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⑤④父の遺言:光の予言

 黒崎一護は、全てを見通す不敵な笑みを微かに浮かべながら、威圧感を隠すことなく静かに二人に近づいた。


 まるで彼の歩みが、部屋の空気そのものを密度高く圧縮していくかのように、重く、圧倒的な存在感が漂う。


「さあ、これから何が起こるのか…楽しみにしていってください」


 その言葉は、歓迎の意と脅迫の響きを同時に持ち、まるで巨大な嵐の前の不気味な静寂を思わせ、部屋中に極限の緊張が張り詰めた。

 冷たい空気が皮膚の奥に刺さるように、彩花と理沙の胸に言いようのない恐怖と不安がこみ上げる。

 目の前の男が、単なる脅威ではなく、抗うことのできない運命そのものに見えた。


 彩花の心臓は警鐘のように激しく鼓動を打ち、理沙は本能的に彩花の盾となって立ち塞がった。

 二人は、これから始まる運命の転換を直感的に感じ取り、固唾を飲んで一護の次の言葉を待った。


 その張り詰めた空気の中、理沙はふと我に返り、一護の不自然な冷静さに違和感を覚えた。

 何より、自分の名前が呼ばれた瞬間に、彼女の内心に鋭い疑念が突き刺さった。


「なぜ、私の名前を知っているのですか?」


 その問いは鋭く、一瞬、重圧に満ちた部屋の空気を切り裂いた。


 一護は一瞬だけその冷徹な目を細めたが、すぐにすべてを包み込むような柔らかな笑みを浮かべた。


「理沙さん…あなたは、私の大切な友人の娘です」


「あなたのお父上、田中誠一さんは、勇敢で、正義感の強い素晴らしい人でした」


 理沙は、一護の言葉に息を詰まらせた。

 クロノスのトップから、幼い頃に亡くした父のフルネームを聞くとは思ってもみなかった。

 彼女の心は、驚愕と、遠い記憶への懐かしさで満たされた。涙が理沙の目に溢れ、声は制御不能に震えていた。


「お父様…

 田中、誠一…?」


 彼女は、信じられない思いで一護を見つめ、堰を切ったように涙が頬を伝い、床に落ちた。


 一護は、一歩、優しく理沙に近づき、まるで守るかのように彼女の肩にそっと手を置いた。


「彼は、クロノスに利用され、そして殺された。

 私は、友人の無念を晴らすために、この腐りきった組織を変えようとしている」


「あなたも、彩花さんも、もうこれ以上、剛一郎の支配下で苦しめられる必要はありません」


 一護の言葉は、静かだが絶対的に力強く、彼の決意と、全てを引き受ける覚悟を感じさせた。

 彩花と理沙は、その衝撃的な告白に、暗闇の中でようやく灯ったかすかな希望の光を見出した。


 部屋の空気が、一瞬にして劇的に変わった。

 それは、絶対的な絶望から予期せぬ希望へと、支配の闇から共闘の光へと転じる、運命の瞬間だった。


 彩花と理沙は、一護の言葉に、世界を変える新たな未来への可能性を感じ、固い決意を新たにした。


 二人の少女と、謎めいたクロノスの指導者。彼らの運命は今、共闘という大いなるうねりを伴い、大きく動き始めた。





 クロノス・コーポレーションの研究員、田中誠一は、組織が隠蔽するある重大な秘密を胸に抱えていた。


 それは、組織の権力の源ともいうべき、開発中の『新薬』に関するものだった。

 その薬は、未知かつ致命的な副作用を引き起こす可能性を秘めており、無数の人々の命を危機に晒すかもしれない。


 田中は、その非人道的な事実を世間に公表しようと決意するが、クロノスの暗い圧力に苦しめられていた。


 田中には、最愛の娘、理沙がいた。

 だが、組織との誓約により、彼は理沙に父親であることを明かすことが許されない。

 遠く、影から見守ることしかできない田中は、孤独と、真実を告げられない罪悪感に苛まれていた。

 世界を救う正義を貫きたい気持ちと、娘を守りたい父親としての愛情。

 この二律背反する葛藤は、深く、静かに彼の心を蝕んでいた。


 一方、クロノスの施設で育つ理沙は、幼い頃から絶望的な孤独の中にいた。

 友達を作ることも許されず、ただひたすらに過酷な訓練を受ける毎日。


 そんな彼女にとって、唯一の心の拠り所だったのが、「小林修」と名乗る、温和な研究員だった。


 小林は、理沙に知識を教え、絵本を読み聞かせてくれた。

 彼女が辛い訓練で体を傷つけた時には、誰にも知られぬようにそっと包帯を巻いてくれた。

