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⑱紅蓮の瞳、覚醒する彩花の力

 彩花は、入社式の日に理沙と出会った。


 緊張で顔がこわばる彩花に、理沙は太陽のような笑顔で話しかけてきた。


「一人でいるの? よかったら一緒に話さない?」


 その笑顔は、彩花の緊張を優しく溶かし、心を解きほぐすようだった。


「ありがとう。私、彩花っていうの」


「私は理沙。よろしくね、彩花」



 二人は、互いの趣味や出身地など、他愛もない話をしながら、すぐに打ち解けた。


 理沙は、彩花にとって初めてできた会社の友達であり、心の拠り所だった。


 しかし、理沙は、クロノス・コーポレーションに送り込まれたスパイだった。


 彼女は、彩花の監視と桐谷蓮という男に関する情報を収集するという任務を帯びていた。


 蓮は、クロノスが開発したAI技術の鍵を握る重要人物であり、その技術が悪用されれば世界に危機が訪れるとされていた。


 理沙は、幼い頃からクロノスの英才教育を受け、組織への忠誠心と使命感を叩き込まれていた。



 彩花は、理沙のさりげない優しさや気遣いに、心から感謝していた。


 仕事でミスをして落ち込んだ時、理沙はいつも温かい言葉をかけてくれた。


 プライベートでも、一緒に買い物に行ったり、カフェで語り合ったり、楽しい時間を共有した。


 彩花は、明るく誰とでも仲良くなれる性格だったが、同時に少し騙されやすいところもあった。


 人を疑うことを知らず、誰に対しても心を開いてしまう純粋さを持っていた。


 理沙は、彩花のそんな性格を利用し、巧みに近づいていったのだ。



 ある日、理沙は、彩花が桐谷蓮という男と親密な関係にあることを知った。


 桐谷蓮は、クロノス・コーポレーションが追っている重要人物だった。


 理沙は、この情報を上司である鬼塚に報告し、彩花を監視するよう指示された。



 理沙は、葛藤した。


 彩花を裏切ることは、彼女にとって辛いことだった。


 しかし、クロノス・コーポレーションに逆らうことは、自分のこれまでの人生を否定し、組織から追われることを意味していた。


 幼い頃から植え付けられた忠誠心と、彩花への友情との間で、理沙の心は激しく揺れ動いた。


 彩花との楽しかった日々が走馬灯のように駆け巡る。


 彩花の笑顔、笑い声、そして彼女との何気ない会話。


 理沙は、胸が締め付けられるような思いだった。


 しかし、クロノスへの忠誠心は、彼女の心に深く刻み込まれていた。


 任務を放棄することは、組織への裏切りであり、許されることではない。


 理沙は、苦渋の決断を迫られた。



 …理沙は、彩花とのランチを楽しんでいた。


「ねえ、彩花。最近、涼太さんとどう?」


 理沙は、フォークをパスタに絡ませながら、親友に尋ねた。


 彩花は、一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの笑顔を取り戻した。


「相変わらずよ。優しいし、面白いし、一緒にいると本当に楽しい」



 しかし、その笑顔はどこかぎこちなく、彩花の脳裏に、江の島でのデート中の出来事が蘇った。


 涼太のスマホがテーブルの上で激しく振動し、彼の表情は一瞬にして凍りついた。


 着信画面には『鬼塚』という名前が表示され、彼の眉間に深い皺が刻まれる。彩花は違和感を覚えた。



「でも、何かあったんじゃない? さっきから、どこか上の空だし」


 理沙は、心配そうに彩花を見つめた。



 彩花は、しばらく黙っていたが、意を決したように口を開いた。


「実はね…ちょっと気になってることがあって…」



 理沙は、蓮についての質問を始めた。


「涼太さんって、どんな人? 仕事は何してるの? 普段どんなところにいるの?」



 彩花は、親友が彼に興味を持っていることに驚きながらも、知っている情報を話した。


「涼太さんは、すごく優しい人で、頭もいいの。


 仕事は…ちょっと特殊で、詳しくは言えないんだけど。


 普段は、あまり外出しないみたい」



 理沙は、彩花の言葉を一つ一つ聞き逃さないように、真剣な表情で頷いた。


 理沙は、心の中でほくそ笑んだ。


 彩花は、疑うことを知らない。


 彼女は、自分がクロノスのスパイであることを隠し通せる自信があった。




 …オレンジ色に染まった空と海が、夕闇に溶け込みながら静かに哀愁を漂わせていた。


 海風に混じる潮の香りが鼻腔をくすぐり、遠くから聞こえるカモメの鳴き声がまるで過去の囁きのように彼らの耳に届く。


 彩花は、この美しい光景の中に、亡き父が残したメッセージの答えが隠されているのだと信じたかった。


「見て、あそこ!」


 彩花は、港の奥にそびえ立つ小高い丘を指差した。


 丘の頂には、かつての威厳をそのままに、古びた灯台が立っていた。


 白亜の塔が夕日に染まり、まるで神聖なオーラを纏っているかのように光を放っていた。


