②江ノ島デートの胸騒ぎ
週末、涼太からデートに誘われた。
待ち合わせ場所は、江ノ島のヨットハーバー。
私は心の中で少しドキドキしながら、淡いブルーのノースリーブブラウスに白いリネンスカート、そして足元にはウェッジソールのサンダルを履いていた。
風が髪を軽く撫でるたび、少し手で直す癖が出てしまうけれど、今日は特に気にならなかった。
潮の香りが心地よく、周りには釣りを楽しむ人や、寄り添うカップルたちの姿が見える。
そんな景色の中で、涼太さんの姿がすぐに目に入った。
彼は、白いリネンシャツにベージュのチノパンというシンプルながら洗練された格好で現れた。
目が合うと、彼は少し微笑んで、花束を差し出した。
「彩花さん、お待たせしました。
これ、あなたのために選びました」
「え……これ、私に?」
私は驚きながらも、その鮮やかな花々を見て心が一瞬で奪われた。
ピンクの薔薇に、白いユリ、そして紫のアスターが柔らかい香りを放っていた。
まるで、私の心を解きほぐしてくれるかのように。
「本当に素敵…どうして、こんなに私の好みをわかるんですか?」
そう言いながら花束を抱きしめると、涼太さんの温かさが伝わる気がした。
「彩花さんの雰囲気からインスピレーションをもらったんです。
あなたの繊細さと、優しさを感じたくて。
気に入ってくれて嬉しいです」
涼太さんはいつも穏やかで、言葉を選びながら話す。
彼の深い青い瞳が私を見つめるたび、胸が少しだけ締め付けられる。
彼の言葉の間には短い間があり、それが彼の冷静な性格をさらに際立たせていた。
「涼太さんは、本当に優しいですね」
そう言ったものの、どこか自分に言い聞かせているような気がしてならなかった。
過去の恋愛で失望を重ねたせいか、本当に彼を信じていいのか、不安が消えないのだ。
涼太さんは本当に信じていい人なのだろうか?
「彩花さん、何か気になることでもありますか?」
涼太さんは、私の表情をじっと見つめながら、少しだけ眉を上げて質問してきた。
「い、いえ……ただ、ちょっと考え事をしていただけです」
嘘ではないけれど、本音でもない。
私は本音を言うのがどうしても苦手で、彼に本当の気持ちを打ち明けることができなかった。
「もし何かあれば、いつでも話してくださいね。
彩花さんの心を守りたいんです」
涼太さんの言葉はいつも、私の弱い部分にそっと触れる。
彼の手が私の手に軽く触れると、その温かさが心の奥まで響くようだった。
私たちは、そのままハーバーを歩き続けた。
夕日が海を照らし、キラキラと光る水面が宝石のように輝いている。
その光景に、私の心は少しずつ癒されていく。
しかし、涼太さんが隣にいる安心感とは裏腹に、私の中では一抹の不安が消えないままだった。
彼は本当に誠実なのだろうか?
それとも、私が過去に出会った嘘つきな人たちのように、何かを隠しているのだろうか?
「涼太さん…」
思わず名前を呼んだが、続ける言葉が見つからない。
「何でしょうか?」
涼太さんは、静かに問い返す。
私は、彼の優しさに触れながら、もう少しだけこの関係を信じてみようと思った。
その後、私たちは海辺のレストラン「イル・マーレ」でディナーを楽しんだ。
窓際の席からは、沈む夕日が空と海をオレンジとピンクのグラデーションで染め上げ、息を呑むほど美しい光景が広がっていた。
相模湾の水平線が、まるで絵画のように穏やかで、私の心に静かな波紋を描く。
「景色が綺麗ですね...」と、私はぼんやりとつぶやきながら、目の前に並べられた料理に目を移す。
新鮮なシラスを使ったペペロンチーノを注文した私に、魚介の香りが心地よく鼻をくすぐった。
涼太さんは、伊勢海老のグリルを選んでいて、見た目も華やかで豪華だ。
彼が少し微笑んで、「お待たせしました」と言いながらナイフを優雅に動かす様子に、私は思わず見入ってしまう。
涼太さんは、いつも落ち着いたトーンで話しながら、時々ユーモアを交え、仕事や趣味について話してくれた。
彼の話すスピードはゆっくりで、言葉を選びながら話すその姿に、どこか安心感を覚える。
「そういえば、江ノ島には『天女と五頭龍』の伝説があるんですよ。
知ってますか?
