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物語の心臓

夜。

学院塔の最上層に続く階段は、ひたすら静かで、重かった。


靴音が、ひとつずつ、闇に沈んでいく。

私はノアの背を追いながら、胸の奥で何か冷たいものがざわついているのを感じていた。


目的は分からない。ただ、感じていた。

「この扉の先で、私は“後戻りできない何か”を見るのだ」と。


最上階、扉の前に立ったノアが振り返らずに言った。


「心の準備は?」


「してあるわ。……多分」


ノアは短くうなずき、手を扉にかざした。


重厚な扉は、音もなく、しかし異様なほど重たく開いた。

空気が変わった。


瞬間、世界が反転したような感覚に襲われる。

私は反射的に息を止めた。


そこは“空間”とは呼べない場所だった。


上下も重力もない白い光の海に、無数の光の糸が浮かんでいた。


宙をたゆたう色とりどりの糸たちは、絡まり、断たれ、縺れながら――

確かに何かを紡いでいる。


「……これが……?」


「“物語の心臓部”だ。

君たちが暮らす世界の、もっと奥にある層。

ここには、あらゆる感情と関係の“始点”が沈んでいる」


私は言葉を失った。


目に入ったのは――青と銀。


見慣れた、でもここでは異様な存在感を放つふたつの糸。

それは、ユリウスとラファエル。

けれど、途中で断ち切られたように、互いに届くことなく漂っていた。


「……繋がってない」


「当然だ。“必要ない”と判断された関係性は、切り捨てられる」


「……誰が、“必要ない”なんて決めるの……」


私の声が震える。

ノアは答える声に、容赦を込めた。


「物語の構造。ルート分岐の管理。収束の計算。

不要と判断された関係性は、構成上の“誤差”として削除される」


「それ、ほんとに誤差なの……?」


私が手を伸ばすと、切れた糸の先端に、微かな熱があった。


誰かの祈り、誰かの未練、まだ届いていない優しさ――

それらが、言葉にならないまま、ここに沈んでいた。


「繋ぎたい」


私は震える声で言った。


「こんな想いが、ただ“なかったこと”にされるなんて、

そんなの、耐えられない」


ノアの顔は、いつも通り冷静だった。


「だから、君が選ばれた」


「え……?」


「“感情構造視”――君だけが、断絶された想いに気づき、繋ぐことができる。

君の存在そのものが、物語の修復プロトコルになった」


私は呆然と立ち尽くす。


ノアは続けた。


「……だが、同時に言っておく。

クラリス。君は“悪役令嬢”としてこの物語に配置されている。

その立場を外れ、役割を逸脱すれば――

新たな“歪み”を生む」


「……え?」


「君がこの力に目覚めてから、物語は本来のルートから逸脱しはじめている。

それは、君が“世界の均衡”にすら干渉し始めたということだ」


「じゃあ……どうすれば……?」


「もし、ミリアやレオンハルトがこの能力を持っていれば、

物語は本来の形に戻り、君は“役割”を果たすだけで済んだ。

だが、今、修復できるのは君だけだ」


ノアの瞳が、炎のように細く光る。


「――だから、“悪役令嬢”として振る舞いながら、修復を進めてくれ」


私の喉から、ようやく声が漏れた。


「……じゃあ、物語を直したら……私は断罪されるの?」


「それが正しき形ならば――仕方のないことだ」


私は息を飲んだ。視界が揺れた。


何が“仕方ない”の?

私が、推しの物語を繋いで、世界を救って――

最後に私だけが、断罪されるのが正しいって、そんな話ある!?


心の奥で、何かが小さく、壊れた音がした。

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