プロローグ 副官の憂鬱 その１
以前、投稿しかけていたものを改めて書き直したものになります。
ピーーーー！
「敵襲ーー！！」
響き渡る呼子笛で目が覚めました。どんなに疲れていようが、演習中なので瞬時に意識が覚醒するのはもう職業病としか言えなませんね。
しかし、抜き打ちの夜襲対応訓練は明日のはず。日にちを間違うようなアホウは我が部隊にはいないはず。となると実際に夜襲を受けたと言うことなのでしょう。
演習中なので睡眠中でもつけたままの緩めていた装備の帯を締め直し急いで、だが慌てずにテントを出ます。指揮官が慌てていては部下の士気にかかわります。
「一体何事ですか？」
月明りの下、あたりを見渡すと、周囲で野営しているテントから休んでいたはずの騎士や精霊術士が出てきて、何が起きても即応できる構えで、あたりをうかがっています。
一方で合同演習の士官学校の候補生たちは、戸惑った様子がありありと見えます。
軍と士官学校の合同演習と言っても実際に身の危険があるはずはないと思っているからなのか、どうも緊張感が足りません。周囲の確認もなしに、武器も持たずに飛び出してくる者やあくびを噛み殺している者もいます。本来なら明日の抜き打ちの訓練でしごく予定だったのですが残念です。
ひどいのになるとテントから飛び出して「夜襲訓練は明日のはず」とかいいながら、慌てて服のボタンを留めている者がいる。と思ったら、あれは主任教官の秋山ですか。候補生時代から成績だけは良かったけど、実戦で役立たずなのは相変わらずですね。同期の恥です。
今年の候補生はたるんでいるという話も聞きましたが、主任教官がアレではどうしようもないですね。近頃、軍の一部の腐敗がひどいですが、士官学校の訓練があのような者に任されているとは嘆かわしいかぎりです。夜襲に紛れて殺してしまいたくなります。さすがに、しませんけどね。
「敵襲だと？落ち着け！何事だ！」
隣のテントのそばでは完全装備の近藤少佐が慌てふためく候補生たちを一喝します。彼と組んでもう一〇年以上になりますが、ベテランの騎士としてそこにいるだけでも味方が安心するような存在感があります。
「って、敵襲です！狂狼の集団！現在までに確認五！小林がやられました！」
宿泊地の外周から、見張りに立っていた高木少尉が血まみれでぐったりとした小林少尉を抱えて走ってきます。小林は索敵ではうちの中隊でトップクラスです。それがやられたと言うことは、これは気が抜けなさそうです。
「お、おい・・・」
血まみれの小林を見て、候補生たちは顔を見合わせ浮足立ちかけてますね。
「野営地中心の広場にて輜重隊、候補生を中心にして全周防御陣！！候補生も死にたくなきゃもたもたするな！!」
近藤少佐の声があたりに響き渡ります。
「候補生！一班から一〇班までは外周一列だ。第二中隊は候補生を交互にはさむように外周を構成。フォローしてやれ。残りの候補生は第二列を作れ！」
今回の演習はわが第二中隊が騎士一〇名、精霊術士一〇名。候補生が騎士候補生二一名、精霊術士候補生二三名。すでに正規兵から負傷者も出てますし、外周を構成するのに不足の兵を候補生の席次順に当てるのはやむを得ない指示ですね。よりにもよって中隊の半分しか連れてきていない時に群れの襲撃とはついてない。一体誰ですか候補生を連れて歩くだけの遠足みたいなもんだとか言って送り出したのは。こっちは命懸けだというのに、師団本部の腑抜けっぷりにも腹が立ちます。
ようやく服を整えた主任教官の横山の顔は真っ青、佐々木も震えてびくびくしている。助教の浅野も・・・仕方ないとはいえ、あの様子では教官どもは使い物にならなさそうですね。まともなのは木下だけですか。
思わず舌打ちしてしまいました。
「・・・教官は二列で一列の候補生のフォローだ！」
本来なら教官も一列で戦えるはずなんですが、今年の教官陣は戦闘力より政治力ばかりあって、問題が多いので困ります。外周に配置してしまえばすぐに戦死してくれるはずなんですが、少佐もさすがにそれはマズイと思っているのでしょう。
「騎士候補生は楯装備だ。走れ！」
「第二列の騎士候補生はクロスボウ忘れるんじゃねえぞ！」
「違うそっちじゃない。おまえらはそこだ！」
第二中隊騎士の怒号が響き渡る中、候補生もようやく動き始めました。及第点を上げられる者は半分くらいでしょうか、それでも実戦である以上全員を一人前として扱うしかありません。
「衛生担当！小林少尉の手当てをお願いします」
「河野！本部に緊急伝だ！支援要請、並みを二つにデザートは特盛だ！」
「了解！」
一〇年近くもペアを組んでいればその意図は容易にわかるし、その内容に内心大きくため息がでます。やはりそうなりますよね。
『演習中に狂狼の襲撃を受け応戦中。大至急二個中隊規模の救援ならびに、死傷者対応の衛生担当、搬送担当部隊の支援を要請する』
伝令担当のユニットの二人に命じます。騎乗術にも長けた彼らなら必ず本部まで無事たどり着いて応援を呼んできてくれるはずです。人数が少ないところをさらに割くのはきついですが、守りに徹すればなんとかなるでしょう。
候補生に死傷者が出なければいいですけど、そううまくいくわけもありません。死が身近な世界だからこそ、少佐もすでにそれなりの損耗率を覚悟しているようです。
要請を受けて救援がくるのはどんなに急いでも、ここまで来るのに早くても五時間。まだ月が高いですし、夜が明けるまでまだ三時間以上あります。これは長い夜になりそうです。
