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㊺二重スパイの涙と狂気の覚悟:支配者クロノスの野望

 激しい闘争の余韻が残る中、煙が晴れると、神の因子ファクターの器である彩花はすでに影も形もなく連れ去られ、水浸しの事務所には鬼塚と傷だらけの悠斗だけが残されていた。


 鬼塚は、敗北と絶望に打ちひしがれる悠斗を冷酷な笑みで睨みつけ、最後通告を突きつけた。


「お前は、所詮 、まだ甘い 。

 情と理想に縋る限り、この世界では、力こそが全てだ。

 お前のような理想主義者は、いずれ 淘汰される運命にある」


 悠斗は、怒りに震えながらも、彩花を救えなかった絶対的な無力感に打ちひしがれ、鬼塚の言葉に反論する術を持たなかった。


 鬼塚は、悠斗の絶望の姿を見届けるように、静かに姿を消した。


 悠斗は、その場に崩れ落ち、悔しさのあまり拳を血の残る地面に叩きつけた。


「彩花さん…… もう二度と、こんな思いはさせない。

 俺が必ず助け出す……」


 悠斗の言葉は、無力な懺悔から鬼塚への復讐の炎のように燃え上がっていた。

 彼は、拳を握りしめ、衝動のまま鬼塚を追いかけようとした。



 その時、傷を負いながらも冷静さを保った蓮が悠斗の前に立ちはだかった。


「悠斗、待て。

 感情に支配されて一人で行くのは無謀 だ!」


 蓮の声は、静かでありながら、強い統率力に満ちていた。


「でも、彩花さんが……

 一刻の猶予もないんだ!」


 悠斗は、焦燥感に駆られ、蓮を振り切ろうとする。


「落ち着け、悠斗。

 感情に任せて行動しても、また同じ失敗を繰り返すだけだ 」


 蓮は、悠斗の肩を掴み、彼の狂気の手前にある目を見つめた。


「まずは、状況を整理しよう。

 なぜ、風見さん が戻った このタイミングで、クロノスが ピンポイントで 乗り込んできたのか。

 何か 致命的な裏 があるはずだ」


 蓮の鋭い言葉に、悠斗はハッと冷静さを取り戻した。

 彼は、蓮と共に惨劇の跡が残る事務所へと戻った。



 事務所内では、エリカが目の前の惨劇に呆然と立ち尽くしていた。

 風見は、血のついた拳を隠すように、窓の外を見つめ、何か深い思案に沈んでいるようだった。


「風見さん、説明 してくれ。

 なぜ、あなたが 帰還した 途端、クロノスが 私たちの 隠れ家 を襲ってきたんだ?」


 蓮が、風見に向かい、疑念を込めた鋭い視線を向けた。


 風見は、ゆっくりと振り返り、以前よりも冷酷な不敵な笑みを浮かべた。


「それは、私が彼らをここに導いたからだ 」


 彼の言葉は、事務所の空気を凍らせた。

 悠斗とエリカは、驚きと激しい怒りを隠せない。


「どういうことだ!

 あんたは、裏切り者だったのか!」


 悠斗は、激情に駆られて風見につかみかかろうとするが、蓮に強く制止される。


「落ち着け、悠斗」


 蓮は、深く息を吐きながら、悠斗の肩を優しく握った。


「まずは、風見さんの 『理由』 を聞こう。

 彼には、きっと何か そうせざるを得ない事情 があるはずだ」


 悠斗は、蓮の言葉に押されるように、怒りを抑え込んだ。

 しかし、彼の瞳には、親友の恋人への想いと、帰還したばかりの仲間への不信感という相反する感情が、深く渦巻いていた。



 風見は、内なる狂気を押し込めるように静かに口を開いた。


「私は、黒崎を殺し、この戦いに 終止符を打つ ために、クロノスの 幹部に 近づいた。

 だが、奴らは私を利用し、『神の因子』 を奪う 餌 にしようとした。


だから、狂気を押さえつけて お前たちを守るために戻ってきた 」


 風見の言葉は、彼が負った傷の深さと共に真実味を帯びていた。

 しかし、悠斗は、まだ彼を完全に信用することができなかった。


「なぜ、クロノスは、あなたが 戻ってきたことを ピンポイントで 知っていたんだ?」


 悠斗が、譲れない疑念の目を向ける。



 風見は、即座にエリカを睨みつけ、まるで氷のような冷たさで言い放った。


「お前が情報を流したんだろう、エリカ。

 黒崎に飼われた スパイめ」


 エリカは、風見の容赦ない言葉に驚愕し、顔面を青ざめた。


「違う!

