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28話【偽りの影武者:君の人生を汚した罪と封印された血の真実】

「何だと……!? あなたが……黒崎の……」


 蓮の言葉は、喉の奥で震え、衝撃のあまり途切れた。目の前にいる、自分を救い出し、共闘を誓ったはずの男が、最悪の敵である黒崎剛一郎の息子であるという事実。  悠斗は深く重い息を吐き、自らの血管に流れる「血の呪い」を、一つひとつ吐き出すように語り始めた。


「幼い頃から、俺はクロノスという巨大な牢獄の中で、徹底した英才教育と非情な洗脳を受けて育った。父・剛一郎にとって、俺は愛すべき息子などではなかった。あの方にとって、俺は『最高の道具』として磨き上げられるべき、組織の暗部を担う工作員に過ぎなかったんだ。暗殺、誘拐、情報操作……。そして、時には君がいる実験室の冷徹な監視役として。俺は今日まで、人の心を持つことを禁じられ、数々の非人道的な任務を強いられてきた」


 言葉の重みが、灯台の静かな空気を激しく震わせる。  窓の隙間から入り込む湿った潮の匂いが、死と再生が激しく混ざり合った、緊張の香りのように蓮の鼻腔を鋭く突いた。


「そんな出口のない地獄のような生活の中で、唯一の心の拠り所だったのが、兄の隆二だった。彼は父の支配とは正反対の、陽だまりのような優しい心の持ち主で、いつも俺を組織の駒ではなく、一人の人間として、弟として気遣ってくれた。……だが、その兄もまた、父の独善的な実験の犠牲になった。俺は、最愛の兄の死をきっかけに、父のやり方……その本質にある狂気に、決定的な疑問を抱き始めたんだ」


 蓮は、悠斗がその胸に抱え続けてきた血縁の呪いと、底知れぬ苦悩を痛切に理解し始めていた。過去の悲しみと怒り、そして望まぬまま組織に利用されてきた自分自身への深い罪悪感が渦巻く悠斗の瞳。その輝きの中に、蓮は自分と同じ「奪われた者」としての宿命的な共感を覚える。


「父の命令で君を監視する任務に就いた時、俺は初めて知ったんだ。君こそが、父が作り上げた最大の悲劇であり……そして兄が最期まで命を懸けて守ろうとした、唯一の希望だったということを。クロノスは君を陥れ、君の大切な記憶さえも無残に奪い去った」


 悠斗は顔を痛みと激しい葛藤で歪ませる。その震える拳は、剛一郎への抑えきれない怒りと、自分自身の無力さへの苛立ちを象徴していた。


「父は俺をただの便利な道具としか見なかった。兄の死も、俺が今日まで捧げてきた忠誠も、すべてはあの男の壮大な計画の一部……たかが使い捨ての駒に過ぎなかったんだ。家族の絆さえも、あの方にとっては実験のスパイスに過ぎない」


 蓮は深く息をつき、悠斗の長く孤独な戦いに同情しながらも、この運命がもたらした過酷な皮肉を静かに受け入れた。


「悠斗……君もまた、黒崎剛一郎という怪物の、最も大きな犠牲者だったんだね」


 蓮のその静かな一言が、悠斗の張り詰めていた心のたがを、根底から外した。  冷徹な工作員としての仮面が剥がれ落ち、彼の瞳に熱い涙が浮かび、指先が微かに震える。


「蓮さん……すまない。俺のような汚れた血を引く人間が、君の前に立って、あまつさえ共闘などと……」


 蓮は優しく、しかし迷いのない力強さで悠斗の肩に手を置き、決然とした眼差しで言い放った。


「もういいんだ、悠斗。君はこれまで、たった独りでその重荷を背負い、父に支配されてきた。でも今は違う。僕たちはこの灯台で、父の血縁として、そして父に人生を壊された犠牲者として共闘する。共にクロノスを倒し、この歪んだ運命の輪を終わらせるんだ」


 悠斗は力強く頷き、涙に濡れた瞳の奥に、父という巨大な壁を乗り越えるための、静かで熱い決意の炎を宿した。  彩花もまた、驚きと困惑を乗り越え、二人の過酷な宿命を受け入れる決意の光を瞳に宿す。三人の心は、この閉ざされた空間で、完全に一つになった。


 重い真実の告白を終え、三人は灯台の外へ出た。  夜の海風が過去の痕跡をすべて吹き払おうとするかのように、彼らの髪を激しく揺らす。  波の音が遠くで絶え間なく響き、秋の冷気が肌を刺すが、彼らの内側にある熱を奪うことはできなかった。


