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第53話 膨張する狂気

 狂気の世界で自分の『シアワセノカタチ』を実現させようとする美咲。

 美咲の計画はまだ終わっていない。


 自分と父親である真一、祖母にあたる沙織、そして涼子を加えた四人家族の構築。これは、計画上ではゴールまでのマイルストーン(一里塚)のひとつに過ぎなかった。


 美咲が次に目指したのは、真一と涼子の結婚だった。

 娘と孫という立場を活かし、真一には早く涼子と再婚しろと、涼子には真一が再婚を前向きに考えていると、沙織にはふたりがお似合いで自分は再婚に賛成だと、ずっと言い続けてきた。それが『幸せの形』を築いていく唯一の選択肢だと()()させるように。


 四人家族になってから約二年、ようやく真一と涼子が再婚した。ふたりとも真面目で優しい心の持ち主。再婚同士だから、結婚の酸いも甘いも知っている。きっとお互いに労り合える幸せな夫婦になってくれるだろう。いや、他が(うらや)むような幸せな夫婦になってくれないと計画上困るのだ。

 幸せそうなふたりの姿に沙織は心から祝福し、美咲は影でほくそ笑む。またひとつ、計画のマイルストーン(一里塚)を超えたのだから。


 計画の大きな障害になると思われたのは、真一の優しさだ。あれだけ酷い裏切られ方をし、意図的ではないにしろ、托卵までされたのにも関わらず、「美咲の産みの親だから」と亜希子を許そうとする考えが透けて見える。この優しさが美咲にとっては邪魔だった。

 だから、美咲が次に目指したのは、女性陣の取り込みだ。真一に有無をも言わせないように、美咲は周囲を固めようと沙織や涼子の懐に入り込んでいく。沙織にすれば、可愛くて素直な孫娘。涼子にすれば、自分と真一の結婚を賛成してくれた優しい娘。じっくりと時間をかければ、懐に入り込むのはかんたんだった。

 美咲は、またマイルストーン(一里塚)を超えた。


 残るマイルストーン(一里塚)は、三つ。


 計画の中でも最も期間が長かったのが、この四人家族を幸せに保つことだ。自分の計画を秘密裏に進めるためにも、この家族を自分が幸せに保ち続けなければならず、揉めそうな時は自分が間を取り持つバランサーとして動いた。幸いにも、三人とも思いやりに溢れる人間性の持ち主だったので、クリティカル(致命的)インシデント(事件や出来事)もなく、幸せな四人家族として過ごすことができた。もちろん、涼子と沙織からの信頼を厚くすることは怠らない。長期に渡る信頼の積み重ねにより、美咲はふたりから全面的な信頼を得ることができた。


「美咲ちゃんは、本当に家族思いのいい()ね」

「家族のことを第一に考えてくれる優しい美咲さんは、私の自慢の娘よ」


 高い信頼を得た美咲の発する言葉は、ふたりの心へ深く響くようになっていく。

 そして、高校生になった美咲は、計画の仕上げの準備に少しずつ取り掛かった。


 残るマイルストーン(一里塚)は、ふたつ。


 次のフェーズ(工程)が一番難しいのは美咲も分かっている。実行するタイミングを間違えば、これまでの計画はすべてご破算になるのだ。慎重に、でも大胆に。

 高校三年生になった美咲は、ある日このフェーズ(工程)を実行に移す。


 美咲は涼子とふたりきりになったタイミングで、こう切り出した。


「涼子さん、お父さんとの子ども、欲しくない?」


 美咲は沙織とふたりきりになったタイミングで、こう切り出した。


「おばあちゃんって、お父さんのこと、本当は男性として好きだよね?」


 美咲はふたりにこう続けた。


「私にいいアイデアがあるの」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 美咲の話にどんな真意があるのか、亜希子はまだ理解できていない。そもそもよく分からない部分があるのだ。


「美咲が新しい『幸せの形』を築こうとしているのはよく分かったわ。でも……」


 この計画にはとても大きな欠点があることに亜希子は気付いた。


「でも……涼子さんは……子どもを作れない身体なのよ? それは分かってる?」


 心配そうに話す亜希子に、見下すような視線を送る美咲。


「分かってるに決まってるじゃない」

「……あっ……養子を迎えるの?」

「はぁっ? 何言ってんの?」

「だって……」

「涼子さんが子どもを作れないのは知ってる。それは仕方ないことだわ。だからね、私、提案したの」

「提案?」


 美咲の顔に幸せそうな微笑みが浮かぶ。



「私がお父さんとの子どもを産んであげるって」



 唖然とする亜希子。


 美咲の計画、残るマイルストーン(一里塚)は、あとひとつ――



挿絵(By みてみん)





<次回予告>


 第54話 歪んだ家族




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