 彼は、決して父親だと名乗ることはなかったが、理沙にとって、彼は世界の優しさを形にした父親のような存在だった。


 理沙は、小林と過ごす短い時間を、人生で最も楽しみにしていた。

 彼の優しい笑顔、触れると温かい手、そして、孤独な魂を励ましてくれた言葉の全てが宝物だった。


 田中は、決死の思いで新薬の副作用に関する極秘データを集め、その危険性を証明する最終レポートを作成した。

 愛する娘を守りたい一心で、クロノスの深い闇を暴く決意を固めたのだ。


 しかし、それは同時に、理沙と永遠に離れ離れになることを意味していた。

 田中は、愛と正義の間で葛藤しつつも、後者の道を選んだ。

 危険を顧みず、不正を暴こうとする田中の勇気は、愛する娘への深い愛情の証だった。


 彼の行動は、しかし、やがてクロノスの監視網に見破られてしまう。

 組織は、田中を脅迫し、理沙から引き離すよう仕向けた。


 田中は、娘を守るために、自ら姿を消すという苦渋の決断を下した。

 別れの言葉さえ告げずに去った父の突然の失踪に、理沙は深く戸惑い、そして悲嘆に暮れる。


 理沙にとって、「小林修」は、過酷な世界で得た唯一の希望の光だった。

 その光の突然の消滅は、幼い理沙の心に修復不可能な深い傷を残し、彼女を永遠に孤独な道へと突き落とした。




 数年後、クロノスの命によりスパイとして彩花に近づいた理沙は、初めて得た『友情』という温かい光に戸惑っていた。

 彩花との絆が深まるほど、自らを蝕む嘘の重みが増し、理沙の心は、任務の遂行と真実の友情の間で激しく引き裂かれていた。


 彼女は、偽りの自分を演じ続けなければ、クロノスに縛られた自らの存在意義さえ見失うような気がしていた。


 そして、今、黒崎一護の口から、理沙の運命の根源が明かされる。

「小林修」こそが、自分の実の父親であり、その父がクロノスの不正を暴こうとして組織に謀殺されたという、あまりにも残酷な真実だった。


 愛ゆえに姿を消し、正義ゆえに命を落とした父の犠牲を悟った理沙は、その場に崩れ落ちるほどの深い悲しみと、全てを知らなかった後悔に襲われる。

 しかし、その絶望の底で、彼女は、父親の血と正義感を受け継ぎ、自らもクロノスに立ち向かうという、揺るぎない決意を固めた。


 黒崎一護は、田中誠一が最後に娘へ託した、一冊の擦り切れた古い絵本を理沙の手に手渡した。


 それは単なる本ではなかった。

 理沙が幼い頃、父と過ごした唯一の幸せな時間が詰まった、愛の証だった。

 表紙の微細な擦り切れた感触に、理沙は父の温かい手の記憶を蘇らせ、自然と涙が溢れた。


 震える指先でページをめくると、見慣れた挿絵の間に、折られて隠された一枚の手書きのメモが現れた。


 そこには、父が命と引き換えに娘に向けた、最後の魂の言葉が綴られていた。


「理沙、お前がどんなに困難に直面しても、決して一人ではない。

 お前の心にある光は、世界を照らすことができる。信じて、前に進め」


 そのメッセージに、理沙は胸が張り裂けるほどの感動を覚えた。

 父の愛がこれほどまで深く、自分を見守り続けていたことを初めて知り、彼女の中で復讐を超えた、崇高な決意が静かに燃え上がった。


 一護は、天を仰ぐように空を見上げ、まるで遥かな過去を語る語り部のように、古代の予言を語り出した。


「遥か昔、世界が深い闇に覆われたとき、一人の少女が現れ、その光で世界を救ったという」


「伝説はこう続く。

 再び世界が闇に呑まれんとする時、同じように『光』を持つ少女が現れ、闇を振り払うだろう、と」


 一護の言葉に、理沙は、父の遺志と古代の予言が、彩花と自分の運命に深く重なっていることを悟る。

 彼女は彩花と共に、クロノスの暗闇に立ち向かう、真の戦いを決意した。


「お前たちの勇気が、この世界の未来を握っている」と一護は言い、深く、優しく微笑んだ。


 理沙と彩花は互いに目を合わせ、言葉を交わすことなく、固く頷き合った。

 父の愛、予言、そして自らの決意が重なり、二人の少女が、今こそ運命の舞台に挑む時が来たのだった。


 風が静かに吹き抜け、まるで彼女たちの行く先を祝福するかのように、窓から差し込む柔らかな光が、決意の表情を照らしていた。

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