 悠斗は蓮にゆっくりと近づき、心に溜まっていた「最後のアザ」をさらけ出すように、一段と声を低くして言った。 「蓮さん、直接謝罪させてくれ。俺は、組織の偽りの情報に騙され、君と彩花さんの関係を無残に壊そうとした。……君の姿を借り、君が愛用していた香水をまとい、君のフリをして詐欺や非道な工作に手を染めたのも、この俺だ。君の知らない場所で、君の名に消えない汚点を塗りつけ、社会的に君を抹殺しようとしたんだ」


 蓮は言葉を挟まず、静かに悠斗を見つめた。悠斗の目は蓮の瞳をまっすぐに捉え、そこには隠しきれない自己嫌悪と、赦しを求める痛切な真剣さが込められていた。


「あの時、俺は君を兄の仇だと信じ込み、復讐のために彩花さんを巻き込みたくなかった。愚かにも、それが君たちを遠ざけ、結果として守る唯一の手段だと勘違いしたんだ。……蓮さん、本当にすまなかった。俺が君の人生に泥を塗った事実は、一生消えないかもしれない」


 蓮はしばらく黙って、荒れ狂う波の白波を見つめていた。過去への怒りがないわけではない。だが、目の前の男の誠実な苦悩が、その怒りを静かに溶かしていく。やがて、彼はゆっくりと口を開く。


「悠斗、もう気にするな。僕も君を責めるつもりはないよ。僕たちは、同じ黒崎という巨大な陰謀に踊らされた犠牲者だ。過去に囚われ、お互いを憎み合うのは、ここで終わりにしよう。未来に向かって、共に戦おう。クロノスを倒し、隆二の無念を晴らし……そして君自身を、その血塗られた支配から完全に解放するために」


 悠斗は、そのあまりにも深い解放の言葉に胸を打たれ、こらえきれずに嗚咽した。二人は言葉ではなく、魂の叫びをぶつけ合うように、互いの連帯を確かめ合った。  彩花はその光景を見つめ、二人の長年の苦悩が和解によって昇華されたことに、深い安堵の微笑みを浮かべた。


 しかし──。  和解と決意の熱が冷めぬ中、彩花の目に、拭いきれない一つの疑問が浮かんだ。  月明かりの下、並んで立つ蓮と悠斗。  二人の驚くほど酷似した横顔の輪郭、そして顎のライン。特に、考え事をする時に無意識に左手の指をピアノを叩くように微かに動かすその「癖」までもが、まるで鏡合わせの双子のように一致している。


「あの……蓮さん、悠斗さん。改めて、その……お二人をこうして見比べると、どこか似すぎていると思いませんか? 単なる他人の空似や、影武者としての整形とは思えないほどに……。何か、根源的な部分でつながっているような……」


 彩花の直感的な問いに、蓮は少し照れくさそうに、場を和ませるように笑った。 「似てる……? そうかな。僕が悠斗のように黒崎の血を引いているわけでもないのに、不思議だね。影武者をしていたから、無意識に移ったのかもしれない」


 蓮は冗談めかして否定したが、その瞬間、悠斗の表情が石のように硬直した。  悠斗の胸の奥で、真実の扉が鈍い音を立てて悲鳴を上げ、軋み始めた。 (蓮さんが俺に似ているのは、俺が影武者として作り込んだからじゃない……。蓮さんもまた、俺と同じ……黒崎剛一郎の血を引く者だからではないのか?)


 黒崎剛一郎の残忍な執念は、二人の運命を「血の繋がり」という逃れられない底なしの沼で、無慈悲に絡ませていたのだ。悠斗は、今はまだこの残酷すぎる真実を話すべきではないと即座に判断し、固く目を伏せた。


(今、これを言えば、ようやく立ち直りかけた蓮さんは完全に壊れてしまう。俺一人で、この二重の呪いを背負いきらなければならない。真実を話すのは、すべてが終わった時だ……)


「……たまたま、俺の顔立ちが蓮さんの影武者をするのに都合が良かっただけさ。ただ、それだけのことだよ。癖だって、完璧になりすますために俺が徹底的に君を模倣した結果だ。忘れてくれ」


 悠斗は、自分自身の心さえも鋭い刃で欺くような、痛切で優しい嘘をついた。  自分が蓮を守る防波堤になり、すべての決着がついたその時、解放された自由な世界で真実を打ち明ける──。悠斗の心には、その過酷な贖罪の覚悟が、誰にも知られぬまま深く、鮮烈に刻まれた。


 灯台の回転する光が海面を冷たく、そして交互に照らし出す。  黒崎の血を引く二人の男と、その秘密の鍵を無意識に握る彩花の影。  三つの影は砂浜に長く伸び、時に重なり合いながら、未来に待ち受けるクロノス・コーポレーションとの決戦に向けて、確かな、そして力強い足取りで一歩を踏み出した。


 嵐の予感は、確かな「戦い」の始まりへと変わった。彼らの行く先に待つのは、救済か、それともさらなる絶望か。だが、彼らの瞳に宿る光は、もはや何者にも消すことはできない。

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