 私は……っ」


 彼女は、必死に弁解しようとするが、喉が詰まり言葉が続かない。


 蓮は、事態の深刻さに二人の間に割って入り、風見を厳しい視線で睨みつけた。


「風見さん、感情的になるな。

 証拠もないのに、エリカを責めるな」


「証拠なら、ここにある 」


 風見は、ポケットから小さな発信機を取り出し、カツンと音を立ててテーブルに放り投げた

 それは、誰もが知るエリカが常に身につけていた装飾品の中に隠されていたものだった。


 エリカは、崩れ落ちそうな絶望的な表情で発信機を見つめた。



「私は……ただ、彩花さんを 破滅から 救いたかっただけなの……」


 彼女は、とめどなく流れる涙とともに訴える。


「黒崎は、彩花さんの 危険な力 を利用しようとしている。

 私は、それを 阻止したかった。

 だから、 黒崎の 情報をあなたたちに流していた 。

 同時に、私も あなたたちの居場所 を黒崎に流していた 。

 私は、 どちらにも属していない ……

 ただ、彩花さんを守りたかっただけ……

 そして、 人質に取られた 私の父を……」


 風見は、エリカの真に迫る言葉を黙って聞いていた。

 彼の心は、裏切られた怒りと、彼女の孤独を理解する気持ちの間で激しく揺れ動いていた。

 エリカの涙を見て、彼は絶望の中で生き延びたかつての自分を思い出した。

 孤独と絶望の中で、ただひたすらに生き延びようとしていたあの頃の自分を。


 風見は、深く息を吸い込み、諦めにも似た眼差しでゆっくりと口を開いた。


「エリカ…… お前は、自分の信じた道のために 、何も変わっていないな 」



 悠斗は、信じていたエリカの裏側を知り、激しく動揺する。

 彼は、エリカを愛するがゆえに信じたいが、同時に、決定的な証拠を示した風見の言葉も無視できなかった。


 蓮は、深い苦悩を込めてため息をついた。


「エリカは……

 一人で 重すぎる 立場を背負っていたんだな。

 だが、僕もだ。

 父、黒崎を 非道な支配者として 恨んでもいる……

 けれど、血を分けた家族として 父を救いたい気持ちもある 」


 彼の声は、共感と 自己の葛藤 が混ざり合った、悲しみに満ちていた。


「蓮、私は……っ」


 エリカは、理解を示してくれた蓮の瞳を見つめ、自らの孤独を伝える言葉を探したが、何も言えなかった。



 悠斗は、風見の裏切り告白と彼の暴走に対する怒りをあらわにした。


「あんたは、黒崎を殺す と うそぶい たが?

 エリカの話だと、彼はまだ 安静状態 のはずだ。

 一体、何が あんたの 真の目的なんだ?

 復讐か?

 それとも、あの時の ただの殺戮の快楽か?」


 風見は、悠斗の感情的な問いに冷ややかな笑みを浮かべた。


「復讐?

 殺戮の快楽?

 違うな。

 復讐はただの 手段 だ。

 私の本当の目的は…… 」


 風見は一瞬言葉を切り、事務所に重い沈黙を作り出した後、再び口を開いた。


「…… それは、お前らには まだ 知る必要のない ことだ」


 彼の瞳には、復讐の炎とは異なる、全てを飲み込むような、何か深い覚悟と狂気が宿っていた。


 悠斗は、風見の挑発的な態度に、さらに不信感を募らせる。


「ふざけるな!

 俺たちは、彩花さんを救うためにあんたを命懸けで信じていいのかどうかもわからないんだ!」


「信じるかどうかは お前次第だ。

 だが、俺はもう二度と、セバスチャンのように大切なものを失いたくない。

 だから、そのためにお前たちを守る。

 それが、狂気と引き換えに得た 私の決意だ!」


 風見の口からセバスチャンの名が出た瞬間、エリカは一瞬、強く顔を歪めた。


「風見さん……

 セバスチャンの 犠牲を、あなたの 狂気の理由にしないで……

 私たちを 守りたいなら、あなた自身の正気でいて 」


 エリカは、亀裂が決定的なものになるのを恐れ、悲痛な面持ちで二人の間に強引に割って入った。


「もう、いい加減にして!