そうこうしているうちにどうにか全周防御陣が組みあがりました。幸い狂狼はまだ襲ってきませんが、このまま見逃してくれるわけもありません。姿を見せた斥候役が五匹ということはその数倍はいて、すでに囲まれている可能性も高いでしょう。これはかなりマズイかもしれません。
「小隊長！全方位に明かりをお願いします」
私の指示に各小隊から３名の精霊術士がそれぞれの方向に明かりの精霊術を唱えて光球を浮かべました。光球が周囲を照らし、円陣から半径四〇ｍほどまで視界を確保できましたが、狂狼の足相手だとその程度では安心できません。
「三澤候補生！狂狼の特徴はなんだ！」
「はっ。主として夜行性で単体では五級程度の魔獣ですが、三級と呼ばれる集団の場合、統率するボスの下で一〇頭前後の群れを構成し、家畜や人間を襲います。まれに強力なボスの元、複数の群れが集まり五〇匹以上の大規模な集団を作り二級の脅威となることもあります」
少佐は緊張している候補生が気になるようです。三澤候補生も表情、声色ともいつもより硬そうです。槍使いの彼女はこれと言って特徴はないですが、高いレベルでバランスの取れた騎士候補生の首席です。この初陣を無事生き延びて欲しいものです。
「次！横山候補生！弱点は！」
「は、・・・狼や犬が魔獣化したので火に弱いであります！」
「バカヤロー！お前は戻ったらみっちりしごきなおしてやる！」
三澤候補生とユニットを組む横山候補生は実技の成績はいいようですが、座学がかなり微妙ですね。少佐の言う通り、すこしヤキを入れる必要がありそうです。
「次！高見候補生！」
「はっ！やつらの体毛は火に多少耐性があり、動物と違い火を恐れることはありません。動きが早いので注意は必要ですが、一方体皮が固いわけでないので剣や槍、矢などの物理で十分対処可能です。精霊術も火属性以外の物理ダメージが効果的であります」
「そういうことだ。落ち着いてやりゃあ大丈夫だ。そろそろくるぞ」
少佐の言う通り、私の索敵術で感知できる範囲外にいるのでしょうが、暗闇の中から濃厚な気配を感じます。
「河野、今日は俺も前列だ。あとの指揮は任せた」
「了解です」
少佐も今日は楯役として専念するつもりですね。
「実戦です！騎士は狂狼を抑えることに専念！焦って飛び出したりして陣形を崩さないように注意。精霊術士は飛びかかってくるやつを警戒してください！狂狼は弱くはありませんが、陣形を守って対処すれば難しい敵ではありません！候補生も落ち着いて対処してください。抜剣！」
「「「おう！！」」」
私の指示に全員が応じる。正規兵は私の言葉が気休めだと気づいているでしょう。群れで襲ってくる狂狼は人間にとって大きな脅威です。特に大きな群れほど強いリーダーがいることが多く、戦いなれた騎士団でも大きな被害が出ることがあります。まったく油断できる相手ではありません。
「第一波がまもなく出てきますよ」
索敵術が狂狼の気配を私に教えてくれます。はやり多いですね、範囲外にあと何頭いるのやら。
「第一波がまもなく出てきますよ。第一列の精霊術士は第一撃を躱して接近する個体に備えてください。第二列カマイタチ詠唱用意！カウント一〇、九、八、七、六、五、四・・・撃て！」
疾駆しながら視界に入ってくる狂狼たちに、慌てて狙いを定めた精霊術や矢が放たれます。
接敵される前に三頭斃せましたね。
残りの四頭が楯を構える騎士に飛びかかっていき、それを第一列の騎士が楯で受け止め、ペアを組む精霊術士が精霊術で仕留めていく。
まずは七頭。上出来です。
「各個に迎撃開始！」
索敵術が得意でない私では、この群れがどの程度の規模なのかわかりませんが、まだまだ暗がりの草むらの向こうから五匹どころではない数のむき出しの敵意を感じるくらいはできます。
今年も資料を見た限り、索敵術を得意とする子はいないようですし、去年のドラフトで索敵術がＡクラスだった新人を取り損ねたのが悔やまれます。
県南でも北寄りと言えど、これほどの群れがうろついてるとなると集落の被害も時間の問題です。これは早期に大規模な部隊で本腰を入れて動くべき事案のようです。定期哨戒していた部隊はちゃんと仕事していたのでしょうか、疑問です。
向こうも警戒しているのでしょうか、まだあちこちから五月雨式に襲ってくるのでまだ対処できますが、一〇頭以上が一度に飛びかかってこられたらと思うと冷や汗が止まりません。
外周を構成した候補生も落ち着いているようで今のところ被害は出ていないですし、第二列からも仕留めることともできているようで一安心です。
私の隣にいる精霊術士候補生の子も威力は弱いですが、やたら詠唱速度が早い上に精度はいいようで、狂狼の足を狙って転倒させてうまく動きを止めているようです。
それにしてもしょっぱいカマイタチですね。よくあれで精霊術士候補生になれたものです。『あたらなければ、どうと言うこともない』ということわざもあるように、大火力であたらない精霊術よりもはるかにましですが。
「河野大尉・・・来ます。たぶん二〇匹くらい一度に・・・」
索敵術持ちなのか、その見習いの子がいきなり私に告げました。驚きましたが、索敵術にかからずとも私の直感もそれを肯定しています。
「警戒！一気に来ますよ！！応戦準備！」
空が白み始めるまではどう考えても狂狼のターンですね。
守護精霊よ。我々を御守りください！どうか、一人でも多く生き残れますように
