4話【理想の顔は設計図 ── 鏡は冷たく彼の正体を語る】
元旦の夜、お読みいただきありがとうございます。
第3話のラスト、検索結果「0件」という不気味な事実に直面した彩花。 彼女は最も信頼する親友、理沙にすべてを打ち明けます。
「彼は、あなたの理想を演じているだけではないか?」 親友が突きつける冷酷な「最適解」という言葉。 そして、涼太の完璧な容姿に隠された、あまりにも不自然な「一致」が明らかになります。
翌日、私は親友の理沙に、胸につかえていた不安を打ち明ける最後のチャンスだと決心した。
理沙は、同じIT企業で働く同僚であり、私の最も信頼する友人だ。 明るくて、ズバズバ言うタイプなのに、いざという時には必ず冷静な判断を下し、私の情けない弱さも全て知っていてくれる、数少ない存在。
昨夜は、ほとんど眠れなかった。 寝返りを打つたび、胸の奥に沈殿しているあの“違和感”が、薄闇の中で冷たい形となって膨らみ、心臓の鼓動まで重くしていた。
寝不足で視界はわずかに霞んでいる。 だが、今日だけは避けてはいけない予感がした。 ──これを話すことで、物語の方向性が決まる。そんな切迫感が静かに疼いていた。
「ねえ、理沙……最近さ、ちょっと不思議というか、信じたくないことがあるんだけど」 私が重い言葉を絞り出すと、理沙は「うんうん」と相槌を打ち、マグカップを両手で包み込みながら首を傾げた。
昼下がりのカフェは、他人の会話のざわめきと、コーヒー豆の香りが混ざり合っていた。 そのざわめきは、私の重い話をかき消すのではなく、むしろ、不安の輪郭を鮮明にするように響いた。
「涼太さんって、あの──この前言ってた、めちゃくちゃ条件の良い、完璧な彼?」 「そう、その……人なんだけど」
私は、涼太との出会い、自然すぎる共通点、デートの甘い言葉、そして最後に感じたデジタルな不在という、胸の奥に居座りつづけるすべての要素を、できるだけ冷静に、彼女に伝えた。
話しながら、喉が乾くのがわかった。 言葉を紡ぐほど、不安が空気という現実に触れて、確固たる形になっていく。 話し終わる頃には、理沙の目が緊張でまん丸になっていた。
「えっ、ちょっと待って。……彩花、それ、完全に結婚詐欺じゃないの?」 理沙の声が大きくなり、隣の席の客が軽くこちらを振り向く。理沙は急いで真剣な、しかし冷たい顔に戻った。
「彩花、マジで気をつけなよ。詐欺師って、めちゃくちゃ巧妙だからね?」 「あなたの理想を完璧に演じて、優しくて、誠実そうで、運命の人みたいに近づいてくるのが、古典的なパターンなんだから」
「……私が、一番言われたくなかったことだね」 「見えるよ! この際、オブラートに包むまい。100%そうじゃん!」
即答だった。 その瞬間、胸の奥で大切に育てていた希望の欠片が、「カチ」と音を立てて砕けたような気がした。
他人が口にした「危険性」は、一気に現実味を帯びる。 私が薄々感じていた不安に、理沙という客観的なハンマーによって、明確な「詐欺」のラベルが貼られた感覚だった。
私は唇を噛んだ。 理沙に「考えすぎだよ」と否定してほしかったのに──むしろ、自分の理性的な疑いが正しいと証明されてしまった気がして、残酷な気持ちになった。
「でもさ、ほんとに誠実そうっていうか……私の好きなものとか、価値観とか、全部ピタッと合う気がするの。作ってるんじゃなくて、自然に」 「それが逆に怖いの!」
理沙は椅子を少し前に寄せ、テーブルの上で私の手をつかんだ。その力強さに、不安を募らせる。 「詐欺師ってね、“自然に見えるように”人生そのものを完璧に仕込むんだよ。ターゲットを夢中にさせるために、過去のトラウマまで全部調べて、鏡みたいに合わせてくるって聞くもん」
その言葉に、胸がぎゅっと縮む。 ──自然。 あれほど心地好いと思った涼太の“自然さ”が、もし、私を陥れるための意図的な設計図だったら?
