に行くのが筋というものか。
「こんにちは」
玄関で声をかけると、相変わらずの好々爺と言った風情の地区長のおじさんがすぐに出てくる。
小さいころから知ってるはずだが、一年ぶりに見たおじさんは以前とは違った雰囲気を感じる。精霊術士的な見方をするようになったということか。
子供のころに精霊術を使って農作業を手伝ってくれる様子を見て感動したが、今から思うとあの程度はおじさんにとってはできて当たり前の簡単なことだったようだ。
まだまだ現役でも通じそうな気配だな。
「おお、内藤さん。どうしたね」
「ミズホが配属が決まったと顔を見せに返ってきたから、剣持さんのところにも挨拶をと思ってね」
「おじさん、ご無沙汰してます。この度無事精霊術士の資格が取れて騎士団への配属が決まりましたのでそのご報告にと」
近所に挨拶に行くこともあるだろうからとマリノに言われて余分に買っていたお土産を渡す。同い年なのになんであんなに気が回るんだろう。
「そうかそうか。良かった良かった。で、そちらのお嬢さんは?」
「えっと、軍で俺とユニットを組むことになった騎士の浅野ハルカさん。彼女と婚約することになったのでそのご挨拶もかねて」
「初めまして、浅野ハルカと申します。この度ご縁がありましてミズホ君と一緒になることになりました。ミズホ君ともどもよろしくお願いします」
いろいろと説明を考えていたけど、いざ話そうと思ったらぶっ飛んでしまった。ハルカさんは折り目正しく深々と頭を下げている。
「そうか、そうか、そりゃ目出度い話じゃないか」
顔を綻ばすおじさんとは対照的に、お父さんはソワソワと所在なさげだ。
「すいません、ミズホのやつやっと帰ってきたと思ったら、いきなりで・・・」
父さんが小さくなって頭を下げている。
「わしも騎士団にいたからわかるよ。子供が甲種に受かって浮かれるコイツの気持ちもな」
おじさんから見るとうちの父さんも子分扱いだな。
騎士団では家柄が良ければ、親が相手を決めて子供はそれに従ってお見合い、結婚することも多いが、ユニットを組んだ相手とくっついてしまうケースが多いのは今も昔も変わらないようだ。
二十年ほど騎士団にいたおじさんは、事情を知らない父さんが舞い上がっている様子を見て期待はしていなかったそうだ。だから孫娘にも釣り書きの件は話してないから気にするなと言われた。
「本当に申し訳ない」
父さんは米つきバッタのように頭を下げている。
「父さんがご迷惑をおかけしました」
「気にせんでいいよ。美人の奥さん見つかってよかったな。それに強そうじゃ」
ニコニコしながら俺たちを交互に眺めている。
「そういや、昔ワシがいた部隊にも浅野っちゅう女騎士がおったよ。気の強い娘でな。隊長が止めるのもきかんと魔獣の群れに突っ込んでいってな、二刀流でバッサバッサと切り伏せていくんじゃ。ありゃあ出鱈目に強かったなぁ」
二刀流の使い手は見たことないし、話にもあまり聞いたことがない。
制止を振り切って切り込んでいく女騎士は最近見たばかりだが。
「・・・それ、たぶんうちの母です」
母娘ってやっぱり似るんだろうか。
お母さんと自分の行為を重ねて見ているのかハルカさんは恥ずかしそうだ。
なんか情景が目に浮かぶ。
「おいおい、じゃああんたあの浅野少尉の娘さんか」
「はい、たぶん。二刀流の使い手は軍でも少ないですし、そのうえ女騎士となるとおそらく。母は一人娘だったので、父は婿養子ですから名前も変わってませんし」
「そうかそうか、お元気にされてるかね?」
「はい。今は大佐で岡山中央師団の師団長を拝命しています」
「ほぉー、そりゃ出世されたなぁ」
昔を思い出しているのか、おじさんはうれしそうに目を細めていた。
「ハルカさん、少し寄り道していかない?」
ひとしきりおじさんの昔話に花が咲いておじさんの家を辞したあと、父さんだけ先に帰して散歩して帰ることにした。
昨日に続いて今日もいい天気だ。せっかく二人きりだというのにすぐに家に帰るのがもったいない。
