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第54話 歪んだ家族

 幸せそうな微笑みを浮かべた美咲は言い放った。


「私がお父さんとの子どもを産んであげるって」


 唖然とする亜希子。


「な、何を言ってるの……お父さんとの子どもって……」

「何が? 何か問題があるかしら?」

「何を言っているか分かってるの!? それは絶対にダメ! それは絶対にしてはいけないことなのよ! ひととして禁忌の行為なの!」

「禁忌の行為?」

「父娘で関係を持つなんて、絶対にダメなことなの!」


 美咲はフッと笑った。


「アンタ、何か忘れてない?」

「忘れる?」

「私とお父さんとは血が繋がっていない。血縁関係はないわ」

「!」

「わかる? 私がお父さんとの子どもを産むことに何の問題もない」

「問題ないわけないじゃない! あなたはお父さんと戸籍上は親子なのよ!?」

「戸籍上はね。そんなの紙切れ一枚の関係じゃない。それとも、戸籍上親子の関係があれば、私とお父さんに血縁関係が生まれるの?」

「それは……」

「生まれないわよね? 私という存在は、どこまで行ったってアンタの性欲の残滓(ざんし)。私とお父さんは親子じゃない。ただの男と女よ」

「うっ……で、でも、お父さんがそんなことを許すはずがない! 娘として愛する美咲にそんなことをできるはずがない!」

「できなければ、こちらからするまで」

「ど、どういうこと!?」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 美咲の計画、 残るマイルストーン(一里塚)は、あとひとつ――


 涼子と沙織を陥落させた美咲は、計画の最後の仕上げに入る。

 海外の複数の中継(プロキシ)サーバーを経由するアプリを利用してインターネットへ接続。SNS上で販売していた二種類のクスリを購入した。民間の私書箱サービスを利用してそれを受け取り、真一に服用させたのだ。


 ひとつは睡眠導入剤。

 夕食の時に疲労の回復に効くサプリメントとして、真一に服用させた。

 数十分後、眠気が襲ってきた真一。サプリメントが効いてきたんだねと、寝室へ誘導する美咲。ベッドに潜り込んだ真一が、眠りに落ちるのを見届けた。


 数時間後、真一がふと目を覚ますと、薄暗い寝室のベッドで寝ていた。しかし、両腕と両脚が太い結束バンドと縄でベッドの足に(くく)りつけられ、大の字の状態で拘束されている。しかも全裸で。睡眠導入剤の効果で頭が冴えず、身体もうまく動かせない。何がなんだか訳が分からない真一。


「お父さん」


 声をする方を向くと、そこには美咲が優しい微笑みを浮かべながら立っている。美咲は、一糸纏(いっしまと)わぬ生まれたままの姿だった。

 ゆっくりと美咲が近付いてくる。突然のことに混乱する真一。

 美咲はそのままゆっくりと真一に覆い被った。真一の体温を肌で感じた美咲はうっとりとした表情を浮かべ、真一は完全にパニックになっている。


「お父さん、大好き……」


 美咲から口移しにもたらされた錠剤を飲み込んでしまう真一。

 もうひとつのクスリは、自身の意思とは関係なく局部を膨らませる勃起不全の治療薬だった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 優しく微笑みながら説明する美咲に、ただ衝撃を受ける亜希子。


「お父さん、泣き叫んでた。『お願いだからやめてくれ』って、繰り返し絶叫してて。私、それを見てキュンとしちゃった。私のことを娘としてこんなに愛してくれているんだって。そんなお父さんの愛を受け止めた時、本当に幸せだった……お父さんは号泣してたけどね」

「あ、あなた、なんてことを……」

「血の繋がりがないんだから、何の問題もないわよね? でも、私と身体を重ねるなんて、心が受け止め切れなかったんでしょうね。お父さん、壊れちゃったみたい。でもね……お父さんは壊れた心を抱えて、私に何度も泣きながら謝った……『こうなったのもオレのせいだ』って……。違うよね。お父さんは何も悪くないのにね。悪いのは、この世に存在してはいけなかった私という存在。そして、知らない男に(またが)って私を生み出し、不倫に狂ってお父さんを(あざむ)いた貞操観念の無い誰かさん。お父さんは何一つ悪いことをしていない」

