12月 年末に
「内藤君は年末は実家帰らないの?」
「んーめんどい。三澤さんは当然帰るよね」
年内の訓練日もあと残すところ3日。図書室にはいつもの面子が集まっている。
あと三日訓練をこなせば、俺たち候補生にも年末年始で合わせて1週間の休みが与えられている。
御津の一件以来、あからさまに浅野教官にビビってる豚教官は今回の評定でも腰が引けた嫌味を言うだけで、それ以上は絡んでこなかった。
「そりゃ、当然帰るわよ」
三澤さんが図書室に来るようになってから、いろいろと話すようになった。挨拶くらいしかしなかった入営前のことを思うと隔世の感がある。
「みんなも?」
マリノ、岸本、古賀さんも帰るらしい。
「内藤は実家に帰りたくない理由でもあるの?」
「いや、純粋にめんどい。このクソ寒い中帰るだけで半日かかるんだよ?」
「それ言ったら、私はどうなるのよ。内藤君とほとんど変わらないんだけど」
実家が管轄区の端に近いおかげで、この士官学校でも俺と三澤さんは一番遠い部類のはずだ。
「ここで本読んでるほうがいいよ」
「おいおい、図書室も年末年始は閉鎖だからな」
「え?うそ」
「俺だって年末年始は休みだよ。無人で図書室開けられるもんか。貸出はしてやるが貸出冊数は守れよ」
確かに、貴重な本や資料だってあるのだからそれは当然だ。
さらに大村さんの話だとほとんどの候補生が帰省するので、またお盆休みと同じように寮の食堂もやってないそうだ。ということはお風呂もない。
「たまには実家に顔見せてやりゃいいのに」
「うーん、やっぱりドラフト終わって配属が決まってからにします。胸張って故郷に錦を飾りたいじゃないですか」
いくら豚教官の採点でも、今の最底辺の評定では気恥ずかしくて帰れないというのもある。まして、精霊術士になれない可能性だってゼロじゃない。
配属前に1週間ほどまとまった休暇が与えられるはずだ。ドラフト次第でユニットさえ決まりさえすればという思いはある。
「内藤の言うことも分らんではないがな」
近所の人たちに万歳三唱で送り出されたと言うのに成績はブービーだ。ギリギリ合格の自覚もあるのだが、それを期待してくれた人に自慢げに胸を張れるほど厚顔無恥でもない。
「実家帰りたくないならボクんち遊びに来る?」
「人をからかうな」
マリノはバレたかと舌を出していた。恋人でもないお嬢様のうちに泊りになんかいけるわけがない。
「冬期休暇中に特訓するから、年が変わって生まれかわったオレサマを見て驚くなよ。みんなのお土産も楽しみにしてるからな」
そうは言ったものの、休みの間をどう過ごしたものか。
実家にいたころは休みといえば、近所の友達と一緒に外で遊んだり、魚釣りに行くことが多かった。あと家でしていた事と言えば、趣味で木彫りで小物を作っていたくらいか。小さいころから手先が器用だったので、ナイフや彫刻刀を使って動物や植物をモチーフにしたペンダントやブローチのようなものを作るのは好きだった。作ったものは母さんが知り合いに上げたり、出来がいいものは近くの商店で売ってもらって家計の足しにしていたらしい。さすがに士官学校に入るのに木工細工の道具なんか持っていくわけにもいかないから全部家においてきている。
実家に手になじんだ道具があるのに、わざわざこっちで道具を買いそろえてまでする気にもなれない。
買い物に岡山へ一人で行ってもいつも行くラーメン屋以外は不案内なだけだ。
「ほんとに軽く自主トレでもするか」
半日はジョギングと筋トレ。あとは借りた本の読書と教本の読み直しでもするか。運動が得意なわけではないが、身体を動かすこと自体は嫌いではない。特に浅野教官との訓練で筋肉もついてきて、最近は身体が自分の思い描いた通りに動く楽しみというのも出てきた。
休暇初日。帰省組を見送ったところで、ジャージに着替えて軽く走ることにする。なんで運動服のことをジャージっていうんだろう。
「なんだ内藤、お前も居残り組か」
寮を出たところで、似たようないでたちの浅野教官と出くわした。
「はい。成績が成績なんで帰りづらくて。教官は帰省されないんですか?」
てっきり帰省するもんだと思ってたから、昨日の訓練後にお互いに「よいお年を」と言って別れたばかりだ。
「ん、まぁ私も家に顔を出しづらくてな」
教官もえらく歯切れが悪いな。どおりで帰省の話題が会話に上がらないと思ったら、教官も年末年始の話題を避けてたのか。
まぁ他人の家庭の事情に顔を突っ込んでも仕方がない。話題を変えよう。
「休み中、することがないんで軽く自主トレでもしようかと思ってたところです」