マリノには申し訳ないが、ハルカさんと一緒にいる時間が長いわりに二人きりでノンビリすることが少ないのだ。
「こういうのもいいもんだな」
桜の時期にはまだ早いが、二人ならんで小春日和の田舎道を歩く。もう一か月もしたらこの地域の名物レンゲ畑が一面に広がるが、さすがにまだ早い。
以前は分からなかったが、春を喜ぶ木々の精霊たちの息吹が伝わってくるようだ。こういう感じ方も以前はすることがなかった。
「・・・ハルカさん・・・手・・つないでいい?」
喉まで出かかっていた言葉をようやく絞り出す。
おずおずと差し出された手をそっと握る。
「ミズホは優しいな」
「なんで?」
「私なんかのために気を使ってくれて」
「俺がハルカさんと手を繋ぎたかっただけだよ」
しばらくお互い無言のまま、お互いの手の温もりを確かめ会うようにして歩き続けた。ハルカさんとは会話がなくても居心地がいいのは不思議だ。
お寺のそばの芝生広場で二人並んで腰を下ろす。
陽射しも心地よく風も寒さを感じるほどじゃない。
意図せず肩が触れるか触れないかの距離になり、今さらだがドキドキしてしまう。
「・・・」
「ハルカさん?」
「・・・夢みたいだな。こんな穏やかな時間を過ごすのは初めてだ。小さいころから恋愛で好きな相手と結ばれるなんて話によく憧れてたんだ。授霊の儀でも両親の期待に応えたいと思う一方で、騎士や精霊術士ではなければ、ただの女の子として生きられるかもしれないって、な」
町中で行われる紙芝居や、演劇でも恋愛ものが好きでよく見に言っていたそうだ。
いくら、血筋がよくても騎士や精霊術士の子供が百パーセント騎士や精霊術士になる保証はない。
責任感の裏で普通の女の子に憧れていたんだろう。
「騎士の血と判ってからは親の決めた相手と結婚して浅野の血を残す道具と割りきったがな」
家柄がいいのも難儀なもんだなとつくづく思う。農家でも後継ぎは気にするがここまでではない。
「ほんとに相手が俺なんかで良かったの?」
決闘の一件や普段の態度から考えても嫌われていないとは思うのだが、俺的には釣り合いが取れていないという自覚があるし、お母さんの一存で決まったということもあって俺の方にも妙な居心地の悪さがある。
かと言って辞退するほどの諦めの良さもない。
たいした血筋でもないのに、運よく甲種合格。美人で、実力もあり家柄の言いハルカさんとの縁。一年前からは想像もつかない環境。
幸運というものが人生において定量であるならば、ここ一年で一生分をまとめて使い果たしているのでないかと不安になる。
「不満など欠片もない。今回の話も母が強引に決めたようなもんだが、相手がミズホで良かった。御津で私を救ってくれたのはミズホだ。お前がいてくれなければ、私は狂狼の群れの中で八つ裂きにされるまで、剣を振り回していたろうな。ミズホのおかげで私は救われたんだ」
「あの時は俺も無我夢中だったから。ただ、見殺しにするわけにはいかないって思って」
実際、なんであんな行動をとったのかはよくわからない。覚悟もなく度胸もない俺らしくない。
「理由なんてどうでもいいさ。私を護ってくれた。一緒になれるなんて夢にも思わなかったがな」
「俺はハルカさんは最初から高嶺の華だと思ってたから。憧れはあっても行動に移す勇気もないから、完全に諦めてたよ」
年末の定食屋でのお願いが俺にとっては精一杯だった。
こんなことにならなかったら、凡百の俺なんかとご縁のある女性ではない。たぶん遠くから眺めてるだけで、うじうじ指をくわえてみているだけだったはずだ。
「私なんてそんな大層な女じゃない」
「ハルカさんは謙遜しすぎだよ」
「そうはいっても、私は剣以外に取り柄がない女だからな」
「面倒見いいし。不器用だけど優しいし。俺、そんなハルカさん好きだよ」
「・・・ありがとう」
気づくとハルカさんは俺に寄りかかり、肩に頭を預けるようにしていた。
第1章はここまでとなります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




