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51:裏切り者の伝言:マリアの命綱と少年の炎上

 その時、軋むような音を立てて、事務所の重い金属製の扉が静かに開いた。


 スプリンクラーの水で水浸しになった床に、冷たい 足音がひとつ、ひとつ 不気味に響く。


 蓮たちが一斉に振り返ると、そこには、土砂降りの雨にずぶ濡れになったアレックスが静かに立っていた。

 アレックスの頑強な姿が、破壊された事務所の入り口に現れた瞬間、修復しかけていた 張り詰めた空気は再び 鉛のように重くなった。


「アレックスだと…!?」


 悠斗は驚愕と即座の 警戒心が入り混じった声で叫んだ。



 蓮たちは、反射的に戦闘態勢に身構えた。

 ついさっきまで 敵として 死闘を繰り広げていた冷徹なプロメテウスが、何の目的で この 機密の場所にいるのか、誰も 理解できない。


 風見は、瞬時に愛用の 銃を抜き、迷いなく アレックスの 眉間に向けた。

 冷たい金属の感触が、彼の手に緊張の汗を滲ませる。

 エリカは、反射的に 息を呑み、護るように蓮の背後に隠れた。

 彼女の心臓は、トラウマと新たな恐怖で激しく 鼓動していた。


 アレックスは、ゆっくりと 両手を上げ、武器を持たないことを示した。


「落ち着いてくれ。

 俺は、お前たちと戦うために来たんじゃない」


 彼の声は、以前彼らが知っていた。

 それとはどこか 決定的に 違っていた。

 冷徹な機械のような無機質な響きは消え、そこにあったのは、かすかな 後悔と人間味の痕跡だった。



「お前が 裏切りの場所に何の用だ?

 嘘 は通用しない」


 蓮は、警戒を解くことなく、鬼塚への裏切りの記憶を重ねた鋭い視線をアレックスに向けた。


 アレックスは深く息をつき、一瞬ためらうように視線を落とした。


「鬼塚は俺に… お前たちの 力 になるように 命令した わけじゃない」


 彼は言葉を探すように一語一語噛み締めながら続けた。


「… 俺自身、 自分の 意志 で クロノスに 永久に 背を向けたんだ!」


 その声には、微かながら揺るぎない 決意が宿っていた。


「そして、 鬼塚 からの 伝言 がある。

 それは ここにいる 『戦う資格を持つ者』、お前たち 全員 への 『 秘密の 指令 (インテル) 』だ」


 その重々しい 宣告に、四人は同時に 息をのんだ。


 裏切り者 だったはずの 鬼塚が、戦いの 最前線 にいる 自分たち に 秘密裏 に 接触 を図ってきた。一体、彼は何を 託そう としているのか。


 それは、彩花の 身の安全 に関わる 救出の鍵なのか、黒崎の 最終作戦 を 破綻 させる 裏の計画なのか。

 あるいは、鬼塚自身の 真意 と 贖罪 を伝える 最後の言葉 なのか。


 様々な憶測が彼らの脳裏を奔流のように駆け巡り、極度の緊張感が最高潮に達した。


 その言葉に、四人は同時に 息をのんだ。


 鬼塚からの伝言?

 裏切り者 だったはずの彼が、一体、何を 伝えようとしているのか。

 彩花の居場所なのか、黒崎の 最終計画 に関する 致命的な情報なのか、あるいは、鬼塚自身の 真意 を伝える 贖罪のメッセージ なのか。

 様々な憶測が彼らの脳裏を奔流のように駆け巡り、極度の緊張感が最高潮に達した。



 蓮は深く息を吐き、激しい感情を一旦 奥底に押し込めて 冷静に状況を見つめていた。


 この局面で、最愛の彩花 と 仲間 を 守り抜く という 彼の 絶対的な 使命 を果たすため、この 微かな可能性に賭ける 以外に 選択肢 はなかった。


 胸の奥には、かつて 師 として 尊敬した 鬼塚に対する深い 裏切られた という感情が、今なお 熱く くすぶっていた。


「…鬼塚が 本当に 僕たちの 生存 のために 動いている と言うなら、 聞かないわけには いかない」


 そう言いながらも、彩花への 切実な想いが再び 彼の心を激しく揺さぶる。


 アレックスは、彼らの 緊迫した様子を観察し、機械的 ではない、少しだけ 口元を緩めた。


「… 安心しろ。

 俺はもう、 お前たちの 武器を持たない 敵 じゃない」




 アレックスの偽りのない 声に、悠斗は雷に打たれたように顔を上げた。

 彼は、戦闘機械だったアレックスの目に宿る かすかな人間性を見逃さなかった。


「待ってくれ、蓮、風見さん!