「そうか、私も似たようなものだ。よかったら一緒にやらないか」
教官がにっこり笑っている。
「こちらこそ、お願いします」
休暇初日に安請け合いした、あの時の俺を罵ってやりたい。
なんのことはない。軽くどころか、いつもの訓練同様のハードメニューだった。マリノがいない分、手加減がなかったかもしれない。
ストレッチからジョギングという名のハーフマラソンに始まり、筋トレ、体術、木剣を使っての素振りに手合わせ。騎士と精霊術士の連携訓練まで。毎日ライフはゼロだ。
これがまだ日没の早い冬でよかった。夏だったら、日が長い上に、暑さで死んでしまうところだ。
それが連日朝から夕方まで、大晦日の今日まで続いている。
教官、脳筋すぎるだろ。
「はぁ・・・はぁ・・・・、俺相手じゃ教官には物足りないんじゃないですか?」
グラウンドに大の字に寝転がって、いつも疑問に思っていたことを聞いてみる。基礎体力が一般人の俺に対して、教官はトリプルの体力お化けだ。いくら俺が頑張ったところで、かなうわけもない。
「そんな事はないぞ、いくら騎士と言っても延々その力が出せるわけではないからな。特に長距離走だとダブルだからタイムは半分、トリプルだから三分の一になるわけじゃない」
それもそうか。
「だからこそ、基礎体力のトレーニングは重要だな。それは騎士だけじゃなく精霊術士にも言えることだ。戦場で走り回りながら精霊術の詠唱をすることだってある。息が切れて詠唱できませんじゃ話にならん」
確かに御津の時もそうだった。いつでも落ち着いて詠唱して狙って撃てる保証なんかない。
「さて、今日もそろそろ夕食にしよう」
「毎日毎日、申し訳ないです」
休暇中にトレーニングに付き合わせているんだから、夕食くらいはおごらせろと言われて俺は毎日ヒモ状態だ。俺だって一応給料もらってるし、年上で上官とはいえ女性にいつも払わせるのはちょっと抵抗がある。
「上官がおごると言ってるんだ。素直におごられておけ。というセリフをな、いつか言ってみたいと思ってたんだ。それに私だって一人で食べるのは味気ない」
冗談めかして屈託なく笑う様子も、味気ないという発言も、初めて会ったころの教官からは想像もつかない。夏季休暇といい、御津の後の形式上のペナルティといい教官におごられてばっかりの気がする。
「では今日もお言葉に甘えて」
着替えて、三〇分後に寮の前ということで一旦別れた。
いつもマリノがいたので、教官と二人きり、差し向かいでの食事はこの休暇が初めてだった。
当初マリノなしで間が持つのだろうか、と、不安に思っていたが、毎日一緒に食事をしてみて会話が途切れても、不思議と気まずい雰囲気になったりしなくて思った以上に一緒にいて楽だった。
軽く汗を拭いて、タオルや着替えをバッグに詰めて待ち合わせ場所に向かう。少し早いかと思ったけど、教官はもう待っていた。
今日は大晦日だから普段なら店じまいの早い小料理屋も深夜までやっているので先に銭湯を済ませてしまう。
せっかくだから食事が終わったら、二年参りにでも行ってみようという話になっている。
お店は最近はもっぱら夏の時にも行った小料理屋だ。
「夏に内藤達と初めて来てから、気に入ってな」と言うことだった。この店はいつ行っても感心するほど混雑している。お手頃価格で、味もいいし、ボリュームもそこそこあるので人気店らしい。日替わりメニューもあるし定番の品数も多いので飽きが来にくい。流行っているのも納得だ。
今日も混みあう中、少し待たされてからカウンター席に案内され、二人していつものお任せ定食を頼む。食後に飲み物とデザートまでついていて、どうも甘党らしき教官のお気に入りのようだ。
さらに今日は大晦日ということもあって、いつもより豪華なメニューになっている。
「「ごちそうさまでした」」
二人して完食して手を合わせる。女性にはちょっと多目の量のはずだが、やはり運動量が多いせいか教官でもペロリと平らげてしまう。
「内藤は御津の頃から比べてもずいぶん上達したな」
「そうですか?」
あんまり自覚はない。
「体力も自信もついてきたんだろう。一つ一つの動作のキレがかなりよくなってきてる」
「教官のおかげですよ」
「内藤自身の努力だよ・・・。隠し玉の索敵術もあるし、総合評定が厳しくても内藤ならドラフトでも指名されるのは間違いない」
「だと、いいですけど」
そうあってほしいもんけど、根が小心者だからいまいち落ち着かない。
「宮本も大丈夫だろうし、これで思い残すことなく退役できるよ」
は!?
