断罪フラグ、第一波
その日、私は朝食もろくに喉を通らず、ずっと「違和感」と戦っていた。
この世界が『薔薇色の運命』という乙女小説に酷似しているのは間違いない。
登場人物、舞台、設定。鏡のように一致している。
でも、騎士ユリウスの存在だけが、明らかに“外部”のものだ。
彼は、あのBL小説『紅蓮の誓約』のキャラクターのはず。
私が前世で、血を吐くような想いで尊んでいた“受”である。
あの推しが、なぜここに。
……偶然じゃ、ない。
どれだけ都合のいい偶然だとしても、私は、腐女子として知っている。
推しの出現には、何かしらの因果がある。
午前中の授業(貴族令嬢は家庭教師から舞踏・歴史・魔法まで習う)も頭に入らず、ただぼんやりとユリウスの背中を見つめていた。
まるで、ここが現実だと納得するための証明材料のように。
そんな中、ユリウスが誰かと話しているのを見かけた。
金髪の青年――レオンハルト王太子だった。
正統派ヒーローの顔立ちに、堂々たる雰囲気。これがヒロインの相手役ってやつか。
その彼が、私の推しである(と思っている)ユリウスと、向かい合っていた。
「……っ」
廊下の影から、私は思わず固唾を呑む。
ふたりの距離、近い。
レオンハルトの目が、少しだけ伏せられていて、
ユリウスの表情は無表情だけど、微かに緊張してる感じが……する。
尊……(※主観)
――と、ここで念のため言っておく。
この世界は、別にBL世界じゃない。
あくまでも“乙女小説”だ。
レオンハルトはミリアという庶民の少女と恋に落ちる設定だし、ユリウスは忠義に厚い騎士であって、誰とも恋愛しない立場のはず。
でも私は、知っている。
この二人は、絶対にくっつくべきなんだ……前世で読んでいた**『紅蓮の誓約』**で、彼らのモデルだったキャラが――!
そのときだった。
視界の端に、ふっと淡い青の“糸”が揺れた気がした。
ユリウスから、レオンハルトへ。
そして逆に、金の糸がわずかに伸び、ユリウスの方へ漂うように絡んだ。
「……また、見えた」
まるで感情が、色と形を持って私の視界に入り込んでくるような――そんな奇妙な感覚。
私にしか見えない。誰もそれに気づいていない。
……いや、そもそも、
そんな感情があるはずがないのに。
この世界では、あくまで王太子はヒロインと恋に落ちる。
騎士は忠誠を誓う。
「男同士の恋愛」なんてルートは、最初から存在しない。
でも私は、見てしまった。
それっぽい表情。意味深な距離。わずかに漂う“糸”。
あれは、きっと偶然じゃない。
この世界に存在しない“可能性”を、私は腐女子として見出してしまったのだ。
「……よし」
スカートの裾を握りしめ、私はこっそり息を吐いた。
この世界で、BLは公式じゃない。
でも私は、ここで“推しカプ”を成立させてみせる――!
乙女ゲーム?断罪?
そんなの知ったことか。
私は、腐女子。
たとえ一人きりでも、推しを尊び、恋を咲かせるために生きる者なのだ!