 こいつは 俺がクロノスにいた頃 に出会った プロメテウス です。

  …そして、彼の言葉は 信じられる」


 悠斗の真剣な言葉と切実な表情に、蓮たちは驚きを隠せない。

 しかし、彼の瞳の奥の 確信を見て、アレックスへの警戒をしぶしぶ解き始めた。


 悠斗の胸には正義感が再び 燃え上がり、鬼塚が本当に 味方になろうとしているなら、この劣勢を覆す 最後のチャンス かもしれないという希望が膨らんでいた。


「これが俺たちの 突破口 かもしれない!」


 彼は内心そう思い、顔に 固い決意を浮かべた。


 その時、アレックスは周囲の緊張を断ち切るように、ある人物の名を口にした。


「 マリア が俺に、お前たちに 協力して 必ず 助けろと 頼んだ」



「マリア、 だと…!?」


 アレックスがその名前を告げた瞬間、風見とエリカの表情が一瞬で 戦慄に染まった。


 エリカが以前 チームに告げていた『クロノス内部の 命綱 となる協力者』こそが、 マリア だったのだ。

 彼女は、風見の 極秘脱出ルート を手引きし、悠斗がクロノス 在籍中 に 負傷 した際 、秘密裏 に 治療を施した 共通の 恩人。


 その共通の 恩人の名前は、彼ら 三人の間 の 不信の壁 を 瞬時に 打ち砕いた。

 マリア を信じるなら、 アレックス の言葉も 信じる しかない。


 風見はゆっくりと銃を下ろし、エリカも蓮の背後から決意を滲ませて出てきた。


 一方で、蓮はアレックス 個人のことを まったく 覚えていなかった。

 しかし、悠斗が「プロメテウス」と口にした瞬間、過去の 封印された 記憶の断片が脳裏にフラッシュバックした。


 クロノスの 最高工作員 『涼太』 として 活動していた 彼の 指示役 こそ、鬼塚 だった その事実。


 蓮の表情は、複雑な 尊敬と裏切り、そして 記憶の曖昧さ という 感情の霧で深く曇った。

 鬼塚への 過去の想いと現在の憎しみが、再び 彼の心を激しく 締め付ける。



 アレックスは、彼ら四人の 複雑な反応を静かに見守りながら、一切の感情を交えずに ゆっくりと 核心を話し始めた。


「鬼塚は、 お前たちに 正確に 伝えろ と言った」


 まず、エリカの父 について。


「高梨 は… 黒崎 に 冷酷に 撃たれたが、

 マリアの 処置 により 命に別状はない 。

 彼は今、 厳重に 秘匿された 安全な場所 で 治療を受けている」


 そして、エリカに 視線を向けた。


「… 彼は、娘 である お前 を 深く愛している 。

 危険な状況 に 巻き込んでしまったこと を、心から 謝罪していた」


 エリカは、父の 生命 の危機 が去ったことを聞き、安堵 の 熱い涙を抑えきれずに流した。

 しかし、同時に、父が自分のために命 を懸けて 危険な目 に遭ったことを知り、胸が痛切に 締め付けられる 思いだった。



 蓮は、鬼塚からの 予想外の 伝言に、複雑 で 拭いきれない 感情を抱いた。

 かつて 師 として 尊敬した 上司であり、自分の 記憶の空白 にも関わる 存在だった鬼塚。

 彼はクロノスの 最高幹部 となり、蓮 を 裏切った はず だ。


 それでも、 彼は 高梨 を 見捨てることなく 救出するために 動いていた という事実に、蓮は戸惑いを隠せない。