「あの場所なら、深紅の海に沈む太陽が見えるかもしれない…」



 二人は、その灯台へと続く細い道を登り始めた。


 足元の石畳は長い年月を経て滑らかに削れ、彼らの足音を柔らかく吸収する。


 歩みを進めるたびに、彼らの心には期待と不安が渦巻いた。



 彩花の心は、父の手がかりを見つける希望と、新たな謎に直面する恐れの間で揺れていた。


 蓮もまた、自分の記憶が正しいのか、そして奥野聡史との過去の絆を確かめたいという強い願いが胸に迫っていた。



 頂上に着くと、二人の視界に広がった光景に言葉を失った。


 真っ赤な夕日が、静かな海へとゆっくりと沈んでいく。


 その光景は絵画のように美しく、同時にどこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。


 潮風が頬を撫で、懐かしさを感じさせる潮の香りが再び漂ってくる。



「ここが…約束の場所…」


 蓮は、呟くように言った。



 その瞬間、二人の背後から不気味な声が響いた。


「よく来たな、桐谷蓮」



 二人が振り返ると、そこには黒ずくめの男たちが立っていた。


 彼らの顔はフードで隠されており、その表情を読み取ることはできなかったが、その鋭い眼差しからは明らかな敵意が感じられた。


 彼らのリーダーらしき男は、冷酷な笑みを浮かべながら蓮にゆっくりと近づいた。


 その声は、蓮の記憶の奥底に眠っていた何かを呼び覚ますかのように響き渡った。


「久しぶりだな、桐谷蓮。まさか、こんなところで再会するとはな」



 蓮は、その男の顔に見覚えはなかったが、不思議な懐かしさを感じた。


「あなたは…?」



 男は、冷酷な笑みを浮かべながら答えた。


「俺の名前は鬼塚だ。覚えていないのか?」



 その名を耳にした瞬間、蓮の脳裏に電撃が走るような衝撃が走った。


 鬼塚…その名前は、蓮の記憶の断片を呼び覚ますトリガーとなった。


 蓮は思わずその名を呟いた。


「鬼塚…?」



 その瞬間、彼の瞳は大きく見開かれ、全身から血の気が引いていくのを感じた。


 鬼塚は、蓮にとってかつての上司であり、彼に記憶操作を施した張本人だったのだ。


 同時に彩花の脳裏にも、江ノ島でのデートの記憶が蘇った。涼太のスマホに表示された名前が「鬼塚」だったことを思い出したのだ。


 そしてその直後、涼太は忽然と姿を消したのだった。


 二人の脳裏に、同じ男の名前が浮かび上がった。


 それは、彼らが追っている真実へと繋がる重要な手がかりだった。



「そうだ、俺だ。まさか、お前が記憶を取り戻しているとはな。


 だが、それは問題ではない。お前は再び俺の命令に従うことになる」


 鬼塚は、不敵な笑みを浮かべながら蓮に近づいた。



 蓮は後ずさりしながら、鬼塚の言葉を理解しようと努めたが、彼の脳裏には断片的な記憶しか蘇ってこなかった。


「俺の命令…?」


 蓮は混乱しながら尋ねた。



 鬼塚は冷酷な笑みを浮かべたまま、彩花に視線を移し、こう言った。


「この女も…」


 鬼塚の視線を感じた彩花は、恐怖で身震いした。



 蓮は彩花を守るように前に立ち、鬼塚を睨みつけた。


「彼女には指一本触れさせない」


 蓮の声は静かだったが、その中には強い決意が込められていた。


 鬼塚は蓮の言葉を嘲笑うかのように笑った。



「それはどうかな? お前には、もはや俺に逆らう力はない。お前は俺の命令に従うしかないのだ」


 彼らの腰には鈍く光る銃のようなものが見えた。



「まさか、あのメールの送り主は…」


 彩花は恐怖に震えながら蓮の腕にしがみついた。


 蓮が誰かに狙われていることを感じていたが、現実を突きつけられると足がすくんだ。


 それでも、蓮を守りたいという一心と、父の秘密を知りたいという強い意志が彼女を奮い立たせた。



 蓮は彩花を護るように抱きしめ、鬼塚たちを睨みつけた。


 彩花もまた、蓮の温もりに触れ、勇気を振り絞った。


 二人は互いの存在を確かめ合うように、しっかりと手を握り合った。


「お前たちが何者かは知らないが、彼女には手を出させない」


 蓮の声は冷静でありながら、内に秘めた強い決意が感じられた。



 鬼塚が一歩前に出て、口元を歪めた。


「残念だが、我々も君たちを放っておくわけにはいかない。


 彼女の父親が残した秘密を知っている者は、全て消さなければならない」



 蓮は一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「彩花、こいつらはクロノスの連中だ。


 彩花には関係ないから、後ろに下がってろ!


 大丈夫、ここから先は私が何とかする」



 彩花は蓮の手を握り返し、暖かい絆が不安を少し和らげた。


 黒ずくめの男たちが、ゆっくりと二人に近づいてきた。

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