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再会、それは想像以上に尊い

王立学院にて、“王都魔導師団による実地演習”が行われることになった。

名目は「貴族子女への魔導理解促進」だが、実際はかなりの規模。

魔導師団の副団長まで直々に来訪するというので、学院中がざわついていた。


私はその中庭で、胸の前に手を組んで立っていた。


「……来る。来るわ、絶対来る……ッ」


式次第の紙には、確かにその名前が載っていた。


――副団長:ラファエル=ダルクレイン


白銀の髪、冷たい魔力を纏った氷の天才魔導士。

そして、かつての“推しカプ”の“攻め”担当。


来てしまう。ここに。ユリウスの目の前に――!


「副団長、ラファエル=ダルクレイン殿、御到着です!」


その一言で空気が変わった。


風が止まり、時間が止まったような錯覚。

生徒たちのざわめきが、波のように静まる。


現れたのは、予想通り――いや、想像以上だった。


白銀の髪を後ろで一束に束ね、鋭い視線を持つ青年。

無駄な感情の一切を削ぎ落としたような静謐さと、近寄りがたい威圧感。


(……ラファエル)


私の背後には、常に控えている護衛――ユリウスがいる。


彼はいつも通り、無表情で黙っていた。


だが、ラファエルがこちらに歩いてくる瞬間、ユリウスの気配が微かに揺れた。


そして、目が合った。


その瞬間、時が止まった。


ユリウスの瞳が、わずかに見開かれる。

ラファエルの表情が、ほんの一瞬だけ揺れる。


言葉はない。視線だけ。

でも私には見えた。


ユリウスの背から、かすかな青の糸が震えて立ちのぼり、

ラファエルの胸元から、淡い銀の糸が応えるように浮かんだ。


(来た……来たわ……!!)


私の中の腐女子本能が鐘を鳴らしていた。


「……副団長、はじめまして。クラリス・フォン・ヴァルトハインと申します」


声を出すのがやっとだった。

緊張と興奮と尊さで心臓がモールス信号になっている。


「光栄です、クラリス様。……騎士殿は?」


ラファエルが、ユリウスに視線を送る。


ユリウスは、ほんの一瞬だけ頷いた。

それだけ。名前も、声も、出さなかった。


けれど、間違いない。

このふたりには“過去”がある。私だけが、確信している。


訓練が始まる直前、騎士団の説明役が声を張り上げた。


「今回の演習では、魔導師団と現役騎士の連携確認を行うため、

 王太子殿下のご意向により、学院警備任務中の騎士からも一名が協力者として選出されています!」


その名が読み上げられる前に、私はもう知っていた。


「騎士ユリウス・リントブルグ!」


――決まりすぎでは!?


私はその場で小さくガッツポーズを取った。

ユリウスの参加は、偶然ではない。

誰かが、意図的に彼とラファエルを“再会”させようとしている。


私は、ちらりと王太子――レオンハルトを見た。

少し離れた高台から、無表情で演習を眺めている。


(まさか、貴方が……?)


妙に引っかかる。彼の瞳の奥にあったのは、羨望か、あるいは――好奇心?


演習開始。

魔導の精霊が放たれ、騎士たちと魔導士たちの連携による“模擬戦闘”が始まる。


ラファエルは後方から指示と魔法支援。

ユリウスは前線で、剣を抜いて立つ。


敵の一体が、突如予定にない動きで、見学席側に突進した。


「クラリス様、下がってください!」


ユリウスが間に合わない――そう思った瞬間。


「アイス・バリア」


ラファエルの声が響き、青白い魔法盾が、ユリウスと私の間に展開された。


魔導の雷撃が、その氷の盾に炸裂する。

冷気の粒が空中に舞い、視界を一瞬白く染めた。


ユリウスは、ラファエルの援護に何も言わなかった。

ラファエルも、助けたのに名前すら呼ばなかった。


けれど――


二人の立ち位置は、完璧だった。


背中合わせのように。

過去に何度も、戦場で共に生きたことがあるように。


「……尊い」


私は隣で、ひとり扇子をバタンと閉じ、小声で悶えた。


「……なぜだ?」


ノアが隣でぼそりと呟く。


「いいから静かにして、今が一番尊いところだから……ッ!」


訓練終了。


生徒たちは「素晴らしい連携!」と騒いでいたが、

私だけは知っている。


あの沈黙の中にあるものは、“信頼”ではなく、“わだかまり”だ。


かつての関係。傷つけた何か。

忘れられない想いと、言えなかった言葉。


「……待ってて、ふたりとも。絶対に、修復してみせるから」


私は、クラリス・フォン・ヴァルトハイン。

断罪回避の元・悪役令嬢、現在“世界唯一の腐女子仲人”である。


そしてこれは、

ふたりの物語を、幸福なエンディングへ導くための戦いなのだ。


訓練が終わったあと、私はさりげなく二人の位置を“偶然”近づけるように動いた。

というか、偶然を装った高度な腐女子的地形操作を発動した。


見学者たちが散っていく中、木陰の小道。

そこに、並ぶように立ったのは――


ユリウスと、ラファエル。


二人はほんの一瞬だけ、無言で視線を交わす。

すぐにそらす。けれど、目に宿る光は消えない。


(……来る。会話、来る……!)


私は植え込みの陰にこっそり身を潜めて、全神経を耳に集中させた。


ラファエルが、先に口を開いた。


「……変わらないな。お前の戦い方」


ユリウスは、視線を落としたまま答える。


「貴方の魔法も……相変わらず的確です」


また沈黙。


え、え、終わるの? 会話終わるの??

もっとこう、感情のぶつかり合いとか、後悔とか、未練とか……出し合って……!!


「……あの時のこと、気にしてはいない」


ラファエルがぽつりと呟く。


ユリウスは、少しだけ目を伏せた。


「……そう、ですか」


(そう“ですか”じゃなあああああい!!)


クラリス・フォン・ヴァルトハイン、心の中で叫ぶ。

もっとあるでしょ!?「俺は許されることをしていない」とか!

「でも、俺はお前の無事を祈ってた」とか!

そういうの、腐女子は待ってるんだよ!!!


「……それだけ、です」


ラファエルがふいに踵を返す。


「待って」


ようやく、ユリウスの声が追いかけた。


でも、彼は言葉を続けなかった。


「……いや、何でもない」


ラファエルは振り返らない。


「じゃあな、ユリウス」


そして彼は、そのまま歩き去っていった。


残されたユリウスは、じっとその背中を見つめていた。

まるで、言葉を吐き出す“勇気”をずっと手の中で握りしめていたのに、最後まで開けなかったみたいに。


私は、口元に手を当てて、そっとつぶやいた。


「……切なすぎて、尊死する……」



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