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第17話 王の覚醒

 高月(こうづき)さんが店を辞めて二週間。妻の涼子とは相変わらずで、今もほとんど顔を合わせていない。家に帰ると毎日用意してある夕飯が嫌味ったらしく、一度も口をつけたことがない。ほぼ寝に帰っているだけだ。その分、店の事務室で仕事をしていたり、売場の装飾などをして過ごしている。

 そして――


 コン コン


「はい、どうぞ」


 ガチャリ


「失礼します……店長、お呼びでしょうか……?」


 ――パートの小柳(こやなぎ)さん。黒髪ミディアムで痩せ型、三十代半ばの既婚者だ。


「うん、そこ座って」

「はい……あの、私何かしましたでしょうか……?」

「あっ! 違う、違う! そういうことじゃないよ! ただ、ちょっと心配で……」

「心配?」

「何だか凄く元気が無いなって……何か困っていることとかあるのかな?」

「えっ……あの……仕事で困っていることはないです……」

「じゃあ……家でのこと? 旦那さんのこととかな? あっ、ゴメンね! そんなこと聞いちゃいけないよね!」

「いえ、気になさらないでください」

「小柳さんの可愛い笑顔を最近見ていないから、本当に心配になっちゃってさ」

「可愛い……? 私が……?」

「うん、俺は小柳さんの笑顔に元気をもらっていたからね!」


 小柳さんは膝の上で拳をぎゅっと握っている。その拳に俺は優しく手を重ねた。


「何があったのかな? 俺に話せる?」

「……夫が冷たくて……私を気持ち悪いって……」

「そんなことを……」

「……最近は帰りも遅いし……スーツから女物の香水の匂いも……」

「そっか、辛かったね……俺にできるのは胸を貸すことくらいだけど……いいよ、たくさん泣きな」


 俺の胸にそっと頭を寄せた小柳さんは、身体を震わせながら泣き始めた。俺はただ彼女の頭を優しく撫で続ける。


 つーかまーえた――


 俺はニヤけ顔を止めることができなかった。

 こんな簡単に釣れるとは思わなかったぜ。世の旦那衆は、自分の女を大切にすることができないらしい。自分の妻をこんなに深く傷つけておいて、平気な顔をしている夫がこうして普通にいるのだから。お陰で満身創痍の女が量産される。

 俺はそこをパクリといくわけだ。


『ねぇ、店長。この店には私と同じ「主婦」という立場のパートが何人いる? そして、この店の王様は店長、あなたなの』


 高月さんの言葉が何度も俺の脳裏でリピートしている。そう、俺はこのスーパーマツナガの王様なのだ。たくさんいる家来共を俺の側室にしてやるんだ。心を深く傷つけられた哀れな女たちを俺が救う。つまり、俺は王であり、女たちの救世主。その対価として、理想の家族を永遠に失った俺をその身体で慰めてもらおう。それが彼女たちの癒やしにもなるのだ。まさにウィン・ウィンではないか。


「小柳さん、ご飯でも食べに行こうか。美味しい焼き鳥屋さん知ってるんだ。俺、ご馳走しちゃいますよ」


 俺の胸で泣いていた小柳さんが、涙に濡れた顔を俺に向ける。


「俺、小柳さんの可愛い笑顔を見たいから」


 笑顔を浮かべた小柳さんは、嬉しそうに頷いた。

 焦ったらダメだ。まずは信用させないとね。だから、何度も食事に誘ってあげて、愚痴を聞いてあげて、彼女を褒めちぎってあげて……タイミングを見て、パクリ。

 俺はハンカチを出し、笑顔で小柳さんの涙を拭ってあげた。


 数週間後――


「店長……私、今夜は遅くなっても大丈夫です……」

「小柳さん……わかった。でも、お互い本気にはなれないよ」

「分かっています……でも今この瞬間は、私だけを愛してくれませんか……?」

「……わかった、約束する。小柳さん、愛してるよ」


 三回目の食事の後、小柳さんと身体を重ねた。店から離れた場所にあるインター近くのホテル。部屋に入った瞬間に、彼女と激しく唇を重ねる。ベッドの上で小柳さんをひたすら求める俺に、彼女は絶叫するような(よろこ)びの声を上げ続けた。


 チョロすぎる――


 それが俺の本音だ。別に俺はイケメンなわけでもないし、多少の金はあっても金持ちっていうわけでもない。おそらくもっと年の若い女性であれば、俺なんてまったく相手にされないだろう。しかし、俺の城にはたくさんの満身創痍の女がいる。上手に心の傷をくすぐってやれば、こうして俺の側室にすることができるのだ。それに、ひとの女を奪い、身体から心まで(けが)していく寝取りによる背徳感は、性的な快感を何倍にもさせる。俺にしがみついて唇を重ねてくる小柳さんも、明日の朝には旦那の前で素知らぬ顔をして、その唇から「いってらっしゃい」と言葉を吐いて出勤を見送るのだ。俺に妻を寝取られたことを知らない旦那は「あぁ、いってくる」なんて呑気な顔して家を出る。ほんの数時間前には、ベッドの上で俺に抱かれて、淫らに嬌声(きょうせい)を上げ続けていた妻の姿を知らずに。そんな光景を想像すると、背中に異常な快感が走り、思い切り高笑いしたくなる衝動に駆られる。これがオスの本能というヤツだろうか。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 小柳さんと身体を重ねてから三週間。彼女との関係は続いていた。向こうが拒否しない限り、やめようとは思っていない。


 コン コン


「はい、どうぞ」


 ガチャリ


「失礼します。店長、何かありましたか?」


 店の事務室にやって来たのは、パートの大久保さんだ。


「急にゴメンね。いや、最近大久保さん元気無いなって、心配になってさ」


 情欲に身を任せる俺。もう涼子のことは忘れたい。何もかも無かったことにしたい。そんな叶わぬ思いが、俺をさらなる寝取りに走らせる――



挿絵(By みてみん)





<次回予告>


 第18話 裸の王様




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