2月 配属組
ドラフトが終わり、ハルカさん、マリノとユニットが成立したことで、俺は正式に精霊術士になれることも決まった。岸本と古賀さんのユニットも成立、三澤さんもペアを解消したばかりの三歳年上の女性精霊術士と組むことになった。
ユニットが成立したまではよかったが、ドラフトの直後士官学校は大騒ぎになった。教官の総入れ替え。基準に到達しない候補生の訓練一年延長が発表されたのだ。
ドラフト閉会の挨拶で「評定最下位の候補生に三対一で完敗するような主任教官なぞ不要!」という浅野大佐の一言で教官の総入れ替えが決定された。なんか大佐のいいように利用されている気がしなくもないが、自分で選んだ事だと割り切ることにした。
これはハルカさんも含めてで、その場で浅野大佐肝いりで新しい教官の配属が決まった。すべてドラフト前に決まっていて、決闘は教官入れ替えのいい口実にされたんだろうというのがハルカさんの見立てだ。あまりの手際の良さに俺もそんな気がする。
教官を外されたことにハルカさんはショックを受けていたが、もともとがペアのいない教育隊預かりだったのでそのまま俺たちと訓練をすることになりすぐに気持ちを切り替えたようだ。
ドラフトが終わった翌日には新しく教官が六名配属されて、全候補生の訓練の進捗状況の確認と評定見直しが行われ、その結果ほぼ半数が一年の訓練延長を命じられた。当然だが、再訓練組は決まっていたドラフトでの内定も取り消しになった。
皮肉なことに豚教官がひいきしていた総合評定の高い奴ほど再訓練率が高かった。ちなみに横山、細野、中西の三人は全治三か月で再訓練。豚教官は重度の全身やけどで予備役編入になった。熱せられたフルプレートアーマーが皮膚に張り付いていたこともあってやけどが酷く、生きるか死ぬかのレベルで治癒術でも完治は無理だそうだ。何らかの後遺症も残るそうだが、止めを刺した中西のおかげであまり罪悪感を感じずにすんでいる。
再評定そのものは相変わらずの内容で冷や冷やしたが、総合では精霊術の速度や索敵術などが評価されて、注記付きではあるがAだったのでほっとした。三澤さんが総合A、岸本や古賀さん、豚教官が更迭されて本気を出したマリノも総合Bだった。
再評定の結果を受けて候補生全体が改めて配属組、再訓練組という変則的な形に分けられ、席次も見直された。首席の三澤さんは変わらずだったが、岸本が次席、俺が四席、マリノが五席ということになった。
「お疲れ様でした」
陽が落ちてからも光球の精霊術を使用してまで続いていた訓練が終わり、新任の板野教官たちを敬礼で見送る。
そろそろ九時は過ぎてるんじゃないか?
配属組といっても例年から比べるとずいぶん訓練内容が遅れているらしく、残り二カ月ほどで配属させるために教官はかなり殺気だっている。新任の教官のうち配属組の担当は騎士と精霊術士が二人ずつ、訓練もほぼ毎日、早朝から夜まで続いている。
再評定が終わってからは、俺たちも配属組ということで一緒に訓練に参加している。ずっと三人での訓練が続いていたので大勢での連携訓練は新鮮だ。
後ろを見ると同じく配属組になった連中が敬礼が終わったとたんにグラウンドに座り込んでのびている。平然としているのは体力お化けのハルカさんくらい。俺、マリノは軽く息が上がった程度で、普段から自主トレに励んでいた三澤さんや岸本、古賀さんでも結構しんどそうだ。三澤さんとペアを組むことになった山口少尉も参加しているが、肩で息をしている。
「いっつも思うが、お前らよく平気だな」
「基礎トレーニングは結構やってたからな」
大の字にのびている井上が俺をみて呆れてるが、ハルカさんと三人で訓練してたころは、最終的に毎日グラウンド五〇周から始まって各種の筋トレ、午後からは気を抜いたら大怪我しそうな訓練も多かった。月に一度は夜を徹しての一〇〇キロ行軍とかもやった。なので、基礎体力がついた自信はある。たしかに今の訓練メニューも大変なのは間違いないが、連携などの技術が中心なので体力的にはまだ楽だ。
豚教官のずさんな指導のツケを同期の連中が払わされているのはある意味、気の毒な気もする。四月からちゃんと訓練して鍛えていればこんな無理のある過密スケジュールにはならなかったはずだ。
井上と高原の二人は再評定が終わって早々、ハルカさんに頭を下げに来た。御津で危なかったところをハルカさんが助けたことのお礼らしかった。何を今さらとも思ったが、豚教官がいた時にはそういう雰囲気にもならなかったのだろう。ハルカさんもパニック状態の時のことだからちょっと気まずそうに対応していたが、それをきっかけに他の配属組の連中とも普通に会話するようになった。
