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第45話 縁切り

 断罪の日から五年が経過した。

 毎月欠かさず支払ってきた慰謝料とローン残債、ついに今月の支払いで完済となる。もちろんそれは喜ばしいことであり、これまで支払ってきた九万円を自分のために使えるので、これまでギリギリだった生活にも余裕ができるのは、とてもありがたいことだ。

 しかし、私の心にかかっていた先の見えない霧は、まったく晴れていない。これで真一と美咲は私を許してくれるのだろうか。私の犯した罪は償えたのだろうか。それを考えると、慰謝料を支払うという贖罪行為が無くなる今、心穏やかではいられない。罪悪感は薄れていないのだ。

 そんなとても複雑な心境を抱えたまま、私はスマートフォンの銀行のアプリを起動する。残高確認して、給与が振り込まれていることを確認。そして、振込の手続き。


 完済してしまった――


 真一と美咲との縁が一気に薄くなったことを感じる。養育費の支払もあと四年弱。それが終われば、ふたりとは完全に縁が切れてしまうのだ。

 これまで、男性から誘われたことも無いわけではなかった。自分の『幸せの形』を築き上げようと考えたこともあった。でも、断った。家族や周りのひとたちの『幸せの形』をめちゃくちゃにした私が幸せになるなんておこがましいことだし、何よりまだ私の心の中には真一と美咲がいる。すでに再婚して幸せな家庭を築いてはいるし、それを邪魔しようだなんて思っていない。それでもまだ私は真一を愛していた。美咲を愛していた。その思いが心の中で消化されることはなく、自分から縁を切るような真似はしたくないのだ。

 完全に縁が切れるまでのあと四年弱で、きちんと心の中を整理しなければならない。真一と美咲を忘れなければいけない。そう考える度に、私は心の痛みに耐えきれず涙を零す。どうして不倫などという馬鹿なことをしてしまったのか後悔しながら。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 振込から数日後、いつものように真一から封筒が届いた。領収書だ。


『領収書』

『慰謝料分割分およびローン残債返済 九万円』

『養育費 三万円』

『計十二万円 確かに受領いたしました』


『本入金をもって、慰謝料の支払およびローン残債の返済が完了したことをお知らせいたします』


 真一から一言添えられていた。形式張った文章だが、それでも私に向けた言葉を貰えたのは、本当に嬉しかった。私は信じたい。この言葉に「亜希子、お疲れ様でした」という気持ちが込められていることを。


 しかし、そんな私の祈りは粉々に砕かれることになる――


『なお、養育費についても、本入金をもって請求を停止いたします。以降は、お支払いいただかなくて結構です』

『以上、高木真一』


 ――縁が切れた瞬間だった。


 まだ四年近くあると思っていた。しかし、真一がもう不要だというのであれば、これ以上支払うことはできない。これは真一の優しさなのか、それとも……。

 私は慌てて封筒の中に、何か他に入っていないかを何度も確認したが、入っていたのはこの絶縁状とも言える領収書だけだった。

 動悸が激しくなり、呼吸が乱れていく。もう頭の中はパニックだ。なぜこんなことに、なぜこんなことに……私は絶縁状を片手に、そんな言葉をただひたすら呟いていた。


 私は藁をも掴む思いで、真一へ手紙を送ることにする。

 コンビニで買ってきた封筒と、便箋は無かったのでレポート用紙。そこに自分の思いを綴った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ご無沙汰しております、亜希子です。

 禁止されている直接の連絡をしてしまい、大変申し訳ございません。

 違反金の十万円を振り込みましたので、何卒お許しください。


 美咲への養育費ですが、当初の約束通り、あと四年支払わせてはいただけませんでしょうか。美咲を捨てた私に母親の資格が無いことは重々理解しております。しかし、そんな自分のあまりに愚かな行動に深く後悔しながら日々を送る中で、養育費を最後まで支払うことだけが美咲への私の罪滅ぼしであると考えております。


 それが叶わないならば、せめて最後に一度美咲と会うことはできませんでしょうか。今の奥方様や母に迷惑をおかけするつもりはございません。馬鹿な女の最後のお願いをお聞き届けくださいませ。お返事をお待ちしております。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 手紙のマナーや書き方なんて分からない。とにかく自分の思いを真一に理解してもらいたい。私の最後の願いを叶えてほしい。一文字一文字にそんな思いを込めて手紙を(つづ)っていった。


「お願い……お願い……縁を切らないで……お願い……」


 私は祈りを込めて、手紙を収めた封筒をポストに投函した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 一週間後――


「長田さーん、書留でーす」


 私宛に現金書留が届いた。私は差出人の名前を確認。真一だ。慌てて封を切った。中には便箋が一枚と、十万円が入っていた。私が振り込んだお金をそのまま返してくれたのだ。だけど、今の私にはそんなことはどうでもいい。便箋を広げる私。


『日曜日 午後六時 県立海浜(かいひん)公園 大観覧車前』


 それだけが書かれていた。

 私と会ってくれる。つまり、美咲が私と会うことを承諾したということだ。私は便箋を抱き締める。もしかしたら口をきいてくれないかもしれない。罵倒されるかもしれない。殴られるかもしれない。それでも娘と会える喜びが心の奥底から湧いてくる。


 美咲にきちんと謝罪する最初で最後のチャンスかもしれない。そのことを心に刻み、私は日曜日の訪れを待った。



挿絵(By みてみん)





<次回予告>


 最後の幕開け『最終章 シアワセノカタチ』


 第46話 運命の観覧車




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