 憎しみ と 理解 の狭間で、彼の心は激しく 揺さぶられた。


 悠斗は、鬼塚の 人間らしい 言葉に、胸が熱く こみ上げてくるのを感じた。

 憧れ と 失望、裏切られた ことへの 怒りが入り混じり、複雑な 感情が渦巻いていたが、鬼塚 が まだ 正義の 片鱗 を持っている 可能性 に 希望 を見た。



 アレックスは、彼らの 内面の葛藤を見届け、静かに 本題へと続けた。


「鬼塚は、お前たちに 力を貸したい と言っていた。

 そして、 共に 黒崎 と クロノス を 徹底的に 倒そうと」


 その言葉に、四人は再び 失いかけていた 希望を確実に見出した。

 高梨の 無事を確認し、鬼塚の 真意を知った 彼らは、過去のしがらみ を乗り越え、改めて 結束を強めた。


 だが、アレックスの表情は一瞬で 厳しいものに戻った。


「だが、 歓喜 している 暇 はない。

 時間は 我々に あまり残されていない」


「黒崎の『神の因子』を利用した 最終計画 は、すでに 最終段階 に入っている。

 もし 奴ら の 計画 が 実行 されれば、 世界 は 取り返しのつかない 混沌 に 陥るだろう」


 アレックスの警告は、冷たい雨 のように 重く 彼らの 心に突き刺さった。



 夜が深く 更け、事務所の外では、冷たい 雨が窓を執拗に叩きつける音が鳴り響いていた。


 しかし、彼らの心には、絶望の闇 を打ち破る 力強い 希望の灯火が確固として灯っていた。

 それは、この後の 壮絶な戦いを照らし出す、彼ら 四人 の 未来への 道標となる小さな光だった。



 アレックスは、最も重要な情報を冷静に 切り出した。


「彩花は、自らの 意思 で 黒崎の 元へ向かった」


 四人は衝撃で言葉を失った。


「彼女は、消えた 母親の行方 と、隠蔽された 父親の死の真相 を知りたがっていた 。

 俺は その 悲痛な 意思を 尊重せざるを得ず 、彼女を 黒崎の 執務室 まで 送り届けた」


 彼は低い声で続けた。


「しかし、黒崎が 何を 企んでいるか は 計り知れない 。

 奴は 彩花に 異常なまでの 執着 を示している。

 エリカ、お前は 知っているだろう?

 彩花の持つ 『神の因子』 の 計り知れない 力を…」


 エリカは、アレックスの警告に息を呑んだ。

 彩花の覚醒と危険が迫っていることを悟った彼女は、激しい 自責の念に駆られた。


「私のせいだ… 私が 情報を 伝えたばかりに、彩花さんを 最大の危険 に遭わせてしまった…」



 蓮は、自責 に震えるエリカの肩を優しく 、そして 力強く 抱き寄せた。


「違う、エリカ。

 これは 誰のせい でもない。

 全ては 黒崎 の 狡猾な罠 だ。

 俺たちは、 彩花を 必ず 、この手で 助け出す。

 だから、もう 自分を責めるな。

 一緒に 戦おう」


 熱い決意を秘めた 蓮の言葉に、エリカは静かに 頷いた。


 風見は、そのやり取りを見守りながら、冷静に 状況を分析した。


「だが、黒崎 は、彩花さんの 神の力 を 手放す わけがない。

 奴は、 彼女の力 を 利用し、世界を 支配 しようとしているはずだ。

 我々は、 感情的 にならず 慎重に 、そして 電光石火 に行動しなければならない」



「それでも、諦めるわけ には 絶対 にいかない!