 私たちは今、いがみ合っている場合じゃないでしょ?

 黒崎を倒し、彩花さんを救うという最終目的は同じはずよ。

 だったら、今は 互いの不信を一旦棚上げして、力を合わせないと!」


 彼女の言葉は、緊迫した空気を鋭く貫いた。

 悠斗は、ハッと我に返ったように顔を上げ、風見もまた、エリカの真剣な、悲しい眼差しに言葉を詰まらせた。


 その言葉に、悠斗は、決別したばかりの鬼塚の姿を不意に思い浮かべた。

 鬼塚が見せた一瞬の表情の変化、そして、彼の言葉……


「お前のような理想主義者は、いずれ淘汰される運命にある……」


 鬼塚は、本当に純粋な悪意を持つクロノスの人間として、悠斗たちを敵とみなしているのだろうか?

 それとも、彼もまた、復讐以外の、何か別の目的のために、クロノスにいるのだろうか?


 悠斗の心の中に、風見への疑念に加え、鬼塚への新たな疑念が渦巻く。

 真実は、どこにあるのか。



 蓮は、深まる悠斗の疑念を察し、優しくも力強い声をかけた。


「悠斗、今は、不確かな 風見さんを『戦力』として信じよう。

 僕たちの 最優先事項 は、彩花を 黒崎の手から 救い出すこと だ!」


 蓮の言葉は、確固たる決意を悠斗に伝えた。

 悠斗は深く頷いたが、彼の瞳の奥には、風見への不信と鬼塚への迷いという、拭い去れない影が残っていた。


 エリカは、そんな悠斗と蓮の様子を、不安げな眼差しで見つめていた。

 彼女は、父と仲間を守るためについた嘘が、彼らの間に深く、冷たい亀裂を生んでしまったことを、深く後悔していた。


⦅お父さん……私は、この連鎖を どうすれば 断ち切れるの……? ⦆


 エリカは、心の中で父親に問いかける。

 しかし、冷たい事務所に 答えは返ってこない。




 高梨は、かつてはトップスター 桐谷蓮のマネージャーだった。

 蓮の才能を信じ、家族同然の絆でスターダムへの階段を駆け上がっていた。


 しかし、蓮が致命的なスキャンダルに巻き込まれた際、高梨は彼を守り抜くため、想像を絶する多額の借金を自ら背負ってしまった。


 絶望の淵に立たされた高梨は、ギャンブルで一発逆転を狙うという愚かな選択をするが、結果は無残な敗北。借金は膨れ上がり、もはや返済の見込みは絶望的だった。


 そんな時、高梨の前に現れたのが、悪魔のような誘惑者 黒崎だった。

 彼は、高梨の全借金を全て肩代わりし、代わりに一つの絶対的な条件を提示した。

 それは、クロノスの計画に関わる、海外での特殊な仕事を引き受けること。


 高梨が藁にもすがる思いで受け入れたこの取引こそが、後に世界を巻き込む混沌への引き金となった。

 なぜ彼はそこまでして蓮を守ろうとしたのか、そして黒崎の真の思惑は何だったのか。


 クロノスという組織は、ギリシャ神話に登場するプロメテウス(人類に火を与え、罰せられた者)とメネシス(復讐と正義の女神)に由来する非常に危険な思想を持っていた。


 クロノスは、この二つの神の名を冠し、「堕落した」世界の秩序を破壊し、自らの手で新たな秩序を築くことを目的としていた。


 しかし、彼らの真の目的は、支配にある。


 彼らは、世界中の政府や企業に深く、見えない根を張り巡らせ、情報を操作し、 紛争を煽り、 経済を支配することで、人類全体を自らの手のひらの上で操ろうとしていたのだ。


 組織名「クロノス」は、ギリシャ神話の「時の神」を想起させる。

 彼らは、人類の歴史そのものを支配し、世界の終焉(あるいは再生)の『時』を司る存在であることを暗示しているのかもしれない。


 彼らの計画が実行されれば、世界はかつてない闇と支配に包まれ、二度と光を見ることはできなくなるだろう。

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