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1月 おじさんのぼやきと楽しみ その2



 俺たちが、大隊長室を出るとそこには目を腫らし、涙の跡が残ったハルカちゃんが突っ立っていた。


「「・・・」」


「二人とも、青春するのはかまわんがおじさんのいないところでやってくれ、な」


 なんだかこいつら甘酸っぱい雰囲気出しやがって。まったく

 とりあえず話をしなきゃならんが、士官学校まで歩くのはめんどうだ。駐屯地内の空いてる会議室を使うことにしよう。

 隣とはいえ、義足だとしんどいんだよ。


「で、どういうことでありましょうか、少佐殿」


 部屋に入って開口一番。まぁ内藤の立場ならそうだろうな。

 初めて聞く話も多いだろうし。


「まぁ、そう言うな。こっちも大人の事情ってやつだ。さて、浅野とはほぼ初対面だな。出戻りだが浅野大佐の副官兼参謀の大村だ。よろしく頼む」


 ハルカちゃんは図書室にはまったく寄り付かなかったから、子供の頃以来か。面影はあるけど美人になったもんだ。

 内藤が図書室に誘っても、自分と関わって俺に迷惑をかけたくないと言っていたらしい。母親に似ず繊細なことだ。


「は、浅野少尉であります。よろしくお願いいたします」


「ま、座ろうや。立ちっぱなしは義足にはつらい」


「「「!・・・・」」」


 内藤と宮本は促されるままに椅子に腰をおろしたが、ハルカちゃんはそのまま部屋に備え付けの給茶セットで全員分のお茶を入れはじめる。内藤達も驚いているが、こんなしおらしい奴だったのか?


「きょ教官、ボクがやります」


 慌てて立ち上がった宮本がハルカちゃんと代ろうとする。


「いや、私がやりたいからやってるだけだ。気にしなくていい」


 結局、ハルカちゃんが全員の前にお茶を並べていく。


「それが浅野の素なのか?聞いていたのとずいぶん違うな」


 お茶を一口飲んでしげしげと見てしまう。一歩引いてかいがいしく男に尽くすタイプだったか?


「そうですね。二人には話したことがありますが、もともと子供に囲まれた普通の家庭を持つのが夢だったんです」


 ハルカちゃんの話ではあの両親に小さい頃から厳しく育てられたが、本人の中では温かみのある一般の家庭への強いあこがれもずっとあったようだ。それはわからなくもない。

 それでも親の期待通り騎士になり、挫折もした。教官になり御津の一件でそれなりに吹っ切れもした。そのあたりは俺も聞いている。

 吹っ切れたことで、迷惑をかけた軍、内藤、宮本への自分なりのけじめとして、退役して親のいう通りの人生を歩むつもりだったようだ。

 結果的に親の言う通りの相手が内藤ってのは洒落が聞いてるのか、本人たちがまだるっこしいだけなのか。

 どちらにしてももともと結婚願望は強かったと聞いてるが、えらくしおらしくなったもんだ。

 それとも内藤もハルカちゃんも元々互いに意識はしてたところを、大佐に強引にくっつけられてコロッといったのか?

 ハルカちゃん、いくらなんでもチョロ過ぎねぇか?逆に心配になってくるな。

 まぁ俺個人としては内藤とハルカちゃんがうまくいってくれるに越したことはない。慕ってくる若者と、知り合いの娘だ。縁あって一緒になるのなら幸せになってほしいしな。

 ただ、今の俺の立場としては、ハルカちゃんが偏ったトレーニングをした内藤と宮本を一人前の兵士としていかに活かすかが問題なわけだが。


「本っ当に申し訳ない」


 話の最後に文字通り机に額が付くまで頭を下げるハルカちゃん。


「結果論としてそのおかげで御津で生き延びることができたようなもんですからいいですって。まったく気にしてません。集団戦はまたこれから学ぶ機会もあるでしょうから」


「そうそう。言っちゃ悪いけど、教官の訓練のおかげでボクたちは第一大隊みたいにならずにすんだし」


「二人ともそう言ってくれると助かる。でも内藤は・・・私みたいな女で本当に良かったのか?年上だし、凶状持ちだし、短気だし、乱暴だし、めんどうくさいし、三人目にならないという保証もないのだし」


