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23話【愛が断ち切る支配の鎖:地獄の管理者・鬼塚との運命的再会】

 理沙は鋼鉄のような意志で内面の葛藤を押し殺し、いつもの親友として彩花とのランチに現れた。  過去の罪悪感はすべて笑顔の下に飲み込み、フォークでパスタを巻きとりながら、いつもの無邪気さを装って切り込んだ。


「ねえ、彩花。最近、涼太さんとどう?なんだか、どこか上の空だし」


 その言葉は、無害な心配のようでありながら、彩花の心の扉を開かせるための完璧な鍵だった。


 彩花は一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに笑顔を作った。


「相変わらずよ。優しいし、面白いし、一緒にいると本当に楽しい」


 けれど――その笑顔は、どこか張りついたような不自然さを帯びていた。


 彩花の脳裏に、江の島でのデートの光景がよみがえる。潮風。波の音。そして――涼太のスマホが突然激しく振動した瞬間。画面には“鬼塚”の文字。涼太の顔は一瞬にして強張り、眉間に深い皺が刻まれた。あの冷ややかな空気と、胸の奥に残った説明できない違和感。


 理沙の視線は穏やかだが、心の底には鋭い計算が隠れていた。彼女は親友だからこそ打ち明けてくれると確信していた。


 彩花はしばらく迷った末に、小さく息を吐き、信頼を込めた瞳で口を開いた。


「実はね……ちょっと気になってることがあって……涼太さん、私に何か隠してる気がするの」


「そうなんだ?」  理沙は共感の表情を深くしたが、瞳の奥は獲物をロックオンした猛禽のように冷え切っていた。


「涼太さんって、具体的にどんな人?仕事は何をしてるの?普段、どんなところにいるの?誰と連絡を取ってる?」


 無邪気に興味を示しているようでいて、その実、蓮へとつながる致命的な情報を引き出すための、巧妙に仕組まれた尋問だった。


 彩花は親友が涼太に興味を示した理由を深く疑うこともなく、知っている範囲で素直に答えた。


「涼太さんは、すごく優しい人で、頭もいいの。仕事は……ちょっと特殊で、詳しくは言えないんだけど。普段は、あまり外に出ないみたい……。それに、よく誰かと電話してるの」


 理沙は頷きながらも、瞳の奥には冷たい光を宿す。


 ――やっぱり、核心に近い。この子は、自分でも気づかないうちに、巨大な陰謀の中心にいる。


 理沙は心の中で静かに冷たい達成感を味わった。  彩花は本当に、純粋で、疑うことを知らない。だからこそ――騙すのは、こんなにも容易い。


 理沙はパスタを巻く手を一瞬だけ止めた。彩花の無邪気な笑顔が、彼女の胸を刺す。


 (この子を売る代償に、私の魂が地獄へ堕ちるなら、それでもいい。でも、クロノスの排除対象にはさせない)


 その純粋さを利用する自分への絶望と、親友を守るという自己犠牲の決意が、理沙の胸を氷のように打ち据えた。彼女は集めた情報の中に、**意図的に誤った「誘導」**を混ぜることを決めた。



 オレンジ色に染まった空と海が、夕闇に溶け込みながら静かに哀愁を漂わせていた。  潮の香りを含んだ海風が頬を撫で、遠くで鳴くカモメの声が、まるで父からの過去の囁きのように耳に届く。


 彩花は、この美しい光景の中に、亡き父が残したメッセージの究極の答えが隠されているのだと、祈るように信じたかった。心の奥底にある不安と期待が、風に乗って揺れる波のように静かに膨らむ。


「見て、蓮さん!あれよ!」


 彩花が港の奥にそびえる小高い丘を指差す。  そこには、長い年月の孤独を物語るかのように、古びた灯台が立っていた。  白亜の塔は夕日に染まり、神聖なオーラを纏うかのように光を放つ。


「あの場所なら、深紅の海に沈む太陽が完璧に見える……」


 二人は灯台へと続く苔むした細い道を登り始める。石畳は長い年月に削られ、足音を柔らかく吸収する。歩くたびに、真実への期待と未知への恐怖が胸の中で絡み合い、心臓の鼓動が少し早まった。


 頂上に着くと、視界に広がる光景に言葉を失った。  真っ赤な巨大な夕日が、静かな海へとゆっくり沈んでいく。その光景は黙示録のように美しく、同時にどこか神秘的な空気を漂わせ、二人の胸に深い余韻を残した。


