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8月 おじさんのぼやきと楽しみ その1



 図書室の開けっ放しの窓の外では蝉がやかましく鳴いている。

 暑さはまだまだ続きそうだ。暑いのは義足のつなぎ目が蒸れるから嫌いなんだ。

 半休の今日は女性陣は三人で買い物に行くとかで、岸本も用事があるからとかで図書室に顔を出しているのは内藤だけ。

 最近はあいつらも本を読んで勉強というより俺がお茶を出し、雑談しながら俺の過去の経験や教訓を聞くことが増えてきた。やはり本では分からないことや、軍内の暗黙の了解みたいなことも多いので、少しでも役に立てればという老婆心ってやつだ。


「で、今日は女性陣はいないから、たまにはボーイズトークといこうか」


 内藤があっけにとられたような顔をしている。


「は?どういうことですか?」


「女連中がいるとしにくい話もあるってことだよ。岸本と古賀ちゃんはどうなんだ?」


「はぁ?」


「仮ペアを組んで一か月だろ。そろそろ、付き合い始める連中が出てくるんだよ。誰と誰がくっつくとかな。おじさんにとっては数少ない娯楽なんだよ」


 そろそろ面白くなってくる時期のはずなんだよ。


「娯楽ですか・・・。よくわかんないけど、うまくはいってるんじゃないですか?」


「まだそのレベルか。つまんねぇなぁ」


 思ったより岸本も奥手か。顔だけ見ると手が早そうに見えるんだがなぁ。


「仮ペアから正式ペア、そんでそのまま結婚までいく連中が大体三割くらいは毎年いるんだよ。今年はどのペアだろうな。これを予想するのも楽しいんだよ」


 士官学校内の人間関係やペアの進捗状況、技術などはメモ帳に書き留めるようにしている。

 退役したとはいえ、士官学校の新人の様子を知りたがる現場の人間は多い。部隊によって任務や、癖が強かったりもするから、相性の悪い部隊に配属されるとお互いが不幸になる。趣味と実益をかねてってやつだ。


「ただ今年は秋山がまぜっかえしてるからなぁ。ちょっと予想がしにくいんだよな」


 普段なら主任教官が変わったからといってあそこまで訓練内容をいじることはない。主任と補助が全員一度に変わるなんてこともなかったんだが、今年はたまたまそうなっちまった。

 秋山とセットで来た佐々木のコンビが訓練内容をかなり変えちまって、事務的に配属された補助の木下とハルカちゃんとの組み合わせもどうみても悪い。なんであんな人事になったのか。

 おかげで新人の訓練の進捗が今年はまったく読めない。というか進捗が明らかに悪い。それもかなり。


「大村さん、もしかしてそれって誰かと賭けしてたりします?」


「してないしてない。俺の個人的な趣味だ」


 普段なら仲のいい教員と賭けてたりもするけど、今年は相手がいねぇ。


「それよりも内藤。お前もどうなんだ。ペアの相手こそいないけど、お前の周りは浅野に宮本、三澤もいるだろ?」


 内藤は評定は悪いけど、精霊術の使い方は面白いし使い物になりそうなんだよな。索敵術だけでもどうにかなりそうだ。性格的にも素直でいいし。

 個人的には若いんだからもう少しヤンチャでもいいと思うんだが、こいつ変に老成してるんだよな。


「ありえないですよ。誰かと付き合うどうこう以前に精霊術士になれるかどうかが問題なんですから。そもそもなんでその三人なんですか」


 ほんと若さがねぇなぁ。俺なんかハーレム作りたくてしょうがなかった時期だ。


「宮本なんかは特に脈ありそうじゃないか」


 どこまで意識してやってるのかわからんが、宮本はどうみても内藤になついてるからな。


「ないない。あいついいとこのお嬢さんなんですから。同期、友人としてならともかく、付き合う相手としては俺みたいな農家出身じゃ相手にされっこないですって」


「じゃあ三澤は?」


「どうしてそこにペアの相手がいる三澤さんが出てくるんですか」


「だって三澤はペアを組んでる横山とはまずないだろうからな。いくら横山がその気でも付き合うどころか正式ペアも無理だろ。同郷だしお前とペアになる可能性だって十分あるだろ?」


 三澤と横山の相性は悪すぎる。性格的にも水と油に近い。三澤も才能はあるが、本質は努力家だ。一方横山は完全に才能に胡坐をかいている。秋山が横山を可愛がり、横山が秋山にこびへつらうって構図も、くそ真面目な三澤は受け入れがたいだろうし、むしろ嫌悪感しか抱かないだろう。


「成績もかけ離れているし、同郷ってだけで、ペアになるなんてこともないでしょ?あと三澤さんも地元じゃ名士ですからね。万が一にも付き合ってくださいなんて言ったらうちが村八分にされちまいます。成績も家柄もない俺にどうしろと」


 こいつの農家コンプレックスも大概だな。そこまで気にしなくてもいいだろうに。若いんだから当たって砕けるくらいの気概を見せろよ。


「浅野ならどうだ?」


「無理です。無理無理。浅野教官と俺じゃ月とスッポンですよ。つり合い用がないじゃないですか」


「じゃあ、一人の女性としてみたらどうだ?ありかなしかでいえば」


 なんだかんだ言いながら脈ありそうに見えるんだがなぁ。どうも内藤も意識してるっぽいし。


「そりゃ、その二択ならアリですけど」


 脈あり、と。


「なら、いいじゃねぇか」


「よくないですよ」


「休暇中の訓練だけじゃなく、晩飯や風呂まで一緒に行ってたって」


「ちょ、なんで。それを。あと誤解招くような言い方止めてください。マリノだって一緒だったんですし」


「屋台でも二人仲良くタコ焼き食べてたじゃねぇか。娘連れて屋台行ってたら見ちゃった」


 ありゃどうみても教官と候補生の距離感じゃない。こいつも気づいてないのか?