二人が愛し合った洞窟が、江ノ島の岩屋なんです。
ロマンチックだと思いませんか?」と、涼太さんが外を眺めながら、ふと伝説の話を持ち出した。
「えぇ、少しだけ聞いたことはありますけど…」と私は答えたものの、その話のロマンチックさに思わず笑みがこぼれた。
彼の横顔を見ていると、何気ない会話にも温かさを感じる。
「いつか、彩花さんも一緒に世界を旅しませんか?」と、涼太さんが急に言い出し、私の心を揺さぶる。彼は少しだけ眉を上げて、優しい瞳で私の反応を伺うように続けた。
「例えば、フィレンツェなんてどうでしょう。
ルネサンスの街並みは、歴史の中にいるような気分になりますよ。
美味しいパスタやジェラートも、一緒に楽しみたいですね」
その言葉を聞いて、私の胸が一瞬高鳴る。
涼太さんがそんなことを考えているなんて思わなかったからだ。
彼の手が私の手に触れ、その温かさがじわりと伝わってくる。
「彼となら、どこへでも行けるかもしれない」
そんな思いが頭をよぎるが、同時に小さな不安が私の胸に残る。
「うん…それ、すごく素敵ですね」と、私は少し照れくさそうに答えた。
彼が私を連れ出してくれる夢のような未来が現実になるかもしれないけれど、まだその現実をすべて信じきれない自分がいる。
デートが終わり、彼は私を家まで送ってくれた。
マンションのエントランス前で、彼は突然私に軽いキスをした。
その瞬間、時間が止まったような感覚に陥り、彼の温かさと柔らかさが私を包み込んだ。
心臓が激しく高鳴り、幸せと不安が交錯する。
「おやすみなさい、彩花さん。
今日は本当に素敵な夜でした」と、涼太さんが穏やかに言い、私の手を握りしめる。
彼の声はいつものように落ち着いていて、まるで心の中まで癒されるようだった。
「おやすみなさい、涼太さん。
本当に、今日はありがとう」と私は笑顔を見せながら言ったが、心の奥底にはまだ言葉にならない何かがあった。
家に戻ると、私は深い溜息をつき、パソコンを開いた。
涼太のことが頭から離れず、自然と彼の情報を調べ始める。
大手商社に勤めていると言っていたけれど、検索しても彼に関する情報は何も出てこない。
SNSも探してみたが、彼のアカウントは見つからない。
「なんで何も見つからないの…?」
私は画面を見つめながら、小さな不安が胸を刺す。
頭の中では、涼太との楽しかった時間が次々と浮かんでくる。
彼の穏やかな笑顔、低くて優しい声、そして温かく包み込むような手。
思い返すたびに、私の心は揺れ動き、その温かさに救われる気がする。
しかし、その一方で、疑念も捨てきれない。
「もしかして、彼は本当に運命の人なのかもしれない…」
そう思う一方で、別の声が囁く。
「でも、もし彼が嘘をついていたら…?」
私は再び深い呼吸をし、眉間にシワを寄せた。
心の中で、愛と疑いがぶつかり合っている。
結婚詐欺の話を耳にしたことがある。
信頼を築き、最後には財産や個人情報を奪う…最近もIT社長が若い女性に騙されたニュースが話題になったばかりだ。
「私も騙されているの…?」
そんな考えがよぎり、胸の奥がざわつく。
しかし、同時に涼太のあの真剣な瞳が浮かび上がり、再び心が揺れる。
「彼は、あんな風に私に触れてくれた…あの時の手の温かさは、嘘なんかじゃない」
自問自答が続く中、パソコンの画面は何も答えてくれない。
涼太のことをもっと知りたいのに、何も掴めない現実が私の不安を募らせる。
「信じていいの…?
それとも、全て嘘なの?」
自分の感情に翻弄されながら、私は画面を閉じ、そっと息を吐いた。
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