豚教官が何かとハルカさんをボロクソにけなしていたので、きついトレーニングを平然とこなす様子を見てみんなが目をむいていたのは胸がスッとした。やはり好きな人が不当な評価をされているのは面白くない。
「配属までは休みなしでしょうね」
しゃがみこんだ三澤さんが星空を見上げながらぼやく。
「私も付き合ってあげるから、シエラちゃん頑張りましょう」
山口少尉が笑顔で三澤さんの肩を叩いている。
明日は一応非番ということになっているが、自主トレという名のトレーニングメニューが俺たち配属組には課せられている。何をするにしても基礎体力が不足していると言うことらしい。
豚教官、ゆるゆるだったもんなぁ。
豚教官のグループから配属組に残れたのは三澤さんと岸本、古賀さんの三人だけ。他に配属組は佐々木教官のグループから二ペア四人。木下教官のグループからは五ペア一〇人だから、同期の半分以上が再訓練になったことになる。
「ミズホもせっかくハルカさんとお付き合いできるようになったのに、デートに行く暇もなくて残念だね」
最近、マリノの俺へのイジリが多いんだよな。時々返答に困るから止めてほしいけど、それも言いにくくて困ってる。
「いいんだよ」
「一緒にはいられるからな。今はそれだけでも十分だ」
俺をいじっているように見えて、ストレートに反応するハルカさんが狙いなのか?
ちょっとはにかみ気味のハルカさんが可愛いと思ってしまう自分もいる。照れくさいので顔には出さないようにしてるけど。
「お熱いことで」
「乙女ですねぇ」
周りから冷やかしの声が上がっている。これも決闘以来いつものことだ。
俺とハルカさんの婚約前提の交際は全員が知るところとなって、周りもそういうものとして扱うようになった。反応が嫌味や皮肉、無視ではなく、好意的な冷やかしになったのは俺たちにとって画期的なことだ。
三澤さんの話だと俺たちに感化されて、この短期間で付き合い始めたユニットも二組みほど出てきたらしい。
「さっさと上がろう。体が冷えちまう」
このままだとからかわれる一方になりそうなので、ハルカさんとマリノを促して寮に引き上げることにする。
口実でなく、訓練でかいた汗が冷えて結構こたえる。
俺たちが動き出したのをきっかけに他の連中も「確かに寒い」とか言いながらようやく動き出した。
「ねぇミズホ。明日は自主練終わったらいつもの定食屋にごはん食べに行かない?セットのデザートが季節限定のぜんざいだって」
マリノ、さっきはハルカさんとデート出来なくて気の毒みたいなことを言っておいて、三人で出かける話をするとは矛盾してないか?
でも三人でいる時間が居心地いいのも確かなので悪い気はしない。
「それはいいな」
ハルカさんも乗り気のようだ。
自主練は一応ノルマを片づければ大丈夫なので、頑張れば早く終わらせることができる。
「よし、明日はぜんざいをモチベーションにがんばるか」
自主練のノルマを昼過ぎには片づけてやれやれと思ってたら、三澤さんや井上たちがハルカさんに模擬戦の指導してもらいたいと言ってきた。三澤さんたちは木剣などを使っての模擬戦のノルマもあるそうだ。
「私はかまわんぞ。いい機会だから、ミズホとマリノは自分ならどう動くか観察すればいい」
訓練が三人ぼっちだったから、騎士同士の模擬戦とかほとんど見る機会なかったな。
「では、さっそく始めるか」
最初は槍を模した棒を構えた三澤さんがハルカさんに向き合う。
「始め!」
山口少尉の合図とともに三澤さんが一気に踏み込んでハルカさんの足元を払いにかかった。ハルカさんは間合いギリギリで後ろに下がって躱し、次の瞬間には三澤さんの懐に入り込んで首元に木剣を突きつけた。
「参りました」
おおーっと周りがどよめく。容赦ないな。
「次!どんどんかかってこい」
「お願いします」
今度は岸本が木剣を構える。これも勝負は一瞬だった。今度は合図とともにハルカさんが踏み込んで岸本の木剣を弾き飛ばしてしまう。
「次!」
結局、配属組の騎士全員が希望して、立ち合いも三巡目に入った。今のところまともに打ち合えたのは三澤さんと岸本だけだな。
二巡目あたりからはハルカさんは受け身に回って数合打ち合ってから、攻めに回り、良かった点、直した方がいい点などをコメントするようになった。だけど、一方的な試合になってて訓練よりも心を折ることになってないか心配だな。レベル差が激しすぎる。
「お手本のような剣技だな」
「板野教官」
いつの間にか私服姿の板野教官が横に立っていた。