「うっ・・・」


 あまりいじりすぎると反発するかな?

 実際見た限りいい雰囲気だったしな。ハルカちゃんも内藤を憎からず思ってるのは間違いない。


「浅野はさ・・・。ハルカちゃんは俺の同僚の娘なんだよ。ハルカちゃんが覚えてるかどうかはわからんが、小さいころには何度か会ってるしな。ところで、ハルカちゃんの初陣で小隊が全滅したって話は?」


「聞いたことあります。教官を残して小隊が全滅したって」


「ただの定期の哨戒任務だったんだがな、狂狼の襲撃であの子だけを残して小隊が全滅したんだ。どうもそれがトラウマになっちまったみたいでな。そのあともトリプルで実力もあるからってペアがいないまま哨戒隊の配属になったけど、実戦で不安定さが酷くなって、結局教育隊に転属になったんだ」


「不安定って?」


「冷静な判断ができなくなる。パニックに近いかな。特に狂狼相手の時はひどかったらしい」


 岡山じゃ狂狼は大牙猪と並んで哨戒任務じゃわりと定番の魔獣だ。魔獣生息域外縁だと出くわさずに済むことはまずない。

 内藤は黙って聞いてる。


「で、追い打ちをかけたのが、哨戒隊配備のあとの新しいペアを探しでな。トリプルのハルカちゃんとの相性の合う精霊術士がなかなかいなくてな」


「教官の強さと見た目なら希望者殺到しそうですが、いないんですか?」


「希望者がいりゃいいってもんじゃない。強すぎて、ついていける精霊術士がなかなかいねぇんだよ。戦い方のリズムとか性格面の相性もあるしな。それで、ようやく見つかったと思ったら、二人立て続けに事故で死んだんだよ」


「二人?三人じゃないんですか?」


「噂に尾ひれがついてるな。実際は二人だ。一人目は河豚の刺身にあたって中毒死、二人目はハルカちゃんのペア内定祝いに同期と飲みに行った帰りに用水路に落ちて溺死」


「・・・なんかどっちもイヤな死に方ですね」


 俺も任務で死を覚悟したことは何度もあるが、そんな死に方はしたくねぇな。


「俺もそう思う。その話には続きがあってな、その死んだ二人目の同期ってのが秋山なんだ」


「は!?」


「秋山はな、その仲の良かった同期が溺死したのは浅野の悪縁が原因だと言いふらしててなぁ」


「教官は関係ないんじゃ?」


 俺もそう思うよ。


「精霊術はまだわからん事も多いから、験を担ぐ術士も多いんだよ。だから秋山の話を真に受けてる人間も少なくないんだ。聞き流せばいいのに、ハルカちゃんも真面目だから気にしてるみたいだしな」


「もしかして、秋山教官が浅野教官にきつくあたるのって?」


「どうもそれが原因みたいだ。ただでさえペア候補が少なかったところにそんな噂が流れたから、今度は誰も手をあげなくなった。同僚の娘で気にかけてくれと頼まれてることもあって、どうにかしてやりたいけど、俺の立場じゃどうにもならなくてな。だから歳が近くて気心がしれてる内藤になら、ハルカちゃんを任せられる、と」


「父親じゃあるまいし。事情はわかりましたけど、任せる云々は別問題でしょ」


「ハルカちゃんがあんだけ明るい表情してるんだから。大丈夫だって」


 ほんと小隊全滅の一件以来、感情なくしたみたいになってたからな。それが笑えるようになったんなら、今の人間関係をハルカちゃんのためにも維持してやりてぇ。


「いや、でも・・・」


 こいつもしぶといなぁ。頑固というか自己肯定感が低いというか。

 くそ真面目な内藤は人間的にも精霊術士としてもハルカちゃんと相性よさそうなんだがなぁ。

 だいたいハルカちゃんとペア組めれば、今の評定だとひっかかるって心配してる精霊術士の認定も問題なくなるってわかってねぇのか?

 いくら索敵術でどうにかなりそうって言っても保証はないんだがなぁ。若いからそのあたりの打算がないのか、ただ単に知らないだけなのか?


「わかった、わかった。せめてハルカちゃんの味方でいてやってくれ。いい娘なんだ。それくらいならいいだろ」


「それくらいなら」


 こいつら面白いカップルになりそうだから、さっさとくっつかねぇかな。

 あ、でも宮本どうするかなぁ。内藤を浅野に嗾けたのがバレたら恨まれそうだ。あいつの火球で焼かれるのはごめんだから何か考えとかないとな。





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