これ以上、彼の真実を聞きたくなかった。 私は、重い空気を一度だけ散らしたくて、話題を強引にそらした。 「……ねえ、理沙。そういえばさ、この前のミステリー小説読んだ?」
自分でも、いつもより声が少し高くなったのがわかった。 理沙は一瞬の戸惑いの後、ぱっと表情を明るくした。 「読んだ読んだ! あのラスト、マジで鳥肌だったんだけど!? まさか犯人あれって予想できた??」
話のテンポは一瞬で早くなり、明るい方向へ流れていく。 こういう切り替えができる理沙に救われる。 ただ、その明るさの中にも、どこか薄く、私に対する鋭い警戒が残っているのを、私は確かに感じ取っていた。
数分後、理沙はスプーンをカップの縁に置き、ふっと深く息をついた。 「でさ……やっぱり気になるよね、涼太さん」 再び冷徹な現実の方へ話題を戻した。
「うん……」 声が自然と弱くなる。彼女の言葉が、私の「信じたい気持ち」を削り取っていくのがわかっていた。
理沙は少し考え込んでから、ぽつりと言った。 「正直、私もね……なんか既視感あるんだよね。どこかで見た気がするのに、絶妙に思い出せないっていうか」
「え、理沙も?」 奇妙な一致に、私の背筋に薄い氷水が流れた。理沙は眉間にしわを寄せ、遠くを見るように天井を仰いだ。
「顔なのか雰囲気なのか……“誰かのコピー”みたいに感じる瞬間がある。涼太さんの場合、感情抜きで生成されたデータモデルみたいな、そういう違和感に近いんだよ」
その表現に、私は思わず息を呑んだ。 “作られた理想”──それは、私の個性や唯一性が否定され、ただの「カモ」として扱われている可能性を意味していた。
沈黙を破ったのは、理沙の突然の言葉だった。 「ねえ、デートの時のバニラの香り……あれ、なんか決定的に意味ありそうじゃない?」
「えっ?」 唐突なワードに、再び心臓が跳ねた。 「もしかしてさ、彩花がバニラ好きなの知ってて、わざとその香水を合わせてるとか」
「……っ!」 私は胸を押さえた。 バニラは、母が焼いてくれたクッキーの匂いであり、数年前に古いSNSの投稿に書き残してしまったものだ。
あれを知る方法なんて、涼太にとっては容易すぎる。 「涼太さん、彩花のSNS、めっちゃ調べてるんじゃない?てかさ、前にスマホ画面チラッと見えたって言ってたじゃん」
その指摘に、私の頭の中で、昨夜の記憶が鮮明にフラッシュバックした。 そうだ。彼のスマホ画面には、数年前の、私の最もプライベートな古い投稿が開かれていた。
「ねえ、それ、普通にプライバシーの侵害じゃない?怖くない?」 「……怖い、かも」
否定できなかった。 完璧な優しさも、共通点の多さも、すべてをひとつにつなげて考えると、恐ろしいほど「できすぎている」。
「だってさ、最近の詐欺師は外見も寄せてくる場合があるらしいよ。ほら、彩花が高校生の頃に命かけて推してた、桐谷蓮に似てない?」
言われて、思わず息を呑んだ。 あの完璧な笑顔、静謐な瞳。 指摘されるまで、私は無意識にその記憶に蓋をしていたのかもしれない。
涼太さんの、あの少しだけ目尻が下がる笑い方。 そして、右目のすぐ下にある小さな泣きぼくろの位置。 それは、かつて私が夢にまで見た「理想の推し」と、あまりにも不自然なほど一致していた。
偶然にしては、できすぎている。 まるで私の脳内から「一番愛した顔」のデータを直接抜き出し、丁寧に肉付けして目の前に差し出されたような──。
「それってつまり──」 「うん。あなたの心の聖域に踏み込むための道具として、外見さえ意図的に寄せている可能性も、ゼロじゃないよ」
そこまで言われると、涼太の優しさも、あの完璧な笑顔も、急に張りぼての偽像のようにも思えてくる。 だが同時に、彼に会ったときの胸の高鳴りも、キスで感じた温度も、確かに本物だった気がして……。
「でも……涼太さんのこと、まだ信じたい気持ちもあるんだよね」 「わかるよ。信じたいよね。好きな人のことなんて、疑いたくないもん」
理沙は柔らかい声で言い、私の肩にそっと手を置いた。 「でもね、彩花。一人で悩むのはほんとに危険だから、何かあったら絶対にすぐ言って」
その言葉に、ふっと胸の奥が軽くなる。 理沙の存在は、私がこの危険なゲームから抜け出すための、最後の命綱だと感じた。
第4話までお付き合いいただき、ありがとうございました。
かつての「推し」と同じ位置にある泣きぼくろ。 偶然で済ませるには、あまりにも彩花の「聖域」に踏み込みすぎている涼太。 理沙の言葉は、彩花の心に救いをもたらすのか、それとも破滅への引き金になるのか……。
物語はここから、さらに加速していきます。 次回は【明日 1/2 10:00】に更新予定です。
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