 彩花さん は、俺たち の大切な『希望』の 仲間 だ!」


 悠斗は、固く 拳を握りしめ、誰よりも 強い 決意を新たにした。


 アレックスは、四人の 揺るぎない 決意を感じ取り、静かに 、そして 重みのある 言葉を口にした。


「… 鬼塚 が いつも 言っていた 言葉 だ。

『自分を信じること』が、すべての 始まり だ」


「お前たちなら、きっと 彩花を 救い出し、この 世界 の 命運 を守ることができる」


 その恩師 の 言葉 の引用に、悠斗は熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

 彼は涙を強引に 拭いながら、力強く 、誓うように 言った。


「鬼塚さん… 必ず、この 使命 を 果たします」



 そして、悠斗は、蓮たちの静止 を待たず 、決意 に満ちた 表情で、ひとり、夜の闇 へと 駆け出していった。

 その背中には、仲間 への 信頼と、鬼塚への 恩義 を果たす 使命感 が 宿っていた。


 彼の背中を見送りながら、蓮たちは、それぞれの 想い と 覚悟を胸に、最後の戦い に向けて 緊密に 動き出す のだった。




 時は 十数年前。

 悠斗は孤独に 苛まれる 小学校五年生で、影を背負った 内向的な少年だった。

 学校では根拠のない 噂や、父親 への 中傷 が原因 となり、日常的に いじめられる 日々。

 彼は自分に何の 価値もない と 信じ込み、深く 自信を失っていた。


 そんな灰色の日々が続く中、彼の運命を根底から 変える 光が訪れる。


 湿った 放課後。悠斗は亡くなった 兄 への 哀悼 の念 に囚われながら、ひとりで錆びついた公園のベンチに座り込んでいた。

 心の中で自分を責め続け、涙をこらえながら どんよりとした 空を見上げていると、突然、全てを吹き飛ばすような 元気な声が響いた。


「おい、小僧!

 こんな所で 何してるんだ? 」


 悠斗が恐る恐る顔を上げると、そこには鬼塚という名の青年が静かに立っていた。

 彼は地元で有名な不良 の リーダーでありながら、その 筋の通った 強さ と 底知れない 優しさで誰からも 尊敬 を集める 存在だった。


 鬼塚は悠斗の隣にどっしりと 座り、その 翳りのある 顔をまっすぐ 見つめた。


「何か 胸 を締め付ける 辛いこと があったのか?」



 悠斗は初めて会った 圧倒的な存在感 の 鬼塚に対して、堰を切ったように 自分の気持ちを正直に 全て 吐き出した。

 いじめ の苦痛、家族の 影、兄の死、そして 何より 自分に自信が持てない こと。


 鬼塚はしばらく 黙って 、全て を受け入れるように 聞いていたが、やがて静かに、しかし 力強く口を開いた。


「俺も 昔 は お前 と同じだった。

 自分に 自信 がなくて、毎日 が 地獄 のように 辛かった」


「でもな、 ある日 気づいたんだ。

  他人 の 評価 じゃない。

 自分自身 を 信じ、恐怖 に 打ち勝って 前に進むこと が 、どれほど 大事 かってな!」


 悠斗はその 衝撃的な 告白に目を見開いた。

 あの 無敵の 鬼塚にもそんな 弱さ の 過去があったのかと。



 鬼塚は悠斗の瞳を覗き込み、続けた。


「覚えておけ、悠斗。

『自分を信じることこそが、すべての始まりだ!』

 これが 俺の 座右の銘 だ。

 お前も 自分 を 信じてみろ。

 きっと 世界 が 一変する はずだ」


 そして、鬼塚は遠く 未来 を見据えるような 決意に満ちた 目で 悠斗に言った。


「俺は この 町 の 皆 を守る 消防士 になるんだ。

 お前も 自分の 可能性 を 信じて、何か 大きな 、誰かのためになる こと を やってみろ」


 その言葉は、幼い悠斗の心に深く 、永遠に 刻み込まれた。




 そして今、悠斗は夜の闇 の中、最愛の仲間である彩花を救う という 大きな 使命を背負って ひとり 立っていた。

 彼の心の中には、あの日の 鬼塚の 力強い言葉が鮮明に 響いていた。


 幼い頃、彼 を 絶望 から 救い 、勇気づけた その 信念 が、今、再び 彼 を 最前線 へと 奮い立たせていた。


 悠斗は、かつての 弱気な少年 ではなく、自分の力 と 仲間 への 愛 を 信じる 、真の 戦士へと成長していた。

 鬼塚の言葉は、彼 だけでなく、蓮、エリカ、風見 たち 全員 の 心 に 深く 浸透し、彼ら の 困難 に 立ち向かう 強さ の 源 となっていた。

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