「え!? 教官、退役するんですか?」
「ああ、三月で兵役も終わるからな。軍には迷惑かけどおしだからな。私なりのけじめだ」
「てっきり現場復帰するか、そうでなくても教官を続けるものだとばかり」
「休暇入り前に除隊願いも出してきた」
「まだ三か月もあるのにですか?」
「除隊願いを出しておかないと、ドラフトの指名対象になるからな」
そうか、ペアのいない教育隊扱いの教官は指名する側にもされる側にもなるのか。
「指名されない騎士なんて、名簿に載せるだけ無駄だ。事務方に余計な負担になる」
吹っ切れたようで、まだ気にしてるんだ。
「そんなことないでしょう」
「去年も悪名がたたって酷いもんだったからな。私と組みたい精霊術士なんていないよ」
寂しそうにぽつりとつぶやきながら、食後のお茶を口にしている。
「それくらいなら、ペアに俺指名してくださいよ」
いい人なんだよな教官。あまりそういう自虐の顔は見たくないと思ったら、つい言ってしまった。
「内藤には私なんかもったいないよ。ペア殺しの騎士なんか選ぶもんじゃない。内藤にはもっといいペアが見つかるさ」
ダメ元というのはあったが、遠回しにでも断られるというのはなかなかキツイものがある。
「でも、軍を辞めてどうするんですか。次の仕事にも当てがあるんですか?」
「仕事というわけではないが、実家に戻ればこんな私でも見合いの話くらいはあるだろう」
「見合いですか・・・」
「騎士として役立たずだったが、血を残すことくらいはできるだろうからな」
教官は飲み干したカップの底を見つめたままだ。
はぐらかされてるような、拒絶されてるような。
教官自身の本音はどうなんだろう。年上ぶってるけど、二つしか違わないのに、自分の将来の可能性を諦めてしまっていることだけは分かる。
「・・・」
それでも気の利いた言葉の一つもかけれない自分に腹が立つ。
「暗い話はここまでだ。せっかくの大晦日だ。つまらん話ばかりするもんじゃない。そろそろお参りでもしていこう」
支払いをする教官のあとを、俺は黙ってついていくしかなった。
お店を出たら驚くほどの人出だった。大晦日の神社を舐めていた。参道の両側には松明が焚かれていて、ところどころ警備の警官や軍人も見かける。
俺ははぐれないように慌てて教官の横に並んで境内へと続く階段を上がっていく。
普段参拝者が多いといってもここまでじゃない。境内へ向かって歩く人の数も見たことがないほど多い。
「ずいぶん混んでますね」
本殿の前はさらに大勢の人でごった返していた。
岡山に行った時に見た人混みにも驚いたが、密集度で言えば今日のほうが圧倒的だ。
この階段で将棋倒しでも起きたら大惨事だろうな。
「はぐれるなよ」
「大丈夫ですよ」
そんな子供扱いすることもないだろうにと思ったのだが、人混みにもまれても教官は器用に進んでいるのに俺の方はと言うと思うように前へ進めない。あっという間に引き離されていく。
「ほら」
どこからか手が伸びてきて俺の腕をつかんだ。
「言っただろう」
教官だった。はぐれた俺のためにわざわざ戻ってきてくれたようだ。
「すいません」
恐縮しきりだ。どうしてこんな無秩序に動く人波の中をすいすい進んでいけるのだろう。
「体術の応用かな。流れを見極めて逆らわない」
「なるほど」
そのまま俺は教官と手をつないだまま、初詣の参拝客でごった返す境内を歩いていく。
マリノとは違って剣ダコのある硬い手だが、暖かさが伝わってくる。
男女で手をつないでいると言っても、周りから見たらしっかり者の姉とぼーっとした弟のような構図にしか見えないだろうな。
そのまま本殿まで連れられて、二人並んで手を合わせる。
今度は人の流れに逆らわないように下りの人たちのほうへ向かう。
本殿を出たところの大樹の周りでは相変わらずなじみのない警備兵が立って睨みをきかせていた。
寒いのに大変ですねと言ったら、時折傷つけようとするような不心得者がいるらしく気が抜けないと言っていた。
「教官は何をお願いしたんですか?」
振舞いの甘酒を片手に聞いてみる。
「いろいろだな。内藤は?」
「さしあたっては、休み明けのドラフト会議でいいユニット相手に恵まれますように」
近所のお寺だろう、除夜の鐘を衝く音が聞こえてくる。
もしかしたら現場復帰するかもとかすかな期待を抱いていた教官にはフラれた。
同期だとずいぶん仲が良くなったと言っても、三澤さんが俺を選んでくれるとも思えないし、岸本も古賀さんとのペアは間違いない。
そうなるとあとはそれほど親しい相手もいないから、正規軍の騎士に指名されるのを期待するしかない。
できれば若くてきれいな女性がいいなぁとか、都合のいい話は期待していない。とにかく合同訓練などで俺に興味を持ってくれた騎士がいるのを期待するしかない。
「あとは来年も生きてここにお参りできますように、です」
ペーペーの俺は手柄や出世なんかよりもまずは無事に生き残ることが目標だ。
「私たちの商売だと切実だな」
「はい。改めて来年もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくな」
教官の差し出してくれた右手はやはり優しいぬくもりがあった。




