第1話 暖かな思い出
目が痛くなるほどの空の青さ。雲ひとつない清々しい秋晴れの下、たくさんの家々が立ち並ぶ住宅地に、朝から賑やかな声が響いている。
「はい、皆さん、心の準備はいいですかぁ! あっ、お父さん! 奥様と娘さんの後ろの真ん中に! そのままおふたりの肩に手を置いてみましょうか……はい、そうです! いいですねぇ!」
玄関脇に「高木」という表札が掲げられた一軒の少しこじんまりした新築の建売住宅の前には、夫婦と思しき紺のスーツを着た男性と杢ベージュのハイゲージなニットのワンピースを着た女性、そして娘であろうグレーのパーカーと黒に近い濃紺のチェック柄のスカートでコーデしている小学生の女の子の三人の家族が並んでおり、それを三脚付きのカメラで撮影しようとしているカメラマンが色々と指示を出していた。一家はこの住宅を購入。入居のタイミングで家族写真を撮影することにしていたのだ。
誰が見ても思わず笑顔になるような幸せに満ちた家族。
「ほらほら! お父さん、照れないで!」
近所の住民たちもそれを見に来ており、妻と娘の肩に手を置く住宅の主人へ暖かい野次を飛ばし、住宅地は笑い声が溢れた。
そんな声に照れ笑いする主人。
(小さな家だけど、これでオレも一国一城の主か……頑張って住宅ローンを返済していかなきゃな)
高木真一。三十代前半、中肉中背で黒髪短髪。中堅の商社で課長を務めるサラリーマン。仕事のできる真面目な夫であり、優しいお父さんでもある。今回、家族のために一生懸命貯めてきた頭金とプラスアルファで住宅を購入し、住み慣れた賃貸マンションから転居してきた。住宅ローンを背負ったものの、愛する妻と娘のためならばと苦にしている様子はない。
妻は、自分の右肩に置かれた真一の手にそっと自分の手を重ね、後ろを振り向き、真一と微笑みを交わした。
(あなた、お仕事も家庭の事もいつも頑張ってくれてありがとう。私、本当に幸せ。家はちゃんと私が守るからね)
高木亜希子。夫の真一と同世代の三十代前半、少し小柄、目立たない程度の茶髪を内巻きミディアムに整えている専業主婦。しっかりと家を守る妻であり、頼りになるお母さんでもある。住宅購入のために、娘に負担を感じさせないようにしながら節約を重ねてきた。また、残業や休日出勤なども積極的にこなしてきた真一の頑張りを理解しており、心から感謝している。
「お父さんもお母さんもここでイチャイチャしないの! まったく!」
仲の良い両親の様子を笑いながら冷やかす娘。その笑顔は幸せ一杯だ。そんな娘からのツッコミに両親も思わず苦笑い。周りにいた近所の住民たちからも笑い声が上がった。
高木美咲。真一と亜希子の娘。小学四年生、黒髪ポニーテールで可愛らしい顔付きは母親譲り。両親から注がれた無償の愛で優しい女の子に育った。家族のために、何より自分のために必死で頑張ってくれている両親の姿に感銘を受けている。が、徐々に難しい年頃にもなりつつあり、特に父親である真一には、大好きなのに嫌な態度を取ってしまうことも。
「高木さん! 周囲に幸せを振り撒き過ぎですよ!」
仲の良い三人家族の様子に、カメラマンからも思わずツッコミの言葉が飛び、また周囲から笑い声が上がった。
照れで顔を赤くしながら改めて整列する三人。その三人を画角に収めようとデジタル一眼レフカメラを三脚で構えるカメラマン。カメラのファインダーには、向かって右手に娘の美咲、その左に亜希子、ふたりの後ろの真ん中に真一が映っている。バックには「高木」の表札と家の玄関。一生残るであろう家族の記念写真の撮影に、カメラマンも気合が入った。この最高の幸せを写真として切り取らなければいけないのだ。
「はい、いい感じです! ハイ、チーズで撮りますからね! じゃあ、皆さん笑顔で! 撮りまーす。ハイ、チーズ」
カシャリ
「もう一枚撮ります! いきますよー、ハイ、チーズ」
カシャリ
「はい! お疲れ様でございました! 住宅のご購入、本当におめでとうございます!」
カメラマンからの祝福の言葉に、周囲にいた住民たちも、新しくやって来た家族へ歓迎の気持ちを込めて大きな拍手を贈った。三人も笑顔で周囲に何度も頭を下げ、この街、そしてこの家での新しい生活に思いを馳せた。
しかし――
真一たちはまだ知らない。ほんの小さな気の迷い、たった一度の過ちからこの幸せは蒸発するように消え失せ、強固な絆で結ばれていたはずの家族が簡単に崩壊してしまうことを。そして、そんな想像もできない悪夢のような経験を自分たちがすることを。
『幸せの形』を追い求める人々の物語が、幕を開けようとしていた。
<次回予告>
第2話 幸せな日常、手招く悪意