 こいつ狙ってやっているわけはないのだろうが、ちょっと恥じらい気味の上目遣いの表情。あーあ、内藤もイチコロだ、こりゃ。

 無理もないが。


「母はあんなだし、その母が無理やり押し付けたわけだし、それに宮本だって・・・」


 おぅ。ハルカちゃんのコンプレックス、なかなかえぐいな。


「え、えーと。浅野教官はすごく、び、美人で魅力的です・・・し。この話、俺は素直にうれしいですよ。むしろ俺なんかみたいな・・・成績悪いし、引け目があったり。とにかく、ちょっと予想していなかった展開なのでびっくりしてますけど・・・」


 あー、俺は何を見せられてるんだ。


「ボクはさっき言ってたのはホンネなんで。教官とミズホが付き合うのもサンセーですよ。おかげでユニットの心配もなくなりましたし。でも二人だけの世界作って邪魔者扱いはしないでくださいね」


 ハルカちゃんは感情表現が苦手で、腹芸みたいなことはできないタイプだけど、ニッコリ笑ってる宮本のほうが何考えてるかわからなくて怖ぇな。

 内藤もいつも宮本には何かとうまくはぐらかされたり、あしらわれてること多いしなぁ。

 どっちにしても内藤も苦労しそうだ。


「そうか・・・では、内藤。ど、どうか、い、幾久しくよろしく頼む。み、宮本も」


 ハルカちゃんが顔を真っ赤にしながら手を前に揃えて、内藤に深々とお辞儀をする。


「は、はい。こちらこそ・・・」


 微笑ましいし、大人の余裕で大人しく聞いてようかと思ったが、我慢にも限界がある。


「だーーーー!お前らうざい!敬語禁止!うっとおしいから、ついでに三人とも名前で呼び合え!これはメ・イ・レ・イだ!」


「ボクはついでかぁ。ま、いいけど」


「どうせユニット内で浅野が先任とはいえ二人も任官したら少尉だ。内輪でどう呼ぼうが周りは文句は言わん。しかもお前ら結婚するんだからなおさらだ。ったくふざけんなよ。こんな話聞いてねーよ」


 ハルカちゃんの除隊願いと、内藤と宮本の総合評定と合同演習のレポート見た時には正直驚いた。

 今年は秋山がいらんことしまくってるから仕方ない面もあるが、内藤も、宮本もどちらかというと普通の評定だけでは実力が見えないタイプだ。

 内藤の場合は特に。どうしたって今の制度じゃ精霊術の威力が基準になるから、無詠唱、高精度、低威力じゃ索敵術と合わせて総合評定で拾い上げるしかない。本来ならそのための総合評定なんだが、秋山の私情だらけで読めたもんじゃなかった。

 二人とも歪ではあるが、とがった能力を持った有能な精霊術士になれる可能性がある。

 それをハルカちゃんがやむを得ないとはいえ、さらに偏った育て方をしちまった。

 ハルカちゃんの除隊願いの取り下げと内藤と宮本の問題をまとめて片づけるとは聞いてたけど、いきなり婚約までさせるなんて聞いてねぇ。力業にもほどがあるだろ。

 以前からハルカちゃんと相性がよさそうな候補生がいたら目をかけといてくれって頼まれたし、面白そうなのがいるから嗾けてもいいかと言ったら、笑いながらヤレ!ヤレ!て言ってたけど本気だったとはね。

 ま、本人たち幸せそうで微笑ましくていいけどさ。


「俺のことも公式の場でなければ今まで通りで構わん。どうせ出戻りの少佐だ」


「りょーかい。じゃ、状況説明してください」


 とどのつまり、すべての発端はあの御津の演習場の事件だ。

 近藤中佐の報告書では内藤たちの命令違反を誤魔化すために三人で半数以上を仕留めていた事実は伏せられていた。まぁ、これはいい。夜間戦闘で正確に状況が分からないなんてのはザラにある。

 問題は夜襲を受けたのにほぼ損耗無しで候補生を含む中隊規模の戦力で狂狼を五〇匹以上討伐したという表面的な事実だけを見て、上層部があの地域の狂狼は脅威はかなり低いと判断したことだ。

 さらに未確認だが教官の秋山たちが、非正規ルートで狂狼の撃退は自分の鍛えた候補生たちの成果だと報告した形跡があり、これも脅威を低く見積もる原因にもなった。

 その誤った判断の結果、御津地域の大規模な浄化作戦の実施が決まった。

 エリア的に担当は第一大隊だが、大規模作戦となると実力的に第二大隊か第三大隊が担当するのが普通なのだが、脅威が低いのなら手柄を立てやすいという政治的動機でよりにもよって師団直衛の第一大隊が投入されることになった。