「…………」


 美咲から叩きつけられた言葉に、亜希子は何も言い返すことができなかった。


「涼子さんにも私の出自を説明して説得した。本当は子どもが欲しかった涼子さんは、最後には理解を示してくれたわ。そんな涼子さんも、とても幸せそうよ。アンタの不倫相手は自分よがりで、病気をする前も夜の生活に痛みしか感じたことがなかったみたいだけど、お父さんは涼子さんを本当に大切にしているし、デリケートな悩みだってちゃんと一緒に考えてあげてる。愛するひとから愛される(よろこ)び……身体中で実感していると思うわ」


 美咲は、嬉しそうに(ただ)れた関係を話し続ける。


「おばあちゃんは四十代って言っても普通に通る美魔女。誰かさんを育てるために、女性として一番輝く時期を犠牲にして、ずっとひとりぼっちだったんだよね。心の奥底では女性として愛されることを求めていたのに、長い間ひたすら我慢して、涼子さんの存在も尊重してきたおばあちゃん。でも、涼子さんはちゃんと覚えていた。死のうとして泣きじゃくる自分を胸に抱いて、頭をずっと撫でてくれたおばあちゃんの優しさを。だから、おばあちゃんが本当の想いを隠し続けていることを知った涼子さんは、迷わず首を縦に振った。お父さんをみんなで共有することにね。お父さんの前で、おばあちゃんは『沙織』というひとりの純真無垢な恋する女の子に戻るわ……」

「お、お母さんまで……あなたは……美咲は一体何がしたいの!? そんな(ただ)れた関係の歪んだ家族を築き上げるのが美咲の『幸せの形』なの!?」


 美咲は、冷めた笑みで亜希子を見ている。


「今、私のお腹にはお父さんとの子どもが宿ってる」

「!」


 驚く亜希子。


「私はもうすぐ高校を卒業する。そして、この子を産み、この子を幸せにするのが私の……そして、みんなの『シアワセノカタチ』」

「幸せになんかなれるわけがない! そんな……そんな歪んだ家族が!」

「まだ分からないの?」

「分かるわけがない!」

「いい? お金をちょっと積めば、健診や出産のための産院なんてどうにでもなるし、その産院で妊娠届出書や出生証明書だって偽造できる。そして、私たち家族は運良く血液型も同じ……分かる? この子はお父さんと涼子さんの子どもになるの。表面上、そして戸籍上はね」


 亜希子はハッとする。


「分かったみたいね。不貞を働いた馬鹿なアンタを勘当した沙織おばあちゃんが、アンタに深く傷付けられた義理の息子であるお父さん、そして涼子さんを家に呼び寄せ、孫である私美咲と、再婚したお父さんと涼子さんの間に生まれた子どもと一緒に暮らす。幸せな五人家族としてね」


 美咲、真一、涼子、沙織。血の繋がりがない四人の()()で『家族』を築き上げ、全員を巻き込んで、子どもの出生と(ただ)れた関係という共通の秘密を持ち合う。それによって繋がりを強固にし、戸籍上、そして対外的には何の問題もないようにして、五人家族として幸せに暮らしていくことが美咲の計画なのだ。


 想像もしていなかった美咲の計画に、言葉もない亜希子。

 美咲は、(いと)おしげにそっとお腹を(さす)った。


「……この子は、涼子さんの子ども。そして、私自身なの。『私』は大好きなお父さんの血を引き、思いやり溢れる涼子さんや、心優しいおばあちゃんからたくさんの愛情を注がれて、とっても幸せに生きていく。そう、『私』はもう一度やり直すの! 私が得られなかった幸せと笑顔を『私』は得るの! 『私』の幸せは、みんなの幸せ! そして、それこそが私の幸せ! これが私たち家族の『シアワセノカタチ』!」


 美咲は、自分の子どもに自らの存在を投影していた。真一の血を引き、涼子と沙織からたくさんの愛情を注がれる幸せな日々を送り、笑顔で成長していく自分の姿を見守っていく。それが狂気に染まった美咲の求める『シアワセノカタチ』であった。


 幸せそうな表情で叫んだ美咲。

 そんな娘の姿に怯えながらも、自分の娘をこのようにしてしまったことに、亜希子は心が潰れそうになっていた。

 

 ふたりの乗ったカゴは無情に回り続け、まもなく地上に戻ろうとしている――



挿絵(By みてみん)





<次回予告>


 第55話 許されざる者




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