「ここが……父上が残した、約束の場所だ」


 蓮が低く呟く。彼の声に、完全な記憶の回復への期待がかすかに震えた。



 その瞬間、背後から、凍りつくような不気味な声が響いた。


「よく来たな、桐谷蓮」


 振り返ると、闇夜に溶け込むような黒ずくめの男たちが、夕陽を背にして立っていた。フードで顔を隠しているが、鋭い眼差しからは明確な殺意が滲む。


 リーダーらしき男は冷酷な笑みを浮かべ、獲物に向かうかのようにゆっくりと蓮に近づいた。その歩みの一つひとつが、頂上に満ちていた静謐な空気を打ち破り、暗い緊張を周囲に広げていく。


「クロノスの排除指令は、既に下された。ここが、お前たちの終着点だ」


「久しぶりだな、桐谷蓮。まさか、こんな失われた場所で再会するとはな」


 蓮はその顔に見覚えはなかったが、どこか冷たく、厭わしい懐かしい感覚に胸がざわついた。


「あなたは…?」


 男は冷酷な笑みを崩さず、支配者のように答えた。


「俺の名前は鬼塚だ。――覚えていないのか?」


 その瞬間、蓮の脳裏に電撃のような衝撃が走った。  鬼塚――その名は、記憶の断片を呼び覚ますトリガーであり、過去の地獄の管理者だった。


 (金属製のベッド。冷たい機械。そして、頭部に触れる、あの男の冷たい手――)


 全身から血の気が引くのを感じる。  彩花の脳裏にも、理沙との会話のきっかけとなった江ノ島のデートの記憶が鮮明に蘇る。涼太のスマホに表示されていた名前――鬼塚。あの瞬間、涼太が忽然とスパイへと変貌したのだ。二人の意識に、同じ名前が運命的な重みを持って刻まれた。


「そうだ、俺だ。まさか、お前が記憶を取り戻しているとはな。だが問題ではない。お前は再び、俺の命令に従うことになる」


 鬼塚は不敵な笑みを浮かべ、蓮に近づく。  蓮は後ずさりし、蘇らない支配の記憶に苦しむ。


「俺の命令…?」


 鬼塚の冷たい視線が彩花に移る。


「この女も、計画には不要な邪魔者だ」


 恐怖で彩花は身震いし、蓮は本能的に前に立ち、彼女を背後に隠した。


「彼女には指一本触れさせない」  静かだが、命を懸けた揺るがぬ決意の声。


 鬼塚は嘲笑う。支配の快感に満ちた声で。


「それはどうかな?お前には、もはや逆らう力はない。俺の命令に従うしかないのだ」


 鬼塚の腰には鈍く光る銃が見え、頂上の空気は一瞬にして凍りつく。  彩花の手は蓮の腕を強く握り、心の震えを愛の力で抑えた。



「まさか、あの『彼を信じるな』という警告メールの送り主は、あなたたちなのね!」  恐怖の中、彩花は父の秘密を知りたい強い意志が彼女を奮い立たせた。


 蓮は彩花を強く抱きしめ、鬼塚たちを殺意を込めて睨む。


「彩花……!」


 彩花は蓮の背中に回した腕に力を込めた。蓮の全身が微かに震えている。それは恐怖ではない――過去の支配の記憶が、彼の体を固く強張らせているのだ。


 彩花は、蓮の耳元で、静かに、しかし強く囁いた。


「大丈夫。もう誰も、あなたを支配できない。私の愛が、その鎖を断ち切る」


 その言葉が、蓮の心に宿る涼太の残響と共鳴した。蓮の体から、硬直が消える。


「お前たちが何者であろうと関係ない。僕の愛する彼女には手を出させない」  冷静だが、内に秘めた強い決意が滲む。


 鬼塚は一歩前に出る。


「残念だが、我々も放っておくわけにはいかない。彼女の父親が残した秘密を知っている者は、全て消さねばならない」


 蓮は戦闘的な冷静さを取り戻し、彩花に指示した。


「彩花、こいつらはクロノスの排除部隊だ。危険だ、後ろに下がっていろ。大丈夫、ここから先は僕が全て断ち切る」


 彩花は蓮の手を固く握り返し、後ずさりしなかった。  黒ずくめの男たちは、獲物を囲むようにゆっくりと二人に迫る。  蓮は、記憶を取り戻したばかりで、身体はまだ涼太の優しさを覚えている。この絶望的な状況下で、彼は愛する者を守るために、灯台の頂上という不利な足場と、覚醒した知性だけを武器に、戦いに挑まなければならなかった。


 絶望的な夕闇の中、二人の運命を懸けた、最初の戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。

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