目を離した隙に三澤さんの連撃を受け流していたハルカさんが、槍を弾き飛ばしてしまってる。
「講評も的確だ」
「次!」
井上が小剣を構えて、合図とともにかかっていくが軽く受け流されて、すぐに打ち負けてしまう。
「・・・・。板野教官」
悔しがる井上を放置して、ハルカさんが板野教官に駆け寄った。何やら小声でやり取りしている。
「・・・まあそれでいい。やってみろ」
何を言ったのかしらないけど、板野教官はあきらかに渋々といった感じだな。
「井上。確認だが、小剣をメインアームに選んだ理由は?」
「は。横山教官から、お前は小柄だから小剣にしておけと言われたからです」
とたんに、ハルカさんと板野教官の顔色が曇った。板野教官は溜息もついている。確かに理由があまりにも安直すぎる気はする。豚教官らしいと言えばらしいが。
「確かに井上は小柄だが、騎士としてはストレングス型よりだ。私の感想だが、小剣は井上の戦闘スタイルに向いてないと思う」
ほんとにはっきり言ったな。誰が見てもわかるほど井上はショックを受けている。半年以上の訓練を否定されれば無理もない。そういや前に岸本も武器の選択でハルカさんに相談したとか言ってたっけ。
「私も浅野少尉と同意見だ。立ち合いを見る限り井上には小剣は向いてないように見える。ただ、この時期に武器の変更はどうかと思わなくもないが」
確かに。あと二カ月足らずで新しく武器を使いこなせってのは冒険だ。
「そんな・・・。ではどうしたら?」
「浅野少尉」
板野教官がハルカさんを促した。
「私であれば、ポールアックス、ハルバード、グレイブなどを勧める。長柄の武器は体格を補うことができるし、井上の性格的に重装タンクは向いてないだろう。その場合、ユニットとしては高原が牽制、支援。井上がダメージディーラーになる」
「そんなところだろうな。あと、武器を変えるなら鎧もそれに見合ったものに変えた方がいいだろうな」
なるほど。
「ただし、あくまでも浅野少尉と私の意見に過ぎん。決めるのは井上自身だ。戦闘で命を賭けるのはお前だ。この時期にメインアームを変えるというのはリスクも大きい。小剣にこだわりがあるのならそれでもいい」
「自分、ちょっと補給課へ行ってきます」
そう言い残すと井上は走っていった。
俺たちの前にデザートのぜんざいが載ったお任せ定食が並ぶ。今日のおかずはトンカツか。
店が閉まる前に間に合ってよかった。
あの後、補給課でハルバードを借りてきた井上は動きが見違えるほど良くなった。
模擬戦でも、体にしっくりくるのか思い切りよく攻めるようになってリズムがよくなったのは俺でもわかるほどだ。
「ホント間に合ってよかったよ」
マリノが味噌汁を口にしてしみじみとしている。
味噌汁の塩分が疲れた体に染みわたる。
あの後も何人か武器などの相談を受けたり、模擬戦をしているうちにすっかり遅くなってしまった。
「井上君、ものすごく感動してたね。後半、ハルカさんを見る目がちょっと怖かったけど」
武器が手になじむのに感動したのか、ハルカさんへの態度の変化がすごかった。悪く言うと妄信的、よく言っても直情的という感じだ。
「普通に教えただけだ。正直、ああいう態度は苦手なんだがな」
最後には「今度、食事でもどうですか」なんて言い出した井上の押しの強い態度に、ハルカさん引いてたな。
「付き合っているミズホに悪いので、なんてハルカさんが言うなんて予想もしなかったよ」
マリノのいう通り、聞いた俺の方がびっくりだった。はっきり断ってくれたのは内心嬉しかったが。
「いや、なんとなく同僚というより、女性として見られているような気がしてな」
「確かにそんな感じはあったね」
それは俺も気になったんだよな。マリノもそう感じたんなら間違いないだろうな。
「ミズホ、やきもち焼いた?」
「・・・ちょっと」
マリノの話術にはまるのは酌だが、ハルカさんを前に全くと言ってはぐらかすわけにもいかない。
マリノめ。
「だいたい井上がうかれ過ぎなんだよ。嬉しいのはわかるけど、いきなり食事に誘うとか」
「確かにね、断られて井上君、愕然としてたもんね。ミズホと付き合ってること頭から抜けてたんじゃないかな」
「みたいだね。帰り際、高原さんたちから叱られてたし」
悪いと思ったが、距離があったので精霊術で盗み聞きさせてもらった。本当に忘れていたみたいだ。物事をもう少し考えろとさらに叱られていたが。
「なら、もう大丈夫だろう」
そういってハルカさんは嬉しそうにぜんざいを口にしていた。
そんなハルカさんを見て独占欲を感じる俺は心が狭いのかとちょっと考えてしまう。