 普通の一個大隊ならいいが、俺に言わせると第一大隊はもともと集団戦の練度が低い部隊で、見かけ通りの実力があるかと言われると微妙なレベルだ。掃討作戦のような大がかりな軍事行動ができるかどうかは怪しかった。

 その結果が未曾有の大敗。

 九月に討伐したのはさらに大規模な群れの一部に過ぎなかったと言うわけだ。

 一個大隊が半壊するという非常事態になり、さすがに計画を推し進めた師団長以下の師団首脳部が全員更迭された。作戦を承認した軍本部でも何人か首が飛んだ。

 その後師団長に昇格したのが、拡大派と呼ばれる派閥から冷や飯を食わされていた浅野大佐。首脳部総入れ替えに伴い、昔の同僚だった俺まで少佐待遇で参謀として呼び戻された。

 浅野大佐は拡大派に対して慎重派と呼ばれるグループ。

 拡大派は魔獣によって支配され狭まった人間の活動領域を積極的に回復させるという思想を旗印にしていて、慎重派は魔獣の領域への侵攻は否定はしないが魔獣の脅威を最大限に考慮するスタンスだ。

 拡大派がいくら積極的に領域を回復させると言っても、岡山中央師団の担当エリアだと北側に出ていくしかない。北側は平野部が少ないうえに魔獣も多くて難易度が一気あがるからほとんど実行できていない。

 今回はその難易度が高くて手が出せなかったエリアの清浄化ができると思って拡大派が飛びついたのが間違いだった。

 練度が低かったとは言え、それでも正規の騎士団が一個大隊まるまる機能しなくなるのは問題で、すでに日々の哨戒活動などにも支障が出ている。そして今俺を含めた首脳部は残った三個大隊から人をやりくりして編成しなおす作業でてんてこ舞い。とどめは今年の候補生のレベルの低さ。合同演習をした現場の認識だと今すぐ配属できるのはどうにか半分程度。残りは再訓練が必要で、人手不足で沸点の下がっている浅野大佐は全方位でブチ切れまくっている。


「それにしても少佐もひどいじゃないですか。ハ、ハルカさんの指導内容に問題があったんだったら教えてくれればいいのに」


「浅野は図書室にはこなかったし,浅野の指導がきついとは聞いてたが、個別の詳しい訓練内容までは聞いてないし、見てもなかったからな。その話を聞いた時、うっかり大笑いしてキレた大佐にぶん殴られかけたよ」


 あれは危なかった。大佐に殴られたらただじゃすまない。


「俺たちの配属は決まったわけですけど、岸本たちのペアや三澤さんはどうなるんですか?」


「あいつらは普通にドラフトの対象だろう。ただ、今回に限っては戦力になる連中は優先的に第一大隊に配属になる。仮にも第一大隊がすっからかんってわけにはいかないからな。他の大隊からも引っ張ってったからずいぶんさみしくなっちまった。旧第一大隊で口先ばっかの連中は軒並みくたばってくれたから、これからは実戦的な部隊編成ができると思うぞ」


 実務よりも政治力の行使に熱心な第一大隊の連中には何度も苦い思いをさせられた。内心ザマァと思う部分もないわけじゃない。俺が右足を失った後、軍に残るだけの熱量がなかったのも連中が幅を効かせてたからだしな。大掃除ができると思えばせいせいする。


「お前らも任官して最初の配属は第一大隊で任務につく予定だ」


 配属先が第一大隊ってとこまでは大佐と近藤中佐と事前に打合せして決まっている。あとの実務に関しては河野大尉が考えるだろう。


「あとはおいおいってところだな。正式配属までは今まで通りの訓練でいい。今更お前らに集団戦闘の訓練させても仕方ないからな。ユニットとしての連携のレベルを上げておけ。今は言えるのはそんなところだ」


 これも事前に打ち合わせ済み。この三人ユニットは他のユニットと協調戦闘させるのはバランスが悪すぎるから、小集団での行動に特化させることでこのまま三人の長所を伸ばしたほうがいいという結論だ。どうしても集団行動のワクに押し込もうとすると長所を殺すことにもなる。

 大佐に怒鳴られたハルカちゃんはまだ気にしているようだが、瓢箪から駒ってやつだな。

 若者の能力を伸ばしてやるのは年寄りの仕事とは言うけど、俺も年取った証拠かね。

 一応書類は必要なので、三人にドラフトの意向調査書を『ユニット内定済み』に〇をさせ、それぞれの名前を記入して提出させた。

 あー、玄米茶を飲んだだけなのに口の中が甘ったるくてしかたがない。事務の子に熱くて渋めのお茶を頼もう。


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